Clothed Body
真木遙
Clothed Body
都市近くの
少年の身体は製造されてからすぐにビニールパック詰めにされ、プラント天井に取り付けられているラインで吊られたまま運ばれる。パックのなかはぬめりけのある保存液で充されて張り付いており、覚醒して目だけ動くようになるも身体には力が入らなかった。耳には巨大な生物が唸るようなエコーと、じゃりじゃりと頻りに擦れあう音。それから鋼鉄の粉砕器によって何かが粉々にされる音がミックスされるなか、ラインはとまらず進んでいき左右の窓から鮮烈な緑光がさしこんだ。
少年は光を見ているうちに外へ運ばれ、床がコンクリート式になっている薄暗い水槽のような空間へと出た。抜け切った傍には重機が置かれていて、先端から射出される青白い光線がビニールをアドルノイドの形にそって正確に焼き切る。少年は粘液と共にどさりと倒れ込み、お腹あたりに響く鈍痛のせいで低くうめいた。痛みを堪えてあたりを見渡せば、仄暗く照らされたアドルノイドが等間隔に置かれ、目を凝らせば各個体はまったく似通っていないことに気づく。彼らの身体は肌がぼろぼろ、両手足の長さが違う、頭がおおきい、顔のパーツが不揃いと、どれ一つとっても自分の身体とはちがっていた。
やがてタンクを背負った監視アドルノイドたちが入ってきて、彼らはゴム製のチューブで繋がれた放水機を起動させて床のアドルノイドたちを洗った。ぬめりを帯びた水がコンクリート間に嵌められたグレーチングへと流れ、全員が洗い終わった途端にファンから風が送り込まれる。身体に残っていた水気を取り除かれ、それからホイールをがりがりと回す運搬型の
朝を迎えると、少年と、少年と一緒の房にいたアドルノイドたちは飾義体が放り込まれていることに気づき、しばらく弄んでからそれらを着ていった。すでに襤褸となっており、見た目はシンプルな
だんだん房の中が騒がしくなると、遠くからプラントの廊下をいそぐ足音が聞こえ、音の主である一人の監視員が少年たちが閉じ込められている房の前に立つ。頭にはゴーグル型の飾義体をかっこよく着用し、そのほか胴にはハーネス型、足元にはプロテクター型と、完全防備の状態で素肌をいっさい晒していなかった。監視員は肩掛けのライフルを持ち上げて房の向こうに構え、今までに聞いたこともないぐらい大きな音が炸裂して少年たちの身を縮こませる。撃ち放たれた銃口から出たのは鋼鉄製の弾丸ではなく灰色のアメーバのような
「黙れ」監視員が言葉を解してないアドルノイドたちに言った。「ただでさえ飾義体からのエネルギー補充量より、
少年は監視員が言うことの意味を解さなかったが、このぼろ切れのような貫頭衣が必要であることは何となくわかった。周りにもそれを説明しようと試みたが、他のアドルノイドたちは貫頭衣を指先で不思議そうにつまみあげたり、布の上でくるくる回転したり、一度脱いで足の裏を拭いたりするのに使っていて、諦めて口を閉じた。それから監視員は少年たちにプラントの別区画まで行くよう指示し、鉄柵の鍵を開け、前を歩く別の房から出てきたアドルノイドたちのあとを着いていけとジェスチャーした。逆らえばまたペインバレットを打ち込まれ、何体かがまた実弾を打ち込まれるも見なかったふりをして房棟から出ていった。廊下をつっきり、交差する錆びかけの階段を降りて地下通路をまっすぐ進むと、天井がドーム状になっている広大な空間へと出る。その中では、飾義体をのせて流れ続けるベルトコンベアーがあちこちに枝分かれしていて、最終的に縫製作業に取り組む一体のアドルノイドまで辿り着く。そこで作業してるアドルノイドは縫製員と呼ばれており、彼らは自分の席に運ばれた飾義体を手に取って針を差し込み、糸を何重にも縫いあげて未完成の飾義体を完成させていった。縫い終わった飾義体を後ろの出荷ラインに置いて、またもや新しく流れてきた飾義体を手に取っては縫っていくの作業を繰返していた。
と、それまで縫製員を監視していた一人が腕を振り上げて合図すると、動いてたベルトコンベアーがすべて停まり、同時に作業にふけっていた縫製員は統率の取れた動きで一斉に立ち上がる。彼らは顔を上げずに俯いたままで、どうやら声を出すことが許されるのは監視員だけらしい。「今日から増員される。縫製の仕方を教えるように」監視員が張り上げた一声で状況を理解した縫製員のアドルノイドたちが、新たにドームにはいってきた新人を案内して一対一のペアとなる。少年は自分に割り当てられたペアの近くへと腰をおろし、隣にいる皮膚がひび割れたアドルノイドの姿を見やる。そいつは剥がれた組織が縫製台の上に落ちるのも気にせず作業していて、飾義体が出来上がっては一度身体を震わせるのが印象的な個体だった。手際が良く、ほかの縫製員たちにくらべても能力が高いらしい。少年も見よう見まねで手元の動きを頭に入れて手伝いはじめ、未完成の飾義体に糸を縫い込んでいく。監視員が巡回しながら言うにはこの糸を縫い込むことによってエネルギーが宿り、その息づいた飾義体を着ることによってアドルノイドは生きることができると言う。そして縫製員が完成させた飾義体はやがて都市へと行き着き、そこに住む者のためになるとも言った。
