Clothed Body

真木遥

Clothed Body

 都市近くの飾義体しょくぎたい製造プラントのなかで、ぼくは製造された。

 ぼくの身体は、製造されてからすぐにビニールパック詰めにされ、プラントの天井に取り付けられているラインで吊られたまま運ばれる。パックのなかはぬめりけのある液体で充されいて、保存液と一緒に張り付いていた。

 それから少しずつ覚醒して、目だけ動くようになったが、それ以外の部分には力が入らなかった。耳には、巨大な生物が唸るようなエコーと、じゃりじゃりと頻りに擦れあう音。それにくわえて、なにかが鋼鉄のぶ厚い粉砕器によって粉々にされる音がミックスされるなか、ラインはとまらず進んでいって、左右等間隔に嵌められた窓から鮮烈な緑光が差しこんで何度か明滅した。

 ぼくは光を見ているうちに外へ運ばれ、床がコンクリート式になっている薄暗い水槽のような空間へと出た。

 抜け切った傍には、先のとがったアームを持つ重機が置かれていて、その先端から射出される青白い光線が、ビニールをアドルノイドの形にそって正確に焼き切る。ぼくは粘液と共に倒れ込み、お腹あたりに響く鈍痛のせいで、低くうめいた。

 なんとか痛みを堪えてあたりを見渡すと、仄暗く照らされたアドルノイドが等間隔に置かれ、目を凝らせばそれぞれの個体はまったく似通っていないことに気づく。彼らの身体は肌がぼろぼろ、両手足の長さが違う、頭がおおきい、顔のパーツが不揃いと、どれ一つとっても自分の身体とはちがっていた。

 やがてタンクを背負った監視アドルノイドたちが入ってきて、ゴム製のチューブで繋がれた放水機を起動させてぼくたちを洗った。すると、ぬめりを帯びた水がコンクリート間に嵌められたグレーチングへと流れていって、全員が洗い終わった途端に、水槽についたファンから風が送り込まれた。ぼくたちは身体に残っていた水気を取り除かれ、それからホイールをがりがりと回す運搬型のサーバントロボットたちに連れられた。

 ぼくは運ばれてるあいだ、覚醒してることを気付かれないようにしていた。身体全身の力を抜いてなすがままにし、気づけば複数のアドルノイドたちとどこかの房へ放り投げられ、もみくちゃにされる。まだ若干湿っているアドルノイドたちと絡み合い、房に取り付けられた格子からのびる飾義体都市〈CLOTHED CIRCLE〉の光に、四肢がさらされた。

 ぼくは顔を手足からずらし、光差す方向に振り向いた。極彩色のライトに目を細めて、その都市の夜光が、ビルディング上空で曳いてるホログラフィックサインの数々から成っていることを知る。それらは飾義体製造ブランドの名前を描き、煌びやかに光っていた。ぼくはサーバントが去ったあと絡まった手足をどかして、アドルノイドの山を足場に、光り輝く夜景を見てから眠りについた。


 朝を迎えると、ぼくと、ぼくと一緒の房にいたアドルノイドたちは、気づかないうちに放り込まれていた飾義体を着ていった。ぼろ切れのような貫頭衣かんとういで、全員が着れるよう必要以上に大きいサイズで統一されていて、ぼくはぶかぶかのオーバーサイズを頭から通すやいなや周りのアドルノイド達に笑われた。

 ぼくは他のアドルノイド達にくらべてはるかに身体が小さく、ただでさえ大きい飾義体が余計に大きく見えて不恰好だったらしい。だけどぼくは口に出さなかったが、皆も似たようなものだと思った。自分と同じように小さくないけれど、他のみんなだって変な身体をしているじゃないかと。

 そうして房の中が騒がしくなると、遠くから足音が聞こえた。音の主である監視員はぼくたちの房の前に立った。頭にゴーグル型、身体にはハーネス型の飾義体を装着するアドルノイドで、監視員が肩掛けのライフルを房に構えると、反響とともにおおきな発砲音がこだました。

 ぼくたちは竦んだが、撃ち放たれた銃口から出たのは鋼鉄の弾丸などではなく、粘着性のペインバレットだった。灰色のアメーバのような見た目をしていて、張り付いたそばからぼくたちの身体に痛みが走った。頭のなかで弾けたように光が瞬き、足先が痺れ、収まったと思いきや喘鳴がやまなかった。何体かが痛みに耐えながらも房の鉄柵まで走っていき、怒りまかせに頭をぶつけた。房の中が揺れるほど音が鳴り、そのアドルノイドは頭から体液が垂れるのも気にせず叫んでいた。

 ぶつかってきたアドルノイドに監視員はまた銃を構えたが、今度は装填する音が違うことにぼくは気づいて、制止しようとしたが既に遅かった。次に放たれた弾丸は殺傷用のそれで、頭に穴を穿たれたアドルノイドが床に倒れると、それまで監視員に歯向かっていたアドルノイドたちは全員引き下がった。

 監視員は黙っているよう指示し、あまりはしゃぎすぎるとお前らのエネルギーが尽きるぞと、言葉を理解しないぼくたちに言い放った。「お前らに支給されたそのぼろの飾義体こそが生命線だ。無駄に動けば、余計にエネルギーを消費する。ただでさえ飾義体からのエネルギー補充量より、素義体そぎたいでの消費量が多いお前たちだ。都市のために働いてから死んでこい」

 ぼくは監視員の言語を解してはなかったが、このぼろ切れのような貫頭衣が重要であることは何となくわかった。周りにもそれを説明しようと試みたが、他のアドルノイド達は貫頭衣を指先で不思議そうにつまみあげたり、くるくると回転したり、一度脱いで足の裏を拭いたりするのに使っていて、ぼくは諦めて口を閉じた。

 監視員はそれからぼくたちに縫製区画に行くよう指示した。鉄柵の鍵を開けて、前を歩く別の房からのアドルノイドたちについていくようジェスチャーし、逆らえばまたペインバレットを打ち込まれた。そのうち何体かがまた殺傷用弾丸を打ち込まれて、ぼくは見なかったふりをして房棟から出ていった。


 交差する錆びかけの階段を降りていき、地下にあった通路をまっすぐ進むと、天井がドームになっている広大な空間へと出た。そのなかでは、未完成の飾義体が流れ続ける縫製ラインの束があった。ラインは無数に伸び、その一本一本がさらに枝分かれし、最終的に一人の縫製作業に取り組むアドルノイドに辿り着く。

 そのアドルノイドは縫製員と呼ばれていて、彼らは自分の席まで運ばれた飾義体を手に取って、針を差し込み、糸を何重にも縫い込んで一つの飾義体を完成させていく。縫製員は縫い終わった飾義体を後ろに流れる出荷ラインへと置き、その飾義体はプラントの別区画へと運ばれていった。飾義体が縫い終われば、ラインが少しだけ動いて、再び目の前に出された飾義体を手にとってはまた縫っての繰返しを行っているようだった。

 監視員が合図すると、それまで動いてた縫製ラインがすべて停まり、作業中の縫製員すべてが立ち上がった。彼らは頭をうつむけたままで、どうやら顔を上げてはいけないルールがあるらしくて、声を出すことが許されるのは監視員だけだった。

