第20話 プロジェクトの序章
次の日、カナトは珍しくこのオウカの人々へ馴染む洋装へと着替えていた。普段か、シックなフリル付きの衣服とは違う、カジュアルな黒の春ジャケットに身を包む彼に、リオは衝撃を受けて固まってしまう。
「げ、現パロ……!」
「……!!」
「やはり似合わないだろうか……」
リオの素朴な発言に、サクラがかつてないほど衝撃を受けている。
言わば中世がモチーフのキャラクターが、ある日突然現代の衣服で出てきたような感覚でとてつもない興奮を得ていた。
「現パロは素晴らしいですよね!! 本来のキャラのイメージからちょっと違った雰囲気とか、趣味とか嗜好がちらついて本来気づき得なかった魅力が感じ取れると言うか……!」
「サクラさん??」
「サクラ??」
唐突なサクラの早口は、相槌すらも挟ませないほどの熱量があり二人は思わずみじろいでしまう。
当の本人はそんな二人の態度にハッとして顔を真っ赤にしていた。
「す、すみません! リオ様も、現パロがお好きなら、私もすごく、嬉しくて……」
「え、はい。好きです、もうなんと言うか……」
カナトを見ると彼は首を傾げている。
サクラもリオの横に並んで遠目でカナトを見直した。
「なるほど……! カナト様はお忍びの際はいつも洋装なので気にしておりませんでしたが……、確かに近いです!」
「ですよね!!」
「何を二人で盛り上がっている?? 目立つなら着替えてくるが……」
「いえいえいえいえ! 是非そのままで!!」
「カナト様、大丈夫です! 大変お似合いで馴染んでおりますよ!!」
「そ、そうか? 洋装は本当に久しぶりで、慣れないが……」
「とってもいいです! かっこいいし……」
「そうか、リオに言われると嬉しい」
笑うと美しい顔が更に映える。その笑顔を見られるなら、まだ数年オウカに住めるとすら思えた。
「では、出かけよう」
「よろしくお願いします。サクラさんも」
「私は護衛ですのでお気になさらずに」
サクラも今日は私服で春らしいレースのワンピースを着ていてとても可愛らしい。美しく可愛い男女に囲われて、リオは両手に花を持っている気分だった。
「リオ様、楽しそうです」
「はっ、すいません。つい美男美女揃いで……」
「あら、照れます」
三人は、バトラー・ジョセにアークヴィーチェ邸の私用車へと誘導され、そのまま街へと繰り出した。
日曜日のその日は普段よりも自動車が多く行き交い、混み合うかとも思われたがジョセがまるで知っているかのように裏道へと入り、スムーズに自動車を走らせてゆく。
そして徐々に風景が変わり、特徴的な建物が視界へと入ってきた。
専用の降車場にはたくさんの人がいて、長蛇の列の先にあるのは、この首都クランリリー最大のテーマパーク。オウカ・ファンタジアランド。
「ディズ……」
「どうした?」
「いえ、日本にも同じような施設が、でもネズミさんなのですが……」
「あら、そうなのですか? こちらはウサギさんでリリーって言うのです。もふもふです」
「ほんとだ、かわいいー!」
パンフレットのキャラクターをみて喜ぶ二人に、カナトはうまくついてはゆけない。このテーマパークは、サクラに勧められて企画はしたものだったが、パークに入る前から楽しそうにする二人をカナトは遠目で見ていた。
「あっちに等身大パネルもあります! 写真撮りましょう!」
「撮ります撮ります!」
「入らないのか……?」
見送りにきたジョセもつられて笑っていた。入り口となるエントランスで15分は遊んだ3人は、意気揚々とパークの中へと入ってゆく。
日本と同じテーマパークを想像していたリオだったが、中は別物でその景色の違いに思わず感動もしてしまった。見える範囲にも、初めて見える建屋にジェットコースター、観覧車、花時計などがあり、メインキャラクターの着ぐるみにも列が出来ている。
「リリーちゃん! 本物です! 本物ですよ!」
「かわいいー!! 写真撮りましょう!!」
「また撮るのか……?」
結局、30分並んで一緒に写真を撮っていた。その後もサクラに手を引かれジェットコースターに乗り、パークのおやつを楽しみ、施設内のアトラクションを一つ一つ楽しんでゆく。
