いじめ
「ひっでぇなあ。誰だよこんな事した奴!」
教室の笑い声が収まる間もなく、男子のうちの1人が声を上げた。
矢崎レオ……資産家の息子である彼は、学年で一番高身長だ。細目に意地悪そうな表情を浮かべ、にやにやとタクミ君に視線を向ける彼の態度は、とてもアヤカと同じ資産家の子息とは思えない。
「おい、タクミ。お前がリュウに黒板けしの罠を仕掛けたって本当かよ?」
「えっ!?」
その言葉に皆の笑い声が静まり、視線がタクミ君に集中する。
「ぼ、僕は今教室に来たばかりで……」
「お前の仕業じゃなきゃ、何でリュウがチョークまみれになる必要があるんだ?」
シンゴの取り巻きの1人が割って入り追い打ちの言葉をかける。困惑するタクミ君は口を開くが……やがて俯き、彼は沈黙した。
彼の握りしめた拳が微かに震えている。本当は何もしていないと叫びたいんだと思うけど、彼が言い返す事はない。相手は権力者の息子で、タクミ君は一般家庭の生まれ。揉め事を起こして不利になるのは自分の方だと理解しているからだ。
「おい!! おまえら!! 多数決とろうぜ。黒板けしを仕掛けたのはタクミか? それともこのクラスの誰かなのか?」
高らかに上げられた声にクラスメイトは沈黙した。
「ほら! 民主主義!! タクミがやったって思う奴は拍手しろ!!」
皆が困惑した表情で周りを見回す。どうしたらいいか分からない……そんな様子だった。
「拍手! 拍手! みんなレオさんに続け!!」
取り巻きの2人が大げさに拍手をし、野次を飛ばすように笑い飛ばす。正直、吐き気を催すレベルで不快な光景だ。でも……
誰も反対する勇気はなかった――それに釣られるように、クラスメイト達はひとり、ふたりと拍手をはじめ、やがて教室内は皆の拍手喝采で満たされていく。
「ほら、皆がそう思ってるんだよ。皆の意見が正しいんだからお前がやったってことに決まりなんだよ。お前も文句ないだろ? 悪い奴には罰が必要だよなぁ!?」
「賛成だ、素っ裸にしてやろうぜ」
皆の拍手に満足そうなレオ君がタクミ君の胸倉を掴み、黒板に叩き付けた。制服を乱暴に引きちぎろうとした彼の手を止めるように、タクミ君は慌てて反論する。
「や、やめて!! 僕、制服の替えがないんだ」
「ああ、お前んち貧乏だもんなぁ? この間破けたところもママが繕ってくれたんだっけ? その年でマザコンかよ」
「お、お願いします……破かないで」
僕が出て行けば、彼らのいじめは簡単に仲裁できる。でも……アヤカに関する揉め事以外に干渉する事は、澤谷さんからタブーとされていた。とはいえ、目の前の暴力に無関心というわけにはいかない。いざとなった時の為にスマートフォンの録音機能のボタンを押し、様子を伺った。
「お前、この間も絵で賞を取ったんだって? いいよなぁ「天才」ってやつはさぁ」
「そ、それはたまたま……それに僕は天才なんかじゃ」
「ここは選ばれた生徒が集まる場所なんだ!! 制服買う金もない貧乏人が、偉そうにしてんじゃねえよ!!」
タクミ君の腹にいきなり強烈なパンチを叩き込まれ、彼の小さな体は簡単に吹き飛び黒板に叩き付けられた。
「やめて!!!!」
アヤカがタクミ君の前に立ち仲裁に入る。レオ君は見下すようにはれぼったい細目を更に細め、対するアヤカはひるむことなく強い視線を送った。
「こんな事しても、誰もあなたを尊敬しないよ、レオ君」
「アヤカさん、関わっちゃだめだ」
「タクミ、てめぇは黙ってろ!!」
周囲を見渡せば、クラスメイトは時折ヒソヒソと声をかけあったりするものの、タクミ君を助けようとするのは、アヤカ一人だけ。この異様な状況に最初は眉を顰めたけど、教師や先輩後輩、全ての生徒がタクミ君に対する暴力の仲裁に入ろうとはしなかった。
――矢崎レオに逆らえば、彼の親による社会的抹殺が待っているからだ。
対するアヤカも世界中に孤児院を持つ資産家の娘。このクラスで彼に物申すことが出来るのは、実質彼女1人と言ってもよかった。
しばらく2人の視線が交差し、やがて力を抜くように小さく笑った矢崎君が拳を下ろす。それを確認したアヤカの表情にも安堵が浮かんだ。
「不気味な地下研究所を見つけたんだ。今夜そこでタクミと肝試しをするんだけど、アヤカちゃんも来ない?」
その言葉に、僕のスマートフォンをいじる手が一瞬止まった。
――不気味な地下研究所。
生徒達の間で、学校の七不思議として噂されている場所。そして、今朝の侵入者達が場突き止めようとしていた研究施設だ。あるのか? 本当に、この学院のどこかに……?
「昨日タクミと行ってきたんだけどさ、すげー面白そうなところなんだ。肝試しにぴったりだから、アヤカちゃんを誘ってほしいって頼んだんだけどさ、コイツ断るんだよ。ひどいだろ?」
「アヤカさんッ!! 絶対に駄目だッ!! そいつらの目的は、肝試しなんかじゃなくて……」
「てめぇは黙ってろって、言っただろ!?」
僕はこの学院内の構造をくまなく把握している。死角になっている場所も、どこにどんな木々があり、非常用の出口まで、この2年半で頭の中に叩き込み、学院内は自宅の庭レベルで把握していると自負してる。アヤカの警護に、それが必要だからだ。
でも……地下研究所だけは、いくら探しても見つける事が出来なかった。
――何故、彼らに見つけることが出来た?
「いいよ、行く! だから、タクミ君をいじめないで」
彼女の返事を聞き、満足そうな笑顔を浮かべた佐藤君は、取り巻きの2人と共に席に戻って行った。
彼らの後姿をしばらく見送り、アヤカはポケットからハンカチを取り出すとタクミ君の傷を拭いながら、微笑んだ。
「タクミ君は偉いね。絶対やり返さないんだもの」
「アヤカ……さん……肝試しに参加しちゃ駄目だ、奴らは君を……」
「でも、タクミ君は行くんでしょ?」
「行く、けど……」
顔を伏せたタクミ君が悔しそうに体を震わせた。多分、泣いてるんだと思う。
「大丈夫」
一瞬、アヤカの視線が僕の方へ向けられた。
アヤカに関する揉め事以外に干渉してはいけない――自分が関わる事で、彼を救えると思ったのだろうか。
「責任、重大だな」
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