第50話:レインに家を出て行かれてしまった(父親視点)
「ぐ、ぐはっ……!?」
「うん? って、あぁ、ごめんなさい。ちょっとだけ頭に血が上ってしまったわ」
そう言ってレインは少し冷静になりながら私の胸倉を掴むのを止めていってくれた。ようやく私は呼吸が出来るようになった。
「げ、げほげほ……お、お前……私はこのアルフィード家の当主だぞ……」
「そんな事を誇らしく言われても困るけど。という事で私はもうこの家にいるのすら凄く不快だから今日中に出て行かせて貰うわね」
「い、いや、ちょっと待ってくれって! とりあえず私の話を聞いてくれ!」
「嫌よ。それとも何? 裁判で決着を付けましょうか? こんな証拠の束があるのに大丈夫?」
「うぐ……それは……」
レインはそう言って写真をひらひらとさせながら私に見せつけてきた。そしてそのままレインは私に続けてこう言ってきた。
「……まぁいいわ。この写真は全部アナタにあげるわよ。それに私もこれ以上とやかく言うつもりもないし、外で言いふらしたりもしないわ。だからここは穏便に済ませましょう? という事で今すぐ私と離婚して頂戴よ」
「い、いや、待ってくれ! そもそも何でそんなに怒っているんだよ! 確かに私は不倫をしたかもしれないが……そ、それ自体はそんなに悪い事ではないだろ?」
「……はぁ。アナタのその倫理観の無さにはビックリとしてしまうけど、まぁ百歩譲ってアナタの不倫に関しては今更どうでも良いわ。そんな事よりも私はセラス君を追放した事に思いっきり腹を立ててるのよ」
「え? せ、セラス?」
どうやらレインの怒っている理由は不倫の方ではなく、セラスを追放した事に対して怒っているらしい。
「いや、どうしてレインがセラスの事でそこまで怒るんだ? アイツは別にお前とは血の繋がってないただの他人だろ?」
「例え血が繋がって無くてもセラス君は私の大切な息子よ。そして私にとって大切な息子であるセラス君をアナタが自分勝手な理由で追放したという事に強烈な怒りを覚えたってだけの話よ」
「な、何を馬鹿な事を言ってるんだ……そもそもあんな無能なゴミクズの事を大切な息子だなんて思うなんて……」
「そんなにおかしいかしら? まぁアナタにどう思われても別に良いけどね。私にとってセラス君は大切な息子。その事実には変わりないのだから」
「うぐっ……だ、だがしかし! お前にはちゃんと血の繋がった息子であるシュバルツがいるだろ! そんなシュバルツの事を何も考えずに離婚してこの家から出て行こうとしてるなんて……貴様はシュバルツの母親として失格だ! 実の子供を置いて家から出て行くなんてまさに鬼畜の所業じゃないか!!」
私は息子のシュバルツの事を思い出してそれを話題に上げていった。流石に離婚を回避するには息子のシュバルツを利用するしかない。
「……ふふ」
「な、何がおかしいんだ?」
「ふふ。いや、実は私ね……さっきまでシュバルツと二人きりで話をしたのよ」
「えっ? そ、そうだったのか?」
「えぇ。それでね、私はお父さんと離婚を考えているんだけど、シュバルツはどう思うかって聞いたのよ。そしたらあの子は私に何て言ったと思う?」
「いや、それはわからないが……」
「ふふ、あの子ね……“アナタみたいな年増のオバサンはもうこのアルフィード家には不必要だからさっさと離婚してここから居なくなってほしい”って言ってきたのよ」
「なっ!?」
「しかも“女の価値は二十代までだから三十過ぎのオバサンが僕の母親だなんて凄く恥ずかしかった。でもこれでようやくこんなオバサンが僕の母親じゃなくなるなんてとても清々するよ”って嘲笑しながら言われちゃったのよ。ふふ、よくもまぁ……実の母親に向かってそんな酷い事を笑いながら言えるなぁって逆に感心しちゃったわ」
レインはフフっと笑いながらそんな事を言ってきた。でもそれからすぐにレインはスンっと真顔になってそのまま私に向かってこう言ってきた。
「という事で私はもうこの家に愛想が尽きたわ。今まで私は家族の幸せのために一生懸命に外交の仕事をしてきたというのに……そんな私の頑張りをアナタ達に後ろからコソコソと馬鹿にされてたなんて思うと、いくら家族だとしても怒りしか湧かないわよ」
「い、いや、別に私達はレインの事を馬鹿になんてしてないからな……」
