第2話 ねぇ誰か確認した?

 男が前、女が後ろとか、考えている暇はなかった。みんな必死に走って階段を駆け下りる。全力で走る4人の荒くなった呼吸と足音が、暗闇に響いていいた。

 誰も転んだり、はぐれる事なくホテルから飛び出し車に乗り込む。

「全員いるな! 出すぞ! 」

 俺は全員が車に乗っていることを確認してエンジンをかけた。運転席は俺、助手席にヒロト、俺の後ろにユカ、ヒロトの後ろにマイが乗っていた。急発進してホテルから逃げるように走り去る。

「おい! みんな大丈夫だな? 何ともないな? 」

 俺は運転しながら皆の安否を確かめた。動揺のせいで必要以上に声を張り上げていた事を覚えている。ミラーに映る女子二人は真っ青な顔で頷く。助手席に座っていたヒロトは俯いたまま黙っていた。

「あの部屋、私達の他に誰かいた? 」

「いなかったよ。だって一緒に全部見たじゃん・・・。録画もしてたし」

 マイとユカが震える声で話しているのが聞こえる。

「じゃあ、さっきのはなんなの・・・」

 車内は完全に沈黙した。少しして、車に乗ってから一言も発さないヒロトが心配になり声をかける。

「おいヒロト、大丈夫か? 」

 するとヒロトはすぐに顔を上げた。泣いている様だった。まぁあんな事があっては仕方がない。

「お前、何も泣かなくても―――」

「これぇ」

 ヒロトが俺の言葉を遮って右手を挙げた。




 手は赤黒い液体で染まっていた。生臭い濡れた鉄の匂いが鼻をつく。

 知っている匂い、血液の匂い。





「お前怪我してるのか!」

 俺が聞くとヒロトは頭を振る。

「これ俺の血じゃねぇよ。いつの間にか付いてたんだよぉ」

 総毛立つ、という状態を始めて経験した。きっとそれは後ろの2人も同じだろう。マイもユカも恐怖と嫌悪を滲ませた顔でヒロトの右手を見ていた。

「どこで血ぃ付いたのか分かんねぇんだよ。俺、怖ぇよ・・・」

「お前それ、絶対車に付けるなよ」

 混乱した俺の頭はそんな言葉を捻り出した。その時マイが思いついた様に言う。

「あ、お茶! 私のお茶で洗い流せば? 」

「あ! 私も水持ってるよ! 」

 二人が自分のバックから飲み物を取り出すと、俺は急ブレーキで路肩に寄せて停車した。

「今すぐ洗い流してくれ。頼む」

 俺は女子二人にお願いしたのだが、二人は水とお茶を差し出して言った。

「ハルキお願い! 」

「えぇ・・・俺かよ」

 俺は渋々飲み物を受け取ってヒロトと外に出た。車を飛ばしたおかげで、大分街に近づき街灯も多かったが、それでも辺りを気にしてしまう。街灯が当たらない暗闇に何かが潜んでいる、そんな事を考えてしまう。

「さっさと済ませるぞ・・・」

 お茶と水をヒロトの手にかけて手を洗い流した。

「ごめんなぁ」

「いいって」

 ヒロトは泣きながら手をゴシゴシ洗った。合わせて俺の車に置いていた窓ふきシートで念入りに手を拭いて、ヒロトはようやく車に乗ることを許可された。


 その後俺たちは最寄りのファミレスに入って一夜を明かした。みんな一人になるのが怖くて、なるべく人がいる所で朝を待ちたかったんだ。

 ヒロトは謎の血の件もあって、ずっと青ざめた顔をしてたのを覚えてる。

 朝になって俺はみんなを部屋に送った。マイはユカの部屋に数日泊まることにして、ヒロトも俺の部屋に一泊した。

 数日間はみんな不安で密に連絡を取り合っていたけど、特に何も起きることはなかった。



 何も起きていなかったと思いたい。





 ―――あれから1週間ほどが経った日、俺はユカの部屋に呼び出された。

 部屋に到着するとマイもいて、二人とも暗い顔をしてテーブルを囲んでいる。取り合えず俺も適当に座った。

「ヒロトはまだ来てないのか? 」

「ヒロトは呼んでない」

「え、なんで? 」

「とりあえずコレ見てよ・・・」

 ユカが俺に携帯を差し出した。画面には何かの動画が一時停止状態で映っている。

「昨日マイが私の部屋に来てて、何となくあの時の動画を見たんだよね。それまでは怖くて見てなかったけど二人で見るなら大丈夫かなって。あとヒロトの血が何処で付いたか映ってるかもしれないでしょ? そしたら・・・」

