嘘泣き珠子、雨降られ

加賀倉 創作【ほぼ毎日投稿】

嘘泣き珠子、雨降られ

 ツ。

 ツー。

 ツー、ツー。

 ツー、ツー、ツツツ……


 フロントガラスに雫が滴る。

 ああ、雨か。


\ぴろりん♪/


 忙しないなあ。今度は誰?

————————————————————————

MINE                 今

田村波理亜ばりあ 

ごめん珠子たまこ、今日の夜荷物取りに行くわ!

————————————————————————


 えー、夜? 今日は立ち飲み屋にでも行こうかと思ってたのに。


 まぁ、いっか。

 まさかのまさか、ってことがあるかもだし。


 ザ

 ザザ

 ザザザザ

 ザザザザザザザザ……


 ていうか、めっちゃ降ってくるし!


 仕事、だっる……




◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯

||||||||||||

・・・・・・・・・・・・




 気づけば社会人二年目に入った。

 去年から、東京都西多摩奥多摩町、緑の山々に囲まれた多摩川上流、小河内おごうちダムに勤めている。

 小河内ダムは、結構すごい。

 標高五三〇メートルの山中に位置し、貯水容量は一億八九〇〇万トン。 日本屈指の大ダムで、世界最大の水道専用ダムと言われたり、言われなかったり。

 職場には男性が多い。

 というか、わたしは紅一点ってやつ。その上、職員はみんなベテランさんばっかりだから、わたしが運悪く大変な仕事に当たった時は、なんかして、代わりに先輩社員にやってもらったり。職場の人間関係には、恵まれているほうだと思う。

 でも、このまま五年、十年、二十年と続くのかと思うと……

 嫌だな。


 じゃあ、タイムカードを切ってと。

 縦長長方形の厚紙に書かれた『奥珠子おくたまこ』の文字が、箱の中を上下する。そろそろ電子に変えたらどうだろうか? たまーに、印字がズレるのがうざい。


 で、事務所入り。

 まずは、だるいけど、ほどほどにやる気がありそうな感じで朝礼。はいはい、おはようございますおはようございます。今日もよろしゅうお願いござんす。


 打ち合わせ。

 上司の話は、正直あんまり聞いてない。ごめんやで。


 午前の主な仕事は、巡回と各種点検。

 お決まりのルートを回ればいいから、気持ちの余裕は、結構あるかも。わたし的には、だけど。ダム本体、つまり堤体ていたい貯水池ダム湖は、この辺一帯に広がっていて、とても歩きでは回れないから、社用車で移動。


 乗車。

 移動時間はまぁまぁ好きだったりする。目の前に広がる奥多摩湖。湖畔を臨む山道…………と言えば聞こえはいいけど、人造湖。人が作ったにしては、綺麗なんだよなぁ。何回同じ道を通っても。この景色には見惚れちゃうけど、巡回と言っても、ただ見て回れば良いってわけじゃない。ほんの些細な異常も見落とさないようにしないといけない。都会のみんなが使う水の安全をわたしが守らないとだからね。必要に応じて、写真撮影もしながら入念に。


 ダム本体の点検。

 こんなすごい壁、漫画でしか見たことない。いや、現実にもあるけどね。ヨルダン川西岸地区の分離壁アパルトヘイト・ウォールってやつ。物騒よね。あ、そうだ。ここ、夜中に来るとすっごく怖いの。お化けが出そうだし、夜勤は嫌い。昔色々あって殉職者じゅんしょくしゃが出てるらしいんだよね……


 防砂ダムの点検。

 これはダム湖への砂の流入を防ぐ。


 次、観測所の点検。


 はい、機械設備の点検。


 それと、電気通信設備の点検。


 回らなくちゃいけない場所は、はっきり言ってかなり多い。


 あと、人気の少ない場所ってこともあって、ちょくちょく、ゴミの不法投棄があるんだけど……


 うわー、あった。


 言った矢先に。


 しかも冷蔵庫………………………………業務用の。それは流石にやりすぎじゃないかな。どうやって持って来たんだろう。業者に来て処分してもらわないと。発注、面倒だなぁ。あ、先輩に頼めばいいのか。ま、いったん忘れよう。


 車を降りて、湖でも眺めながら気分転換………………

 ではなく、湖面に異常がないか確認。わたし、いい子ちゃんだから、今日は余分に仕事しちゃおうっと。でも実際働いてもらいますのは、こちらのどでかいハードケースの中身でございます。じゃーん。


 UUnmannedAAerialVVehicle!!