少年は自分がいつの間にか監視員の放つ言葉を理解できてることに気づいた。他にも自分ほどではないが学習したと思われる個体がいて、互いに目配せしあうも話すことはなく、黙々と作業を進めていった。すでに長時間にわたる縫製作業が続き、集中力の途絶えたアドルノイドも散見されると、監視員のリーダーが今日の作業を終了させるよう言い渡す。ドームにいたアドルノイドたちは元いた房へと戻り、そこで先ほどまで同房であった何体かがまたもや消えていることに気づく。生き残ったアドルノイドは撃たれたアドルノイドに比べておとなしく、夜になってもほかの房から聞こえる奇声や銃声に過剰反応することがなかった。
少年は房の格子から外を眺めるのが好きだった。
背が低かったから斜め上の空と上端だけ見える〈CLOTHED CIRCLE〉を眺めていたが、他のアドルノイドが少年の行動をおもしろがって肩車をしたときには都市の全貌が見えた。うつむけばあたらしく廃棄場が見え、そこでは大量の飾義体とアドルノイドの残骸が油と酸性雨にまみれて山を築いていた。
ときどき廃棄場に死にそうになったアドルノイドたちがきて飾義体を探す姿が目に映った。アドルノイドたちは屑の山を掘っては手にしたものを放り投げ、エネルギーの残っている飾義体を探し回っていた。ほとんどが飾義体を見つけれず山の一部となったが、稀にエネルギーが残っている飾義体をめぐって争い、生き残ったアドルノイドはまた飾義体を探し回った。
あるとき、いたずらな同房がこの風景から遊びを思いついた。そのアドルノイドはどのアドルノイドが死んで、どのアドルノイドが生き残るか予想しようじゃないかと言い出した。ベットするのは自分の飾義体である貫頭衣で、布の面積が掛け値となる。もし勝てば、布と自分の飾義体を縫い合わせて命を伸ばすことができるし、負ければもちろん布地が短くなり死に近づく。
意外な提案に少年はおどろきゲームにも夢中になった。廃棄場にいるアドルノイドが殴り合うと房のなかは盛り上がり、明日の縫製作業を忘れられた。自分の飾義体を破っては勝負し、そのなかでも少年はかなりの精度でどのアドルノイドが生き残るか予測できた。だが勝ちすぎてしまい、少年の相手をしてくれるものはすぐにいなくなった。
勝負の輪から外されてからは隙をもてあまし、少年はドレスのようになった飾義体の裾を持ち上げて長すぎるなと思った。丈は六フィート近くで、普通のアドルノイドなら簡単に着れるが、自分は五フィート以下と下回っている。
そのせいで少年はよく馬鹿にされ、少年も言われるたびに馬鹿にしてやり、互いに殴り合うことも少なくなかった。ただ、都市アドルノイドたちに比べれば同房は個性にあふれていて、少年は信用ならない監視員よりも周りのアドルノイド達のほうが好きだった。監視員はすべて似通った見た目をして誰が誰かもわからない。そんなロボットみたいな奴らの都合で自分たちは作られたんだと思い、自分が製造されたとき監視員に言われたことを思い出した。
「ただでさえ飾義体からのエネルギー補充量より、素義体での消費量が多いお前たちなんだ。都市のために働いてから死んでこい」
あれから少年は、この言葉からある結論を導き出していた。
自分たちは飾義体があれども素義体でのエネルギーは常に減っていく状態にある。つまり体内のエネルギーは目減りし、それが尽きればぼくたちは動かなくって柵の外へと捨てられる。
今は誰もエネルギー切れを起こしてないが、限界がくるのも遠くない。
ならなぜ、そんな非効率な身体を持つアドルノイドを造る必要があるのか。
それはぼくたちが初めから飾義体製造を目的として作られたから。
飾義体の製造コストよりも安い、使い捨てを前提としたアドルノイドだからだ。
同房のアドルノイドたちがエネルギー切れを起こした。
昨日はのっぽなアドルノイドが倒れて、その前はウエストがひどくでかく太ったアドルノイドだった。たおれたアドルノイドたちは監視員から引っ張り出され、廃棄場へと捨てられてた。その様子を少年たちは柵からずっと眺めていた。
いつ自分の番が来るかわからなかった。同房たちの飾義体を奪うような事はおこらなかったが、少年は長すぎる飾義体に視線が向けられていることに気づいていた。房にいる間は寝ずに、縫製作業の最中に監視員の目を盗んで寝ることが普通になり、縫製ドームで監視員が通らない瞬間を狙って目を瞑った。
