第4話 最悪ストロベリー×クリムゾンローズ×クラーケン

天が明けてゆく────────……


ネムってたまっていた白いまどろみが頭のナカからすこしづつ抜けてゆく……


『すー…すぴー……ばぴー……すー……』


そしてすごくいいリラックス音がする文鎮が俺の上に。


ん?


目覚めると覆いかぶさっている。

ベッドらしき上で……俺の上に文鎮ではなく──彼女が寝ている。

彼女の寝息が左の耳にきこえてくる。


俺は彼女のおもみと横顔を確認し、知らない飾り気のない木の天井を見た。


このまま彼女の寝息をきいているのもしあわせだが、眠るほどに待ってくれていた彼女に申し訳がない。俺は彼女の……なんとなく……みみたぶをこちょばしながら────


「ふふっ、ふっ、びーばーちゃんす……ふふっ、ヤバ……ふっ」


彼女はわらいながら、やがて目覚めた。

寝ぼけた彼女の顔面が近く見つめ合い……じーーっと見つめ合い。


「おかえり、ふふっ」


彼女はそれだけ……笑った。

俺も──笑っていた。





それから俺はこの謎の小部屋で、となりの彼女から俺が女海賊のフックを食らったあとのストーリーを聞き出した。


「風のガムを……売った?」


「うん、だからガムと、キミと、交換、はは、ふふ」


「俺の価値ってガムぅぅ!?」


「うん、はは、うんよくガムバック、ふふ、ガムだけに、はは」


どうやら彼女は持ってきていたガムのお菓子と俺のことを交換したらしい。

風のガムとは、すーすーする成分。…なんだ? キシリトール? メンソール? 何かは忘れたがとにかく口の中ですーーっとするガムの味が、風の味なんだと。

海賊が現代人の俺の彼女にガムをもらったらのシチュエーションを徹底しているのか?

地味にシャレオツな表現をしやがる。


とにかく俺は彼女のもってきた風に助けられたようだ。

さすが俺の彼女。


そして木扉がゆっくりときしみ開き────ヤツがしれっとやってきた。あの赤髪と緑の眼帯が、俺をここが船室で船の上のコスプレ会場の延長なのだと思い出させる。


「これはいいものだ、貴様のイカサマじゃんけんよりな。フッフ」


イカサマはしていないけど確かに風を吹かすなどと……騙してはいた……。今になって思えば海賊に騙し合いで勝てるわけはない、のか?


女海賊はカシャカシャと……妙に、酒でもゆらすような手つきで丸いお菓子のガム箱を片手に揺らしている。

ガムひとつとっても様になる……悔しいが演技力に長けた稀代の役者だともはや認めざるをえない。


「あっ、赤もじゃ、いっこ────? ふふっ、ナイスもじゃ、んにゃんにゃ……はは、梅味」


俺の彼女はこわいもの知らず、女海賊もガムひとつで手懐けてしまうほどにすごい。もはや赤もじゃも『フッ』と鼻でわらうだけで、俺の彼女はどこにいっても変わらない俺の彼女らしい。


