美術室にて
タクミ君のいじめの理由は「彼の才能」だった。
裕福な家庭の生徒と、タクミ君のように才能を買われて入学を進められる生徒の二種類が在籍してる。それが、このハーモニア大学附属学院の特徴だ。タクミ君は片親だったから莫大な入学資金のかかるこの学院の入学は断ったそうだけど、母親に背中を押され、入学を決意し、今に至る。
「母さん、この学院に僕を入れる為に、すごく頑張って働いてくれてるんだ。揉め事を起こして退学なんかになったら、母さんが悲しむよ」
タクミ君は決してやり返そうとはしなかった。
いじめの首謀者である矢崎レオ。権力者である彼の親を恐れてか、彼に逆らう者はほとんどいない。なのに、世間が賞賛するのはいつもタクミ君だ。
――それが、いじめのきっかけだった。
――放課後の美術室。
微かな絵具の香りと、絵筆がキャンパスを優しく撫でる音。椅子に座るアヤカとキャンパスを交互に見つめながら、絵筆を動かすタクミ君の表情は真剣そのものだ。
空はオレンジ色に染まり、大半の生徒は寮に戻るなり部活動に励むなり、各々の時間を過ごしている。窓の外に目を向ければ、微かに聞こえる生徒の声。僕は図書館から借りてきた本を読みながら、2人を見守っていた。
――ふう、と小さなため息が聞こえた。
絵を描くスイッチが入ったタクミ君は、昼間いじめを受けていた彼とはまるで別人のように堂々とした表情をし、軽やかで且つ繊細に滑らせる絵筆が描く色彩は、ひとつひとつがため息が出るくらい美しいものだった。
そう、タクミ君は確かに”絵画の天才”と呼ばれるべき少年なんだ。
「タクミ君は、人の絵を描くのが好きなんだね」
いつもは黙って彼の作業を見ているアヤカだけど、今日は時々声をかけていた。その気遣いに気付いてなのだろうか? 少しずつタクミ君の顔に、いつも彼が浮かべる”微かな微笑”が戻ってきた。
「人の表情が好きなんだ。優しい人の優しい顔、明るい人の明るい笑顔……怒りっぽい人の、むっつりした顔とかもね」
「怒った人は、怒った顔で描くって事?」
「怒り顔がだめってわけじゃないよ、その人がどうしてそういう顔をしているのかなって、考えるんだ。その人がどんな人生を送ってきたか、何を大切にしてるか、例えば怒りっぽい人は、何を守るために怒ってるのかな、とか」
「そう、言われると……私がどんな顔で描かれてるのか気になっちゃうな」
アヤカが立ち上がり、キャンパスを覗き込もうとすると、タクミ君は慌てるように手を勢いよく振った。
「ダメダメ! それは……出来上がるまで、秘密、だよ」
少し照れくさそうに笑いながら、再び絵筆をキャンパスに向けるタクミ君。アヤカは再び椅子に腰かけ、嬉しそうに微笑みながら体を軽く左右に揺らした。
「えへへ、楽しみだなぁ」
「期待に応えられるように、がんばるよ」
――気付けば、空はうっすらとオレンジ色に染まっていた。
彼らとの約束は19時。あと……3時間程でその時がやってくる。
「タクミ君、地下研究所はどうやって見つけたの?」
タクミ君の絵筆が止まり、彼の表情が強張る。その反応から何かを知っている――そう、把握して彼の返事を待った。
「昨日、背の高い男の人が話しているのを聞いたらしい。その言葉通りに高等部のある場所に行ったら、本当にあったって」
「背の高い男? 学校関係の大人か?」
「初めて見たって言ってたかな。黒ずくめの血色悪い男と、やたら背が高くて紳士みたいな恰好をしたおじいちゃんだったらしいけど」
やたら背が高い、紳士風の、年輩の男性――それを聞いた時僕の中で「ある人物」が一瞬浮かび上がった。
「タクミ君も、その人を見たの?」
そんなはずは、ない。僕が在籍していた組織は、ここから遠く離れた場所だ。彼が……「芹沢ユウジ」が、ここにいるはずは、ない。
「見てないよ。でも特徴的な人だったらしいね」
過去に在籍していた裏組織「影縫い」
僕は9歳の時、そこから逃げ出した。当時受けた戦闘訓練の事は、今思い返しても体が震えあがるほどだ。それに気づいたのだろうか? アヤカが心配そうな視線を向けている事に気付き、深呼吸。気を取り直してタクミ君に再度問いかけた。
「どうして研究施設なのに、肝試しなんだ? 危険な場所なのか……?」
「なんか、廃墟みたいな場所だって言ってたよ」
廃墟のような研究所。
最新の設備を整えられた、この学院に似つかわしくない言葉だ。
「そろそろ、約束の時間だ」
時計を見ると19時。すっかり夜も更け、僕たちは3人で中等部から高等部に続くセキュリティゲートへと向かう。
「いざとなったら、僕が先生たちを呼ぶから」
「リュウ君も、巻き込んでごめん」
申し訳なさそうに頭を下げるタクミ君は、夜空を見上げるアヤカの後姿を見つめながら、少しだけ目を細めた。
「ねえ、リュウ君」
「何?」
「あの絵、少し描き直そうと思ってるんだ」
「そうなの? でもあの絵……」
実は、タクミ君の絵画を僕は少し見てしまったんだ。そこに描かれていたのは、まるで天使や妖精のような、柔らかな笑顔を浮かべるアヤカだった。
「……もったいないと、思うよ」
心の底からそう思った。絵心のない僕でも分かるくらい、それは魅力的な絵画だったんだ。
でも彼は、小さく「ありがとう」と呟いた後、内心の複雑さが滲み出ているような苦笑いを浮かべ、こう言ったんだ。
「もう1人、描き加えたいんだよ」
「もう1人?」
「うん、明日頼みがあるんだ……聞いてくれるかな?」
頼み事って、なんだろう?
僕が軽く頷くと、タクミ君は頬を掻いてアヤカの後を追っていく。
約束の場所へと向かう2人の後姿を見ながら、僕はさっきの会話でひっかかっていた彼の言葉を思い返した。
――やたら背が高くて、紳士みたいな恰好をしたおじいちゃんだったらしいけど。
芹沢ユウジがここにいるはずは、ない。
少しだけ過去の事を思い返しながら、僕は2人の後をこっそり追いかけて行った。
フェアリー∞キッド(テスト投稿) てぃえむ @tiem112011
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