夫婦水いらず2

「なあアンタ、肘って10回言ってみて」


「何や洋子、それを言うならピザやないんか?」


「ええねん。肘って10回言ってみて」


「ひじひじひじひじひじひじひじひじひじひじ。これでエエんか?」


 今日も健治と洋子は、娘達がクラスメイトのお誕生日会に誘われたというので、会場となるクラスメイトの自宅まで送り届けた後に、夫婦水いらずで夕食を摂るところだった。


「じゃあ、この小鉢のおかずは何でしょうか?」


「茎わかめ」


「……何で『ひじき』って言わんのん」


「いや、だってコレ、茎ワカメやろ? もしかして芽かぶか?」


「茎ワカメやけど…」


「じゃあ合ってるやんか」


「まぁ、合ってるんやけど、間違って欲しかったのに」


「なんでやねん。間違っても『ざんね~ん! 茎ワカメでした~』って言うだけやろ? 何がオモロイねん?」


「女心が分かってないな~。『えへへ、間違っちゃった~』みたいな感じになって、その後はキャッキャウフフな展開にしよう思うてたのに、台無しになってもうたやんか」


「何や、キャッキャウフフをしたかったんかいな」


「せやで。久々の二人きりやねんから、そんな展開を期待するやんか」


「そんなもんなんか」


「そんなもんやんか。ほんま、女心が分かってないな~」


「そら悪かったな。じゃあ、飯食ったら後でキャッキャウフフしよか」


「嫌や。そんなんでキャッキャウフフな気分になれんもん」


「なんでやねん。っていうか、キャッキャウフフって何やねん」


「ええ? そら、なんかイチャイチャする事ちゃうのん?」


「それはイチャイチャやろ? キャッキャウフフって、何か波打ち際とかで水を掛け合ったり、そういうのんじゃないんか?」


「そういうのもそうやろけど、キャッキャウフフもイチャイチャの一種とちゃうん?」


「そうなんか。いや、俺もよう分からんから、もしかしたらそういう事なんかも知れんけど」


「そういう事やと思うで。知らんけど」


「……、まぁとりあえず、ご飯食べよか」


「せやな」


「「いただきます」」


 テーブルには茎ワカメと味噌汁、焼き魚と白米があり、二人は黙々と食事をした。


「ごちそうさま」


 先に食べ終えた健治が食器を洗いに流し台に向かう。


 食器は各自で洗うというのがこの家でのルールで、娘達にも同じ事をさせている。


「ごちそうさまでした」


 やがて洋子も食事を終えて食器を洗い、エプロンを外した洋子は、先にリビングのソファに座っていた健治の隣に並ぶ様に腰を下ろした。


「たまにはこういうのもエエなぁ」


「せやな」


「いつも子育てご苦労様やで」


「どないしたん急に?」


「いや、たまには感謝の言葉もいるかなぁ思うたから」


「ふうん。…まぁ、ありがとう」


「どういたしまして」


「……なぁ、あんた、浮気とかしてないよな?」


「何や突然。浮気なんかしてへんで」


「うん。分かるわ」


「何が?」


「あんた、女心わからんやん? だから他の女からモテてる様に思えんもん」


「まぁ…、確かにモテてるとは思わんけど、洋子はそんな男とよう結婚しよう思うたな」


「せやなぁ…。ジャニーズみたいな、もっとエエ男も世の中にはいっぱいおるのになぁ。何でアンタと結婚したんやろな私」


「俺がゴリゴリにプロポーズしたからか?」


「……せやな。それまであんなにゴリゴリ来られる事無かったから、勢いに負けたんかも知れんな」


「って事は、ゴリ押しした俺の勝利って事やな」


「別にプロポーズに勝ち負けとか無いやろ」


「いやいや、門が閉まってる城に、ゴリ押しで攻め入った兵士が門をこじ開けたんやから、これは勝利やろ」


「何やねんそれ。そんなん勝利でも何でもないわ」


「けど、お前の心の城門は、なかなかに頑丈やった気がするけどなぁ」


「そんな事あらへん。私の城門を最初にこじ開けたんは、大学の時の彼氏やからな」


「うわぁ、元カレの話とか辞めてくれよ~。男心は思ってる以上にもろいんやぞ」


「しゃーないやん。あんたが城門をどうしたのって話をするからやんか」


「…そうやな。墓穴掘ったわ」


「あんたは元カノの事、今でも覚えてるん?」


