第3話 出航

 そして、ミナはレンジと結婚しました。

 レンジの気性が荒いのは、結婚してすぐにわかりました。気に入らないことがあると、物を投げたりするのです。ほっぺたをひっぱたかれたことも、一度ありました。

(耐えなければ)

 レンジの怒りがおさまるまで、ミナはじっと唇を噛んでいました。


 ミナは夢の中で、あの桟橋にいました。

 桟橋にはガラスのような帆船があって、そこにソウタが乗っているのです。

「早く来て。出航するよ」

 ソウタが慌てたように言いました。

 そこで目が覚めました。

 心臓がドクンドクンと波打ちます。レンジを起こさないように気をつけながら、外に出ました。

 南国とは言え、朝の空気はひんやりしていました。夜は明けかけているのです。でも、南十字星だけが、空にとどまっていました。

 桟橋のあたりに辿り着くと、ソウタが浜辺に座っていました。

「夢を見て」

 ミナが言うと、

「ガラスでできた船の夢だね。僕も見た。あー。僕に船があったらなあ。どんなにいいだろう」

 ソウタは少しいらだったように言うと、青い小石を海面に投げました。

 すると、海面が急に波立ちます。「なにか」が海面から頭をのぞかせました。

 クジラでしょうか? こんな浅瀬にクジラが来るはずなんてありません。

 でも、その大きな海の動物は、黒光りする背中をミナとソウタに向けました。まるで、乗ればいい、とでも言うように。

「これで、いいの?」

 ソウタはつぶらな目でミナを見て、短く聞きます。

「これで、いいの」

 ミナはふんわりと笑って言います。

「きっと、これが答えなんだわ」

 

 不思議なクジラは確かに、二人をその背中に乗せて、悠々と海原を進み始めました。やがて、人がたくさんいる街に出ます。

「クジラが人を乗せてるぞー」

 異国の人たちが口々に言い、ミナとソウタを慌てて、手近な漁船に移してくれました。

「助かって良かった」

 色黒の船長が、ソウタとガッチリ握手します。そして、船員に指示を出します。

「パンと水を船の倉庫から持って来い。おそらく、漂流して、クジラの背中に運良く乗ったのだろう」


 二人の村の人たちは「お化け桟橋」に別の名前をつけました。「船出の桟橋」と。

 二人を乗せたクジラを見た村人も、中にはいました。「村を出た勇敢な二人」の噂は、小波(さざなみ)のように広まりました。

 広い青い海は今日も、全て知らん顔ですけれどね。

 

 

 

 

 


  


 

 

 

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「お化け桟橋」の恋物語 瑞葉 @mizuha1208mizu_iro

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