 格好つけて言ってみたけど、要はドローン。湖面全体を俯瞰で見渡したり、人が入れない箇所の確認をする時は、ドローンのカメラが必須なの。操縦は慣れたもので、墜落させたり、木に引っかけたりはしない。わたしって、結構、他人を思い通りに動かすのが上手いのよね。あ。


 思い通りに、ならなかったものもあるなぁ。


 いや、だめよ珠子。あなたは今日帰ったらすぐに、


 あん饅と、エア◯アルを、ビ◯クルで流し込むのよ!!


 ハァ…………。


 事務所に戻って、報告書作らなきゃ。




⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎

||||||||||||

::::::::::::




 今日撮った写真をチェック。


 被写体は、ダム、ダム、ダム、湖、湖、湖、珠子の自撮りコレハケサナキャ、観測所、通信所…………冷・蔵・庫!!


 うわー! そうだー! こいつー!


 粗大ゴミれいぞうこがあったんだった。

 業者さんを手配しないと。発注書めちゃくちゃめんどくさいんだよなぁ。しかも待って、今日もしかして…………月内最終営業日!?!?


 オワタ(^ω^)


 業者手配しなきゃ棚卸ししなきゃで首が回らなくなったそんな時は…………


 ひっさつ————————————嘘泣き。


 グスン…(^ω^)グスン…


さん、どしたん? ハナシキコカ?」

 今のは先輩の声。ちなみにわたしはオクサマではない。あくまで奥、珠子たまこ


「今日巡回していたら粗大ゴミがあって、業者手配しなくちゃで、棚卸しもあるし、報告書も山積みで……グスン」

 ククク……わたしのデスクは今、わざと散らかしている風にしてある。


「そっか。じゃあ、俺がやるよ。手空いてるし。奥さんは、ちょっと休憩してきなよ」


 キタ——(゚∀゚)——!!


「えっ、先輩……いいんですか? ありがとうございます!! じゃあこれと、それと、あれと、業者の手配、お願いしますっ!!」

 わたしは一目散に事務所から逃げ出ていく。


 わたしは、休憩室にでも行くのかと思いきや、違うんだなこれが。

 まず、外へ出ます。ダムを見下ろす高台に小屋があります。そこへ向かってダッシュ。小屋っていうのは文字通り小屋で、平たい屋根の上に、上向き矢印型の短い煙突がひょこっと出ている。これが知る人ぞ知る、小河内発煙所おごうちはつえんしょ。発電所じゃないよ、発所。もっとわかりやすく言えば、『人工降雨装置』ね。


 ……え?


 オカルトマニア?


 うるさ。


 陰謀論者?


 ちゃうわ。


 ひとまず小屋の中に入りますね。


 目の前に、L字に折れ曲がった太い金属の管。

 これはヨウ化銀拡散用の送風機の一部分。私の体が二つ、いや三つ? はたまた四つ? それは嘘。とにかく人の体がすっぽりと入ってしまいそうなサイズ。

 隣に、わたしの胸のあたりまで背丈のある溶液タンク。

 『AgIエージーアイ』と白い文字で書かれている。これがつまりヨウ化銀。正確には、ヨウ化銀五パーセントアセトン溶液。ヨウ素と銀が化合したもの、それをアセトンで薄めたやつ。アセトンって言えば除光液みたいなやつ。鼻をツンとつくような臭いと引火性があるのは、みんな知ってるはず。

