6. Satz:本番、そして前奏曲

(体育館の舞台袖。あなたと歌織は、閉会式の始まりを待っている)


// SE 体育館に集まってきた生徒たちのざわめき


「キミ、もしかして手、ふるえてる? あはは、わたしもだよ……」


「何度やっても発表会のたびに緊張して、いつもうまくできなくて……」


「ね、手、握っていい……?」


// SE 二人が手を取り合う音

// SE 早鐘を打つ、鼓動の音


「よし、深呼吸しよう」


// SE すー、はー、と、ゆっくりとした深呼吸の音

// SE 鼓動の音が、徐々に落ち着いてゆく


「ふたりで、いっぱい練習したよね。最初はメトロノームがないとうまく合わなかったけど、いつの間にかキミのタイミングが、呼吸が、分かるようになってたの。キミの方は……」


(あなたが同意すると、彼女はふにゃりと破顔した)


「へへへ、そっか。嬉しいな」


「大丈夫、演奏中はお互い見えないけれど、わたしたち、すぐ隣にいるんだ。だから――」


(歌織は目を上げてじっとあなたを見詰めると、微笑んだ)


// SE (放送部)『はじめに、弦楽部の発表です』


「行こう。わたしたちの出番だよ!」


// SE こつこつと板張りの舞台上を進む、ふたりの足音

// SE 盛大な拍手


(客席に向かって一礼する、ふたり)


// SE 二つのイスを引く音


// SE ドヴォルザーク『家路』 ※あなたの演奏で、歌織のピアノ伴奏つき


// SE 盛大な拍手


(拍手の中で歌織は立ち上がると、放送部に渡されたマイクを手に取った)


「あの、わたしたちは弦楽部です。バイオリンとか、チェロとかの弦楽器に触れてみたいけど、小さいころからやっていないから無理だと、諦めていませんか? はじめてでも、大丈夫。こちらの彼は、高校に入ってから初めて楽器を触った素人でした。でも、こんなに音を楽しんで弾いています」// マイク越しの声で


「未経験のひとも、もちろん経験者のひとも大歓迎なので、わたしたちと一緒に弦の響きに癒されてみませんか? 興味のある人は、いつでも2-Cの水見のところまできてください」


「ご清聴、ありがとうございました!」


// SE 盛大な拍手が、徐々にフェードアウトする



(間)



// SE 放課後を示す、チャイムの音

// SE ガララっと、引き戸を開く音


「ね、ね、きいてきいて! 入部希望の問い合わせがきたの。それも、四人も! 五人以上になったら、弦楽部がまたできる……!」// 嬉しそうに


「そだね、もうふたりだけの部室じゃなくなるけど……」// 寂しげに


「みんな女子だし」// ボソッと


「だから、そのぅ……あのね……」// もじもじとしつつ


「またふたりでおでかけしよ、ね」


(歌織はあなたに、そう、こっそりと耳打ちした)




《了》


(エンディング:あなたの弾くチェロに合わせて、すぐ傍らで歌織が歌う『遠き山に日は落ちて』)

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放課後、いつもの音楽室で~チェロが伝える、キミのココロの微振動~【ASMR風】 干野ワニ @wani_san

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