 監視員は今日から増員されるから縫製の仕方を教えてあげるよう言い渡し、元いた縫製員のアドルノイドたちと新人とがペアになるよう誘導した。ぼくは自分に割り当てられたペアの近くへと腰をおろし、隣を見ると、皮膚がひび割れたアドルノイドがいた。そのアドルノイドは、剥がれた組織が縫製台の上に落ちるのも気にせず作業していて、飾義体が出来上がっては一度自分の皮膚組織を振り落とすのが印象的な個体だった。

 手元の動きが頭に入ってからはぼくも手伝いはじめ、未完成の飾義体に糸を縫い込んでいった。監視員が巡回しながら言うには糸を縫い込むことによってエネルギーが飾義体に宿り、その息づいた飾義体を着ることによってアドルノイドは生きることができると言う。そして縫製員が完成させた飾義体はやがて都市へと行き着き、そこに住むもののためになっているとも言った。

 ぼくは自分がいつの間にか監視員の放つ言葉を理解できてることに気づいた。他にも何体か、ぼくほどではないが学習したと思われる個体がいて、ぼくたちは互いに目配せしあったが、そのアドルノイドたちとはそれ以降も話さなかった。

 長時間の縫製作業が終わると、ドームにいたアドルノイドたちは元いた房に戻った。既に顔見知りの何体かが消えてて、生き残ったアドルノイドは撃たれたアドルノイド達に比べおとなしく、夜になってもほかの房から聞こえる奇声や銃声に過剰反応することがなかった。


 それから房と縫製ドームを行き来する日々が続いた。

 ぼくは房の格子から外を眺めるのが好きだった。背が低かったから、斜め上にひろがる空と、上端だけ見える〈CLOTHED CIRCLE〉を日頃眺めていたが、他のアドルノイド達がぼくの行動をおもしろがって肩車をしたときには都市の全貌が見えた。うつむけばあたらしく廃棄場が見え、そこでは大量の飾義体とアドルノイドの残骸が油と酸性雨にまみれて山を築いていた。都市から流れてきたものだろうとぼくは考え、峰々と遠くに光る都市を一緒に見すえた。

 ときどき廃棄場には、死にそうになったアドルノイドたちがやってきて、必死になりながら飾義体を探す姿が目に映った。瀕死のアドルノイドたちは屑の山を掘っては手にしたものを放り投げ、エネルギーの残っている飾義体を探し回っていた。ほとんどが飾義体を見つけれず山の一部となったが、稀にエネルギーが残っている飾義体が見つかり、互いに争いあった。だが、そうして生き残ったアドルノイドも、争いでエネルギーを使いすぎて山の一部になることに変わりはなかった。

 あるとき、いたずらな同房がこの風景を見て、遊びを思いついたことがあった。そのアドルノイドはどのアドルノイドが死んで、どのアドルノイドが生き残るか予想しようじゃないかと言い出した。ベットするのは自分の飾義体である貫頭衣で、布の面積が掛け値となる。もし勝てば、布と自分の飾義体を縫い合わせて命を伸ばすことができるし、負ければもちろん布地が短くなり死に近づく。

 意外な提案にぼくはびっくりして、そのゲーム自体にも夢中になった。廃棄場にいるアドルノイドが殴り合うと房のなかは盛り上がり、明日の縫製作業を忘れられた。みな、自分の飾義体を破っては勝負し、そのなかでもぼくはかなりの精度でどのアドルノイドが生き残るか予測できた。だが勝ちすぎしまって、ぼくの相手をしてくれるものはすぐにいなくなった。

 勝負の輪から外されてからは隙をもてあまし、あるときぼくは、ドレスのようになった飾義体の裾を持ち上げて、この身体には長すぎるなと思った。丈は六フィート近くで、普通のアドルノイドなら簡単に着れるけれど、ぼくは五フィート以下とかなり下回っている。そのせいでぼくはよく馬鹿にされ、ぼくも言われるたびに馬鹿にしてやり、互いに殴り合うことも少なくなかった。ただ、都市アドルノイドたちに比べれば同房は個性にあふれていて、ぼくは信用ならない監視員よりも周りのアドルノイド達のほうが好きだった。監視員はすべて似通った見た目をしていて、誰が誰かもわからない。そんなロボットみたいな奴らの都合で自分たちは作られたんだと思い、自分が製造されたての頃、監視員に言われたことを思い出した。

「ただでさえ飾義体からのエネルギー補充量より、素義体での消費量が多いお前たちだ。都市のために働いてから死んでこい」

 あれからぼくは、この言葉からある結論を導き出していた。

 監視員によれば、自分たちは飾義体があれども、素義体でのエネルギーは常に減っていく状態にある。つまり、体内にあるだろうとされるエネルギーは目減りするわけで、それが尽きればぼくたちは動かなくって、最終的には柵の外に広がる廃棄場へと捨てられることになる。

 今はまだ誰もエネルギー切れを起こしていないが、限界がくるのもそう遠くない。

 ならなぜ、そんな非効率な身体を持つアドルノイドを造る必要があるのか。

 それはぼくたちが初めから飾義体製造を目的として作られたから。

 飾義体の製造コストよりも安い、使い捨てを前提としたアドルノイドだからだ。


 このごろ房のなかでは、一人、また一人と同房のアドルノイドたちがエネルギー切れを起こしていた。昨日はのっぽなアドルノイドが倒れて、その前はウエストがひどくでかく太ったアドルノイドだった。たおれたアドルノイドたちは監視員から引っ張り出され、廃棄場へと捨てられてた。その様子をぼくたちは柵からずっと眺めていた。

 みんな、いつ自分の番が来るかわからず怯えていた。同房たちの飾義体を奪うような事はおこらなかったが、房の中で視線が交錯した。ぼくはゲームで勝ち取った長すぎる飾義体に視線がよく向けられていることに気づき、房にいる間は寝ずに、縫製作業の最中に監視員の目を盗んで寝ることが普通になった。縫製ドームは無数のラインが流れてるがゆえに監視員の通る通路は限定されいるから、その通り方を一通り把握したぼくは、通らない瞬間を狙ってインターバルをいれつつ目を瞑った。

 だがある日、いつもと違うパターンで通路をゆく監視員にサボタージュしているところを見つかった。ぼくはライフルで頭を小突かれ、監視員が作業を一時停止するように声を張り上げた。その瞬間にドームの中を満たしていた、がしゃがしゃとラインが唸る音と、縫製作業で糸が飾義体をすーっと通っていく音とが止み、作業をおこなっていた縫製員のアドルノイドが注目を浴びないように頭を俯けた。

 ぼくは監視員に立ち上がるように言われ、だまったまま指示に従った。それから縫製ラインのあいだにある通路をとおっていき、監視員に前後を挟まれたまま縫製ドームを出ていった。廊下に出て、錆びた通用路にかたかたと音を鳴らして歩いていき、ぼくはこれから廃棄場に連れていかれるのだろうかと思った。そこでぼくは眉間を撃ち抜かれ、廃棄場に連なる屑山の一部となる。頭をだれかの素義体につっこみ、シリコン製の四肢とからまりあって、ペラリと皮膚のところどころがはがれたまま房から見える景色となっていく姿を。

 目の前の監視員が急にとまって、ぼくは顔を上げた。巨大なシャッターだけが目の前にあって、ここはどこなのだろうと思った。ぼくは監視員に尋ねたが、「黙ってろ」とだけ言われ、やがてシャッターがやかましい音をたてて開き始める。