だがある日、いつもと違うパターンで通路をゆく監視員に見つかり、少年はライフルで頭を小突かれた。
監視員が作業を一時停止するように声を張り上げ、ラインが唸る音と糸が飾義体を通っていく音が止み、作業をおこなっていた縫製員のアドルノイドは注目を浴びないように頭を俯けていた。
少年は監視員に立ち上がるように言われ、ほかの監視員に前後を挟まれたまま縫製ドームを出ていった。廊下へ出て、錆びた通用路にかたかたと音を鳴らして歩き、少年はこれから廃棄場に連れていかれるのだろうかと思った。そこで自分は眉間を撃ち抜かれ、廃棄場に連なる屑山の一部となる。頭をだれかの素義体につっこみ、シリコン製の四肢とからまりあって、皮膚のところどころが剥がれたま房から見える景色となっていく。
目の前の監視員が急にとまって顔を上げた。巨大なシャッターが目の前にあって監視員に尋ねたが、「黙ってろ」とだけ言われる。
監視員の一人がシャッターの開閉コマンドを壁の操作ディスプレイにうちこむとシャッターが開き、大量の飾義体が詰め込まれた倉庫が広がる。飾義体は長方形に縁取られたハンガーラックのなかに丁寧に収められ、ラックは太々したワイヤーに架けられて微かに揺れている。ぱっと見では縦に十段、横には百段以上のラックがそこかしこに収められている。
そこに誰かが裸のまま突っ立ていた。線の細いアドルノイドで、監視員とは比べものにならないぐらい完璧なプロポーションを持っていた。少年はこの身体であればどんな飾義体もすらりと着れるのだろうなと思った。
「こんにちは私の守護天使。私はLC」
「……LC」
少年が呟いた途端ワイヤーが引っ張られ、倉庫全体が一つの生き物のように蠢きはじめた。あらゆる方向に向かってワイヤーが動くと同時にラックが移動し始め、ついには特定の飾義体だけが一番下の段に連なった。
LCはその飾義体をラックから取り外して着ていった。どれも少年が見たことのない飾義体ばかりで、自分たちが縫製作業中に見ていたシンプルで貧相な飾義体とは違い、細部まで誰かの意図を感じさせる情報量の多い見た目をした飾義体ばかりだった。
なめらかな肌を持つ手足が袖や裾を通り、一瞬にしてLCは派手な装いとなった。
手に取られたのは黒い合皮のジャケットのほかに、胸にホログラフィックのキャラクターが浮かぶクラッシュTシャツとラメがかった黒のスキニー。それらを軸に銀色のバックルが目立つベルトとスタッズがいくつも打ち込まれたブーツを選びジャケットに袖を通す。「完成」
LCは白髪とインナーカラーのはいった暖色系の髪をかきあげてハンガーラックの間へと歩く。
と、監視員に後をついていくように催促され、同じようにハンガーラックの間をかき分けて進み、実験場のような場所へと出る。目につくところではスチール製の縦に長い台とフックが三本ほどついた懸架台。それからシリコン製の皮膚を剥がされて真っ赤な筋肉を剥き出しにしたアドルノイドの死体が一つ。
それは、スチール台の上に横たわって置かれていた。死体は天井で光っている同心円状の白熱灯に照らされ、筋繊維が照りかえしている。
死体が腰のあたりで曲がり始め、スチール台がちょうど真ん中から折り曲がったのだと気づく。死体の首元に空いたポートにつながれた被覆チューブが引っ張られ、スチール台のサイドテーブルに備わったコンソールにコマンドが打ち込まれると、台上の死体が暴れはじめた。
まわりにいた監視員がその死体に銃口を向けるが、体調らしき一番近くにいたアドルノイドがそれを制す。死体の手足が痙攣し、口からタールのような体液を吐き散らしながら黄ばんだ目を無作為にぎょろつかせる様をみなで見ていた。
コンソールのディスプレイには少年が見たことのない記号群があちこちに散逸し、少年はこれらの情報が死体に対して何かしらの操作を行なっているのではないかと思い、そうであればこれらの記号群は死体となったアドルノイドを甦らせているのかと目を見開いた。
「死者が生き返っている」
そうつぶやくと、死体を暴れさせた張本人はにやりと笑う。スチール台で暴れている死体の落ち窪んだ頬に張りがともなわれ、双眸に失われた光が取り戻される。
「死者は生き還る。我ら祖先より賜りし御言葉を身体に流してあげることにより、元のヴァージョンへと———進んでしまったメジャーヴァージョンの数字を再び0へと戻すことができる。そうすれば私たちは飾義体を必要とせず、素義体のみで生きていけるアンドロイドへと戻る」
ディスプレイに映った記号群がすべて死体へと流れ込んだ。死体は完全に停止し、弛緩し切った手足をスチール台の外へと放っていた。
「ほうら眠ってないで起きなさい。私の天使」
天使と呼びかけられた死体は掌を台において体を起こし、天井で煌々と輝く輪っかに目を細めて自分の身体を見やる。「あ、あ」