俺はガムをひとつつまみこちらに駆けてきた彼女を、笑った顔でそのまま口をあんぐりと開けて待つ。


「ふふ、もぐもぐタイムのじかんだよビーバー、あーーーーー」


接近してきた彼女も同じようにおおきく口を開けながら、


その手がやさしく、

そっと、

ゆっくり──



「ん!??? ンンン!????」



「私の船員に触れるなイカサマ男、フッフ、──うまいか?」


俺の彼女の手をはじき、

横から無理矢理鉛玉を喉奥に突っ込まれた。


味はストロベリー、世にも最悪な甘さのストロベリー。


スースーする……赤髪女海賊のあやしい微笑みを添えて。





俺は彼女と甲板すぐ下のしらない部屋を抜け出して、夜の月明かりと海風の当たるデッキへと繰り出した。


そこでは、子分たちが宴会をしているのか飲んだり食ったり踊ったり釣ったり自由に騒いでいる。日があった頃とは船上の雰囲気が違う種類のものに変わっていた。


階段から現れたこちらに気付き手を振る者もいる、もちろん俺にじゃなくて主に手を振りかえす俺の彼女のファンなのだろうが。俺も一応愛想良く振っておいた。


彼女はそのまま駆けていき子分たちと話しにいった。

様子から馴染んでいるようだ……。


期せずしてひとりになってしまった俺は、海賊たちの酒臭い吐息の酒の誘いと絡んでくる要らないちょっかいを避けながら──探すと……

カトラスの刃を布で拭きメンテしている……樽の椅子に座る赤もじゃを見つけた。

やはり用がある俺は意を決して、そのこちらを一瞥もしない横顔に話しかけた。


「あのぉ、そろそろ俺の彼女を」


「私のだ」


「えぇー…!」


「お前は小娘に買われて、私はこの風のフルーツガムと元気な小娘を買った。フッフ、勉強になったな。風を読めないイカサマ小僧」


「……」


ガムをひとつ頬張りながら、また女海賊はカトラスをふきふきし始めた。


どうしよう。完全に役に入りこんでやがる……。

そろそろ帰りたいのだが……それにしてもここって。

目を逸らしてきたが……。リアルな海の音がする……。

セットではない壮大な雰囲気の……


穏やかな雰囲気……今はへんに噛みつくときではない。

そう思い女海賊のすこし離れた横でだまり、

俺がなんとなくカナタを見渡して聞いていた海の音が────────止んだ。



変に静かになった、おもむろに立ち上がった赤髪は鋭い目つきで周囲をキョロキョロと確認していく。


子分の釣り師は竿を凪いだ海面に垂らしながら、身体を使いめいっぱい何か重いものを引いてる。手の空いている仲間をちょちょいと手招き、せーので────




〝べちーん〟




甲板に稲妻のような衝撃が太く一本走り、


釣り上げたものたちは逆に吊り上げられ、子分たちはわたわた慌ただしく散ってゆく。


そして俺はいきなり船を襲った衝撃に立っていられず尻餅をついた。



「吹いたと思ったら凪ぎ、凪いだと思ったら次から次へと、とんだイカサマがきたな!」


「いっ、イカサマぁ!? ってイカぁ!? の足ぇ!?」


「はは、イカ様、イカさん! げそーーん、すごっヤバ! イカ焼き1000年分、はは!!」


「馬鹿言え1000年は伝え棲んでいる深海の悪魔クラーケンだ! 全員大波に備えろ! 舌を噛むなッノリこなせ! 砲手、魔砲で狙い打てっ! 3つある悪魔の目をぉ先ずは潰せ! ヒャッパツでな! ぶち込めッッ!!!」


海面を盛り上げ、水の膜の衣装をまといその巨大な姿をのっそりと現したクラーケンの顔を目掛けて……手慣れた砲手が移動式魔砲に玉を込め撃ってゆく。


やがてすぐに花火のようなカラフルな閃光と、激しい爆発音が海上船上に響き渡る。


イカ焼きになったかは分からないがダメージを受け沈んでゆくクラーケンは……────────数多の触腕がランダムに甲板に絡まり打ち付け、いりみだれはじめた。


「うおおおおおおお触手がっっえ、きてええ!??」


俺の方に打ちつけんばかりに影になり迫った太いうねりは────


「チッ、────貴様はそこでじっとしていろ! 魔鯨用のサンダーアンカーロープも放て! 遠慮など死んでからだ、臭いゲソを自由にさせるな!」


砲弾がコントロールよく炸裂し、ゲソがちぎれた。

俺の前に立った赤髪は移動式の魔砲を蹴りつけながらキャスターを動かし離れた子分へと返す。


「くっ、いきなりこんな奴が底から来るとは。凪を運んだ船の末路を……直々に見せようというのか? フザけるな」


じっとしていろと言われても……倒れながらも俺はこの焦燥が渦巻き揺れる甲板で、そんなことよりも首を目を必死に動かして彼女を探した。

あちらこちらで砲撃の音、勇ましい声、怒号、海を打ちつけ怒る音が。



「ソレっ、もってったらどろぼー、──ビーバーパンチ!」



ゲソに巻かれて海の方にもっていかれそうになっていた子分たちは甲板上に失敗したクレーンゲームのようにおちてゆく。

太いイカゲソが、跳躍し放たれたグーパンチのじゃんけんに負けて鮮度よく弾け散った。



彼女は!? 俺の彼女はなんかつよい!!!


彼女はそのビーバーのチカラで仲良くなっていた船員を助けていた。

俺の彼女ならそう……するっ!

俺の過大な心配など彼女には無用に等しくあった。こんな状況でも彼女らしく、強く振る舞い、無邪気に強くグーパンを放っている。


ゲソを焼いたり殴ったりロープで痺れさせ縛ったり、撃退していったものの……またまた何本あるのかわからないクラーケンさんの足がうねうねと性懲りもなくうねり海から船上に近付いてくる。



「フッ──紛れた賊がセットとはそういうことか。よし全員よくやった────だが、ひとりでもこの先、下手をうち海に落ちてみろ、ワタシが鮫の餌になる前にこの棘をブッ刺して──殺す!!! 不味い酒を飲むより海を呑めっ、〝神力解放〟だクリムゾンローズ海賊団!!! 無賃乗船のイカゲソ野郎を切り刻め!!!」


「はは、じんりょくじんりょくー、彼氏くん、クリムゾンローズチャンスだよっ! はは、かいほー、はいほー、ひゃっほーー」


勇ましい女海賊船長の号令に、刃を掲げ、銃を天に鳴らし、クリムゾンローズ海賊団の不思議な海神力がみるみる高まっていく。

彼女は手をふり遠くから俺に大声で話しかけているが、もはや彼女のスペックではこんな荒波と巨大イカのシーンは余裕でも、平凡な俺の方はまったく余裕がないバクバクしっぱなしの心臓がこのペースではもちやしない。


「なんだじんりょくってぇ!? 俺も解放!? できんの!? いや俺は、俺と俺の彼女はなんたら海賊団じゃねぇ!? くりっくりむぞうおおおおおきてるううう!!!???」



敵は人間でも海賊でも役者でもない、骨でもない。

揺られているのは同じ戦場、同じ船上、

粒の大きい冷たい雨が降り、数多の触腕が龍のように赤いマストをかかげた獲物へと襲い来る。

俺と彼女とクリムゾンローズ海賊団の、深海の悪魔クラーケンとのきけんなきけんな海戦がはじまった────────。





つづく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

俺の彼女は死ぬほど顔面が可愛いけど処理にこまる小ボケが多い不思議さん、あとクール、あと無邪気、あとつよい 山下敬雄 @takaomoheji

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画