第6話 レジーナの逃避行

 レジーナはイライラしていた。頬を膨らませ、瞳をぎらつかせながら部屋への廊下を歩いていた。足元に小動物サイズのお掃除ロボットが何台か走ってきた。自分たちの住居を清潔に保ってくれる、この物言わぬハウスキーパーの群れは常に何処かからまた何処かへとせわしなく働いていた。彼らに別段恨みや憎しみがあった訳ではないが、過去に自分の下着をゴミと間違われ処分されかけた時のことを、ふと思い出した。そこで足元に来た一機を、あの時のお返しにと言わんばかりに蹴とばした。金属がかち合うカンカンという音を鳴らして、ハウスキーパーの一機は廊下に転がった。しかし彼は、レジーナに対して抗議する訳でも、非難の言葉を浴びせるわけでもない。何もなかったかのようにスッと姿勢を正して、群れの後を追って姿を消した。その態度が余計に彼女をイラつかせた。彼らは意思など持たないただの機械だった。レジーナはそのことを充分すぎる程承知していた。しかし、自分がやったことへの反応が何一つないことは、彼女の父でありルナリスの支配者であるキュンメル・アインクルシュを彷彿とさせ、彼女の気分を害した。

 そのまま感情を高ぶらせながら、自室へと到着したレジーナは、部屋に入るなりベッドに飛び込んで、柔らかな枕に顔を突っ込んで絶叫した。

「ムカつくムカつくムカつくムカつく!!!!!」

 おおよそ後の統治者とは認められないであろう、この立ち振る舞いが許されるのは、この羽毛で造られた彼女のベッドの中だけだった。

「何が地球回帰作戦よ!何が地球は私たちの故郷よ!!今更地球に戻って何しようってんのよ!!!どんだけ距離があるか分かってんの!?」

 彼女の父キュンメル・アインクルシュは、資源争奪戦争の終息と共に掲げられたスローガン『天こそ我らが故郷』を捩って、『種こそ地球にあり』という政策を打ち出していた。それは更に地球回帰作戦と命名されていた。ルナリスたちは、もう幾年も停滞している宇宙開発に嫌気が指していた。それは度重なる小惑星帯の接近及び衝突、生活インフラをメンテナンスする為の宙域活動で頻発している事故が起因となっていた。彼らは地球人と比べて、圧倒的に死と親密な関係にあった。作戦が発令されたのにはそのような背景があった。

「・・・どうせ、純粋な回帰なんてしないんでしょ」

 瞼を閉じると今でもあの時の映像がはっきりと浮かび上がる。自分の無実を訴える男性。しかし父はその言葉を信じる気配はない。

「私の失脚を図ったうえ、嘘を通そうと言うのか。痴れ者め」

「キュンメル様、誓ってそのような・・・私には家族が、子供が居るのです!!」

「知ったことではない。撃て」

「どうか・・・おッ」

 その男の額から後頭部へと、一閃の光が駆け抜けた。男は体を少し痙攣させていたが、直ぐに動かなくなり、二度と発言をしなかった。

「レジーナ」

「は、はい・・・」

「よいかレジーナ。アインクルシュ家はルナリスの支配者なのだ。それを妬み、恨んで私たちの命を狙う輩が大勢いる。今私が命じてやらせたことは私の、そしてお前の命を守ること繋がるのだ。支配者とは絶対でなくてはならん。父の姿を観て学ぶのだ。このことゆめ忘れるな」

「はい・・・お父様。でもあの人は本当にそのようなことを・・・」

「私の教えに従え。お前は余計なことを考えなくて良い。そうに決まっている。そうに決まっているのだ」

 微かに瞼を開くと、そこにはいつも目にする天井の姿があった。あの哀れな男の遺体はどこにも転がっていなかった。

「言葉まで聞こえてきちゃったわ」

 父はあの時から、もしくはそれより以前からずっとあのようなことをしていたのかもしれない。中には本当に命を狙っていた暗殺者も居たのだろうが、無実の人だって沢山居たはずだった。キュンメル・アインクルシュは苛烈な性格だった。惑星間飛行の実験を推し進めた。結果的にこれは成功し、木星まで約二日の距離にまで宇宙航行を可能にした技術集団が誕生した。また彼らは木星の衛星であるエウロパに対する、有人探査の実績も上げた。この集団は後にジュピターシュタシスと呼ばれる組織の土台になった。