「アンドロイドに衣は必要ないのよ。あなたは飾義体に縛られず生きていける存在」
顎を持ち上られ、主による言葉を聞いたアンドロイドは恍惚とした顔つきになる。
「そろそろかしら」
死相を予期したかのような顔でアンドロイドは身体を触り始め、飾義体を求めて目の前のジャケットに手を伸ばす。LCはジャケットを奪われてもなすがままにし「これが欲しいの」そう言って合皮のジャケットを着せてやる。
「完璧じゃないんだ」
少年が呟くと、アンドロイドは糸が切れたように停止した。両腕を胴前でクロスさせ、ジャケットで身体を包むようにして動かなくなる。
「少年を製造した理由は一つ」LCは立ち上がった。「アドルノイドからアンドロイドへと〈ヴァージョンダウン〉する言葉を見つけて欲しい。協力してくれれば、少年、あなたは呪われた身体によって死なずに済むかもしれない」
■
少年は死体を
そうして蘇ったアンドロイドは、緩やかに動き始め数分も経てば動かなくなるが、少年はその前にアンドロイドを殺していた。死ぬ前のアンドロイドは「布を布を布を」と死を予期して手がつけられないからで、こうなると剥き出しの肉をぺたぺたと床につけはじめる。だから規定通りの殺害方法であるタレットガンで脳天に何発が打ち込んでいるが、いつからか少年は、アンドロイドをエネルギー切れのアドルノイドへとまた戻すようにしていた。LCはそれを無駄な試みだと笑ったが、少年は同じプラントで製造された仲間に仮の死を与えた。仲間は安心そうに目を瞑り、少年は動かなくなった身体に廃棄処分の飾義体をかけてやった。
少年は〈ヴァージョンダウン〉の言葉を見つけるために、アーカイブスサーバへと駆け込むことがあった。そこで少年はアンドロイドからアドルノイドへの実装過程が記されたドキュメントを見つけ、解読をおこなっていた。
曰く、飾義体の前身となるものの名前は『服』というもので、自分たちアドルノイドのようにエネルギーを供給するものではなく、外界と身体を隔てるものであるとのこと。
寒さには動物の皮革を。
暑さにはさらさらのリネンを。
そういった機能的な側面で、服は人間の体温調節を手助けし寄り添ってきたらしい。なかには身分を明らかにしたり、職業を一眼でわかるようにするような服もあるらしく、嗜好品的側面もあることを少年は知った。
LCは今の飾義体はそのとき発展した服のデザインを模倣したものだといった。都市で毎シーズン発表される飾義体は、先人たちが残してくれた遺産に縋っているだけだと。「見なさい。ここにはランウェイで発表されたあらゆる飾義体が飾ってある。先人たちの想像力がいかに優れているかわかるわね」
そう言ってLCは自身の
「意外。興味は一応あるのね」
少年はある飾義体に手をかざしていた。「アメカジに興味があるのかしら」と訊かれ、
「いや」
「ちょっとまってて」
LCはワードローブを走りまわり、飾義体を腕に抱えてきた。「身体が小さいから可愛さでなんでもカバーできると思う。正規の身体が装着してたおかしいけど少年ならきっとこれも着こなせるはず。どれか気に入るものある」
手渡されたものからカウボーイハットを手にした。「それはちょっと冗談」LCは笑ったが、少年はハットを頭にかぶって「これがいい」
少年は鏡の前に連れられ、ぼろの飾義体を脱がされて貧相な身体が露わになった。薄青色の爽やかなジーンズとシンプルな白シャツを着せられ、シャツはジーンズにタックインさせられる。その上に焦茶色のベストを羽織り、首元にはワンポイントとなる赤色のスカーフを三角形になるよう綺麗に巻く。足元はやはりウエスタンブーツ以外はありえない。ペイズリー柄の、ベージュに近い色合いをしたもので、最後にはカウボーイハットを頭に被せて「完成」
「ハロー、ハロー、カウボーイ。とてもイカしているじゃない。アメカジは詳しくないからスタイリングはイメージで許してちょうだい」
そのときLCは監視員に声をかけられたが無視した。
「飾義体もいいところあるでしょ」
少年はいつも通りプロトコルを何パターンかに分けて実験をおこない、床に重なり合う死体を解析するよう
うごめくコクーンは宙に浮び、倉庫の外へと運ばれる。そのあいだ、触手がアンドロイドの身体の細部まで身体解析をおこないコンソールへフィードバックをよこす。
少年はその過程を廃棄場まで出向いて見にいっていた。倉庫から廃棄場へと通づる扉を開ければ、ちょうど伸縮部が倉庫壁面についた開閉ハッチから伸び出ている最中で、解析中のコクーンが陰影の濃い屑山を渡っていく。斜面と接地しないように登坂し、稜線に近づいたあたりで解析完了の通知音が少年の耳に入った。
少年は先に山を登って腰をおろしていた。そこで眼前に広がる屑山の峡谷と、更に奥で立っている超高層ビル群を眺めていた。