 人口降雨装置の構造は、わりと原始的。

 液体圧縮機コンプレッサーの働きで、タンク内のヨウ化銀アセトン溶液が、溶液ノズルへと送られる。その先が燃焼室になっていて、ノズルから噴射された溶液に点火されて燃焼、煙になる。その下部についている、拡散用の送風機で強風を送り込めば、ヨウ化銀は煙突から空めがけてモクモクと立ち昇っていく。このヨウ化銀というのは、結晶構造が氷のそれとそっくりなの。そういうわけでこれが雲の中で氷晶ひょうしょうの種となって、水蒸気を雪だるま式につけていって大きな氷の粒へと変わる。溶けて地に降り注げば、もはやそれは自然の雨と変わらないわ。

 この人口降雨装置を一時間動かせば数万円かかるらしいけど、それで雨が降って、水不足、ひいては干魃かんばつとかを解消できるのなら、安いわよね? でも実際、目に見えてわかるほどの効果があるか、この発煙所に関して言えば、微妙なところらしいわ。もっと大胆な方法をとらないと、大きな降雨効果は出なさそうって見方が強いわね。

 そんな時は、飛行機を使うの。

 飛行機でドライアイス、つまり固体の二酸化炭素や、液体二酸化炭素を雲の中まで持って行って、散布する方法ね。すると二酸化炭素はすぐに気化して、周りの空気を冷やす。水蒸気が凍って、氷晶が発生。そこからさらに上昇気流に乗ってくる水蒸気をどんどん捕捉して、氷晶は成長。空気より重くなったら、降る。雪や雨になる。この発煙所と比較すると、雨雲の種を増やすのか、それとも種がより早く成長するよう冷やすのか、という違いがあるということね。乾燥地域を国土の中に多く抱える国では、固体・液体の二酸化炭素の入ったミサイルを雲に撃ち込むこともあるそう。


 どう? わたし、科学サイエンスに詳しいでしょう?

 

 そういうわけで、人工降雨装置のスイッチを、ポチッと押しちゃいます。


\ぽちりん♪/


 装置は、始動した。


 えーっと。


 そもそもどうして、この小屋に来たかって?


 それはね……


 楽しい休暇明けの阿保空レイニーブルーな気分だから。


 昨日、波理亜ばりあに、彼氏に…………もの。


 今晩、服とか、荷物取りに来るんだって。


 あ、ごめん、波理亜ばりあ、歯ブラシはとっくに捨てちゃった。


 排水溝の掃除に使った後でね。


 うわぁ……。


 あー、ちょっとこれ、きついかも。


 自然と、涙が出てきた。


 今日丸一日、薄っぺらな強がりの堤体ダムき止められていた涙の湖が、ついに溢れ出たんだわ。


 これはいつも先輩に使う、嘘泣きなんかじゃない。


 ここなら誰も見てないからいっぱい泣いてもいいかな?


 でも、そろそろ戻らないと。


 よぅし。


 泣いても何か良くなるわけじゃないし、珠子はドアを開けます。


 ガチャリ(^ω^)


 ツ。

 ツー。

 ツー、ツー。

 ツー、ツー、ツツツ……


 雨、か。 


 ザ

 ザザ

 ザザザザ

 ザザザザザザザザ……


 この大粒の雨は……自然のもの?


 それとも空は……


 嘘泣きしているのかな。


〈完〉




【補足】


人工降雨装置はありまぁす! 

以下ソースでございます。


『渇水への備え 人工降雨装置ってどんなもの? 東京都』

https://www.koho.metro.tokyo.lg.jp/diary/report/2022/12/19/01.html


『人工降雨装置の試運転 多摩川上流の小河内ダム周辺、一時降雨も都「因果関係不明」 産経新聞』

https://www.sankei.com/article/20130822-ISBBQOYOSNOGFOH3NUBKUSJ3JI/

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

嘘泣き珠子、雨降られ 加賀倉 創作【ほぼ毎日投稿】 @sousakukagakura

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画