4.ウチのクラスメイトは可愛いんだぞ


「じゃーいつも通り、守りは任せたぞリンリン」

『はーい』


 俺が乗るアテナのブーストが点火し、フカヒレ王の乗るテンタクルスも月面を走る。

 テンタクルスは黄色い装甲で、杖を持った魔法使いのような見た目のロボットだ。この杖自体も武器ではあるが、その真価は装甲の下側に仕込まれた”とある武器”にある。


「ん?」


 ピュンッ――。

 

 岩場を縫うように一筋の光がこちらの機体を掠め、地面を穿つ。


『あぶねっ』

「向こうにスナイパータイプが居るみたいだな――俺が先行するから、フカヒレ王は周囲の警戒しつつ着いてきてくれ」

「了解だ、“ブレイヴ”」


 このブレイヴとはもちろん俺のプレイヤーネーム。結城と勇気――なんて安直な名付けだと我ながら思う。

 俺は画面上に表示されるマップ情報や武器情報を、専用グローブを付けた手で操作しながら確認する。

 

『センサー範囲に反応無し……マップを大回りで迂回してフラッグに向かってんのか?』

「だ、そうだ。リンリン、そっちはどうだ」

『まだなんにも来てないよー。もしかしたら迷彩装備使ってるかもしれないし、気を付けてみるよ』

「――向こうの砂(スナイパーの略称)とガード役をさっさと片付けて、勝ちを貰おうぜ」


 セオリー通りなら、こちらのようにフラッグを守っている役目が1機居るはずだ。あるいは、砂が割と奥に引っ込んでいるので、その護衛として着いている場合も考えられる。

 そんなことを考えている間にも、岩場の隙間からの攻撃を避けつつ、要所要所に仕掛けられているセントリーガンやジャンプマインを処理しつつ進んでいる。

 当然だが、こちらが向こうに近づく度に攻撃の正確さは上がっている――。


「ふぅ、ようやくここまで来たな」


 俺とフカヒレ王は大きな岩場に姿を隠している。

 向こうからの攻撃も一旦止んでいるのは、こちらの出方を待っているのだろう。


「恐らく次に岩場から顔を出せば、出た方が狙われる――だから同時に出て、片方が敵を叩く。狙われた方は……気合で避けて敵を攻撃だ」

『こっちはそんなに機動力高くないぞー』

「気合で頑張れ――いくぞ」

『へーい』


 岩場から2機同時に前へと躍り出る。


 と、同時に正面から飛んでくる攻撃――。


 敵の攻撃対象は――俺。


「――ここだ」


 しかし、ほんの少しだけ横ステップするだけで、当たっていればヘッドショットだった攻撃を余裕で避けて――。


『ブレイヴ!』


 フカヒレ王からの声が聞こえたと同時に、俺は真横、さらに左上からも同様にビーム攻撃が来ていることに気付く。

 

「チッ」


 舌打ちをしながらその場でしゃがみ回転するようにレバー操作。

 少し掠ったが、戦闘継続に問題は――、


『正面だ!』

「嘘だろ!」


 そのまま横っとびをするが、足部分のアーマーパーツの隙間にビームライフルによる攻撃が命中し破損――これは、からの攻撃だ。

 横からのさらなる攻撃は、フカヒレ王の捜査するテンタクルスのシールドでガードが間に合ったようだ。


「このライフルとは思えねーリロード速度、チートか」


 チート。

 それはゲームルールそのものに干渉して、自身の有利なようプログラムを書き換える行為。

 例えばHPや防御といったパラメーターを弄って撃破されないようにしたり、無限に弾を出して絶え間ない攻撃で制圧したり――そういったズルをする迷惑行為だ。

 当然ゲームの運営もチート行為を発見する度に対策もするし、迷惑プレイヤーの永久追放などやっているが、現状はイタチごっこだ。


『よぉ、ジャップ。元気にしてっか』


 岩場の陰から出て来た相手はゲームオリジナル機体の汎用機だ。丸い頭に角ばった体で、大昔の宇宙服を着た人間にも見える。

 レンタル機体はチート対策が何重にもしてあるので、大概のチートは汎用機で行われる。

 さらに左上の岩場、横の岩場からも同じ見た目、同じグレーのモノトーンに、腕にリアルなドクロが描かれた機体が出てくる。

 この悪趣味なドクロには見覚えがある。

 