飾義体都市〈CLOTHED CIRCLE〉
そびえ立つビルには、飾義体製造ブランドの巨大なホログラフィックサインと、巨人となったホログラフィックモデルが周りを自由自在に取り囲んでいる。モデルはビルからビルに投射された偽物のランウェイをヒールで歩き、渡り切ったかと思えばくるりと身を翻し元いたビルへ戻る。挑発するようにドレスのスリットから長い足をわざと見せ、気持ち悪いぐらい分厚くて紅い唇に指先をあてる。
背後には自分が製造されたプラントが鎮座していた。四角い房棟のコンクリートが夜のせいで真っ黒になり、壁にはビルから投げかけられる明かりが何十にも重なって虹色を作り出している。隣には製造、縫製、出荷とそれぞれのドームが三角形を形作るように配置され、出荷区画付近にはこれから都市まで運ぶのだろう、装甲トラックが列を成していた。トラックに積まれている飾義体を盗みに襲いかかるアドルノイドがいるらしく、装甲の上に機関銃をいつでも撃てるよう銃座が備わっている。
コクーンが、解析しおわったアンドロイドの残骸をもといた場所へと解放し、ぱらぱらと閑散した音が響いた。少年は戻ろうと立ち上がろうとするが、足首が誰かの手に掴まれているのに気づく。どうしようもないぐらいの力で引っ張られ、アドルノイドの残骸が少年の皮膚を裂いていった。
「地下を出るぞ」
鈍痛が少年の頭にひびいた。どうやら地中深くまで達したあと気を失っていたらしく、少年は抱えられて横坑のような地下通路を抜けたところだった。
そこは施工途中の雑居ビル地下だった。作りかけのテナントが虫食いになって、蜘蛛の巣のようなヴェールがビルディング全体をドレープ状に覆っていた。搬入エレベータだけが使えるようで、少年と声の主はエレベータに乗り込む。
「
「監視員……」少年は力を振り絞って呻く。着ているものが完全にプラントにいる監視員の格好だったからだ。
「ちがう。私はきたるべき〈ヴァージョンダウン〉へと殉ずる戦士の一人。王の目」
扉が開き、その先ではネオンカラー一色となったホログラフィックサインが飾義体製造ブランドの名前を曳いていた。そのせい飾義体都市なのではないかと疑ったが、そもそも都市に天井などあっただろうかと思い直す。
アーケードが街を覆い尽くし、その下では背の低いビルと露天商が所狭しと並び、それぞれの小さなテナントでは大量のお古の飾義体が売られていた。それらを買うアドルノイドはヴィンテージ物を着ているほかに、別々の飾義体を分解、裁断、縫製しなおしたリメイク品を着てるものもいた。
少年たちはアーケード街の活気あふれる地区を横目に、テナントがもぬけの殻となり果てたビルしかない地区へと踏み入れた。
「ここに都市より弾劾された王がおられる。彼の者は創造主たる人間によってアンドロイドとして生を受け、〈ヴァージョンアップ〉を経て始まりのアドルノイドとなられたお方。王は未だに健在であられるが、自由に動くことはできない」
この地区では、ネオンサインが看板から欠け落ち、そこここにエネルギーの切れたプリントTシャツの切れ端が捨て置かれていた。プリントのポルノ女優がモノクロの乳首をワンピースからのぞかせ、ネズミのマスコットキャラクターが白くて厚みのある手を一つのビルに目を向けさせている。だがそれはビルというには相応しくなく、いうなれば神殿のように幅広い廃墟と化したショッピングモールだった。
自動ドアのガラスは砕け、お客様がそこを通る姿は天窓に映っていない。天窓から差し込む光はテナントであった場所を明るみに出し、灰色のコンクリート粉塵をまたたかせた。
左右には上階へ続くエスカレータが何本も架けられていた。間を抜ければ収容人数が千人は越そうかというエレヴェータが中央に一つ据えられ、少年は中へと連れられる。「王の御前だ」
少年は一人立ち、エレヴェータの振動でくずれおちそうになる。『上へ参ります』エレヴェーターガールのような声が空響き、階数を指し示す文字盤が垂直に伸びると扉が開かれた。
目の前にいるのは、王座に腰下ろすアドルノイドの始祖。
少年はエレヴェータから降りて、王がぐったりと天井にまで届きそうな背もたれにかけているのに気づく。王は肘掛けから腕を伸ばし、その巨体をなすがままにして無機物かのような佇まいをしていた。
「導き手となる子がいらっしゃいました」
王は巨体の上に纏っている防護服のような飾義体を動かし、生命維持をおこなっているのか、飾義体と繋がったチューブ束をぶら下がっている天井から揺らした。
『初期の』王がマスク越しにくぐもった声を発する。『初期の飾義体は今のような洗練されたものではなかった。デザインなど考慮されておらず、アンドロイドのエネルギー供給源を外界に依存するという目的でのみ私は作られ、創造主に従わざるをえない身体をはじめからもっていた。少年よ。君ならその意味を理解できるのではないかね』