 ポリス・ルナの次に月のほぼ裏側に位置するポリス・アステートを建設してからというもの、ルナリスの技術や生活圏にはこれと言った進歩がなかった。その為木星までの航行を、実質可能にしたキュンメルはルナリスから偉大なリーダーとされ称賛を浴びた。しかし、その強行策により数多の命が失われていたこともあり、潜在的な敵も多かった。

ある日はじめて命を狙われたキュンメルは、それからというもの政治闘争や、権力闘争に明け暮れるようになった。少しでも疑わしい人物なら秘密裏に取り立て、キュンメルが必要と判断した者は即刻処刑がなされていた。レジーナはそんな父にうんざりしていた。父だけではなく、その血が匂い立ってきそうな暗部そのものに対しても。だが、少なくとも自分たちの生活が成り立っているのは、父のそうした活動のおかげでもあることをレジーナは理解していた。

「ほんとムカつく」

 そう吐き捨てるとレジーナはそのまま穏やかな眠りについた。

 目が覚めたのはそれから6時間余りが経った頃だった。

「変な時間に起きちゃった・・・」

 時計に目をやると、小さな液晶のディスプレイは午前2時丁度を告げていた。生活リズムが崩れることを嫌ったレジーナは、再び眠りにつこうと健闘したが、完全に覚醒された脳を前に虚しく敗北した。諦めてベッドから飛び起き、寝巻の上からジャケットを羽織ると自室を後にした。廊下の通りには誰も居なかった。この時間帯で人の往来があるとすれば、庶民の居住エリアか管制室くらいだった。レジーナはその足を、港が臨める展望台のエリアに向けた。それぞれの区域を結ぶ連絡橋のいくつかを乗り継ぎ、10分もしない内に目的地に到着することができた。室内の壁面は上下共に全て宇宙の様子が映し出されていた。レジーナの左手の方に、ポリス・アステート唯一の港があり、一隻の船が今正にその港口の1つに入港しようとしていた。

「あれは・・・確か」

 レジーナが目にしたその船は、地球回帰作戦が発令されてから定期的に地球の様子を探るために出されていた偵察船だった。

「こちら管制室、2番ドッグへの入港を許可します。おかえりなさい」

「こちら偵察船ヘルメス、了解した。誘導感謝する」

「あれですか?地球に出てる偵察船って」

「そうだが、見たことなかったか?」

「この前入ってきたばっかなもんで。よろしくお願いしますよ先輩」

「こちらこそよろしく。それにしてもこんな暇なとこに来るとはねえ」

「暇くらいが丁度いいんですよ。ここなら事故も少ないでしょう?宇宙は好きですがね、宇宙で死ぬなんて恐ろしくてかないませんよ」

「ま、最もだな」

「もし?」

 管制室に居た何人かのオペレーターが全員その声がした方向に振り向いた。そこには自分たちの統治者の娘であり、次の自分たちの主になるであろうレジーナ・アインクルシュが寝巻にジャケットというあられもない姿で立っていた。