どのアトラクションにも列が出来ているのに、まるで特別扱いのように優先的に中へと通され、リオは逆に不安になっていた。
「アトラクションが全て楽しめるファーストチケットです。ウォレス様がここの株主で……」
「株主!?」
「父はこのような遊びに興味はないが、建設時に融資もしていたらしく、毎年送られてくるんだ。私も父も行かないので余っていた」
「すごいですね……」
「我が国は、この観光施設をオウカの目玉として広告も出している。人が多くて何よりだ」
「このチケット、グッズクーポンもついてるので、後で買いに行きましょう!」
サクラのテンションの高さにリオすらも圧倒されてしまう。次に入ったアトラクションは、水上を進むいわゆる急流滑りで、リオとサクラは最前席で座り、カナトはその後ろだったが、高所から一気に滑り落ちる最中に写真を取られ、リオとカナトのひどい顔が絵として残ってしまう。
「わ、私とした事が……!」
「カナト様、もしかして苦手でしたか?」
「恥ずかしい……!」
見たくもなかった二人だが、サクラが悪ノリで現像していた。あらゆるアトラクションを楽しみ、午後からはゆったりとした散歩を楽しんだ3人は、観覧車に乗るために列へと並ぶ。
再び3人で乗ると思われたが、サクラが申し訳無さそうに口を開いた。
「ごめんなさい。リオ様、カナト様。私、実は高い所が苦手で……」
「え、そうなんですか? ジェットコースターは……」
「あれは、一瞬なので平気なんです。でも観覧車はちょっと怖くなってきたので、出口で待っててもいいですか?」
一瞬、カナトとサクラの目が合う。察しのいい彼はすぐに目を逸らしていた。
「……わかった。降りたら合流する」
「申し訳ございません」
「写真とってきますね……!」
サクラは、苦笑しながらスタッフに出口へ誘導されていた。カナトとリオは2人だけでゴンドラへと乗り込み、ゆっくりと登ってゆく景色を眺める。
その世界は、大阪の真ん中にある観覧車と似て非なるもので、景色の奥には巨大な宮殿の城壁も見えてくる。上昇していく度にその全貌は美しい桜紋に近い事に気づきリオは思わず見入っていた。
「気に入ったか?」
「はい! とても素敵な世界だと思います」
「そうか。そう言ってくれるなら、私も幸いだ」
目を合わせないカナトへ、リオは僅かな違和感を覚える。そして、ここまでずっと支えてくれた彼に、何もお礼が言えていないことに気づいた。
「カナトさん。改めてになりますが、本当にありがとうございました」
「リオ……?」
「貴方に出会わなければ、今の私は居なかったし、助けてもらわなければ、騎士さんに捕まってたかもしれない。そんな恩人なのに、間借りまでさせてもらって……」
「私は、気にしてはいない……それにあの邸宅は部屋も余っていて、賑やかになるのが私も嬉しいぐらいだった……」
「よかった。でも私も、1人の人間としてカナトさん何かしたいと思ってて、何かありませんか? 自分で考えても思いつかなくて……」
カナトはリオの言葉に驚いたのか、広がるオウカの景色へ意識を逸らしていた。そして、まるで言葉を絞り出すように口を開く。
「それは……気にしなくていい。友達は見返りを求めないものだからな」
「友達ですか? 嬉しいです。じゃあ何か困ったらなんでも言って下さい。できる事は少ないかもですが……」
「……」
少し反応が鈍く、リオは言葉を間違えただろうかと不安になる。ほぼ仕事の話しかしていないのに大きく出過ぎたようにも思えた。
「す、すみません。カナトさんの助けになりたい気持ちが大きくて……」
「……なら、少し不粋なことを聞いても構わないだろうか」
「不粋? なんですか?」
「……エーデルワイス卿とは……いつも、どんな話を、しているんだ?」
目を合わせず、言葉に詰まるような問いにリオはキョトンとしていた。想像していた質問とはまるで違い、思わず聞き返してしまう。
「エリオットさんですか?」
「あ、あぁ、気が合いそうだと、思っていた」
「はい。あの、秘密にして欲しいのですが、エリオットさんのご友人も日本から来た人がいたみたいで……」
