エピローグ 明日は終業式

「九州を北上していた大型で猛烈な台風六号ですが、突如その勢力を弱め、熱帯低気圧へと変わり――」


 そんなニュースがテレビで流れていたのが、もう二週間ほど前だ。

 カレンダーは七月下旬。明日は終業式、そして待ちに待った夏休みだ。


「ねえ蒼真、あんたなんでまだ中学生やってんの?」


 登校中、不意に椛はそんなことを訊ねた。

 椛としても蒼真がいてくれることは嬉しいのだが、鵺を打倒した今、実年齢不明の龍である蒼真が公立中学校に通う必要性なんてどこにもないのだ。


「その件は俺も鵺の報告がてらご本家に相談したのだがな、今後も新米陰陽師である君の教育係として残るよう言われた」

「教育係って、蒼真が私の先生ってこと!?」

「そうなるな。家族でも厳しくいくぞ。そうそう、椛に渡しておくものがあった」


 蒼真はそう言うと、カバンの中からレターパックを取り出し渡した。


「追加分の御札だ。今度はラーメンの汁をこぼすなよ」

「それ、私がこぼしたんじゃないんですけど……」


 いっそラミネート加工でもしてやろうかと考えながら、椛は教室の扉を開いた。


「おはー、椛」

「おはよう、巴」

「正木君もおはー」

「おはーだ、廣瀬巴」


 堅苦しいのは堅苦しいのだが、堅苦しいなりに蒼真もクラスに溶け込んできた。椛が見る限り、良く話す男子生徒の友人も何人かできたようだ。少なくとも転校した当初の、超人過ぎて近寄りがたい雰囲気はなくなっている。良い傾向だと彼女も思う。なお、恋する乙女の瞳で近づいてくる女子生徒に関しては、椛が握りつぶしている。


「ねえねえ椛、知ってるー? 旧道のトンネルで出るんだってよ?」

「出るって何が?」

「決まってるじゃん。おばけだよ、お・ば・け。有名動画配信者の動画にも映ってるんだから。ほらー」


 そう言って巴が見せる動画には、確かに何かわけわからない影がいくつも映ってる。


「増えるワカメでも使ったトリック動画じゃない?」

「ワカメってなにそれー。この人ガチの人なんだって。蒼真君もそう思うよね?」


 椛の隣でむっつりとした顔で動画を見ていた蒼真は、なにか納得いった表情でうなずくと、椛に耳打ちする。


「間違いない。霊だ」

「えー」

「明日は終業式だし午前中で終わるな。早速行こう」

「ええー。夏休み最初の予定が霊退治って……」


 海に行こう、お祭りに行こう、おしゃれなカフェに行こう。散々だった期末テストの結果から現実逃避していた椛は、一気に陰陽師としての現実に呼び戻される。


 ちなみに蒼真は英語以外の全教科で満点をたたき出し学年一位をとり、元々成績の良い巴は今回も安定して上位に食い込んでいた。


「仕方ないなあ、行きますか」

「そうだ。こいつを倒さねば夏休みは来ない」

「ええ。健やかなる夏休みのために!」


 憑かれる系少女、柳町椛に疲れている暇はない。

 なぜなら彼女は新米とはいえ陰陽師。人と妖とをつなぐ者だからだ。


「あっ、巴! 肩! 肩!」

「え、肩? 肩がなに?」


 だから新米陰陽師柳町椛は、今日も奮闘していく。

 彼女の大切な相棒である龍の少年と共に――。

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新米陰陽師 柳町椛は憑かれやすい 青木のう @itoutigou

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