パンツの神様2
「なあ横田、お前って下着泥棒の事どう思う?」
「なんや青木。下着泥棒でもするつもりなんか?」
「いやいや、そんな事やなくて、素朴な疑問なんやけどな」
青木と横田は昼休みにオフィスから近い定食屋で食事をしていたのだが、窓から見える高層マンションのベランダに色々な洗濯物が干されているのを見て、青木はふと下着泥棒という存在が気になった様だった。
「下着泥棒は普通に犯罪やろ。けど、何で下着を捕ろうと思うんかとか聞かれても、俺には分からんぞ」
「何や横田、いきなり分からんとか、結論出すなや」
「結論て…、女ものの下着が干されてたとして、そんなんただの布やないか。下着を買う金が無い女子が盗むとかなら話は分からんでもないけど、どこぞの変態がパンツを盗みたくなる気持ちなんか、俺に分かる訳が無いやろ」
「まぁ、そやな。けど、この前『パンチラは何故か見てしまう』って話あったやろ? ベランダで干してるパンツには興味無いのに、何で身に着けてるパンツは見てまうんか、不思議やと思わんか?」
「そらお前、身に着けてるパンツは…、っていうか、ホンマやな。確かにそうやわ。何でなんやろ?」
「な? 不思議やろ?」
「おお、確かに謎やわ」
「干してるパンツも履いてるパンツも、どっちも同じパンツやん? せやのに、履いてるパンツは見えたらラッキーって思えるのに、干してるパンツは見ても何とも思わんって不思議でしゃーないんよ」
「うーん…、けど、履いてるパンツは立体的やけど、干してるパンツは皺くちゃやん? それが理由とかやないんやろか」
「なるほど。…けど、下着売り場とかでマネキンが履いてるパンツ見ても『ラッキー』とはならんやん?」
「ああ、確かに。って事は、立体かどうかは関係ないんか…」
「関係無いと思うで。どっちかって言うと、新品かそうやないかで分かれる気がするわ」
「なるほど、新品のパンツには興味が無いって事か。じゃあ、新品と使い古しのパンツの違いって何や?」
「そりゃお前、履いてた女のエキスが沁み込んでるかどうかとちゃうんか?」
「エキスてお前…、けどこの前『老婆から幼女までパンチラがあったら見てまう』みたいな事言うとったやん。それやと、老婆のエキスが沁み込んでてもええって事にならんか?」
「え、俺そんな事言うたっけ? 多分それ、横田が誤解しとるんやと思うで」
「どういう事や?」
「パンチラって一瞬の出来事な事が多いやん? だから、その瞬間を見逃すまいとして視線は釘付けにされるんやけど、パンチラを目撃した後は、その流れで所有者の全体像を確認するやん? ほんでそれが老婆やったら、やっぱりそれは残念な気持ちになるでって話やなかったか?」
「あ~、そう言えばそんな事言うとったな」
「せやで。俺、老婆のエキスには興味無いで」
「って事は、若い女のエキスが沁み込んだパンツにお前は反応してるって事か」
「せやな。厳密に言うと、『その可能性を秘めたパンツに』って感じやろな」
「なるほど。…けど、じゃあ何で下着泥棒は、洗濯した後のパンツを盗むんや?」
「問題はソコや」
「…ソコってどこや?」
「考えてみ? 俺ら男は、履いてるパンツにその女のエキスが充填されてる状態を期待してるからパンチラとか見てまうけど、洗濯したパンツには興味が無くなるのが普通やん? けど下着泥棒は、そうやない。もしかしたら、パンツに残された、痕跡を見つける事が出来るんやないかと思うんよ」
「何やねん、その変態スキルは」
「だってそうやろ? 普通はベランダで干してるパンツなんか興味無いやろ。けど、あいつらは犯罪やと分かってて、警察に捕まるリスクを冒してまで盗もうとする訳やん? って事は、干してるパンツにも、俺らには分からん何かが沁み込んでると考えるのが常識やろ」
「…何やその『常識』て…、俺もそう考えるのが当たり前みたいに言わんといてくれや」
