あなたという存在

たなべ

あなたという存在

 君はだいたい、いつもそうだ。というか君といると僕がそうなのだ。君とは上手く喋れる気がしないよ。君と一緒にいると僕という存在が音を立てて崩れ落ちていく感じがする。とても心地悪いんだ。言葉が悪いけど、虫酸が走るよ。じゃあ、何で今こうして一緒にいるかって?決まっているじゃないか。周りがそうさせているんだよ。周囲の人間は僕と君が友達だって信じて疑わないだろう?まるで太陽が東から昇るみたいにさ、当たり前のことだって思ってるんだよ。...僕はね、周囲の期待に背きたくないのさ。というかそもそも僕には期待に背く、背かないっていう概念が存在しないんだよ、多分ね。そういうのを関係なしに生きてるんだって周りはそう思ってるんだ。周りに期待されようが何されようが自由に生きてますってね。そう君も思ってるんだろう?でもね、これは全くのだよ。僕はほとんど他人って言ってもいい。君の接してる僕は僕じゃないんだ。言うなれば僕に限りなく近い何か、だよ。僕はね、他人ひとの評価を君の思ってる何倍も気にするんだ。今、大袈裟に想像しただろう?残念だけど、それの何倍も気にするんだ。だからね、周囲が僕らのことを友達だって思ってるなら、僕は何が何でも君と友達であろうとするんだ。だって恥ずかしいもの。前まで友達だったのに、急に何か仲違いして友達じゃなくなるなんて、じゃないもの。僕には何されても動じないっていう、周りからのイメージがあるからね。だから、何されても友達を解消するなんて無いっていうイメージだよ。そういうわけで僕はできることなら君との友達関係を継続したいわけだ。しかし、それはできない相談となってしまったんだ。僕があることに気付いてしまったからね。それはね君、君がね、僕を見下してるってことだよ。おっと、それは違うって言う気かな。残念、言わせないよ。だって違うこと何て無いから。君はね、事実僕のことを見下してるんだ。そういう感じがするんだよ。君は恐らく今、反論したいっていう気持ちに駆られてるだろうけど、反論の余地は無いさ。何故って?それはね僕が見下されてるって感じているからさ。その時点で、自分に自覚が無くともそれは見下してるって言うんだよ。自分のことは分からないもんさ。知ってる?人間って九割くらい無意識なんだ。つまりね君が意識していないところで君は僕を見下してるんだよ。ああ、どこでそう感じたか気になってる顔だね。...そうだな。例えば、君がいつも道化を演じてるところ、かな。え?演じてないって?いいや、君は演じてるさ。いつもいつも必死じゃないか。他人を笑わせよう、喜ばせようって。まるで会話の中で相手を一回でも笑わせないと気が済まないっていう感じじゃない。そうしないとそこに存在しちゃいけないとでも思ってるのか?...まあ、君のそういう思考は一旦置いておいてだね...。君が今知りたいのはあれだろ?どうして道化を演じていると、僕が君に見下されてると感じるのかってことだろ。それは一言じゃ言えないけど、うーん、そうだなあ。上手い感じに言えないのが物凄くむず痒いけどね、簡単に言うと対等じゃないんだよ。そう。対等じゃない。あ、君は今こう思ったろう?道化の方が立場は下にならないかって。だってそうだよなあ、道化って要はおもてなしする側だもんなあ。分かるよ。その気持ちは実によく分かる。だけどねそれは不正解。結局、観客は道化の尻に敷かれているのさ。それで道化の敷いたレールの上をただひた走っているのだよ。要するにね、観客は不自由なんだ。劇場の中で唯一自由なのが君、道化だよ。道化は自分の思うとおりに観客を動かせるんだ。笑わせたり、神妙にさせたりね。僕にすればね、それが滅私奉公ならいいんだ。自分という存在を排して、ただ観客のために、観客の投げる銭のために演技をする。これはね僕、認めるよ。美しいと思う。でも君の場合、逆だよ。君はいつも観客のためと称して、実は自分のために演技しているんだ。分かるかい?君はね、「どうだ面白いだろう私の芸は、さあ笑え笑え下衆は下衆らしく」って言ってるような気がするよ。簡単に言うと押しつけがましいんだ。何にも面白くないのに面白いことを言っている雰囲気だけだして、後は放っておいてさ。さあ反応しろ。笑え。これだから駄目なんだよ君は。しかもそれを会話の中で一回はやってくるだろう?今日だって何回したよ?数えてないけど僕は。...