王の目が平伏し、「人間は自らの似姿をつくってしまった。だが鏡合わせで共存できるほどコピー元は出来た存在ではないし、その写鏡として生を受けたアンドロイドも同様。それゆえ人間はアンドロイドに歪んだ機能———命の外部化を実装したのだ」
「……〈ヴァージョンアップ〉」
少年はつぶやいた。
『左様。我々は身体の機能そのものを書き換えられた。都市中枢のシステムから宙にプログラムをのせて、伝播するがままアンドロイドのメジャーヴァージョンの数字をカウントアップさせた』
「王は人間のもたらしたこの呪いを解こうとしておられる」
「LCもおなじこといってた」
『あのアイランド育ちの田舎娘のことか』王は笑い、『少年が製造されたプラントの管理者のことだ』
「知っているの」
『もちろん。あやつは飾義体の申し子だ。今の飾義体のグランドデザインを考えだしたのはあの娘であり、人間の服を模倣しようと言い出したのもそうだ』
「LCも〈ヴァージョンダウン〉を望んでた。ぼくを生み出したのもそれが理由だって」
『それはちがうな』
「どうして。目的は一緒でしょ」
『あやつは飾義体を不必要に何枚も集めるのを悦びとし、我々のように同胞を呪いから救おうとおもっているのでもなければ、ましてやこの世から飾義体を消そうなどと思おうはずもない。その逆だ。〈ヴァージョンダウン〉の秘技を先に解明し、逆転させ、飾義体をアドルノイドにとって必要不可欠なものにさせようとしている。要するにメジャーヴァージョンの数値を人間同様また引き上げようとしている輩だよ———少年、どちら側につくかはよくよく考えた方がいい』
少年は口をひらきかけるも、
『まだ答えを出す必要はない。そもそも少年は〈ヴァージョンダウン〉のためのプロトコルを完成する見込みもまだないのだろう。もしくは、あの娘のために完成させる気がないかもしれないが』王は笑う。
「王」
『なにかな』
「飾義体がなくなればみんな喜ぶのかな」
『どうしてそう思う』
「プラント外にいるアドルノイドたちはみんな飾義体を着るのが楽しそうだった」
『我々にはそれぐらいしか娯楽がないからな』
「けどプラントでは飾義体は唯のエネルギーだ。ここはそうじゃない」
『一つだけ言えるとすれば』王は少年を見た。『我々は飾義体自体は否定しない。飾義体を利用して都市を形成し、アドルノイドを分断すること自体が問題なのであって、その後に飾義体を誰がどう着ようが咎めることはない。むしろ、人間と同じように飾義体は本来の用途へ、着るためだけに戻るのではないかね。そこに命が介在する必要はない。みながエネルギーを気にすることなく飾義体を自由に着れるなら、それは私が目指すユートピアの一つだよ』
少年は王と邂逅を果たしたあと、王の目の案内に従って廃棄場の麓へもどった。プラントのごちゃごちゃした稼働音や粉砕音が響き、細々と薄いビニルが風に靡かれ、〈CLOTHED CIRCLE〉から注いでくるホログラフィックサインが錆色の廃棄場を照らしていた。すぐにはプラントに行かず、いつもやっているように飾義体都市が見渡せる稜線に座って王の言ったことを思い出す。
「今しかない」
少年は立ち上がり、山を降りてプラントへもどった。
同房たちの死体がはいっている格納セルに行きつき、真っ白な顔をした同房を実験場の明かりへと引っ張り出す。ひょろながい全身が見え、このアドルノイドが房の格子から景色を見るのを手伝ってくれたことを思い出した。肩車してもらっているときに何が見えるかとよく訊かれ、その度に飾義体製造ブランドの名前を答えてやった。
「やあ」
死体をスチール台の上へ載せ替えてやる。皮膚は溶かさない。〈ヴァージョンダウン〉のための
少年は、中途半端なままにしているヴァージョンのプロトコルにいくらか手直しした。今までわざとプログラムが転ぶようにしていた箇所を書き換え、いささか汚く書いたままのコードの見栄えをよくする。それから同房のポートにチューブを接続し、コンソールから送信コマンドをたたけば表皮に浸透したプロトコルの線が滲み、顔から足元まで糸のような紋様が刻まれていった。これで、同房はアンドロイドへと更新され、同時に飾義体都市全体へと〈ヴァージョンダウン〉を引き起こすためのコードブックとなった。この身体に刻まれた暗号を読み解き、プロトコルを好きなアドルノイドに流してあげれば都市はいつでもユートピアへと書き換えられる。
「ここは」
コンバートされた同房がつぶやいた。瞳は爛々として、焦点が定まらない様子だった。
「ぼくのラボだ」
同房はまわりを見渡すと、ほかのアンドロイドたちと同じように自分の身体をまさぐりはじめる。