「誰かと思えば、先週ボッコボコにしてやったカス野郎共じゃねーか」

『そのカスにやられる気分はどうだよ』


 再びライフルで、頭への攻撃。

 左足がやられて動けないので、咄嗟に腕のアーマーパーツを盾にして顔を守る。

 アーマーパーツは破損し、その機能を停止する。


「おいおい。仮にも女の子の機体だ……顔は止めろよな」


 オープンチャンネルでそう言うと、


『ジャップってロボなんか可愛がっちゃって、カワイー趣味してんなー!』


 耳元でゲヒた笑い声が3機から聞こえてくる。

 横目で見るとテンタクルス側にも銃口が突き付けられ、身動きを取れないようだ。


「そうか? ウチのクラスメイトは、実際可愛いと思うぜ」

『そのままロボでオ〇ニーでもしてろ。バーカ』

 

 他の機体も俺に照準を合わせるが――。


「バカはそっちだ」


 3人のこのこ姿を現しやがって――。


『時間稼ぎ、サンキューな!』

『うわっ、なんだこれ!?』


 身動きが取れない状態のまま、テンタクルスの背中から伸びた半透明のケーブルが3本。

 それが3機の足元に絡みついていた。


『これが寝台しんだいグループのテンタクルスの実力だ!』


 そのまま電撃攻撃、からの持ち上げて地面に思いっきり叩きつけた。

 3人の視点では何が起こったのか、まるで分からないだろう。


『あ、足になんか絡みついてるぞ!』

『こ、こんな触手持った機体なんかあったかぁ!?』


 その言葉を聞いて、フカヒレ王がブチ切れた。


『誰がドマイナー企業の機体じゃワレェ!!』


 そう。

 神代のお爺さんが営んでいる寝台グループは、介護ベッドを中心に開発しているメーカーである。

 そりゃ他のロボット開発企業と一緒にゲームに参加してても誰も分かんないって。


『この触手はベッドで寝たきりになるご老人のお世話もできる優れもんなんじゃぞ!』

『知るかボケ!』

 

 じゃあその電撃攻撃はなんだよ――とは言わないでおこう。


 どうやらチートは無限リロードのみだったらしく、3機は見事に全損し――その場で試合終了。

 もちろんその場で運営にも即通報して、奴らは即ゲームから追放となった。


 俺達は一旦ゲームをログアウトして、ヘッドセットを外す。


「僕なんの活躍もしてないんですけどー!」

「どうだウチのテンタクルスは。今度の大会でも活躍して、爺ちゃんの宣伝バンバンするからな!」

「ああ、期待してるぜ」


 来月行われるゲーム大会に向けての練習だったが、今日はもう疲れたのでここでお開きとなった。


 ◇


 次の日。


 いつものように寮から直通バスから降りて登校していると――。

 

「やっほー、結城君」

「アテナ。おはよう」


 あの桃色の装甲とスカートセンサーが特徴的な、女の子みたいは仕草をする彼女だ。

 

「今日も良い天気だよねー。月もよく見えるよ」


 確かに上を見上げれば――まだ沈み切っていない月がうっすらと見えるくらいの晴天だ。

 そしてそのまま、ふと――彼女へと目線を移す。

 なんかリズムを取っているように、小刻みに体を横に動かしているのが目に入る。


「――なんかいいことでもあったのか?」

「ふふふー。なんだろうねー」


 それだけ言うと、彼女は歩きながら学校の方へと行ってしまった。


「なんなんだよ……ん?」


 俺は足を止め、後姿の彼女を着目する――そう彼女のだ。

 右足と比べ、色合いが鮮やかだ。まるで、パーツを丸ごと交換したかのような――。


「――まさかな」


 こうして、俺もまた学校へと歩みを進める――。


 さて、今日も退屈なようで若干スリリングな授業と、ちょっと可愛いロボット達との日常が始まる――。

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