46話 会議


 ロイの面談をした数日後、無事にアウル・リルベスも合流を果たし、すぐにリルベス併合についての会議が始まった。


「アウルさん……お疲れ様です」

「なに……任された仕事だったからな。それに私は動き続けている方が、性に合っているさ」


 ルシアンの隣に腰掛けるアウルは、以前王都で会った時よりも明らかにやつれている。


 アウルが最後の合流となったことには、理由がある。

 リルベス併合を円滑に進めるに当たり、ルシアンはアウルにも下準備をしておくように頼んでいたからだ。

 そのためアウルは、王都ナクファムから帰還した後、リルベス領民に併合を周知させ、戦士達を率いて森林部の魔物の駆除、簡単な道の整備まで行っている。

 

 むしろルシアンの想定より、随分早く仕事をこなしたアウルを労うべきなのだ。


「皆揃ったな。ではこれよりリルベス併合、ラクリマ計画について会議を始める」


 各々が挨拶を済ませたことを確認したエドワードの一言で、ラクリマ計画についての会議が開会する。


 ミーリス領からは、中枢人物の多くが参加しているが、基本的にほとんどが聴衆であり、実質的な発言権を持っている者は、ルシアン、ブライス、バルドル、エドワードの四名だ。

 次にリルベス領からは、数人の参加ではあるが、発言権を持っているのはアウル、そしてセグナクト王国第二騎士団で参謀を務めていた老軍師——フォーゲルの二名だ。


「では早速、ラクリマ計画——元は剛鼻竜の巣穴である洞窟の開拓について、ルシアン頼めるか?」


 進行役のエドワードがルシアンに報告を促す。


「はい。まずは洞窟開拓に向けて、迅速な下準備をしていただいたことを感謝します。ありがとうございます」

「……少々骨が折れましたな」


 ルシアンの言葉に反応したのは、不死身の軍師と呼ばれるリルベスの参謀——フォーゲルだ。

 長き戦いから生存した指揮官の中でも、アウルの右腕として、二十年という時を勤め上げた最古参だ。


 ミーリス側も慌ただしく働き回っていたが、おそらくリルベス側はそれ以上に忙しかったはずだ。

 小言を言いたくなるのも、無理はないだろう。


「皆さんの尽力のおかげで、ラクリマ計画は真の目的へと近づく事ができました」

「……真の目的?」


 ルシアンの仰々しい物言いに反応したのは、瞳を閉じて聴いていたアウルだったが、その場にいたほとんどの人間が、同じ疑問を抱いているようだった。


「はい。僕の描くラクリマ計画の真の目的は、地下道を通すことだけではないのです」


 皆のその反応も当然だった。

 ルシアンの描く真の目的は、あらかじめ相談されていたナイラしか知らないことだからだ。

 まずはソレが可能かどうかを確認してから、話すべきだと考えていたからだ。


「ラクリマ地下道——古の言葉でトンネルと呼びます。ラクリマ計画の最終的な目標は、二領を繋ぐそのトンネルに——蒸気機関車を走らせることです」

「なんとッ……しかし……いやナイラ殿がいれば、可能なのか……」

「はぁ……ルシアン……私には前もって伝えておけ……」


 ルシアンの口から告げられた真の目的に、無理やり納得するようなアウルと呆れたようなエドワード。

 ルシアンもここのところ、忙しくしており、エドワードに伝える時間がなかった。

 