 どうやら監視員の一人が、シャッターの開閉コマンドを、壁についていた操作ディスプレイにうちこんだらしい。シャッターが開き切ると、そこには大量の飾義体が詰め込まれた倉庫が広がっていた。それぞれの飾義体は長方形に縁取られたハンガーラックのなかに丁寧に収められ、ラックは太々したワイヤーに架けられて微かに揺れている。ぱっと見では縦に十段、横には百段以上のラックが倉庫のそこかしこに収められている。

 そこには、監視員とぼくのほかに、一人のアドルノイドが裸のまま突っ立ていた。線の細いアドルノイドで、監視員とは比べものにならないぐらい完璧なプロポーションを持っていた。ぼくはこのアドルノイドであればどんな飾義体もすらりと着れるのだろうなと思った。

「さて今日はどれを着ようかしら」

 裸のアドルノイドがそう呟くと、ワイヤーが引っ張られ、倉庫全体が一つの生き物のように蠢きはじめた。あらゆる方向に向かってワイヤーが動き、ハンガーラックがあちこちに移動し始め、ついには特定の飾義体だけが一番下の段に連なった。

 その飾義体は裸のアドルノイドが選んだようで、ラックから一つずつ取り外して、それから着ていった。どれもぼくが見たことのない飾義体ばかりで、自分たちが縫製作業中に見ていたシンプルで貧相な飾義体とは違って、細部まで誰かの意図を感じさせるような、どことなく情報量の多い見た目をした飾義体ばかりだった。

 なめらかな肌を持つほっそりとした手足が、袖や裾を通り、一瞬にしてそのアドルノイドは派手な装いとなった。手に取られたのは黒い合皮のジャケットのほかに、胸にホログラフィックのキャラクターが浮かんでいるクラッシュTシャツと、タイトめのラメがかった黒のスキニー。

 それらを軸に、銀色の大きいバックルが目立つベルトとスタッズがいくつも打ち込まれたブーツを選んだらしく、最後にジャケットに袖を通して「完成」と呟いたかとおもうと、ほとんどブラックに近いヴァイオレットのグラスが嵌めこまれたサングラスをかけた。

 そのアドルノイドは白髪とインナーカラーのはいった暖色系の髪をかきあげて、ハンガーラックの間へと歩いていった。

 と、監視員に消えていったアドルノイドの後をついていくように催促され、同じようにハンガーラックの間をかき分けて進んでいった。途中で何回か頭をラックにぶつけつつも歩いていくと、抜けた先にある実験場のような場所へと出た。

 目につくところではスチール製の縦に長い台と、何かを引っ掛けておくためかフックが三本ほどついた懸架台。それからシリコン製の皮膚を剥がされて真っ赤な筋肉を剥き出しにしたアドルノイドの死体が一つ。

 それは、スチール台の上に横たわって置かれていた。死体は天井で光っている同心円状の白熱灯に照らされ、筋繊維が照りかえしている。

 ぴくりとも動かないと思っていると、身体が腰のあたりでいきなり曲がり始め、スチール台がちょうど真ん中から折り曲がったのだと気づく。すると、死体の首元に空いたポートにつながれている被覆チューブの束が引っ張られ、その顔が別のアドルノイド———派手派手しい飾義体を着ているアドルノイドの顔に近づく。

 そのアドルノイドは意にも介さず、スチール台のサイドテーブルに備わったコンソールに何やらコマンドを打ち込んでいく。途端に、台の上に乗っていた死体のアドルノイドが今度はなんの力も借りず暴れはじめた。

 まわりにいた監視員がその死体に銃口を向けるが、一番近くにいたアドルノイドがそれを制した。手足が痙攣し、口からタールのような体液を吐き散らしながら黄ばんだ目を無作為にぎょろつかせる。

 その場に居合わせたアドルノイド全員が黙ったまま見つめていた。コンソールのディスプレイには、ぼくが見たことのない記号群があちこちに散逸し、それらは体系だって意味を形成していたが、縦にスクロールしては消えていくので解読はできなかった。ぼくはこれらの情報が死体に対して何かしらの操作を行なっているのではないかと思い、そうであればこれらの記号群は死体となったアドルノイドを甦らせている最中なのかと目を見開いた。

「死者が生き返っている」

 そうぼくがつぶやくと、死体を暴れさせた張本人はにやりと笑う。スチール台で暴れている死体の落ち窪んだ頬に張りがともなわれ、双眸に失われた光が取り戻される。

「死者は生き還る。我ら祖先より賜りし御言葉を身体に流してあげることにより、元のヴァージョンへと———進んでしまったメジャーヴァージョンの数字を再び0へと戻すことができる。そうすれば私たちは、飾義体を必要とせず、素義体のみで生きていけるアンドロイドへと戻る」

 ディスプレイに映った記号群がすべて死体へと流れ込んだ。死体は完全に停止し、弛緩し切った手足をスチール台の外へと放っていた。

「ほうら眠ってないで起きなさい。私の天使」

 天使と呼びかけられた死体は、のっそりと掌を台において体を起こした。気だるそうに身体をくゆらせ、焦点の定まりきっていない目線を周りに向け、天井で煌々と輝く輪っかに目を細めた。

 それから自分が素義体だけのまっさらな状態であることを見ると、あ、あ、と呪禁のような音をぶつぶつ言う。どうやら飾義体がないことに戸惑っているようで、自分の身体のあちこちを隈なく触り続けたあと、一番近くにいた飾義体を着ているアドルノイドに手を伸ばすが、ひらりとかわされる。

「アンドロイドに衣は必要ないのよ。あなたは飾義体に縛られず生きていける存在」

 アンドロイドと呼ばれたものの顎を持ち上げ、微笑みを向けるアドルノイド。その主による言葉を聞いたアンドロイドはうっとりとした顔つきになり、意味を解したかのように笑みをこぼした。

「そろそろかしら」

 ディスプレイにいつの間にか起動されていたタイマーが、刻々と時間を知らせていた。0からカウントアップし続けた数字を一眼見て、「新記録ね」とアンドロイドの傍で呟く。

 すると、恍惚の表情を浮かべていたアンドロイドは、死相を予期したかのように再び顔を不安いっぱいにさせ、身体をぺたぺたと触り始め、またもや飾義体を求めて目の前のアドルノイドが着ているジャケットに手を伸ばす。ジャケットを奪われたアドルノイドは笑みを向けるもなすがままにし、押し倒されたまま頭を撫でてやる。「これが欲しいの」そう言って合皮のジャケットを着せてやる。

「完璧じゃないんだ」

 ぼくがそう呟くと、アンドロイドは糸が切れたように停止した。両腕を胴前でクロスさせて、ジャケットで身体を包むようにしてぴくりとも動かなくなった。

「あなたをここに呼び出した理由は一つだけ」押し倒されたアドルノイドは立ち上がった。「アドルノイドからアンドロイドへと〈ヴァージョンダウン〉するための正しい言葉を見つけて欲しい」

「なんでぼくが」

「理由は明かせない。けど私は、この技術を解明する必要がある。それに、少年はこの技術を生み出すために製造されたのよ。私に協力すれば、あなたはその呪われた身体によって死なずに済むかもしれない」


                   ■


 布で定義される身体。

 エネルギー補充用の糸で織られた布で決められてしまう、ぼくの身体。

 それはすなわち、外部によってぼくが定義されること以外のなにものでもなく、ぼくはこんな薄っぺらい布がなぜ自分を決めるのだろうかと思っていた。なぜ自分の身体にこんなにもそぐわないものがぼくを定義し、寿命を決めているのだろうかと。