「姫様!何故このようなお時間に、このような所へ」

 オペレーターの1人が素っ頓狂な声を上げる。

「眠れなくって、散歩していました。あの、さっきの船は偵察船ですよね?」

「そうですが、それが何か?」

 先輩と呼ばれた男が代わりに応対する。

「何番ドッグへ入ったのか教えて頂けるかしら」

「それなら構いませんよ。2番へ入りました」

「ありがとう。お勤めご苦労様です」

 そう言うとレジーナは管制室から去っていった。

「なんだってお姫様がこんなところに?」

 入ってきたばかりの新人が一番に口を開いた。

「さあね。まああの年頃の子供はまだまだ好奇心が多いもんなんだろうよ」

 先輩が席から立ち上がり、管制室を出て行こうとした。

「どこ行こうってんです?まさかお姫様のお尻を追っかけるんですか?」

「女の尻は好きだがね、生憎そんな趣味はない。小便だ」

 管制室を後にしたレジーナは教えて貰った四番ドッグへ急いていた。到着した頃、丁度偵察船の船長らしき人物が船から降りて、何らかの手続きをしていた。

「あの」

「ん?これは、姫様。このような所に来られては」

「良いんです。あの、地球の様子を見ていらしたんですよね?」

「左様です。お父君のご命令で。何分はじめてのことでしたので、何か不備が・・・」

「いいえ、任務の出来を確かめに来たのではありません。その映像とか画像とか、見せて欲しいのです」

「?ええ、もちろんですとも。・・・おい、君」

「何です?あ、姫様。遅くに」

 近くを歩いていた若いクルーは船長に呼び止められ近くにやってきた。

「姫様が資料の提示をご所望されておられるのだが、何か今すぐお見せできるような物はないかね」

「公式のデータは全部提出してしまったので、私が個人的に撮影した物でよければありますが」

「それで結構です。是非見せてください」

 クルーから渡された手のひらサイズのデバイスから、空中に映像が映し出された。それは若干遠巻きに撮影された地球の景色で、青々とした空の下で馬車がゆっくりと何かを運んでいるものだった。また別の映像では遠くに薄く見える山の尾根を背景にして、何人かが畑仕事をしているらしいものもあった。小川で遊ぶ裸の子供たち、悠々と飛翔する猛禽類、また聞いたこともないような轟音を轟かせながら雷雨が地表に降り注ぐ姿。太陽があらゆるものの表情を明るく照らしながら、水平線の彼方から浮かび上がってくる様、そしてあらゆるものの表情を茜色に染めながら沈んでいく様。

「これが本物なんだ・・・」

「?」

 レジーナのか細い声、しかし何かに驚嘆している声は船長とクルーには届かなかった。

 それ以来数年に渡り、レジーナは熱心に過去の歴史や地球について勉強した。その傍らで、偵察船が持って帰ってくる資料、とりわけクルーが個人的に撮影した一種のホームビデオのような映像を好んで見ていた。レジーナは無意識的に、地球とそこで暮らす人々に憧れを持つようになった。地球の穏やかな風景に触れたかった。地球人の人畜無害でのんきな生活には憧憬と嫉妬が入り混じったような感情が生まれた。彼らは産まれながらの支配者ではないのに、何故あんなに幸せそうにしているんだろう。私は母に先立たれ父には道具としてしか見られず、そしてその父の娘というだけで命を狙われているかもしれないというのに。

「父上は、本当に彼らと共存して行く気はあるのかしら」

 地球回帰作戦の内容はまだ誰も知らなかった。

 2年後のある晩のことであった。またあの時のように夜中に目覚めてしまったレジーナは、同じ服装で外に出た。今度は展望台へは向かわず、父が誰かと面会する際や、何かお触れを発する時に用いられる広間に向かっていた。依然として父のことは良く思ってなかったが、いずれは自分が座り、そこで政務を執り行うであろう仕事場に慣れておきたかった。例の作戦が発令されてから、以前としてルナリスはこの宇宙に留まったままであった。6年という歳月をかけながらも事態は何も進展おらず、未だに作戦の大まかな概要すら発表されていなかったからであった。唐突に顔を出した、キュンメルの秘密主義的な側面に側近や住民は呆れていた。「口だけのじじいになりさがった」というのが庶民からの評判だった。だがレジーナは最近小耳に挟んだ話から、作戦の内容を知り得る人物を知った。ヴォーダンエイム・ヘルシャフトである。レジーナにとって、あの武力に憑りつかれたような軍人は好ましい者ではなかった。ヘルシャフト家は家が貴族階級になってからというもの、殆ど出番がなかった。宇宙進出当初に、外宇宙から流れてきたとされる、漂流化石と呼ばれる何かの死骸を見た、当時のルナリスがそれを脅威に感じ、外敵からの防衛手段として設立した、軍事組織ルナ・カウンターのトップに君臨している者がヘルシャフト家であり、ヴォーダンエイムは初代から数えて第8代目の当主だった。しかし何百年経っても想定したような未知との遭遇は起こらず、彼らの専らな仕事と言えば、デブリの除去や演習程度であった。