 それにこれはあくまで最終的な目標——理想なのだ。


 ルシアンはエドワードに申し訳なく思いつつも、いくつかの懸念材料を挙げていく。


「ただこれは、あくまで理想です。懸念すべき点も多く存在します」

「わかりやすいのは洞窟の内部構造でしょうな」

「フォーゲル殿のおっしゃる通りです」


 白髪の老軍師フォーゲルが顎髭をいじりながら、即座に答える。


 この点に関しては、ルシアンの希望的観測であるが、小さな問題として考えていた。

 剛鼻竜は大型の竜であり、洞窟の入り口付近も二十メートルはあろうかという大空洞になっており、おそらく小回りが効かなかったのだろうと考えていた。

 そのことから洞窟内部も、平坦である可能性が高く、線路を敷けるような状態であると推測していた。


 しかし大きな問題は他にある。


「しかし最も大きな問題は、他にあります……」

「……なんですかな?」

「自由異民族——ドワーフの存在です」

「……ド、ドワーフ?」


 厳格な表情をしていたフォーゲルが、ポカンとした様子で聞き返す。

 ドワーフという名前が出た瞬間、皆一同にざわざわと騒ぎ出す。


 その反応も無理はない。


 自由異民族であるドワーフやエルフは、平原に文明を築いてきた獣人と比べると異質な存在だ。

 森林地帯や山岳地帯に里を築き、妖精から進化したとされるこの二種族は、ある特殊な能力を持っているからだ。


「ルシアンどういうことだ……魔法の痕跡でも見つかったか?」

「いえ……痕跡自体は見つかってませんが、魔法の媒体となる鉱石類が全く見当たらなかったそうです」

「竜の棲んでいた洞窟で、鉱石が見当たらない……か。確かにその線も十分に考えられるな」

「入り口付近の話ですし、結論づける気はありませんが、頭には留めておいた方が良いでしょうね」


 ——魔法使い。


 ドワーフとエルフの二種族はそう呼ばれる。

 魔法——それは歴史を辿れば、さまざまな表現で表されている。

 土や石などを自在に扱うことができるドワーフは、地の神に愛されているだとか、植物や風を自在に操ることができるエルフは、自然の神に愛されているだとか、そんな曖昧な表現だ。


 魔法を専門とする研究者の意見によれば、獣から進化したルシアン達も、厳密には身体強化魔法という自身の肉体を強化できる魔法を、無意識に使えているらしいが、ドワーフやエルフに比べ、実感するのは難しい。


 つまりあまりよくわからない力ということだ。

 人間はわからないことが、恐ろしさや怖さに直結する生き物だ。

 故にこの件については、慎重にならなければならない。

 もしドワーフといざこざを起こし、種族間での戦争に発展するようなことでもあれば、ルシアンにとって最悪の結末を迎えると言っていい。


「ルシアン殿は……もしドワーフがいた場合、どうするつもりだ?」

「……交流を試みようと思います」

「ドワーフと交流か……」

「良き隣人となってくれれば、思わぬ収穫があるかもしれません!」


 もはやゴリ押しだった。

 不安な要素は多分にあったが、指揮を執るルシアンがビクビクしていては、示しがつかない。

 だからやるしかない…….と腹を決めてゴリ押しした。


「まっ……ルシアンならやってくれるだろうよ。不思議なもんで、こいつは昔からそういう男だ」

「バ、バルドル……」

「結論を急ぐ必要はねぇだろ。そん時はそん時でまたみんなで考えるしかねぇだろ?」

「バルドル……」


 ルシアンを褒め称えつつ、場を冷静にまとめてくれたのは、それまで黙っていたバルドルだった。

 ルシアンは只々、バルドルの温かさに感動することしかできなかった。


「バルドルの言う通りだな……もはやこれ以上の進展はあるまい」

「……そのようですな」

「では最後に資金面の話をしておこう」


 エドワードが場を切り替え、最後の議題へと話を進める。


「と、言っても……特に要望も変更もない。引き続き出せる分はラクシャク側から出す……ただそれだけだ」

「……エドワード殿……本当によろしいのですか?」

「まぁ私は思うところはあるが、ルシアンとミーリスの女神達が決めたことなのでな」

「……かたじけない」


 ラクリマ計画の資金面は、その全てをシビネ料理と魔物喫茶による収益で、ミーリス側が受け持っている。

 特に二領間で決め事を行なったわけではなく、ルシアンの意志によって流れでそうなっただけだった。

 そしてそれはこれからも変わらない。


 エドワードがあえてこの場で口にしたのは、「後からリルベス側に請求することはない」と伝えるための発言だ。

 そのことをアウルも理解しているようで、小さく頭を下げた。

 ルシアンにとっては、そのお礼だけで十分だった。


 ——何もかもが誇らしかった。


 懐の深いエドワードも、奴隷問題を飲み込んだバルドルも、誠実なアウルも、金に固執しない婚約者達も、このラクシャクに集まる全ての同志に、誇らしさを感じていた。

 

 ——必ずうまくやってみせる。


 そう決意した。

 ルシアンの元に集い、信じてくれる者達を最高の理想郷へと沈める。

 傷も業も悲しみも痛みも……その全てが無駄ではなかったと思えるほどに幸せにしてやると、強く決意した。


 ラクシャクとは、またしばらくのお別れになるが、不思議と寂しさは湧いてこなかった。

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賢人の理想郷〜奴隷を教育して男爵領を改革〜 馬渡黒秋 @mori5842

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