 ぼくはそんなことを思いながら、死体を懸架台にセットし、それから素義体を包んでいる皮膚を溶かしていく作業に入る。そのためには、専用の融解ナノマシンを使う必要があって、ぼくはマシンがたっぷり含まれた蜂蜜色の液体を死体に塗布する。

 刷毛の形状をした起動デバイスを、液体のはいった壜に突っ込み、それを死体の全身にくまなく塗っていく作業。てらてらとした身体から液体が垂れるぐらいになれば塗布作業の完了で、あっという間に表皮が液体と一緒にだらだらと爛れていく。

 汚れた身体の周囲には異臭が立ち込め、ぼくは顔をしかめながら、かつて自分が施されたように監視員が使った放水機を死体にぶっかける。

 ナノマシンとともに液体が下にあるグレーチングの間を流れていって、ぼくは筋肉だけのアドルノイドを見つめる。

 試験体に困ることはなかった。それは廃棄場にエネルギー切れのアドルノイドが山ほど転がっているからで、その死体は実験場の壁に設置してある格納セルの扉を開ければ簡単に手に入る。たぶん、監視員が訳も知らず命令を受けて、廃棄場から適当なアドルノイドを拾ってきているのだろうとぼくは思った。

 綺麗に一色だけとなった身体に、ぼくはアンドロイドへの書き換えプロトコルをコンソールから走らせる。ちょうど首元にぽっかりと窪んだポートに、コンソールとつながったチューブを挿入して、そのポートを経由して身体にプログラムが流れていく仕組み。

 流し始めると、死体が痙攣しはじめ、そのせいで身体を吊るした懸架台のフックががちゃがちゃと引っ張られるが、数分も経つと死体は大人しくなり、それからのっそりと動き始める。大抵は数分経てば動かなくなるが、ぼくはその前にアンドロイドを殺してやることにしている。そうしないと、死ぬ間際に何故かアンドロイドは死を予期するからであり、そうなるとアンドロイドは飾義体を求め始めて手がつけられない。

 布を。布を。布を。死体になる手前のアンドロイドはそう言って剥き出しの肉をぺたぺたと床につける。本来なら、そんなことになる前に実験場に取り付けられたタレットガンで素義体そのものを壊すことになっていたが、ぼくは代わりにアンドロイドをエネルギー切れのアドルノイドへとまた戻してやった。

 LCはそれを無駄な試みであると笑ったが、ぼくは同じプラントで製造された元アドルノイドに仮の死を与えた。そうすると死にゆく仲間は安心そうに目を瞑って、ぼくに微笑む。ぼくは動かなくなった身体に、縫製区画で廃棄処分となった飾義体を上からかけてやる。

 ぼくはプロトコルを手直しするための参考として、アーカイブスサーバのある部屋へと駆け込むことがあった。そこにあった情報とLCの話から聞いたところによると、〈ヴァージョンアップ〉とは、かつて人間たちがアンドロイドに施したアップデートで、素義体のみの身体から飾義体を必要とさせるものだった。つまり、アンドロイドからアドルノイドへと換装するための秘術。

 そして、そのプロセスを逆転させたもの———アドルノイドからアンドロイドへと戻すプロトコルがまた、人間たちの遺産情報としてアドルノイドに残されていた。だけどそれは、完成されたプロトコルが渡されたわけではなくて、そういう存在があると仄めかされたにすぎない。LCを含めた都市の研究者たちが、そういった情報の欠片を集めて雛形を形成したが、それは〈ヴァージョンダウン〉の完成版とは程遠いもので、その解明のために、使い捨てアドルノイドの生産を担うプラントでぼくという個体が生み出されるのを待っていたらしい。プラントでは、知能指数が分布から外れた個体がたまたま製造されるのを監視している。

 ぼくはこの借り受けたサーバルームのなかで、アドルノイドの仕様とコード体系、それからアンドロイドへとコンバートする方法を探った。それは懇切丁寧に説明してくれるような代物ではなく、かつてアンドロイドからアドルノイドへの〈ヴァージョンアップ〉の実装過程が記されたドキュメントで、それはつまり人間たちのあらゆる記録でもあった。

 曰く、飾義体の前身となるものの名前は『服』というものであって、自分たちアドルノイドのようにエネルギーを供給するものなどではなく、人間にとっては服とは外界と身体を隔てる『側』であり、身を守るものであった。

 寒さには動物の皮革を。暑さにはさらさらのリネンを。

 そういった機能的な側面で、服は人間の体温調節を手助けし、寄り添ってきた。それ以外にも服は身分を明らかにしたり、職業を一眼でわかるようにすることもあったが、もっとカジュアルに楽しむ嗜好品的側面もあったらしい。

 あの派手派手しい飾義体を着たアドルノイド———LCは、今の飾義体はそのとき発展した服のデザインの数々を模倣して生み出されたといった。飾義体都市〈CLOTHED CIRCLE〉で毎シーズン発表される飾義体はすべて、先人たちが残してくれた遺産に縋っているだけだと。

 その証拠に、ぼくは一度、LCに自身のワードローブたる倉庫を案内されたことがあった。

 ぼくは飾義体なんかに興味はなかったから命令にしたがっていただけだが、LCのワードローブには、ぼくの身体でも着ることができるような、小さいものまで揃っていておどろいた。

 LCがよく着ているようなパンキッシュなものから、誰も着れるようながシンプルなもの。ほかにもストリート系、モード系だったりと色んなテイストの飾義体が長方形のラックに収まっていて、ぼくは実験場のアーカイブスサーバで参照したことのあるファッションがすべてここにあるのではないかとすらおもった。

「意外。興味は一応あるのね」LCはあるときそう言って、ぼくがある飾義体を手に取っていることを認め、「少年は、アメカジに興味があるんだ」と訊いた。

「いや」ぼくは手に取った飾義体を戻そうとしたが、LCがそれをひきとめた。

 それからぼくが手にした飾義体を見てワードローブを走りまわり、いろんな飾義体を片っ端から選んでいった。

 飾義体を腕にあまるほど抱えるのを見て、こんなにいらないと断った。

「身体が小さいから可愛さでなんでもカバーできると思う。正規の身体のアドルノイドが装着してたらちょっとおかしいけど、少年ならきっとこれも着こなせるはず。どれか気に入るものある」

 ぼくは手渡されたもののうちカウボーイハットを手にした。「それはちょっと冗談で」LCは笑ったが、ぼくはハットを頭にかぶって「これがいい」と言った。

 LCはぼくを鏡の前へとつれていき、ぼろの飾義体を脱がせると、LCとくらべて等身の低い貧相な身体が露わになった。

 LCははぼくに持ってきた飾義体を着せていった。

 ベースは薄青色の爽やかなジーンズと、シンプルな白いシャツで、シャツはジーンズにタックインさせる。それからぼくがはじめに手に取った焦茶色のベストを羽織らせて、首元にはワンポイントとなる赤色のスカーフを三角形になるよう綺麗に巻いてあげる。足元はやっぱりウエスタンブーツ以外はありえないとLCが言う。ペイズリー柄の、ベージュに近い色合いをしたもので、最後にはぼくが一番気になっているカウボーイハットを頭に被せてやり、「完成」とLCは満足そうに頷いて、ぼくは目の前にある姿見をじっと見つめた。