 ユカが再生ボタンを押す。それはあの部屋で撮影された動画のようだった。

「おい、こんなの見たくねぇよ」

「ダメ、見て。見たほうがいい」

「うん。絶対見といたほうがいいよ」

 二人の強張った声と表情から何か深刻な雰囲気を感じて、俺は渋々動画に目を向けた。




 あの部屋に入ってすぐのところから録画されていた。

『この部屋怖すぎ』

 カメラは部屋をぐるりと撮影している。あの謎のシンボルに囲まれた部屋で、ヘラヘラ笑う俺たちも一瞬映った。

『おい、見ろよ! 』 

 ヒロトが声を上げて床から壺の様な物を広い上げ―――






「え? 」

「ほら……おかしいでしょ? 」

 動画に映るヒロトは蓋つきの壺のような物を持っている。

「え、何これ? ギターは? 」

 それ以外はあの時俺たちが見た光景と変わらない。でも映っているものは明らかにギターじゃない。黒い色をした壺。本体と蓋に一周ぐるりと白いラインが入っている。この大きさ、色味、見覚えがある気がした。

 まさか、このヒロトが持ってるのって・・・。


「これって・・・骨壺じゃねぇの? 」

 

 足元から寒気が滲む。


「だよね。私もお爺ちゃんが亡くなった時に同じような物を見たよ」

 ユカは真っ青な顔をしていた。マイはもう見たくないのか深く俯いている。






 動画ではヒロトが楽しそうに骨壺の蓋を開けようとしている。固着しているのか「ギギギ」と軋んだ音を立てて骨壺が開いた。

 何か揺らめくもの壺から立ち昇ったように見えた。骨灰なんかじゃない。何か瘴気めいた不吉な物だ。

『この歌を捧げますってね』

 ヒロトは蓋を床に捨て、ベットに上がる。骨壺を左手に乗せ、腹の所に持ってくる。その顔は笑っていた。これはあの時に俺達が見た笑顔と変わらない。でも、状況が違うだけでこんなにも、こんなにも恐ろしく見えるなんて……。

『ちょっと、ヤバすぎ』

『きゃー! ヒロ様ー! 』

 一段高い場所に上がったヒロト。それを見て喜び、声を上げる俺たち。

 この構図は―――



 まるで儀式のようだ。




『みんなー! 今日はありがとうー!』

 そしてヒロトは右手を中に突っ込んだ。俺の記憶では大仰にダウンストロークしたのに、この映像では淡々と骨壺に手を入れている。





『隕九◆縺ェ隕九◆縺ェ隕九◆縺ェ隕九◆縺ェ隕九◆縺ェ隕九◆縺ェ隕九◆縺ェ隕九◆縺ェ隕九◆縺ェ

隱ュ繧薙□隱ュ繧薙□隱ュ繧薙□隱ュ繧薙□隱ュ繧薙□隱ュ繧薙□隱ュ繧薙□隱ュ繧薙□隱ュ繧薙□

邨ゅo縺」縺溽オゅo縺」縺溽オゅo縺」縺溽オゅo縺」縺溽オゅo縺」縺溽オゅo縺」縺溽オゅo縺」縺�

蜻ェ繧上l縺溷測繧上l縺溷測繧上l縺溷測繧上l縺溷測繧上l縺溷測繧上l縺溷測繧上l縺溷測繧上l縺溷測繧上l縺溷測繧上l縺溷測繧上l縺溷測繧上l縺溷測繧上l縺溷測繧上l縺溷測繧上l縺溷測繧上l縺溷測繧上l縺溷測繧上l縺溷測繧上l縺溷測繧上l縺溷測繧上l縺溷測繧上l縺溷測繧上l縺溷測繧上l縺溷測繧上l縺溷測繧上l縺溷測繧上l縺溷測繧上l縺溷測繧上l縺溷測繧上l縺溷測繧上l縺溷測繧上l縺溷測繧上l縺溷測繧上l縺溷測繧上l縺溷測繧上l縺溷測繧上l縺溷測繧上l縺溷測繧上l縺溷測繧上l縺溷測繧上l縺溷測繧上l縺�


縺昴▲縺。縺ク陦後¥縺九i縺ュ』


 ヒロトが絶叫した。俺の知らない言葉を発声している。もはや笑顔はなく、無表情で口だけ大きく開けて叫んでいる。不気味だった。なぜ口を大きく開けたままなのに言葉の様な音を発音できているのか?