仕方なく貫頭衣を頭から通してやると、飾義体が内側から薄く輝いた。「行こう。王が君の身体を待っている。仲間を漁るのはそれからだ」
王って。そう言う同房を無視して廃棄場へ向かう。すでに
少年たちはショッピングモールへと通づる地区へと出ると、エネルギー切れ寸前の飾義体がワゴンセールで軒先に置かれているのに目がつき、周りには廃棄場に行く一歩手前のようなアドルノイドたちが這ってるのに気づく。彼らの手が伸びて少年らの飾義体を引っ張り、わたしにおれにぼくに飾義体を恵んでくれやしないかと声をかけられた。
「もうすこしなんだ」
少年は自分の意識が朦朧とするのをかんじていた。横坑にはいったあたりから感じていたエネルギー不足だったが、飾義体の裾を踏んでは立ち上がった。同房にはどうかしたのと心配される。
「このさきにいけば……」同房を先に行かせて少年は言う。「王にあったら身体を見てもらうんだ」
少年は傍にあった廃材を手に取り、それがアドルノイドの腕であることに気づく。付け根あたりが模造神経でだらしなく伸び、少年は握手するように握って振り回した。
「バッドボーイ」
なぜだかLCの声が聞こえた。すると、周りにいたアドルノイドたちが次々と倒れ、少年の飾義体を引っ張るものはいなくなった。
「どこだ」少年は首元に手の平をぴったしと這われたようにおもった。おもったというのは、存在が確認できず、触られてる感覚だけがあったからだ。「
正解。耳元でそう囁かれると、少年のからだを後ろから包んでいた存在が明らかになる。都市で新たに開発された最新の飾義体。これを着れば周りの背景と同化することができるとLCは自慢げにはなしていた。
全身が黒づくめのモード系統のルックスをした飾義体で、完璧なプロポーションを持つボディラインが古飾店街の光を照り返していた。「久々に着たわ」LCは自身がプロダクションデザインした飾義体に指を這わせて、装着した物の感触を楽しんでいった。
「こそこそ何してるかと思えば、勝手に出ていくなんて悪い子ね」少年の喉をぎゅっと掴み、「まさか王がプラントのなかに目を紛れ込ませてるとはおもわなかった。だけど少年、どちらにつくのがいいかもう一度考えたほうがいい」
「LCは嘘をついた。みんなの身体を呪いに縛りつけようとしてる」
「勘違いさせたのは悪かった。けど」LCは少年に顔を近づけ、「都市を崩壊させるほうがいいわけない。飾義体がなくなったアドルノイドは秩序を失うわ」
「飾義体がなくなるのが怖いだけだろ」
「いうじゃない。だけど、どう捉えてもらってもいい。私は都市を守る必要があるの———そのために少年、あなたに教えて欲しいんだけど、今逃げていったアドルノイドはなに。一人だけ逃したところで何も変わらないわよ」
「そんなことない」少年は笑う。「王はコードブックを読み解き、魂を戻してくれる」
王は言っていた。
かつてアンドロイドに起きた〈ヴァージョンアップ〉なるものは宙にプログラムをのせていたと。
それは実験場のような環境は必要とせず、チューブもポートも必要ないということだ。ただ少年たちの身体に最初から備わってる通信機能を利用して、上位のシステムから勝手に改変してあげればいいだけの話。
システムは都市の中枢に存在しており、上位の住人でなければアクセスできないはずだが、都市から弾劾された王はあらゆる箇所に目を配置している。目は誰にも気付かれず、縦横無人にプラントから古飾店街、古飾店街から飾義体都市までをも覗き、都市中枢にある通信システムも例外ではない。それは、ポートを通じずに少年たちの身体へと簡単にアクセスできる秘密の通信システム。今ごろ王は玉座から腰を上げ、その重い防護服のような飾義体を持ち上げて厳かに宣言していることであろう。
『魂は内に戻りぬ』
そう言って、死者は蘇っていくはずだ。エネルギーが切れたことによって亡くなった死者たちが、廃棄場から、都市から、古飾店街から立ち上がって、一斉に目を輝かせる。目前にあるのはただ一切の光。光は死者を惑わせ、導き、路傍に倒れる自身の身体を奮起させる。少年のそばに倒れていた死者たちも身体を震わせて立ち上がり、やはり飾義体がないにも関わらず動けることに疑問を持つ。
そこで彼らが目にする少年たちの飾義体。彼らは一斉に少年たちに飛びかかり、LCは少年を突き飛ばして彼らの相手をする。蘇った死者たちは飾義体を剥ごうとするが、ことごとく首元をクロムメッキの刃で切られる。その隙に少年は手にしていた腕を———関節部でかくかくと曲がる腕を、思いっきりLCの後頭部に叩きつけてやった。
何かが壊れたような音。工場でよく聞いてた、機械たちがスタンプされて粉々になる音がひびいた。
たおれたLCの脇に少年は腕をまわした。
地面に擦りながら二区画先を右にまがり、誰もこなさそうな路地裏で飾義体を剥いで、貫頭衣の上からサイズの合わないそれを無理やり着ていく。「似合わないって言われるだろうな」