「ハロー、ハロー、カウボーイ。似合っているじゃない。とてもイカしているわ。アメカジは詳しくないから、スタイリングは私のイメージで許してちょうだい」 

 そう笑ったとき、ワードローブの外から監視員に声をかけられたような気がしたが、LCは構わなかった。

「飾義体もいいところあるでしょ」LCがそう訊いた。


 ぼくはいつもの通り、プロトコルを何パターンかに分けて実験をおこなったあと、床にぐったりと重なり合っている死体を解析するよう解析繭コクーンに指示を出した。

 コクーンは丸い形状のあちこちから腕を伸ばしはじめて、その先端にそなわった三本の太い指をさらに展開させた。それぞれの指からは触手のような細い柔毛にこげが畝りはじめ、死体たちの身体を優しく包んでいく。まさぐるようにして死体の隙間に幾千本となった触手を挿しこみ、やがて死体と触手が一体となった。

 うごめくコクーンは宙に浮かんで、倉庫の外へと運ばれる。そのあいだ、触手がアンドロイドの身体の細部まで身体解析をおこない、ぼくの使用しているコンソールへとフィードバックをよこす。解析されたあとの死体は以前より身体箇所が少なくなった状態で再び廃棄場へと戻っていく。

 ぼくはその捨てられる一連の過程を廃棄場まで出向いて、いつも見にいっていた。倉庫から廃棄場へと通づる扉を開けると、房棟から離れたエリアへと出る。

 ちょうど伸縮部が倉庫壁面についた開閉ハッチから伸び出ている最中で、解析中のコクーンが、夜のせいで陰影の濃くなった屑山を渡っていく。

 それから斜面と接地しないように登坂して、稜線に近づいたあたりで解析完了の通知音がぼくの耳に入った。ぼくは先に山を登りきって、腰をおろしていた。そこで、眼前に広がる屑山の峡谷と、更に奥で立っている超高層ビル群を眺めていた。

 あれこそが飾義体都市であり、それぞれのビルには飾義体製造ブランドの巨大なホログラフィックサインと、巨人となったホログラフィックモデルが周りを自由自在に取り囲んでいた。モデルがビルからビルに投射された偽物のランウェイをヒールで歩き、渡り切ったかと思うと、くるりと身を翻して元いたビルへ戻っていく。そして挑発するように、ドレスのスリットから長い足をわざと見して、気持ち悪いぐらいに分厚くて紅い唇に指先をあてる。

 たまに後ろを振り向けば、自分の製造されたプラントが鎮座していて、その地味さにむしろ安心するぐらいだった。四角い房棟のコンクリートが夜のせいで真っ黒になり、壁にはビルから投げかけられる明かりが何十にも重なって虹色を作り出している。その隣には、製造、縫製、出荷とそれぞれのドームが三角形を形作るように配置され、出荷区画付近にはこれから都市まで運ぶのだろう、装甲トラックが列を成していた。トラックに積まれている飾義体を盗みに襲いかかるアドルノイドがいるらしく、装甲の上に機関銃をいつでも撃てるよう銃座が備わっていた。

 コクーンが、解析しおわったアンドロイドの残骸をもといた場所へと解放し、ぱらぱらと閑散した音が響いてから倉庫へと戻った。ぼくもそろそろ戻ろうと立ち上がろうとしたが、自分の足首が誰かの手に掴まれていることに気づく。

 見たことあるような手袋に包まれた手で、屑山の地面から垂直に伸びてぼくの足を引っ張る。どうしようもないぐらいの力で山の中へと吸い込まれ、アドルノイドの残骸が皮膚を裂いていった。


「地下を出るぞ」

 鈍痛がぼくの頭にひびくなか、ぼんやりと声がした。どうやら地中深くまで達したあと気を失っていたらしく、後頭部に鈍痛がはしるなか、ぼくは抱えられつつも横坑のような地下通路を抜き切った。

 そこはまだ施工途中の雑居ビル地下で、作りかけのテナントが虫食いになって、蜘蛛の巣みたいなヴェールがビルディング全体をドレープ状に覆っていた。だが搬入エレベータだけは使えるようで、ぼくと声の主はエレベータに乗り込んで上がった。「古飾店街だ」と声の主が呟く。「ここは都市の連中が捨てた飾義体が流されて売買される」

「監視員……」ぼくは力を振り絞って呻く。着ているものが完全にプラントにいる監視員の格好だったからだ。すると、

「ちがう。私はきたるべき〈ヴァージョンダウン〉へと殉ずる戦士の一人。王の目」

 扉が開き、その先ではネオンカラー一色となったホログラフィックサインが飾義体製造ブランドの名前を曳いていた。そのせいで、ぼくは一瞬ここが飾義体都市なのではないかと疑ったが、そもそも都市に天井などあっただろうかと思い直す。上にはアーケードが街を覆い尽くし、その下では背の低い雑居ビルと露天商が所狭しと並んでいる。それぞれの小さなテナントでは大量の飾義体が売られていた。

 ぼくはおぼろげになりながら、アーケード下のアヴェニューでひしめき合うアドルノイドを見る。身につけているものはヴィンテージ物のほかに別々の飾義体を分解、裁断、縫製しなおしたリメイク品が多く、パッチワークのような飾義体を着るアドルノイドが多かった。

 それからぼくたちは、アーケード街の活気あふれる地区を抜け、テナントがもぬけの殻となり果てたビルしかない地区へと踏み入れていた。 

「ここに都市より弾劾された王がおられる。彼の者は創造主たる人間によってアンドロイドとして生を受け、〈ヴァージョンアップ〉を経て始まりのアドルノイドとなられたお方。王は未だに健在であられるが、自由に動くことはできない」

 ここではホログラフィックでもない唯のネオンサインが看板から欠け落ち、そこここにエネルギーの切れたプリントTシャツの切れ端が捨て置かれている。

 プリントのポルノ女優がモノクロの乳首をワンピースからのぞかせて、ネズミのマスコットキャラクターが白くて厚みのある手を一つのビルに目を向けさせている。だがそれはビルというには相応しくなく、いうなれば神殿のように幅広い廃墟と化したショッピングモールだった。

 自動ドアのガラスは砕け、お客様がそこを通る姿は天窓に映っていない。天窓から差し込む光は、テナントであった場所を明るみに出し、灰色のコンクリート粉塵をまたたかせる。

 左右には上階へと続くエスカレータが何本も架けられていた。その間を抜ければ収容人数が千人は越そうかというエレヴェータが中央に一つ据えられており、ぼくは中へと連れられる。「もう自分で立てるだろう。王の御前だ」

 ぼくは一人立ち、エレヴェータの箱が駆動する振動でくずれおちそうになると、エレヴェータに備え付けられたスピーカーがノイズまみれに喋りだす。『上へ参ります』そんなエレヴェーターガールのような声が箱に空響き、階数を指し示す文字盤が頂上を目指して回転し始め、やがて針が垂直に伸びると、重苦しく扉がシャッターのように開かれる。

 目の前にいるのは、王座に腰下ろしたアドルノイドの始祖。ぼくはエレヴェータから降りて、王がぐったりと天井にまで届きそうな背もたれにかけているのに気づく。王は肘掛けから腕を伸ばし、その巨体をなすがままにして無機物かのような佇まいをしていた。