 動画でも耳を覆いたくなるような痛ましい叫び声。マイは「うぅ」と唸って耳を塞いだ。

 じゃあ、あのヒロトの右手に付いていた血は・・・。






 映像が大きくブレて動画は終わる。あの時の様な静寂がユカの部屋を支配していた。

「マイの携帯にも全く同じ動画が残ってるの」

 クーラーの効いた部屋の中で汗が一筋、俺の首筋を伝う。

「これ、ヒロトに見せた? 」

「ううん、何か……怖くて。見せるのも、会うのも」

「そう、だな」

 確かにこんな映像を本人に直接見せるのは怖い。これが何かのトリガーになりそうな気さえしてしまう。連絡を取り合っているから一応普通に生活している事は知っている。でも廃墟へ行って以降、俺もヒロトに直接会ってはいない。

 それにこんな異常な映像……。俺がヒロトだとして映像を見た後にどう対処すべきなのか見当もつかない。映像と全員の記憶の食い違い、謎の骨壺、ヒロトの叫び声、この超常現象じみた事に対して、明確に解決策を見いだせる奴なんているのか?

「とりあえずヒロトには伝えずに、お祓いに行こうと思うの」

 俺がどうするべきか悩んでいると、マイが顔を上げて言った。泣いていたようで充血した目が濡れている。ユカも賛同しているらしく、俺を見ながら頷く。

「・・・そうだな」

 俺もそれを肯定した。そのほかに何も思いつかなかった。




 ユカの家からの帰り道。俺は廃墟に入る前に撮った集合写真を思い出した。写真フォルダを開いて選択すると画像が展開される。俺の手は少し震えていた。

 集合写真には俺達の他に何も写ってなかった。

 ほっと安心する直前で、気づく。俺達の他になにも写っていない。なにも。

 フラッシュも焚いてたし、車のライトも点いていた。バックには色褪せているとはいえ白い建物があったのに、背景も周辺も真っ黒に塗りつぶされている。


 俺達4人がどす黒い闇に浮かんでる。



 この集合写真は誰にも見せることなく消去した。





 後日、ヒロトには詳しい事は話さずに『何もしないと気持ち悪いから』という理由で全員でお祓いに行った。久しぶりに全員で集まった時、ヒロトは特に変わりなかった。少し痩せた様に見えたけど元気そうだった。少しぎこちなかったのは俺も女子二人も同じだ。

 お祓いに行った後、俺達の間にあった緊張感の様なものが少し和らいだと思う。その後もヒロトを含めて俺たちは変わらずに大学生活を過ごした。みんなヒロトに対しての後ろめたさみたいなものがあって、何か変化がないか見守っていたんだと思う。



 数か月が経ったが、今のところヒロトに異常は見られない。
































 ごめん。綺麗に終わらせたかったけど、やっぱりこれを書かずにはいられない。

 不安で不安で仕方ない事があるんだ。


 誰も確証がないんだ。動画はヒロトが絶叫したところで終わっていたし、あの時はみんな無我夢中だった。


 でもきっと、ヒロトは一番最後にあの部屋を出てる。立ち位置的に確実だ。

 つまり、みんなで逃げた時にヒロトは最後尾にいたんだ。車に到着するまで誰もヒロトを見ていない。


 罪悪感を抱えながら誰もその事については触れない。怖いんだ。もう関わりたくない。


 でも多分ユカもマイも思ってると思う。


『まさかヒロト、骨壺アレ持ってきてないよね? 』


 


 あんな場所に行くんじゃなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

縺薙l縺瑚ェュ繧√※縺セ縺吶° 葦名 伊織 @ashinaaa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画