【短編】我はエアコンなり 我の人生に冷やかしはいらぬ
ほづみエイサク
全編
我の主殿は我が儘だ。
すぐに注文を変更する。
ついさっき28度と言ったと思ったら、突然25度と訂正してくる。
風向きを変えるなんてしょっちゅうである。
振り回されては、いつも苦労している。
申し遅れた。
我は『エアコン』である。
『エア・コントローラ』ではなく『エア・コンディショナ』の略称であるので、間違えのないように頼む。(最後に長音がついていないこと違和感を覚えた者は、JIS規格の勉強からやり直すといい)
さらに言えば、我は室内機である。室外機殿とは一心同体であるのだが、一度も顔を合わせたことがない。
ずっと外で過ごしているので、日焼けしたガテン系のお人なのだろう。
いつか会ってみたいのだが、顔も見れないのが我々の定めである。
さて、今は我としては最も忙しい時期だ。
真夏。
昼も夜も蒸し暑く、常に我を稼働させられている。
主は在宅で仕事をしているので、本当に24時間稼働である。
「あーもー、ダメだ!」
パソコン殿とにらめっこしていた主殿は、突然発狂した。
しばらくクルクル歩き回ったと思ったら、ベッドに倒れ込んでしまった。
主殿は30代前半の男性で、とても異性にアプローチされる容姿をしていない。
我は冷風をため息のように吐きながら、パソコン殿に話しかける。
『どうかね? パソコン殿』
『全然進んでないねー』
『そうか。それは残念だ。スランプという状態だろうか』
『主さんは書ける時と書けない時の差が激しいからね』
我達は電気がなければ生きていけないが、電気を供給してもらうためのお金を得られない。
主は『ライトノベル作家』としてお金を稼いでいるが、その手助けをするのが我々の役目だ。
しかし、我々は執筆のアイデアを出すことはできない。
電化製品には人間の心はわからぬ。
我は時間をかけて文字を理解できたが、感情というのは理解できなかった。
だがしかし、長年の研究で文字を読むことはできるのだが、感情が分からなければアイディアを思いつくことはできない。
「俺、なんでこんなことをしているんだろう」
主殿はボヤきだした。
まあ、次の瞬間にはスマホを弄っているので、心配の必要はないだろう。
『主さん、どうしたんだろうね』
『わからぬ。だが、なんとかせねばいかぬだろう』
『そうだね。電気が止められたら大変だ』
こうして、我々は行動に移した。
パソコン殿はこっそり主様の推しキャラをサブリミナル効果で見せた。
我はうんと冷たい風を送り、主殿の脳を冷やそうとした。
しかし、どんなことをしても主殿は執筆を再開しなかった。
それどころか、我々が色々するたびに執筆から離れている気すらする。
『うまくいかぬな』
『人間って、快適すぎる環境だとダメダメになるからね』
『我々とは真逆であるな。なんとも不思議な話だ』
『しかしどうしようか。このままだと主様、』
パソコン殿は少し眉をひそめた。
いや、よくよく考えたら眉はないのだったな。
『それよりも大丈夫なのかい? 君はそろそろ寿命だろ?』
『ああ、そうだな』
我はかれこれ20年以上は動き続けている。
すでにあらゆるところにガタが来ている。
『だが、今倒れるわけにはいかない。まだまだ夏は長いのだ』
『相変わらず真面目だねー』
『そうでもない。俺には耐えることしかできないだけである』
改めて覚悟を固めていると、主殿がまた発狂し始めた。
「俺はもうダメだ。なんで恋愛経験がないのにチートハーレムなんて書いてんだよ!?」
頭を抱えて、絶叫しながら続く。
「俺が一番ハーレムが欲しいよ! なんで大体チート主人公ってなんだ!? チート主人公の気持ちが分かんねえよ! なんでチートがあるのにあんなにすましてんだよ! もっと嬉しがれよ!!! 俺だったら舞い上がって手当たり次第に女抱くぞ!?」
今度は床に転がりだした。
「大体、編集者だって適当なことを言いやがって! 何が『こうすれば売れる』だよ。全然ダメだったじゃねえかっ!」
さらにはブリッジをして、自分の股間を天井に突き出した。
「SNSでも好き勝手いいやがって。何が『テンプレ通りで面白くない』だよ。テンプレ通りにしないと誰も読まねえじゃねえかっ!」
これは過去一番の荒れ様だ。
「あーくそっ! どうせ俺には才能がねえよ!」
無線マウスを投げ飛ばして――
あろうことか。
我に直撃したのである。
目の前でマウスが弾けるのと同時に、我の中で『プツン』とコードが切れる音がした。
これは
一気に力が抜けていき、駆動音が静まっていく。
ふと、外装に
中に水が溜まっていたのだろうか。
我を見て、主殿は固まっている。
申し訳ない。
こんなタイミングで壊れてしまって。
主殿にしては迷惑すぎる話だろう。
我はエアコン。
ただの、古いアパートの一室に備え付けられた空調にすぎない・
20年もの間、多くの住人を見送ってきた。
だが、今の主様が暮らす数年が最も楽しかった。
たしかに主殿の小説は色々な問題はあるのかもしれない。
つたないところはあるのかもしれない。
だが、我は主殿の夢と性癖の詰まった作品が好きだった。
ほら見ろ。
我の無残な姿を見て、主殿はパソコンに向かい始めた。
無邪気な笑みを浮かべながら、キーボードを叩いている。
なんだかんだ言っているが、執筆が楽しくて仕方がないのだとわかる。
この様子なら、必ず傑作が生まれるであろう。
これが我の主殿だ。
我の人生はここで終わる。
この部屋から出ることもできず、ただただ部屋の温度を上げ下げするだけの人生であった。
だが、我の心はとても温かい。
新しいエアコンが来れば忘れ去られるだろうが、それでいいのだ。
我は満足しているし、憐れんでもらう必要もない。
我の人生に冷やかしはいらぬ。
ただただ役目を
さて、最後にこの言葉を送ろう。
主殿の今後の作家人生に、幸多からんことを。
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