私たちには残業がない

烏川 ハル

監視任務

   

「いましたよ、あの女の子です」

 相棒が指し示す方向に目をやると、小さな公園があった。

 いや「小さな」ではなく、ここでは標準的なのかもしれない。数十メートル四方の敷地の中に、木製や金属製のオブジェが設置されていた。

 おそらくは滑り台やジャングルジム、登り棒などと呼ばれる遊具だろう。子供たちが登ったり降りたりして遊んでいる。何もない土の上で走り回っているのは、鬼ごっこのたぐいだろうか。


「公園で遊ぶ子供、結構いるんだな……」

「そりゃそうでしょう。利用者が少ないなら、公園なんて必要ないでしょうし」

 独り言みたいな私の呟きに、相棒が反応する。

 私としては「『結構いる』中のどれが目的の子供なのか」というニュアンスのつもりだったのだが、そこまでは伝わらなかったようだ。

 相棒の方へ顔を向けると、彼女はいつもの笑顔を浮かべていた。

 ふんわりした黒髪と大きめの丸眼鏡によく似合う、チャーミングな表情だ。最初の頃は可愛らしいと思ってしまったけれど、今ではそんな印象もすっかり消えていた。


 私の視線から、何か感じ取ったのかもしれない。彼女が説明を付け加える。

「ベンチの女の子ですよ、我々の監視対象ターゲットは。ほら、ぬいぐるみをかかえた女の子です」

「ぬいぐるみ……?」

 小さく聞き返しながら、相棒から公園へと視線を戻せば、確かにそれらしき子供を発見できた。

 他の子供たちが元気に遊び回る中、ポツンと一人で、奥のベンチに座っている。情報では八歳のはずだが、それより幼く見えるのは小柄なせいだろうか。

 布製らしき人形を、膝の上に乗せている。彼女の口元まで届くほどだから、かなり大きい玩具おもちゃだろう。白と黒の二色に塗られた人形で、その形から判断すると……。


「ああ、ペンギンのぬいぐるみか」

 これも独り言だったのに、無駄に相棒が反応する。

「大雑把に言えばペンギンですが、正確には別の海鳥ですね。あれはオオウミガラスといって、この時代には既に絶滅したしゅですよ」

「ずいぶんと詳しいのだな。もしかして……」

 私は目を細めながら、再び相棒の方へ向き直った。

「……その絶滅云々の話。私と組む前に、関わったことのある案件なのかい?」

「まさかぁ。そんな大きな仕事、私みたいな若造に回ってくると思いますか?」

 彼女は肩をすくめながら、ニヤニヤとした笑みを浮かべる。口では否定しているものの、なんだか曖昧な態度に見えた。


 そんな相棒から視線を逸らして、改めて公園の方に目を向ける。

 監視対象ターゲットの女の子は、ぬいぐるみをただ抱きかかえたまま、大人しく座り続けていた。

「父親が仕事から帰ってくるまで、公園で待つ……。それが彼女の日課のようですね」

「こんな開放的な場所で、あんな小さな子供が一人で……?」

 思わず驚きの声を上げてしまうが、すぐに気づく。

「ああ、そうか。そういう時代なのか……」

「ですね。もうちょっとつと、そういうのは危険って考えも浸透するみたいですが……。この『昭和』ってところは、まだまだのんびりだったんでしょうね」

   

―――――――――

   

 しばらく見ていると、ペンギン人形の腕がヒョコッと動いた。

 問題の少女が、超能力を用いたに違いない。

「まずい! サイコキネシスの発動だ!」

「この時代的に言うならば『念力』ですね。でも……」

 慌てる私とは対照的に、相棒は落ち着いていた。

「……大丈夫ですよ。ほら、誰も見ていませんから。それに、あの程度なら、万一見られても『腕が動くギミック内蔵のぬいぐるみ』って誤魔化せるでしょう?」


 確かに、この時代ならば、少し前までの超能力ブームも終わり「スプーン曲げはトリックだった」みたいな考え方が主流。だから些細な超能力くらいは、誤魔化すのも簡単かもしれない。

 そんな私の考えを読んだかのように、明るい声で相棒が呟く。

「今回は楽な任務ですよね。時代的に露見しちゃいけないものが露見しても、上手く取り繕えそうだから、始末しないで済むでしょうし……。穏便な仕事、大好きです」

   

―――――――――

   

 その後は、特筆すべき出来事が発生することもなく……。

「そろそろ仕事終わりの時間ですね。さあ、帰りましょう」

 と、相棒に肩を叩かれる。

「この時代の人々には『残業』の概念がありますが、我々は違いますからね」

 彼女の言う通り、私たちは時間外労働をしない。

 引き継ぎのチームは、彼らの就業時間が始まっていないため、まだ来ていないが、それでも私たちは戻らねばならないのだ。

 こんなシフトで監視任務だなんて杜撰もいいところだが、これがお役所仕事というものなのだろう。


「今更ですけど、我々が就業時間に制限されるのって、なんだかちょっと皮肉ですよね。自由に行き来できるって意味では、我々は『時間』に束縛されていないのに」

「ああ、そうだな」

 珍しく心の底から彼女の言葉に同意しながら……。

 腰に下げた小型機器のスイッチを押して、今日も私は相棒と一緒に、本来の時代へと帰っていくのだった。




(「私たちには残業がない」完)

   

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私たちには残業がない 烏川 ハル @haru_karasugawa

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