「いやいや、俺らはそうやないんやけど、あいつらの中ではそれが常識なんやないかって話や」
「…そうなんかなぁ。まぁ、変態の感性なんか知りたいとも思わんけどな」
「そうか…、俺は横田の事を『パンツの神様』やと思うてるから、パンツの事なら何でも知ってる思うてたんやけどなぁ…」
「おいおい、何やそれ。俺がいつパンツの神様になってん?」
「いやいや、俺が勝手にそう思ってるだけなんやけど、中学ん時にガジュマルにパンツ履かせるくらいやから、並々ならぬ『パンツ愛』があるんやと思うてな」
「…それは中学ん時の話やろ? 今は関係ないやろ」
「いやいや、だってガジュマルにパンツ履かせるって、相当な事やで? そこらの下着泥棒でもそこまでした事ある奴はおらんやろ」
「…いや、それはどうかな?」
「いや、いくら下着泥棒でもそこまではせぇへんよ。40年生きてきて、ガジュマルにパンツ履かせた男なんか、横田しか知らんもん」
「やかましいわ。ガジュマルの話はもうエエやろ。あれは『パンツ愛』やなくて、『ガジュマル愛』が俺にさせた行為や。今の俺はいたってノーマルやぞ」
「そうか? じゃあ横田はベランダで干してるパンツ見ても何とも思わんねんな?」
「思わん言うとるやろ。あんなん、ただの布や」
「じゃあ、何で下着泥棒は干してるパンツ盗むんや?」
「知らんがな」
「…俺が思うに、干してるパンツを盗む奴っていうのは、想像力が豊かなんやと思うねん」
「…まぁ、そうかも知れんな」
「で、そのパンツを手にしたら、頭の中で、その所有者の姿を再構築できるんやないかと思うんよ」
「なんやねん、そのSTAP細胞みたいな能力は」
「そう。まさに意識レベルでのSTAP細胞なんよ。それが下着ドロの頭の中で高次元で展開されてるんやないかと、俺は思うんよな」
「…で、仮にそうやとして、お前はどうしたいんや?」
「…いや、別にどうしたい訳でもないんやけどな」
「何やねんそれ。じゃあ、何でいきなり下着ドロの話なんか始めたんや」
「いや、それはただ、あの高層マンションのベランダに干しとる下着がエッロいなぁって思ったからでな」
「今俺は、お前の事を『エッロいなぁ』って思うとるぞ」
「え? まぁ、別に横田にそう思われても何ともないけどな」
「いや、さっき俺らの後ろを会社の女子社員が通って行ったの気付かんかったか?」
「え? ウソやろ…」
「ホンマや。お前の事を軽蔑する様な目で見とったで」
「え、けどお前も一緒に話しとったのに…」
「おお、心配すな。俺はいち早く気付いてその時には常識的な事しか言うてないから」
「…横田お前…、ズルいぞ」
「ズルい事あるかいな。お前と一緒にされたら、これから会社で俺まで変態扱いされんねんど?」
「…マズいな。OLの噂は光の速度で広まるからな…」
「ああ、もうどうにもならんで。今日の午後も、そんな空気の中で仕事せなアカンやろな」
「…何とかならんやろか?」
「何ともならんやろな」
「…そうか。じゃあ、俺、会社辞めるわ」
「何言うとるねん。退職願いの理由欄に『パンツの都合で』とか書くつもりか?」
「いやいや、そこは『一身上の都合』でエエやろ」
「けど、会社に残った連中はみんな『パンツの都合で辞めよった』って思うぞ」
「うわぁ、勘弁してくれよホンマ!」
「だいたい、お前が辞めても俺は会社に残るんやから、自分の身を守る為に、俺はお前を悪者にするで?」
「…お前、鬼畜やな」
「んな事あらへん。常識やろ」
「常識て…、どこの常識やねんそれ」
「んな事より、そろそろ会社戻らんといかん時間やぞ」
「あ、ほんまや。ヤバイヤバイ」
そう言って立ち上がった二人は、伝票を持ってレジカウンターの方へと向かったのだった。
大阪市の街は、今日も平常運転で時間が過ぎてゆくのだった…
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