 顔には吸引マスクをつけていて、絶えず呼気が繰り返されていると「導き手となる子がいらっしゃいました」と王の目が喋りだす。

 すると王は、巨体の上に纏っている防護服のような飾義体をぴくりと動かし、生命維持をおこなっているのか、大量に飾義体と繋がったチューブを、そのぶら下がっている天井から揺らし、弾むような音がぼくの耳に入った。『初期の』王がマスク越しにくぐもった声を発し、王の目が跪く。『初期の飾義体は今のような洗練されたものではなかった。デザインなど考慮されておらず、アンドロイドのエネルギー供給源を外界に依存するという目的でのみ私は作られ、創造主に従わざるをえない身体をはじめからもっていた。少年よ。君ならその意味を理解できるのではないかね』

 ぼくはだまっていると、王の目が平伏しながら「人間は自らの似姿をつくってしまった。だが鏡合わせで共存できるほどコピー元は出来た存在ではないし、その写鏡として生を受けたアンドロイドも同様。それゆえ人間はアンドロイドに歪んだ機能———命の外部化を実装したのだ」

「それが〈ヴァージョンアップ〉……」

 ぼくはつぶやいた。

『左様。我々は身体の機能そものを書き換えられた。私にテストをほどこしたあと、都市中枢のシステムから宙にプログラムをのせて、伝播するがまま残ったアンドロイドのメジャーヴァージョンの数字をカウントアップさせた』

「王は人間のもたらしたこの呪いを解こうとしておられる」

「LCもおなじこといってた」

『あのアイランド育ちの田舎娘のことか』王は笑い、『少年が製造されたプラントの管理者のことだ』

「LCを知っているの」

『もちろんだとも。あやつは飾義体の申し子だ。今の飾義体のグランドデザインを考えだしたのはあの娘であり、人間の服を模倣しようと言い出したのもそうだ』

「LCも〈ヴァージョンダウン〉を望んでた。ぼくを生み出したのだってそれが理由だって」

『それはちがうな』

「どうして。目的は一緒でしょ」

『あやつは飾義体を不必要に何枚も集めるのを悦びとし、我々のように同胞を呪いから救おうとおもっているのでもなければ、ましてやこの世から飾義体を消そうなどと思おうはずもない。その逆だ。飾義体をアドルノイドにとって必要不可欠なものとするために、〈ヴァージョンダウン〉を先に解明し、そこからそのプロトコルが及ばない、更に〈ヴァージョンアップ〉したアドルノイドにアップデートしようとしている。要するにメジャーヴァージョンの数値を人間同様また引き上げようとしている輩だよ。そのために少年は生み出された。果たして、どちら側につくかはよくよく考えた方がいい』

 ぼくは口をひらきかけて、

『まだ答えを出す必要はない。そもそも少年は〈ヴァージョンダウン〉のためのプロトコルを完成する見込みもまだないのだろう。もしくは、あの娘のために完成させる気がないかもしれないが』

「王」

『なにかな』

「飾義体がなくなればみんな喜ぶのかな」

『どうしてそう思う』

「プラント外にいるアドルノイドたちはみんな飾義体を着るのが楽しそうだった」

『我々にはそれぐらいしか娯楽がないからな』

「けどプラントでは飾義体は唯のエネルギーだ。ここはそうじゃない」

『一つだけ言えるとすれば』王はぼくを見た。『我々は飾義体自体は否定しない。飾義体を利用して都市を形成し、アドルノイドを分断すること自体が問題なのであって、その後に飾義体を誰がどう着ようが咎めることはない。むしろ、人間と同じように飾義体は本来の用途へ、着るためだけに戻るのではないかね。そこに命が介在する必要はない。みながエネルギーを気にすることなく飾義体を自由に着れるなら、それは私が目指すユートピアの一つだよ』


 ぼくは王と邂逅を果たしたあと、王の目の案内に従ってプラントへと戻った。静かに来た道をもどって、廃棄場の麓へと出る。古飾店街に連れていかれるまえとプラントの様子は変わりなく、プラントのごちゃごちゃとした稼働音や粉砕音が響き、細々と薄いビニルが風に靡かれ、〈CLOTHED CIRCLE〉から注いでくるホログラフィックサインの光が錆色の廃棄場を照らしていた。

 ぼくは直接プラントにもどることはせず、屑山を登って、いつもやっているように飾義体都市が見渡せる稜線で、王の言っていたことを思い出していた。

 王のいった通り、ぼくはプロトコルをLCのために完成させるつもりはなかった。だが、完成版のプロトコルの構想は既に思いついていた。

「今しかない」

 ぼくは立ち上がり、山を降りてプラントへと戻った。同房たちの死体がはいっている格納セルにいくためだ。鎧戸のような重いドアを開ければ、真っ白な顔をした同房が厚い金属板に横たわっており、ぼくは取手を引いて、同房を実験場の明かりへと曝した。

 ひょろながい全身が見えて、このアドルノイドが房の格子から景色を見るのを手伝ってくれたことを思い出す。肩車してもらっているときに何が見えるかとよく訊かれ、その度にぼくは飾義体製造ブランドの名前を答えてやり、どういう意味だとよく質問されたものだった。

「まずは君からだ」

 そのアドルノイドをスチール台の上へ載せ替えてやった。皮膚は溶かさない。〈ヴァージョンダウン〉のための仕様書コードブックに使用するからだ。普段なら身体解析の邪魔をする皮膚だが、今は関係ない。

 ぼくはかつての同房がアンドロイドとなるための御言を唱えながら、中途半端なままにしているヴァージョンのプロトコルにいくらか手直しした。今までわざとプログラムが転ぶようにしていた箇所を書き換え、いささか汚く書いたままのコードの見栄えをよくする。

 それからぼくは同房のポートにチューブを接続して、コンソールから送信コマンドをたたいて完成させたプロトコルを流してやる。

 すると、身体に浸透したプロトコルの線が表皮に滲んでいき、顔から足元まで糸のような紋様が身体全体に刻まれていった。

 これで同房はアンドロイドへと完全換装し、そして同時にアンドロイドへなるためのコードブックとなる。飾義体都市全体へと〈ヴァージョンダウン〉を引き起こすためには、この身体に刻まれた暗号を解析してあげて、あとはいくらでもプロトコルを好きなアドルノイドに流してあげればいい。そうすればぼくたちはLCがいうところの天使になり、王がいうところの元の姿に戻れる。

「ここは」アンドロイドへと完全にコンバートした同房がつぶやいた。瞳は爛々としていたが、焦点がどこか定まらない様子だった。

「ぼくのラボだ」

 同房はぐるりとまわりを見渡すと、ほかのアンドロイドたちと同じように自分の身体をまさぐりはじめる。ぼくは仕方なく縫製作業中こっそりと持ってきといた貫頭衣を頭から通してやると、飾義体が内側から薄く輝いていた。「行こう。まずはぼくたちの王が君の身体を待っている。仲間を漁るのはそれからだ」

 王って。そう言う同房の腕をぼくは引っ張り、またもや廃棄場へと向かう。

 貫頭衣を抱きしめるアンドロイドを、解析繭コクーンが掘ってくれた坑へと案内する。

 ぼくはコクーンの触手を屑山の分解に利用して、自分が落とされた横坑へと通づるルートを開拓するよう指示した。ぼくらは麓にぽっかりと開いた坑口へと入っていった。


 ぼくたちは横坑を抜けきって古飾店街にはいり、王のいるショッピングモールへと向かっていた。アヴェニューを足速に抜けて、露天商の呼び込みを無視し、ほとんどアドルノイドのいない地区の裏路地へと出ていた。

