終わらない宿題

仁志隆生

終わらない宿題

 夏休みももう最終日。

 僕は宿題をどうしようかと頭を抱えていた。


「なあ、どうしたんだよ?」

 半ズボンでランニングシャツで丸刈り。

 僕の友達、ゲンが無邪気に手を引いてくる。


「何って、どうやって終わらせようかと思ってたんだよ」

「そんなの後でいいじゃん。遊ぼうぜ」

 ゲンはほんと人の都合お構いなしで強引だ。


「う~。それで、何したいの?」

「外出て鬼ごっこしようぜ」

 ゲンがまた僕の手を引いて言う。

「ダメ。まだ暑いからそんなことしたら死ぬよ」

「こんくらいでかよ。弱すぎだろ」

「おのれと一緒にすんなあ!」

 思わず声を上げてしまった。

「う、う。じゃあ夕方なら涼しいからいいだろ」

「夕方でも暑いってば。そうだ、宿題手伝ってよ」

「やだよ、自分でやれよ」

「そう言わずにさあ、お願い」

 僕が手を合わせて言うと、

「うーもう、分かったよ」

 うん、なんだかんだで僕のお願いも聞いてくれるんだよな、ゲンは。




「てかさあ、もっと簡単なのにすればよかったのに」

 ゲンが文句言いながらも手を動かす。

「ここまでやったんだから完成させたいんだよ」

 そうは言ったものの……。

 たくさんの割り箸でスカイツリーの模型を作ってたんだけど、高さ150cmのはやりすぎだったかも。

 けどゲンとならできそうだ。

 そして……。




「できたー!」

「うおおお、やった!」

 なんとか完成した。うん、ゲンも嬉しそうにしてくれてる。

 よかった。


 時計を見ると、もう夜の11時だった。

「あと一時間で夏休みも終わりだね」

「そうだなあ。楽しかったな、海行ったり山でキャンプしたり、祭りの屋台で金魚すくいしたりさあ。来年もそうしたいな」


「……もういいだろ」

「ん?」

 ゲンが首を傾げる。

「来年もって、

「何回もって? あれ? ……あっ」

 ゲンは目を見開き、そして僕の顔を見つめた。


?」

 僕が聞くと、ゲンは静かに頷いた。




 僕が気付いたのはその昔、夏の初め頃に がゲンを家に連れて来たときだった。


 ゲンは四十年程前の夏休みの終わりに病気で亡くなった。

 たった九歳で……。

 ゲンはその年の夏休みはずっと病院にいた。

 最後に会った時はもっと遊びたかったって言ってた。


 だから最初はそれが無念でまだだったのかと思った。

 たまに夏になると似ているなあって子を見かけていたが、本人だったと後で知った。


 だから思いつく限り一緒に遊んだ。

 そして夏休みの終わりと同時に見なくなり、息子もゲンの事を覚えていなかった。


 けど翌年も現れて、うちに来た。

 聞くと前の年の事は覚えてなく、なぜか僕を子供の頃と同じように見ていた。

 そして最後の日にはまた来年もって言った後で思い出して消える。

 それをもう、二十年以上……。


「なあ、まだダメなのか?」

「うー、分かんないよ。もう充分なつもりだけどなあ」

 ゲンは首を傾げる。

「そうか……」

「ごめんな、おれは毎年楽しんでるけど、ずっと考えてくれてたんだよな」

「いいってば。僕達は友達だろ」

「うん、もしまた来年も来たらよろしくな」

 ゲンが笑みを浮かべて言った。

「……ああ」

 僕はゆっくりと頷いた。

「うん、じゃあ」


 日付が変わったと同時に、ゲンの姿は消えた。


 それと同時に涙が溢れてきた。

 おそらくまた会えてしまうと感じていた。

 それが悔しくて、少し嬉しくもあって……。



 だけど、

「……今度こそ、この長い宿題を終わらせるよ」

 僕は涙を拭って二人で作った模型を見つめた。

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終わらない宿題 仁志隆生 @ryuseienbu

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