「……! それは本当か?」
「びっくりしますよね。そうなんです……!」
リオは、エリオットから聞いたアツシ・ヨネザワの事を少しだけぼかしながらカナトへと話した。エリオットのついた嘘は話さず、アツシと言う人物と共に旧桜花通信公社を運営し、「ダイヤルアップ通信」普及させたと、カナトはオウカでの通信用語が、同じく日本からきたリオの物と同じである事に接合性を得て納得する。
「リオより先に、この世界へ来た日本人がいたのか……」
「そう見たいです。それで私、嬉しくてすぐ相談できなくてごめんなさい」
「私達は、そもそもリオを疑ってかかっていた。話せないのは仕方がない。しかし、もう一人、日本人がいたのは驚いた」
「はい。でもあの、今はもう行方不明みたいで、帰られたんだと思うんですけど……」
「それ程の功績を上げたのなら、名が残っていないほうおかしな話だ。しかし確かに、アツシ・ヨネザワという名前に聞き覚えが無い……」
「みんな忘れてしまって、エリオットさんはとても寂しそうにしてました。それで似た言葉を私に興味を持ったって」
「似た言葉……」
じっと見られ、リオはぎくりと身体を震わせた。しばらくの間、お互いに見つめ合いながら言葉を待つ。
「気になってはいたが、なるほど、それが日本語なのか」
「え? いえ、違いま、いや、違わないんですけど、これは、方言みたいなもので……」
「ふむ? 東国人と似ているので、さほど気にしていなかったが……」
「また東国?!」
「現在では話す人々もかなり減っているという。私は、父の仕事の都合であったことはあるが……、うーむ」
「似ていますか?」
「私の所感では、東国人の言葉は少し聞き取りづらいので似ているだけにも思う。リオのそのままでは無い」
「そうなんですか?」
「説明し難いが、エーデルワイス卿が、言葉の違いでリオを日本人だと見抜けたのなら、よほど強い思い入れがあったのだろう……少し同情もしてしまう」
「同情……?」
カナトの声のトーンが少し寂しく響きリオは困ってしまった。
「すまない。私も、リオの事を忘れたくはないと思ってしまった。エーデルワイス卿もきっと同じ気持ちだったのだろうと……気にしないで欲しい」
「あ、ありがとうございます。エリオットさんはアツシさんが残した『花霞』に全てをかけていました。いつか帰ってくるって信じて、ずっと待っていたエリオットさんを、私は無碍にはできなくて……」
「たしかに、それならばエーデルワイス卿のあの執着にも納得だ。今、話を聞いたからこそだが、私は卿にひどい事を言ってしまっただろう、また謝っておこうと思う」
「そうなんですか?」
「希望を持つ相手に現実を叩きつけた。殴られかけたが当然だ。
「……!」
「『花霞』は、エーデル社へ特別な場所を作って保管しよう。エーデルワイス卿と居たであろうもう1人の日本人の為にも『花霞』の功績を後世へ残したい」
「それは私も嬉しいです……!」
カナトの浮かない表情がいつのまにか自然な笑みへと戻っていた。ゆっくりと降りてゆく景色の中で、カナトはずっと秘めていた言葉を口にする。
「もう少しだけ、いいだろうか?」
「なんですか?」
「リオにとって我が家は……居づらいのだろうか? もし、不満があるなら聞きたい……」
リオは、まるで寝耳に水のような表情をしてカナトを見た。その思いもよらなかった感情に、カナトも悪いことを聞いてしまったように感じてしまう。
「いえ、全くそんなことは……むしろ、贅沢すぎて申し訳ないと言うか……」
「申し訳なく思う必要はないっ! リオ来てくれて、使用人達も喜んでいる。だから、その……好きなだけ、居てくれて、構わない……」
リオは、かなり恥ずかしそうに目を逸らすカナトをしばらく観察していた。
あからさまなその態度は、まるで「出て行かないで欲しい」と、引き止めるようだからだ。
「気持ちはうれしいのですが、流石に成人してるのに、よそのお家に居候するのは情け無いと言うか……」
「そうか……」
「でも、カナトさんがしてくれた事を私は忘れません。朝のティータイムもとても楽しいので、社宅に入居がきまるまではお世話になっていいですか?」
