祭りと串カツ

雪屋 梛木(ゆきやなぎ)

串カツ

 町内会の祭りときいて思い出すのは、串カツである。かき氷でもたこ焼きでも焼きそばでもない。串カツなのである。

 私がまだ小僧であったころ、町内会の一番端っこの道路に面した場所に老夫婦が営む昔ながらの揚げ物屋があった。この店が祭りの協賛という形で一年に一日だけ、祭り会場に山ほどの串カツを持ってきてくれるのだ。この小ぶりの串カツがまぁ、美味い。薄い黄金色の衣はサクサクで何とも香ばしい。揚げ時間が短いからだろうか、肉も柔らかい。もちろん半生ということもなく、その絶妙な揚げ具合は母が作ってくれたものとはやはり違う。まさにごちそうだった。

 もちろん金は前払いで町内会費から出していたのであろうが、そんな大人の事情など知らない子どもの私からしてみれば当日金を払わず食べられる串カツは実質無料である。

 銀のトレイにこれでもかと豪快に盛り付けられた串カツを、町内会長がえっちらおっちらと震える手足で祭り会場である美容院の駐車場まで運ぶ。当時はまだアスファルトの駐車場というものは普及しておらず、砂利の上に虎紐を釘で打った簡素なものだった。それも田舎なので広さだけはあり余るほどある。およそ寂れた美容院の駐車場にしておくには勿体ないほどの土地にテーブルを何個も並べ、その一つを祭壇としていた。奉納されているのは御獅子だ。喧嘩獅子とも呼ばれ、近隣の町内会にはそれぞれ独自の獅子が奉納されている。この獅子を町内会の子ども同士で戦わせる獅子舞が祭りの一環として行われていたのだ。相手の耳を獲ったほうが勝ちで、戦歴の猛者獅子は勝利の証である相手の耳を祭壇にずらっと並べ、勝利の祝杯を挙げる。

 我が町内はいわゆる弱小。耳は常に新品であった。あまりにも獲られ続けるので耳を作ってくれる宮大工のおやじが町内会の祭り当日に注文されてもいない新しい耳を持参してくるほどである。耳も特注品であるので代金は馬鹿にならず、本番ともなれば大人たちが「喧嘩はこうやるんだ」「相手の上に覆い被さるように」「横から耳を噛め」などと熱いご指導を施すのだが、勝てたためしがない。子どもたちのやる気が無いのだ。理由は簡単だ。串カツである。

 喧嘩獅子に出るとなれば前回敗北した町内会が勝った町内会へ訪れ『再戦』を請う形をとる。そして基本徒歩移動なので何時間も本拠地の祭り会場から離れなければならない。つまり、串カツを食べられない。

 皆、重くて熱く辛い獅子など担ぎたくない。大人が酒を浴びるように自分もジュースを飲み、たらふく串カツを食べたいだけなのだ。

 はたして、体の大きな男児などは自宅の窓からじっと外を監視し、銀のトレイを町内会長が運んでくるのを確認するとロケットのように家を飛び出し祭り会場にやってくるようになった。そして「ひとり五本までだよ!」としかられながら両手と両頬に串カツを押し込み家に飛び帰るのだ。

 必然的に祭り会場に残るのは、まだ獅子舞に憧れることができる幼い幼稚園児たちばかりだった。

 獅子の頭は数キロとかなり重く、さすがにナヨナヨした幼子に頭は任せられない。そこで白羽の矢が立ったのが祭り実行委員の子である、私だ。とはいっても私はどちらかといえば引きこもり体質であるし、何より皆と同じくやる気がない。親に尻を叩かれしぶしぶ遠征に出かけるも、すぐに負けて帰ってくるのでいつしか我が町内会は試合にでることはなくなった。不戦敗上等である。耳も新調されることはなくなった。

 ところが先日、町内会の祭り開催のお知らせが回覧板に挟まっているのを見かけ久々に訪れてみた。大人になってからは仕事に忙しく土曜の午前は惰眠を貪るだけとなった私を、御獅子は昔と同じく堂々とした威厳で出迎えてくれる。勧められるままに酒をあおり、揚げ物屋の息子が後を継いだという洋食屋から提供されたコロッケにかじりつく。

 サクサクとした食感が懐かしい。ひとくち食べただけで、この衣の香ばしさは確実にあの串カツの技を受け継いでいるのだなとわかった。

 ふと見れば、祭壇に飾られている獅子を物珍しそうに覗く子等がいた。耳を触って「ここ取れそうだよ!」などと慌てている。そうか、もう耳が取れることを知らない世代なのか。

 私は紙コップに残っていた酒を一気に飲み干すと膝をパチンと鳴らし立ち上がった。

「御獅子、被ってみるか? 昔は喧嘩獅子といってな、この耳を奪い合って……」

 ぽかんとこちらを見上げる名も知らぬ子等に講釈を垂れながら、なんとも懐かしい気持ちになった。獅子舞の指導として周りの大人たちから横槍を入れられていた幼い頃の私も、きっとこんな顔をしていたのだろう。

 どこからかコロッケをサクサクと齧る音がきこえる。私は銀のトレイに山と積まれたコロッケをひとつひょいと持ち上げ大きな口でがぶりと齧りついた。

 獅子の頭を「重い重い」と言いながら笑い被り合う今の幼子たちにとって、祭りといえばこのコロッケが思い出の味となるのだろう。そう思えば、なおさら、美味い。

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祭りと串カツ 雪屋 梛木(ゆきやなぎ) @mikepochi

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