「なんであいつが知ってるのに」

 父は実の娘より、あの狂犬じみた男の方を信用しているということなのだろう、とレジーナは解釈していた。何処にもぶつけられない感情に頭を悩ませながら、広間へと直通している専用エレベーターに乗り込んだ。上昇している感覚を数秒味わうと、エレベーターのドアが開かれた。暗い細い通路が真っすぐ伸びていて、その先に目的の場所があった。しかしレジーナが期待していた状態ではなかった。広間の明かりが薄っすらとここまで伸びてきていたからであった。

「あれ、誰か居る?」

 出来るだけ音を立てないように、身体を浮かせながら広間の方へと近づく。レジーナは3人の男が何かを話していることが分かった。三つの声の持ち主は父キュンメルのもので、もう一つは、ヴォーダンエイム。

「エントライ家?」

 最後の1つは、キュンメルが定めた政策を確実に実行するエントライ家と呼ばれる政治を司る者の当主の声だった。レジーナはエントライ家については、はなはだ興味がなく当主の名前すら朧げだった。彼らの立ち振る舞いや、正確無比に任務を実行するその姿が人間とは思えなかったからであった。まだヴォーダンエイムの方がマシだとさえ思っていた。レジーナの関心はそれぞれの当主を己の天秤に掛けることから、3人が何を話しているかに早々に切り替わった。

「で、このような時間にお呼び立てされるとは、何か凶報でもあったのですかな?我が君」

 この尊大で打楽器のような張りのある声はヴォーダンエイムだった。この男は自分の主の前でもこのような態度で振る舞うのだった。レジーナにはそれが何か不吉なもののような気がしてならず、父が何故ヴォーダンエイムに一定以上の信頼を置いているのか理解できなかった。

「何か我々の職務に不備がありましたかであればそれ相応の処罰は受け入れる覚悟であります」

 抑揚のない、ロボットか何かが喋っていると錯覚させられるこれはエントライ家だった。名前はなんと言ったかしら。

「いつ聞いても同じ人だとは思えませんなぁ。メンテナー殿。それにまだ処罰されると決まった訳ではあるまいに、破滅願望をお持ちのようだ」

 そうだメンテナー・エントライと言った。レジーナの心の天秤が更にヴォーダンエイムへと傾いた。ヴォーダンエイムの嫌味をメンテナーはどうやら無視したらしく、キュンメルが話し始めた。

「完成したのだ。地球回帰に必要な、兵器が」

 キュンメルの声は何かに感動して打ち震えたように、高ぶっていた。

「兵器ですと?」

「・・・・」

「そうだ。これでようやく始められる。人類の故郷への帰還が」

「お言葉ですが我が君、偵察隊の報告はもちろん御覧になっているでありましょうな?資源争奪戦争当時ならいざ知らず、地球へ回帰するのに兵器を用いる必要など小生には感じませんが」

「急くな。急くでないヘルシャフト。いいから聞け。兵器とは言い過ぎたかもしれん。あれは装置だ。人を傀儡にする、いわば洗脳装置なのだ」

「洗脳装置」

「何故そのような物が必要なのです?地球人は、我々には従わないと?」

「他所から来た他人に大人しく自分たちの土地を分け与えると思うか?私にはそうは思えない。遠からず争いが起きるだろう。一方が凄惨な結末を迎える争いが。私としてはそのようなことは望まんのだ。地球人たちには我々の労働力になってもらわねばならんのだから」

「つまり地球人を労働階級つまりは奴隷にするための装置ということですか」

「回りくどいことを考えたものですなぁ。我が君。戦いたければ戦わせてやれば良いのです。聡い者は早々に抵抗を諦めるでしょうがね」

「そうだメンテナー。簡単なことだ。洗脳状態の人間は、決死の時と同じくして実に様々なことが可能になる。我々は初めに指導すればあとは彼らが決められた時刻に決められた人数で、決められたことをやる。地球人はガイストによって現実の時を、まるで夢を見ているかのように過ごすだろう。我々の仕事と言えば彼らを管理するだけで済むのだ。仕事、生活様式、生殖に至るまで。初めは苦しいが、すぐに終わる。そうなれば我々はあの安寧の土地で、何に悩まされることなく暮らせるのだ。故に流血は望まぬ。そして装置の名をガイストと言う。ジュピターシュタシスが開発した」