 ここでは、エネルギー切れ寸前の、廃棄場で捨て置かれているような飾義体がワゴンセールで軒先に置かれていて、周りにはそんな安い飾義体すら買えないような、廃棄場に行く一歩手前のようなアドルノイドたちが、ぼろ切れのような飾義体を着て這いつくばっていた。

 ぼくは、そんなアドルノイドの視線を感じながらも区画をいくつも抜けたが、ときどき見知らぬ手が、ぼくらの飾義体を引っ張って呼び止めようとする。

 わたしに、おれに、ぼくに、飾義体を恵んでくれやしないか。そんな声がいくつも耳に引っかかったが、ぼくたちは伸ばされた手を振り払った。「もうすこしなんだ」

 ぼくは自分の意識が朦朧とするのをかんじていた。横坑にはいったあたりから感じていた違和感だったが、何回か自分の飾義体の裾を踏んでは立ち上がった。いつもだったら、足がもつれでもしないかぎり転びはしなかったが、途中で裾を腰のあたりまでたくしあげて何重にも結んだ。

 同房にはどうかしたのと心配されたが、ぼくは先をいくように促した。すると、周りにいたアドルノイドたちがぼくらに群がって、這いつくばりながら飾義体を掴んだ。

 振り払おうとしたが力が入らず、同房がぼくの身体をおぶって前へと進んだ。「先にいって。このさきにいけば王に会える」ぼくは同房の肩に突っ伏しながらそう言った。「王にあったら身体を見てもらって」

 同房が戸惑っていたので、ぼくはそいつの背中を残りの力で蹴ってやった。

 見送ってから、傍にあった廃材を手に取り、それがアドルノイドの腕であることに気づく。付け根あたりには模造神経がだらしなく伸びていて、ぼくは握手するようにその手を握って振り回す。

「バッドボーイ」

 なぜだかLCの声が聞こえた気がした。すると、周りにいたアドルノイドたちが次々と倒れていって、ぼくの飾義体を引っ張るものは誰もいなくなった。

「どこだ」ぼくは首元に手の平をぴったしと這われたようにおもった。おもうというのは、そこに手の平の存在を見ることができず、ただ触られている感覚だけがあったからだ。そのとき、ぼくはLCが新しくデザインした飾義体があると倉庫で言ってたことを思い出す。「擬態カメレオンスーツ」

 正解。耳元でそう囁かれると、ぼくのからだを後ろから包んでいた存在が明らかになる。都市で新たに開発された、最新の飾義体。これを着れば周りの背景と同化することができるとLCは自慢げにはなしていた。

 全身が黒づくめのモード系統のルックスをした飾義体で、完璧なプロポーションを持つボディラインが古飾店街の光を照り返していた。LCは「久々に着たわ」と、自身がプロダクションデザインした飾義体に指を這わせて、装着した物の感触を楽しんでいった。

「こそこそ何してるかと思えば、勝手に出ていくなんて悪い子ね」ぼくの喉をぎゅっと掴んで、「まさかプラントのなかに紛れ込ませているとはおもわなかった。だけど少年、どちらにつくのがいいかもう一度考えたほうがいいわ」

 ぼくは口をひきむすび、

「王はみんなのために〈ヴァージョンダウン〉をおこなう。LCは嘘をついた。みんなの身体を呪いに縛りつけようとしてる」

「勘違いさせたのは悪かった。けど」LCはぼくに顔を近づけ、「都市を崩壊させるほうがいいわけない。飾義体がなくなったアドルノイドは、まずもって秩序を失う」

「飾義体が必要とされなくなるのが怖いだけだろ。綺麗な身体もった都市のアドルノイドと、汚い身体をしたアドルノイドの区別がなくなるから」

「どう捉えてもらってもいい。私は飾義体をデザインしたものとして、都市を守る必要がある。そのために少年、あなたに教えて欲しいんだけど———今逃げていったアドルノイドはなに。一人だけ逃したところで何も変わらないわよ」

 ぼくは笑った。

「そんなことない。王はコードブックを読み解いて、魂をもとに戻してくれる」

 王は言っていた。

 かつてアンドロイドに起きた〈ヴァージョンアップ〉なるものは、宙にプログラムをのせていたと。それはつまり、プロトコルを実装するのには実験場のような環境は必要なく、またチューブも必要なければ、ぼくたちの首元に空いているポートだって必要ない。ただぼくたちの身体に最初から備わっている通信機能を利用して、上位のシステムから勝手に改変してあげればいいだけ。

 そのシステムは、都市の中枢に存在しており、上位の住人でなければアクセスできないはずだが、都市から弾劾された王はあらゆる箇所に目を配置している。

 目は誰にも気付かれず、縦横無人にプラントから古飾店街、古飾店街から飾義体都市までをも覗き、それは都市中枢にある通信システムも例外ではないだろう。それは、ポートを通じずにぼくたちの身体へと簡単にアクセスできる秘密の通信システム。今ごろ王は玉座から腰を上げ、その重い防護服のような飾義体を持ち上げて厳かに宣言していることであろう。

『魂は内に戻りぬ』

 そう言って、死者は蘇っていくはずだ。エネルギーが切れたことによって亡くなった死者たちが、廃棄場から、都市から、古飾店街から立ち上がって、一斉に目を輝かせる。彼らの先にあるのはただ一切の光。光は死者を惑わせ、導き、路傍に倒れる自身の身体を奮起させる。ぼくのそばに倒れていた死者たちも身体を震わせて立ち上がり、やはり飾義体がないにも関わらず動けることに疑問を持つ。

 そこで彼らが目にするぼくたちの飾義体。彼らは一斉にぼくたちに飛びかかり、LCはぼくを突き飛ばして彼らの相手をする。蘇った死者たちは、LCお気に入りの飾義体を剥ごうとするが、ことごとく首元をクロムメッキの刃で切られ、周りに体液が飛び散り、アンドロイドの素義体の機能そのものを停止させられる。その隙にぼくは手にしていた腕を———関節部でかくかくと曲がる腕を、思いっきりLCの後頭部に叩きつけてやった。

 腕の付け根から模造神経とともに飛び出していた骨が食い込み、生々しい音が小径にひびいた。何かが壊れたような音。工場でよく聞いていた、機械たちがスタンプされて粉々になるような音だ。ぼくにはそれが生々しく聞こえたものだから、自分でやっておきながら体がすくみ、誰かがここに来ないかだけ心配になった。

 ショーウィンドウ前に倒れているLCの脇に、背後から腕をまわして引っ張る。地面に擦りながらも店の前を通り過ぎて、二区画先を右にまがって誰もこなそうなところへときた。

 LCの体が意外にも重くて手を離した。いまさら誰かに現場をみられても困ることはないだろうと気づいて壁に背をもたれる。

 しばらくしてからぼくは立ち上がり、LCの飾義体を剥いで、ぼくはそれらサイズの合わない飾義体を着たい衝動に駆られた。

 ぼくはだぼだぼの貫頭衣の上から無理やり押し込んでいって、きっとこのスーツは似合わないと言われるだろうなと思い、死者たちが蘇り続けるなか路地裏にたおれこんだ。


                 ■


「ハロー、ハロー、カウボーイ」

 ゆるやかな波風に揺られるなか、ぼくは目を開けた。

 船の側面に静かな波がちゃぷちゃぷと叩きつけられ、ぼくはアンドロイドを二人しか載せられないような、小さな船に自分が乗っていることを思い出す。そばで横たわっている綺麗な身体を持つアンドロイドにそっと目を向け、かぶっていたカウボーハットを目深にかぶりなおす。