「それはもちろんだが……どのくらいだろうか?」
「多分、2、3ヶ月単位だと思います。確か初任給って入社の次の月ですよね。サクラさんにお金を返して足りなかったらもう少しかかるだろうし……」
「……」
「カナトさん?」
「そうか。そんなに掛かるなら、ゆっくりしていってくれ。私は歓迎する!」
「え、あ、ありがとうございます」
突然明るくなったカナトの表情に、リオも安心していた。彼の期待へどこまで応えられるかは分からない。しかしそれでも今カナトが、リオがいる事を望んでくれるなら、その希望に応えたいとも思えたからだ。
話していたら観覧車は徐々に地上へと降り、二人は出口で待っていたサクラと合流する。
「如何でしたか?」
「とても綺麗でした、見てくださいサクラさん!」
デジタルカメラで撮影した画像を、リオはサクラへ見せている。憑き物が取れたように笑うカナトは、日暮れも近い時刻を見て口を開いた。
「明日は入社が控えている。今日はこのぐらいで帰ろうと思うが……」
「えー、夜には花火がみれますよ! 見て帰りましょうよー!」
「サクラさん……」
まるで子供のように駄々をこねたサクラだが、カナトは個人で来るといいと切り捨てていた。
バトラーが来るまでの間、ショップで時間をつぶし、三人は日暮に合わせるように帰りの自動車へと乗り込んでゆく。
うとうとと目を瞑ったリオの横で、カナトは頬杖をついて沈みゆく夕陽を眺めていた。
「お話はできましたか?」
助手席のサクラの言葉に、カナトは返答に迷う。隣に座るリオは、クッションを抱きしめて眠っていた。
「あぁ、ありがとう、サクラ」
「仰せのままに、次回は泊まりで来ましょうね……!」
「個人でいいのでは……」
「はは、あまり話されますと、起きてしまわれますよ」
バトラー・ジョセの小声に、二人は口を噤んでいた。
*
リオが気がつくと、夕日だった陽はいつの間にか美しい朝の光となっていた。
一瞬何が起こったか分からなかったが、部屋には、買って帰ったお土産な放置されていて思わず叫びそうになる。日本にいた頃、過労でそのままベッドに倒れ、朝まで寝てしまう癖が治っていない。
リオは、目前に迫る出勤時間に備え、シャワーを浴びて着替え、昨日運ばれたのであろう夕食をかきこみ、内線で朝食は要らない事を伝えて準備を整えた。
長い髪を必死にドライヤーで乾かし、邪魔にならないよう二つに括っていると、再び内線からカナトのティータイムへの呼び出しがくる。
路線バスの時間が近いのに何を言っているんだと思い、最大限にオブラートへ包んで断るとリオは部屋を飛び出した。
場所は違うのに、大阪とほぼ同じ生活をしていることが情け無い。大急ぎで邸宅の出口へ走る最中、廊下から見える中庭にカナトがいて、優雅にお茶をしていた。
「リオ! もうでるのか……?」
「カナトさん!? もう後1時間で出社時間ですよ!」
「エーデル社は、フレックスタイム制で私は午後からでも構わないと言われているが……」
「そういう問題じゃないです! 新入社員は朝から行くのが社会の常識! マナーなんです!」
「そ、そうなのか!」
「当たり前です! では、行ってきます!」
「リオ、待て。それなら私も向かう!!」
カナトはワゴンから手提げ鞄を取り出し、走ってゆくリオへと続く。リオを追いかけるように邸宅を出てゆく御曹司にバトラーはあわててサクラへ連絡していた。
「バスまで後5分しかないやん!」
「リオ、自動車をーー…」
カナトの声は届かず、そのまま邸宅を飛び出して行く二人を更にサクラが追ってゆく。
「お二人とも、お待ちくださいー!」
距離が離れ、サクラの声は届かない。
新たな世界にて、新たな組織に所属したたった一人の日本人は、この国へ新しい技術を普及させる為、この広いオウカ国の社会へと旅立ってゆく。
異世界×システムエンジニア*オタク女子のインターネット開拓記 和樹 @achupika
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます