第20話 人と妖をつなぐ者
「く、くそっ……!」
蒼真は満足に動けない中、握りしめた拳で地面を叩いた。
純白だった装束はボロボロで、泥にまみれている。
『おいおい、威勢が良かった割にはもう終わりか? 大事な刀はそこに転がってるぜえ?』
かつて相対した時とは違う鵺のその
『さあ、頭からいってみようか――あぶぶ!?』
鵺の猿顔が蒼真に迫る、その瞬間だった。
凄まじい水流が鵺の顔面を直撃し、そのまま五〇メートル程吹き飛ばした。
「はあはあはあ、間に合ったあ……」
蒼真は顔だけ動かして、グラウンドの入り口の方を見る。
椛だ。自転車を無造作に転がし、相当急いできたのか息も絶え絶えで、全身ずぶ濡れだ。
『おいおい、誰かと思えばデザート自ら登場じゃねえか』
「うっさいわねボケナス。デザートが欲しいならマリトッツォでも買って食べなさいな」
鵺を警戒しながら、椛は蒼真に近寄り助け起こす。
「はあはあ、椛、言葉遣いが汚いぞ……」
「第一声がそれ? 薄々思ってたけど、蒼真も相当なボケナスよね」
「ありがとう、助かった。なぜ来てくれたんだ?」
「あんたがとっくに柳町さん
「家族。家族か」
蒼真はその言葉を二回噛みしめるように口に出す。
鵺は椛の攻撃で相当ひるんだのか、まだ動く気配はない。それは彼女の狙い通りだった。
彼女はこの土砂降りの雨を利用した。水の神である
「さあ、さっさとあの猫科か爬虫類かわからない珍獣を倒して、家に帰るわよ。そしてもうすぐ来る夏休みを堪能するの。パーッと遊んで、色々忘れちゃいましょ」
「そうか、そうだな」
蒼真の答えに満足したのか、椛はにっこりと笑った。
そして、この戦いの場には似つかわしくない、驚きの言葉を発する。
「蒼真、少しの間目を閉じて」
「何を言っている椛、敵の目の前だぞ」
「いいから早く! 鵺がひるんでいる隙に! ハリアップ!」
「わ、わかった……!」
椛のものすごい剣幕に押されて、蒼真は恐る恐る目を閉じる。
その瞬間、彼の唇に何か柔らかいものが触れた。
「もう目を開けていいわよ」
蒼真が目を開けると、真っ赤な顔した椛が正面にいた。その両手は彼の肩にある。
「いい、蒼真。私はあんたの過去なんて知らない。けれど今のあんたなら知っているわ。クールで、何でもそつなくこなすように見えて、実際は不器用で、無口で、微妙に抜けてて。でもそんなあんただから良いと思う。人と妖とをつなぐのが陰陽師の本質だと言うのなら、私があんたをこの時代に、この世界に、この私に繋いでみせる」
そこで一度、椛は深呼吸を入れた。
「だから勝って蒼真。いいえ、勝ちなさい」
「ああ、わかった椛。俺は君の護衛として、今を護ろう」
二人で手を繋いで鵺を見据える。
ちょうど鵺も起き上がり、戦闘態勢を取ろうしていた。
『クソ、なめやがって。とどめを刺し損ねたことをあの世で後悔しやがれ』
「ふん、とどめなんていつでも刺せるから青春を優先させたのよ」
強気に振舞う椛だが、実際のところ初撃の威力を上げるために霊力のほとんどを注ぎ込んだため、今の彼女はほとんどガス欠に近かった。
「椛、君は下がっていろ」
「何言ってんの、私も戦うわ」
「だが君の霊力はほとんど……」
「大丈夫よ。ねえ、一瞬だけでも鵺の足を止めればどうにかできる?」
「ああ、一瞬あれば十分だ」
「よし、じゃあ作戦決まりね。スタート!」
ニヤリと笑みを見せた椛は、一直線に鵺へと駆けていく。
『おいおい、食われにくるのか? キュオオオン!』
「ふん、言ってなさい。食らえ!」
椛が懐から何かを出した瞬間、眩い光が鵺を包む。
『ぐおっ、なんだァ!?』
「ありがたーい御札を撮影したスマホのフォトライブラリよ。文明の利器の威力、思い知りなさい!」
御札は、陰陽師が霊力を注ぎ込むことで完成する。だが、その描かれた文字や文様にも一定の効果がある。それは鵺を倒すまではいかないまでも、鬼火事件の時のコピー御札のように一瞬動きを封じる効果はあった。
「今だ! 滅!」
『ぐああっ!?』
その隙を逃さず、刀を拾った蒼真の三段切りが鵺を斬り裂いた。
「椛、最後は君の霊力も合わせて!」
「わかったわ!」
蒼真と椛が二人で刀を握ると、その刀身は鮮やかに輝きだす。
「「地獄に落ちろこのボケナスっ!!!」」
『馬鹿なあああああっ!?』
雷鳴が轟き、天に蒼い光の柱が昇る。
やがてその光が消え去った時、鵺の姿はどこにもなかった。
「や、やったあ……」
ほっとしたら腰が抜けたのか、椛はへたり込む。
蒼真もまた、爽やかな笑顔をしていた。
「怖かったわよもお。スマホの写真が効くかなんてイチかバチかだったんだから。後はこの台風かしら? でも自然現象ってどうにかなるものなの?」
鵺を倒したとはいえ、最接近しつつある台風が消える気配はなく、その風も雨もどんどん激しさを増している。そんな椛の言葉に、蒼真は「はあ」と溜息をついた。
「椛、君は本当に勉強不足だな」
「どういうことよ」
「知らないのか? 陰陽師も龍も、天候を操る力を持つんだ」
その日天空を駆けた美しい銀色の龍を、椛は生涯忘れないだろう――。
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