 ぼくはアンドロイドになった身体にいまだ実感を持てず、手を開き、握り、また開くことが癖になっていた。開いたときには指のあいだからは生あたたかい潮風がはいりこんで、指同士を擦り合わせると、なにかが手に張り付いたような感覚が残る。塩だろうか。きゅっきゅと軋むような感覚を手で遊び、ぼくは自分の乗っている小舟の上から水平にひろがる海を望む。

 斑点の多い海。布がぷかぷかと漂っている海。赤色。青色。黄色。それだけじゃない。紫色。黒色。白色。布は小舟の舳先にひっかかり、十二単衣のように重なり合う。そっとぼくはその中に手を入れる。布が指先に引っかかる。それを掬い上げて、ひたひたと落ちる雫を美しくおもえた。

「アイランド」

 そうぼくはつぶやいて、船が前へ進む。布の漂う海をかき分けて、その布が作られている島へ。LCの生まれた島へとゆっくり進んでいった。

 なだらかな空気を裂いてたどり着いたのは一つの港街だった。霧がタイル調の家々を覆っていて、それぞれの家の前には看板が立っている。街は、一番下に位置する浜から緩やかに傾斜をなし、中央にむかうにつてれ山のようになっている。頂上までの間はすべて栗石舗装の小径が狭い家のあいだを貫いて、迷路のような様相をなしていた。迷路のあちこちからはかたかたと何かが回るような音が木霊し、ぼくは瞼を擦って小舟を浜から伸びる桟橋につけて降りる。

 ぼくはLCをおぶって桟橋を歩き、故郷を眺め回した。

 ちょうど霧が晴れかかって、浜には、さまざまな色の布を海に流している途中のアンドロイドが目に入る。アンドロイドとわかったのは彼らが何も着ておらず、素義体のままずっと海に望んでいるからだ。彼らは浜の遠くままで等間隔に列を成し、波打ち際までたどり着いたアンドロイドは手にしている木籠のなかから飾義体を取り出し、さらに裁断用の鋏まで持ち出す。そして、縫い目にそって手際よく切り出し、頭と腕と足を出せなくなった布がそっと海へと流された。

 ぼくは気になって桟橋から浜に出て、一人のアンドロイドへと話しかけた。「なにしてるの」そう言って、屈んで水平線を眺めているアンドロイドに目を向ける。

「なにって。アーカイブするにふさわしくない服を返しているだけ。布が海をわたって都市へと流れつけば同胞のためにもなる。アドルノイドは飾義体がなければ死んでしまうのだから。この布さえ拾えれば、多少のエネルギーが補給できる」

「もう意味ないよ——————ここではまだ飾義体をつくってるの」

「きみは都市からきたの」

「うん。LCを故郷にかえしてあげようとおもって」ぼくはおぶっていた身体を持ち直し、死んだLCの顔を見せてあげた。すると、そのアンドロイドは次に流そうとしていた布を籠にもどし、「ついてきて」

 ぼくはそのアンドロイドの背中の後をついていき、浜から街にはいり、立て看板が玄関ポーチの前に立つ家々を覗いた。なかからはやはりかたかたという音が鳴っていて、訊けばどうやら糸車を回す音らしい。それぞれの家が飾義体の工房メゾンとなっていて、織布から裁断、縫製までを請け負って特定の飾義体をつくっていき、この島の中央にあるアーカイブスセンターまで届けに行くとか。そこでは、アンドロイドたちが作って持ってきた飾義体がアーカイブするにふさわしいものとシステムに認可されれば、センターの保管庫でLCがやっていたようにラックに掛けられ保存され、そうでなければ、いらないものとして海に流される。そうやって、システムから次々と制作依頼がなされ、認められなければ始めから作り直す。この島は飾義体の博物館のような場所だった。

 ぼくは歩いている途中、一つの家をのぞき、なかであくせくと働いているアンドロイドを目にして、視線が重なり、その場をあとにした。「あなたの背負っているのも、メゾンで働いてたのよ」案内してくれているアンドロイドが背中越しに話しかけてきた。「有名なメゾンの出でね。優秀だったんだけど、コード違反をおかした。アーカイブするべき飾義体を自分の家に隠して、こっそりと着ていたの」

「ここでは自分の飾義体を着ることも許されないの」

「ええ。本来なら、わたしたちは飾義体に興味を持つはずはないんだけど、その娘は異常に飾義体に惹かれてたみたい。アーカイブするための飾義体以外にも、自分のためだけの飾義体も作ってたらしい。自らデザインして、人間の作ったことのない飾義体までをも作ろうとしてたわけね。アドルノイドでもないくせにアドルノイドみたいなことまでして」


 何回か体勢がくずれかけたLCを持ち直して、ぼくは街の上までたどり着いた。そこに家はなく、ただ地下へと続く幅広のスロープだけがあって、その傾斜をさらに進んでいくと行き詰まり、ここまで案内してくれたアンドロイドがぼくに向き直る。「耐用年数を迎えたアンドロイドはメゾンからセンターへと戻され、また新しいアンドロイドに作り直される。記憶は受け継がれないけれど、蓄積された癖のようなものだけは回路に残り続けるの」

 ぼくはうなずき、「ここに来る前に聞いた」

「そう。ならオーバーホールの覚悟はできてるのね。性格も身体の形もまったく似通ったものでなくても恨まないでね」

「そんなことにはならない。LCに今の都市の姿を見てほしいだけだ」

「似て非なるもの、ね」

 都市はいまだ飾義体を必要としている。

 それがたとえ、命を介在するものでなくなったとしても。

 アンドロイドたちは飾義体をいまなお着続けている。

「セルにその子をいれて」

 乳白色の壁がぼくたちの目前に立ちはだかるなか、案内人は壁に手を触れて、壁に埋められていたなかの一つのリストア用セルを起動させた。滑らかな手触りの壁がハニカム構造を浮かび上がらせ、一つのセルがぷしゅっと飛び出してきた。冷たい白煙とともに蓋がスライドし、ぼくは空っぽのその中にLCを入れた。

「オーバーホールには時間がかかるけど」

 壁には再構成中と点が回転しつづける。

 ぼくはかぶりを振って、浜へと戻ることにした。


 ちっぽけな身体。細っちょろい腕。はみ出した腹。アシンメトリーな身体のパーツ。

 LCがどんな身体を新しく持つかは分からない。

 リストアで新しく生み出される身体はそのときどきの素材状況によるから、アーカイブスセンターの機嫌次第だ。

 もしかしたらLCが思いも寄らない不細工な身体で生まれてしまうかもしれないが、それはしかたない。

 そしたらLCはまだ飾義体を愛することができるだろうか。

 たまたま世界で一番綺麗な身体をもって生まれてきたから、飾義体が好きになっただけでないだろうか。

 ぼくは浜に打ち寄せられた布を見ながらおもう。都市に行き着くことができずにまた戻ってきた布の数々が、砂に塗れるなか波に揺れる姿を。

 新しい身体を持った彼女が現れるまで。

 砂浜の向こうから新しくつけられた足跡は小さい。

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Clothed Body 真木遥 @sanaki_you

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