「ふん、何を言ってるのよ。私の事をいつも心配してくれてたのはセラス君だけじゃないの。あの子だけはいつも私の事を凄く労わってくれる本当に優しい息子だったわ。そしてそんな優しい息子のセラス君がもうこのアルフィード家にいないというのなら、私もこの家に留まる理由なんてもうないわよね?」
「そ、そんな馬鹿なっ!? お、お前……実の息子を捨てる気か!?」
「捨てるなんて人聞きの悪い事を言わないでよね。むしろ逆でしょ。あの子が母である私を捨てたんじゃないの。私のような年増のオバサンは要らないって言われたんだから私はそれに従うまでよ。シュバルツが私の事を母親だと認めないように、私ももうあの子の事は息子だなんて一切思わない事にするわ」
私がそう言っていくとレインは凍てつくような目でそう言い返してきた。その表情からしてレインは本気のようだ……。
「い、いや、しかし……ちょっと待ってくれ! それじゃあ今までお前がやってきた外交の仕事はこれからどうするんだ! 仕事を放りだして家から出て行くなんて……お前には責任感は持ってないのか!?」
「だからさっきも言ったでしょ。私は今まで家族のために一生懸命に働いてたのよ。そしてその唯一の家族であるセラス君がこの家からいなくなった時点で私はもうアルフィード家の仕事なんてやる気ないわ。あとは勝手に自分でどうにかしなさい」
「ぐっ……だ、だが! シュ、シュバルツの言う事も一理あるはずだ! お前は既に三十を越えた年増の女という事には変わりないはずだろ!」
「? えぇ、そうね?」
「ふん、そうだろう! だからもしもお前が今すぐ私と離婚をしたとして……お前みたいな女がこれからどうやって第二の人生を歩むというんだ! お前のような三十過ぎの年増の女に新しい嫁の貰い手など絶対にあるわけないんだぞ!」
「えぇ、多分そうなるわね」
シュバルツが言った事もあながち間違いではない。何故なら貴族令嬢の役目というのは我々のような優秀な男の子孫を残すのが最優先の仕事だからだ。
だからレインのようなもう若くない貴族令嬢には価値などほぼないと言っても過言ではないのだ。
そしてそんな年増のレインが今から離婚して独り身になったら……これからは一人きりで生きていかなければならなくなるという事だ。
そんなのレインにとってかなり大変だという事は誰の目から見ても明らかな事だ。
「そ、そうだろ? それならレインも離婚なんてせずにこの家に残った方が絶対に良いはずだ! だってアルフィード家には毎月沢山の税収が入って来るんだからな! だからレインはこの家にいる限り死ぬまで毎日ずっと贅沢に暮らせるんだぞ! どう考えてもそっちの方が良いに決まっているはずじゃないか!」
「別に人生はお金が全てじゃないわ。私一人だけなら慎ましく生きる分にはそんなにお金も要らないしね。というか……アナタ……」
「ん? な、なんだ?」
「いや、セラス君を追放しておいて……まだこれからもこの家に沢山のお金が入ると思っているの?」
「え? ど、どういう事だ?」
私が首を傾げながらそう言っていくと、レインは腕を組みながらジトっとした目つきで私の事を見つめてきた。
「……はぁ、まさか何も知らないなんて呆れたわ。流石に無知過ぎるわよ。魔術の勉強と不倫ばかりしてるんじゃなくて、もっとこの領地についての勉強もしなさいよ。まぁいいわ、それじゃあ私もう出て行くから。離婚届は机の上に置いてるから、それにサインしたらとりあえず冒険者ギルドに送っといて。早くしないと……裁判所で争うからね?」
「えっ? い、いや、ちょっと待っ――」
「ふん、それじゃあね。もう二度と会わない事を願っているわ」
―― バタンッ……
そう言ってレインはさっさとこの執務室から出て行ってしまった。私はレインに対してまだまだ言いたい事が色々とあったんだが、でも……。
(最後に言ったあのセリフは一体どういう意味なんだ?)
レインはこれからのアルフォンス領の税収について何か含みのある発言をしてきた。
私はその発言の意味がとても気になってしまい、そのせいでレインを追いかけるのを忘れてしまっていた。
そして気づいた時には既にレインはこの家から出て行ってしまった後だった……。
ゲームの悪役に転生したけど処刑されたくないからゲーム知識を駆使して真面目に楽してノンビリと生きていく。 tama @siratamak
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