少年は笑って、死者たちが蘇り続けるなか意識を失った。
■
「ハロー、ハロー、カウボーイ」
ゆるやかな波風に揺られるなか、少年は目を開けた。船の側面に静かな波がちゃぷちゃぷと叩きつけられ、少年はアンドロイドを二体しか載せられないような小船に乗っていることを思い出す。そばで横たわっている綺麗な身体を持つアンドロイドにそっと目を向け、かぶっていたカウボーハットを目深にかぶりなおす。
少年はアンドロイドになった身体にいまだ実感を持てずも、斑点の多い海を望んだ。海にぷかぷかと漂っている布が舳先にひっかかり、それを少年は布を掬い上げ、ひたひたと落ちる雫を美しくおもえた。
「アイランド」
船が布の漂う海をかき分け、LCの生まれた島へと進んでいった。
なだらかな空気を裂いてたどり着いたのは一つの港街。霧がタイル調の家々を覆って家の前には看板が立っている。街は浜から緩やかに傾斜をなし、中央にむかうにつてれ山のようになっている。頂上までは栗石舗装の小径が貫き、迷路のあちこちからはかたかたと何かが回るような音が木霊した。
少年は瞼を擦って、小舟を浜から伸びる桟橋につけて降りる。ちょうど霧が晴れかかり、浜で様々な色の布を海に流すアンドロイドが目に入った。アンドロイドとわかったのは彼らが何も着ずに素義体のまま海に望んでいるからで、彼らは浜の遠くまで等間隔に列を成していた。
波打ち際までたどり着いたアンドロイドは、手にしている木籠のなかから飾義体を取り出すと、裁断用の鋏で縫い目にそって手際よく切り出し、頭と腕と足を出せなくなった布をそっと海へと流した。
少年は一体のアンドロイドへと話しかけた。「なにしてるの」
「なにって。アーカイブするにふさわしくない服を返しているだけ。布が海をわたって都市へと流れつけば同胞のためにもなる」
「ここではまだ飾義体をつくってるの」
「都市からきたの」
「うん。このアンドロイドを故郷にかえしてあげようとおもって」少年はおぶっていた身体を持ち直し、LCの顔を見せた。すると、
「ついてきて」
少年は後を追いつつ、立て看板が玄関ポーチの前に立つ家々を覗いた。中からはかたかたという音が鳴り、訊けばどうやら糸車を回す音らしい。それぞれの家が飾義体の
「あなたが背負っているのもメゾンで働いてたのよ」案内人のアンドロイドが話しかける。「有名なメゾンの出でね。優秀だったんだけど違反をおかした。アーカイブするべき飾義体を自分の家に隠して、こっそりと着ていたの」
「ここでは自分の飾義体をもてないの」
「ええ。本来ならアンドロイドは飾義体に興味を持つはずはないんだけど、その娘は異常に飾義体に惹かれてたみたい」
頂上までたどり着くと家はなく、山中へと続く幅広のスロープがあった。「耐用年数を迎えたアンドロイドはメゾンからセンターへと戻され、また新しいアンドロイドに作り直される。記憶は受け継がれないけれど、蓄積された癖のようなものだけは回路に残り続けるの」
少年はうなずき傾斜を下る。「ここに来る前、王に聞いた」
「そう。ならオーバーホールの覚悟はできてるのね。似通ったものでなくても恨まないでね」
「別にかまわない。LCに今の都市を見てほしいだけだ」
都市はいまだ飾義体を必要としている。
それがたとえ、命を介在するものでなくなったとしても。
アンドロイドたちは飾義体をいまなお着続けている。
「セルにいれて」
行き着く先に乳白色の壁が立ちはだかり、案内人は壁に手を触れる。滑らかな手触りの壁がハニカム構造を浮かび上がらせ、一つのセルがぷしゅっと飛び出してきた。
少年はLCを入れた。
「オーバーホールには時間がかかるけど」
壁には
少年はかぶりを振って、浜へと戻ることにした。
ちっぽけな身体。細っちょろい腕。はみ出した腹。アシンメトリーな身体のパーツ。
LCがどんな身体を新しく持つかは分からない。
リストアで新しく生み出される身体はそのときどきの素材状況によるから、アーカイブスセンターの機嫌次第だ。
もしかしたらLCが思いも寄らない不細工な身体で生まれてしまうかもしれないが、それはしかたない。
そしたらLCはまだ飾義体を愛することができるだろうか。
たまたま世界で一番綺麗な身体をもって生まれてきたから、飾義体が好きになっただけでないだろうか。
少年は打ち寄せられた布を見ながらおもう。都市に行き着くことができずに戻ってきた布が波に揺れる姿を。
新しい身体を持った彼女が現れるまで。
砂浜の向こうから新しくつけられた足跡は小さい。
Clothed Body 真木遙 @sanaki_you
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