第13話 吸血鬼ルキウス

「ルネ。体調はどう?」


 温室の椅子に腰かけてぼんやりと星空を眺めていたルネに、エリスは気づかわしげに声をかける。


 ルネは自分と同じ吸血鬼になった。


「体調はすこぶるいいよ。なんだか初めて眼鏡をかけたような、視界がチカチカする時があったけど、もうだいぶ慣れた」

「そう?」


 ヴァンサンの血が炎に変わり、屋敷が燃え落ちる前にエリスとルネは避難した。


 それからまたルネの屋敷に戻ってきて、探していた護衛や使用人にこってりと絞られ、ルネが体調不良だということで療養に専念して、今に至る。


 吸血鬼になり立ての頃は、まだ身体が安定せず、吸血衝動が激しくなる。ゆえに二人は、人目を忍んで互いの血を飲んでいた。エリスは特に無理して飲む必要はなかったのだが、ルネに飲んでほしいと言われ、甘い誘惑に逆らえなかった。もう拒む必要はないのだと、彼が教えてくれた。


「あの、あなたはわたしと同じ吸血鬼になってしまったわけだけれど……その、これからどうする?」


 何とも無責任な言葉であるが、もちろんこうなった以上、エリスはルネと共に生きるつもりだ。


 ただ、彼の方は王子という身分だけにいろいろ差し障りはあるだろう。


「僕は病気になって、夜の間しか活動できないということにするよ」

「それで、納得するかしら」


 ルネはにっこり笑う。


「納得するさ。もともと貴族って、昼過ぎに起きて、夜に活動する者が多いだろう? 怠惰な生活は高貴な証とも言えるし、吸血鬼とさして変わらない生活さ。それと、僕の部下はみな優秀で、飲み込みが早いんだ。どんな僕でも、彼らはついてきてくれる」


 今度改めて紹介すると言われ、エリスは緊張する。


「大丈夫。みんなエリスを受け入れてくれるよ。なにせ僕の大切な人だからね。それに、きみはすでに会っているはずだよ」

「えっ、そうなの?」

「うん。きみの身の回りの世話をしてくれたメイド。彼女、ああ見えて昔、諜報機関で活躍していたんだ」

「……あの人、ただ者ではない気がしていたけれど、やっぱりすごい人だったのね」


 他にも家令や料理長含め、屋敷で働いているほぼ全員、荒事には慣れており、武芸に秀でているそうだ。


(もしかすると、彼らもわたしのように、ルネの人柄に惹かれたのかも)


 案外間違いではないような気がする。だって吸血鬼の自分を気にかけるくらいなのだ。他の人のことも放っておけず、いろいろ世話を焼いたに違いない。今度、話を聞いてみよう。


「それでね、エリス」


 どこかそわそわと落ち着かない様子で、ルネが切り出す。


「近々ヴィクトールのもとへ挨拶しに行こうと思うんだけれど」

「ヴィクトール、様って……ルネの従兄……つまり王太子殿下のもとに?」


 エリスは驚きながら確認する。一体なぜ?


「もしかして吸血鬼になったこと、話すの?」

「うん。話すつもりだよ」

「本当に話すの!?」


 驚くエリスに、ルネは笑いながら言う。


「眉間に皺を寄せて、盛大なため息と共に『お前というやつは……』ってたぶん小言を言われるだろうね。でも、最後には許してくれる。そういうやつなんだ」


(どういう関係なのかしら……)


 仲が良い……少なくとも、吸血鬼であることを正直に打ち明けて、受け入れてもらえると言い切るほどには、信頼関係が築けている。


「あなたにとって、大切な人なのね」

「ああ、そうだね。その大切な人に、きみという愛しい人のことも紹介したいんだ」


 さりげなく手を取られて、じっと見つめられる。真剣な眼差しに、エリスはどきどきして、ルネのことを意識してしまう。


「エリス。これからのことを訊いたよね? 僕はきみと結婚したい」

「結婚……」


 吸血鬼である自分には縁もゆかりもない言葉だったので、なんだか突拍子のない申し出に聞こえてしまう。


「嫌?」

「嫌、ではないわ。わたしはあなたと生きると決めたもの。ただ……そんなふうに言ってくれた人なんて今までいなかったし、吸血鬼になってしまって、もう二度と誰かと添い遂げることなんてできないと思っていたから、何だか実感が湧かなくて……」


 自分も結婚できるのだと、不思議な気持ちだ。


「結婚、してもいいのかしら」

「いいに決まっているさ。互いを想いあう男女の愛を切り裂くことは誰にもできない。吸血鬼も人間も、愛の前では平等さ」


 ルネは気障な台詞をどこか陽気な口調で言うと、突然立ち上がって、エリスの前に跪いた。


「エリス。僕と結婚してください。まだ心の準備が必要なら、結婚を前提にお付き合いしてください」


 ルネの求婚に、エリスははにかみながら答えた。


「ええ、わたしでよければ喜んで」

「エリス!」


 エリスの承諾に、ルネがエリスを抱き上げ、くるくると回る。


「エリス、ありがとう! 絶対幸せにするよ! 幸せになろうね! 結婚式もきちんと挙げてさ、夜の大聖堂で! それから新居も建て直して……あぁ、決めることがたくさんある! 幸せだ!」

「もう、ルネったら……」


 エリスは子どものようにはしゃぐルネを困ったように見つめ、そっと頬を撫でた。


 きっとこの先、まだまだ大変なことが起こるだろう。ヴァンサンやシリル、マクシムも、エリスが生きていると知れば、絶対に何か仕掛けてくる。


 でも、ルネと一緒ならば、必ず乗り越えることができる。エリスはそう思った。


「ね、エリス。僕も吸血鬼になったからには、何か名前を決めた方がいいかな」


 ルネがエリスの掌に頬をすり寄せて嬉しそうに尋ねてくる。


「名前?」

「そう。吸血鬼ルネ! みたいな」


 そんなこと考えたこともなかったし、特に必要ないのでは? と思ったが、ルネが楽しそうなので、エリスも考えてみる。


「そうね……でも、あなたは王子だし、本名は危ないかもしれないわ」

「そうか。それもそうだね。じゃあ――吸血鬼ルキウス、って言うのはどうだろう?」

「ルキウス……古い名前ね。もしかしてリュシアンから? いいんじゃないかしら。吸血鬼は長生きするから、けっこう古風な呼び名が多いわ。ルキウスっていう名前も……」


 エリスはそこで言葉を途切れさせた。

 ルキウス。昔、出会った子ども。


(まさか……)


 エリスの胸の内が聞こえたように、ルネはいたずらっ子のように目を輝かせる。


「エリス。吸血鬼ルキウスの始まりを語ってあげる」


 吸血鬼の少女に恋した人間が、同じ吸血鬼になるまでの物語を。


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吸血鬼少女は王子様に甘く監禁されています 真白燈 @ritsu_minami

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