 俗物。これがレジーナが父に対するこれまでで最も的確だと思える総評だった。

「あのテクノジャンキー」

 レジーナに漏れずキュンメル、ヴォーダンエイムは初めてメンテナーの感情が籠ったような声、ジュピターシュタシスに対する怒りを抱いている声を聞いた。三人はそれに驚き、キュンメルとヴォーダンエイム両名は狐につままれたような表情をしていた。

「今回のことで、貴殿が人間であるらしいことが分かりました。実に結構。人には感情があるもの。出さなければ」

「全ての場面で感情を表に出すことが有効的であるとは必ずしも限りませんが」

「もうよい。直ぐにそのガイストがこちらに届く。これは口外してはならん」

「姫君には何と?」

「あれにも言わぬ。その必要はない。知らなくて良い」

「業は、ご自分だけがお背負いになる。と」

「そうだ。レジーナはただ創り上げられた世界で、何も知ることなくそのシステムに身を委ねているだけで良いのだ。その方が幸せなのだからな。この作戦の本当のー」

 身体の内側から何かが煮えたぎり、マグマのように噴火するような感覚にレジーナは襲われていた。今にもアルミで出来た壁を殴りつけそうだった。父は言った。何も知る必要がないと。その方が幸せだと。父は自分を1人の人間として見てはいない。

「ただの道具だ」

 レジーナの中で何かが吹っ切れた。キュンメルたちはその後も、何かを話し合っていたがレジーナはエレベーターまで戻り、そのまま広間を後にした。

 それから数日後、1隻の貨物船がポリス・アステートへ到着した。何ら変哲のないもので、何も知らない市民たちを欺くには最適だった。任務を終えた貨物船から、真っ黒な巨大な箱に覆われた何かが取り出された。その日の晩、キュンメルとヴォーダンエイム、そしてメンテナーの3人はその箱が運び込まれた格納庫へと出向いたのだった。

「これが例の装置ですか。巨大ですな」

「これ1つで大事業を成し遂げようと言うのであれば納得です」

「ガイスト、遂に私の元へ」

 キュンメルが傍にあった装置に備え付けられたタッチパネルを操作する。そうすると、ガイストを覆っていた黒々とした色がまるで靄のように消え去った。3人の前には人型洗脳兵器ガイストがその姿を露にしていた。

「ほぉ。これが」

「人型なのですね」

「ガイストだ。我々ルナリスに安寧をもたらしてくれる約束の使者だ」

「この機体だけでみると、全長は16メートル程度ですか。これは何で出来ているのですかな?装甲は合金のようですが、何を動力とするのです。永きに渡り稼働するのですから、強力なものが必要なはず。まさか、かつて人類が目指したとされる縮退炉なるものですかな?」

 ヴォーダンエイムはその風体に似合わず小躍りしそうな雰囲気だった。まるで年端のいかない少年が、新しいおもちゃを与えられた時のようだった。

「詳しいことはジュピターシュタシスの連中しか知らん。私は敢えてそれを問いただしたりしなかった。知っているのはこの胸の部分に人が乗り込むと、その者の脳波を感知して周囲の人間に、それもかなり広範囲にまき散らすということだけだ」

「何で出来ているかも、何で動いているかも不明なモノを用いると仰るのですか?我が君」

「ジュピターシュタシスだ。彼らを信じるしかあるまい」

「ふむ・・・」

 3人はそこで何度か言葉を交わすと、それぞれの部屋へと引き上げていった。ガイストが置かれた格納庫には厳重なセキュリティロックが掛けられ、警備する人員も置かれなかった。

 皆が寝静まったその時刻に、招かれざる来客があった。レジーナだった。レジーナは父の手口をよく熟知していたので、セキュリティロックを破ることは全くと言って良いほど苦ではなかった。キュンメルは実の娘が自分が掛けたセキュリティを、度々破っていることなどは知りもしなかった。格納庫に足を踏み入れたレジーナはキュンメルが操っていたタッチパネルを操作し、同じようにガイストの姿を露出させた。そこで初めてガイストと対面したのであった。

「あなたがガイスト」

 相手は機械だったが、久しぶりに合う友人のような感覚がレジーナにはあった。別の操作でガイストを囲っていた物体を取り外した。大きな音がなるかもと思いビクビクと身構えていたが、それらは驚く程音もなく、スッと消えていった。