そうだ、あと君には言っておかないといけないことがある。ああ、もう。そんな顔するなよ。僕だって嫌さ。こんな話をするのは。でもいい加減もう懲りてほしいんだ。めにしてほしいんだ。勿論、君は何かをやっている自覚も無いだろうから、止めるったって無理な相談かも知らんけど。兎に角ね、僕はそう、気付いてほしいんだ、君に。君がどれだけ他人に無理をさせてるかってね。他人にっていうか僕にだけど。ああ、だから話っていうのはね、僕に恋愛相談するのを止めてほしいんだ。君、よくするよね?僕に。恋愛相談。女の子からこんなメッセージ来ました、どうすればいい?とかさ。結構な頻度でするじゃない?これ何でなの?僕のこと何だと思ってる?僕が答えを知ってるわけないじゃない。君、もう随分長い付き合いだから知ってるよね?僕がそんな恋愛経験ないことくらい。え?知ってるよね?じゃあ何でそういう類の相談するかなあ。自慢かい?自慢しているのかい?まあ僕が羨ましいと思わない限り、自慢は成立しないわけだけども。でも成立の如何いかん以前に君の意図が問題だ。君が自慢しようと、自慢をしようとしているのであればもう確信犯だ。どうなの?自慢なの?...へえ、違うんだ。まあそりゃそう言うよねえ。...まあいいさ。百歩譲って自慢じゃないとしよう。じゃあ恋愛相談を僕に持ち掛ける理由はなんだい?自慢じゃなかったら何だと言うんだい?もしかして本気で解決しようとしてた?だとしたら完全に人選ミスだよ。まあ君もよく分かってるだろうけど。...まああれだろ?他人に話して「ああそうだね」とか「いいねえ」とか言って共感してほしかったんだろ?まったく。そういうのは別の共感力の高い人間にやってくれよ。僕はね、基本他人のことはどうだっていいんだ。まあこれでも昔よりはましになってるんだけど。...兎に角ね、僕を人形か何かに見立ててお話をするのはもう止めてほしいんだ。僕にだって感情があるんだよ。外に出にくいだけで、確かにあるんだよ。...はあ。皆、僕のことをさ、凄く丈夫な超合金みたいな扱いをしてくるけどさ、そんなわけないんだよ。僕だって一丁前に傷つくしさ、皆が持ってるような欲望だってちゃんと持ってるしさ、要は普通なんだよ。何で分かってくれないかなあ。皆、口には出さないけど、僕は分かってるんだ。僕のこと普通だって認めてくれてないってね。勿論、僕も普通でありたい普通でありたいって熱望してるわけでもないし、普通であろうともしなかったから、半ばしょうがないってとこもあるんだけどね。最近さ、漸く一人前の自我が出来上がってさ、今まで見れてこなかったことがやっと見えてきだしたんだ。他人の目を気にするようにもなったし、こうありたいっていう自分の像が出来たりもした。自由になれたって思ったんだ。視野がすごく広がってさ、嫌なことを嫌だなってくっきり感じられるようになったし、好きなことを好きだなって言ってはっきりと肯定できるようにもなった。でも違ったんだよ。僕の自由何て、たかだか知れたものだったんだ。世の中を知るにつれてさ、自分の自由がどんなにか細くて矮小なものだっていうのを知ったんだ。所詮、僕の自由はさ、単なる部分集合だったんだ。他人の自由の中に完全に内包されたちっぽけな存在。それが僕の自由だよ。...今、あくびしようとしたね?まあいいさ。結局僕何て、自分語りもさせてもらえないようなちんけな奴だから。君はいいよな。僕がいて。僕に何でも聞いてもらえて。いや、僕だけじゃないのか。いいよな。沢山の人に自分語りできて。そんな自由を僕は求めてる。今、自分語りしてるじゃないかって?ああ、そうだね。こんなの初めてだよ。こういう感覚なんだね。大切にしておくよ。...ああもうこんな時間か。かれこれ三時間くらいここにいることになるな。...ん?うん。そろそろ出ようか。混んできたことだし。今日は済まなかったね。君を傷つけた。え?ああ、いいんだよ、謝らなくて。僕の方こそ悪かった。今日は僕が払うよ。ああ、気にしないで。僕が払いたいんだ。...また誘ってもいいかい?...それは良かった。

 じゃあまた会いたくなった時に。

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あなたという存在 たなべ @tauma_2004

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