「……黙秘しとくわ」


「何やのん、別にエエやん。私も話したんやから」


「ほんまにエエんか? 後で怒るなよ?」


「怒れへんよ別に」


「ほんだらエエけど。…まぁ、覚えてるわな。普通に」


「どんな子やったん?」


「……普通の子やったで」


「普通って言うても色々あるやん。芸能人で例えたらどんなタイプとか」


「芸能人で例えたらって、俺あんまり芸能人知らんしなぁ」


「年上とか年下とかは?」


「年上やったで」


「うおお、お姉さんやったんやな」


「せやな」


「で、そのお姉さんに開発されてもうたんやな。アンタの貞操ていそうを」


「…まぁ、そういう事にしといてくれ」


「何それ。ホンマは違うって事?」


「まぁ、そやな」


「って事は、その前にも彼女おったって事?」


「あ~、まぁ…、そやな」


「いつ頃なん?」


「……高校の時」


「うそっ! って事は、私も知ってる子って事?」


「どうやろなぁ…、お前とは別のクラスの子やったからなぁ」


「え? 誰? 誰? どこのクラス?」


「何やねん、そない知りたいんかいな」


「ここまで聞いたら、知らん方がモヤモヤするやん」


「まぁ、エエけど。3年の時にクラスメイトになった長谷川さんや」


「長谷川? もしかして長谷川麻衣?」


「え、なんで知ってんねん?」


「マイちゃんって、私2年の時同じクラスやったもん!」


「え、そうなんや。知らんかったわ」


「うわぁ~、あのマイちゃんがアンタと付き合ってたやなんて、ぜんっぜん知らんかったわ~」


「まぁ、学校でバレへんように付き合ってたからな」


「で、あんたの初体験もマイちゃんなんや?」


「まぁ…、そやな」


「うわぁ~、あの大人しそうなマイちゃんが! アンタの毒牙にやられてもうたんか~」


「毒牙て…」


「っていうか、マイちゃんといつヤったん?」


「おいおい、そこまで言わなアカンのか?」


「だって、知りたいやん?」


「……まあ、お前がエエんならエエんやけど…、まぁ、初めては3年の夏休み中やったな。お互い付き合ってる事を知ってたカップル3組で合同デートみたいな事してな。みんなで南港行って、水族館に行くカップルと、ショッピングモール行くカップルと、ホテルに行くカップルを決めるくじ引きみたいなんをしてんけど、そしたら俺らがホテル行きのくじを引いてしもたんよ」


「くじ引きでそんなん決めるんや」


「まぁ、みんな高校生やったしな。なんか、そんなキッカケが必要な年頃やん?」


「知らんわそんなん。わたしその時彼氏なんか作った事無かったし。で、その後ホテル行ったんや?」


「そやな。めっちゃドキドキしたけどな」


「へぇ…、初めてってどんな感じやったん? マイちゃんも初めてやったんやろ? どっちも初めてで、うまく出来たん?」


「いやぁ、なかなか苦戦したで。ホテルの休憩時間が3時間やってんけど、残り30分くらいでやっと何とか出来た感じやったわ」


「うわぁ、せわしないなぁ」


「ほんま。せわしなかったわ…」


「……っていうかあんた、今その初体験の事思い出してるやろ。…ってるで?」


「……これはしゃーないやろ。生理現象や」


「そうかも知れんけど、これは何か浮気された気分になるからアカン気がするわ」


「そうか。じゃあこの話はここまでやな」


「せやな。その方が良さそうや」


「……で、いつまでソコ握ってるんや?」


「……いや、せっかく大きぃなっとるし、このまま小さくするんも勿体ないかなぁって気がして…」


「……あとどれくらい時間ある?」


「あの子ら迎えに行くまで、あと40分くらいやな」


「……出来ん事は無いな」


「…せやな」


「ベッド行こか」


「せやな」


 そそくさと立ち上がって寝室に入るおしどり夫婦に、3人目の子供が出来るのも、そう遠くない未来かも知れないのだった…

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

とある四十路の二人言 おひとりキャラバン隊 @gakushi1076

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画