「でもこれどうやって使うんだろ」

 ガイストの周りを浮かびながら詮索していたレジーナを見かねたかのように、胸部の装甲が静かに開かれた。

「・・・・入れってこと・・・?」

 もちろん目の前に居る合金の塊はレジーナの問いに応えない。これは人型ではあるが、決して人ではなかった。

「分かった。入るね」

 浮かびながらガイストの開かれた胸部へと入る。すると開かれた装甲は同じように静かに閉じられ、レジーナが進入した空間には濃い紺色をした、ブルーアウトしたような画面が全天に広がっていた。レジーナの前には見たこともないようなデザインをされた椅子があり、それがこの機械の操縦席なのだとレジーナは悟った。恐る恐るその操縦席に座る。しかし何も起こらなかった。ガイストが動いているような雰囲気もない。

「・・・・・他にも何か必要なのかしら」

 レジーナには計画があった。計画と言えるほど高尚なものではなかったが、彼女はそれを計画と心の中で言っていた。それはこのガイストを盗み出して、地球の人々に警告をすることだった。その為、ガイストには何が何でも動いて貰う必要があった。

「動いて!地球に知らせないと」

 ガイストの操縦席で祈るように叫んだ。脳裏に、あの映像で見た地球の光景が映し出された。あの風景を壊してほしくない。あの人たちの生活を犯して欲しくないという思いだった。その時、今まで紺一色だった全天モニターに、レジーナが思い出していた風景と殆ど同じと言って良いほどの、長閑な自然溢れる風景が映し出された。レジーナはそれに呆気に取られたが、ガイストを動かそうとするのを止めなかった。

「そうよ!その景色を私は誰にも壊して欲しくないの。だから」

 ここから逃げる。

「え?」

 一瞬だった。何か外で強い衝撃があったと思った矢先、目の前には見慣れた暗黒の世界が広がっていた。全天モニターの頂点付近に、穴が開き内部を外の世界に晒した隔壁を視認することができた。ガイストが格納庫を破壊し宇宙へ出たのだと、レジーナが気付くのに時間はかからなかった。そのことに喜んでいたのも束の間、ヘルシャフト家が配備した防空用の無人迎撃浮遊砲のいくつかが追跡してきた。半径五メートル余りの球状の物体で、それらは除去しきれなかったデブリを破壊したり、物体の形状を変質させたり採掘したりする工事用にも用いられているものだった。

「こんな時に!」

 浮遊砲はガイストを除去する物と認識しているらしく、熔融破砕コントローラーと呼ばれる、一種の砲門のようなものを開きガイストに対してレーザーを放射してきた。

「きゃッ!!」

 ガイストは寸での所でレーザーを避けた。しかしレジーナにはあの浮遊砲を止める術が分からず、このままではジリ貧になりいずれ撃墜されてしまうと感じていた。

「何か、武器の代わりになるものはないの!?」

 マニュアルを探してみたが見当たらず、操縦桿らしきものが現れる装置もなかった。そうしている間にもレーザーの群れはガイストに向けて放たれていた。ガイストは宙を舞うように巧みに躱していた。しかしモニターにその閃光が走る度に、レジーナの精神は削がれていった。加えて凄まじい速度の追走劇になっており、彼女の体には今まで感じたことのないGが襲い掛かっていた。限界だった。

「ガイスト・・・ごめんね」

 生きたいと願いながらも自分の計画と命を諦めかけていたその時、淡く清らかな青い光が浮遊砲の大群を包み込んでいく光景を目にした。その光に包まれた浮遊砲たちは、先ほどまでとは打って変わって開いた口を一斉に閉じ始めて、配備された元の宙域へと退去していった。

「な、なに・・・あれ」

 その光景を不審がりながらも、追ってが居なくなったこの隙に一気に距離を離してしまおうとレジーナは考えた。

「お願いガイスト」

 その声に応えたかのようにガイストは急加速した。ガイストが通った後には、飛行機雲が空にその軌跡を残すように、あの不可思議な優しい光の一筋が煌めていた。

 一人の少女は全く未知な兵器と共に、憧れと焦燥の念を抱きながら、青くその命に輝く地球へと飛翔した。

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光ある旅路 たんぼ @tanbo_TA

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