第5話 始まり

 夜空に煌々と輝く月と、それに付き従うように周囲に散りばめられた星々が見守る中、レジーナは言葉を選びながらゆっくりと語りだした。

「今から2000年以上も昔のことです。我々人類は、この美しい地球の限られた資源を奪い合っていました。私の故郷では、これを資源争奪戦争と呼んでいます。今よりももっと文明と科学技術が発展していた時代のできごとです。人々はそれらがもたらしてくれた豊かな生活に慣れ、もっと欲しいと望んでいたのです。しかし、行き過ぎた発展は環境の変化を伴いました。急激な発展に、地球の環境が、自然が追いつけなかった。ついには、自然破壊に起因する、様々な災害が引き起こされました。そうして人々は自らの生活できる環境をどんどん失っていきました。加えて、得られる資源も限られるようになりました。当然、人々は生き残るために資源を奪い合いました。これが資源争奪戦争です。この戦争は200年余り続いたとされています。」

 ハレルとキースの2人の様子を観察しながらレジーナは話を続けた。

「戦争は次第に規模が縮小しました。戦争をするには同じく資源が、人が必要でした。しかし資源は枯渇し、人々は厭戦気分、つまり戦争に疲れていました。最終的には隣人同士の喧嘩といったレベルにまで落ちたとされています。そこで世界中の国、国とは大勢の人々が暮らしやすいような仕組みを持った組織のことです。当時は何百もの国がありました。その国々の代表者は、集まって話し合い新しいルールを決めました。それは喧嘩、暴動を鎮圧する部隊を組織する一方で、疲れ切った地球から、一旦離れる為に宇宙開発を再び始めることにしたのです。そこから約100年後に、人類は月面に最初の地球外宇宙都市ポリス・ルナと呼ばれている都市を建設しました」

 あそこに街がある。ハレルはレジーナの背後で粛々と山のように構えている月に視線を移した。あそこに人が居る。

「そのポリス・ルナをベースとして、宇宙開拓をする派閥。一方で、地球に残り環境を改善する派閥。人類はこの2つに分かれました。私の家、アインクルシュ家は宇宙開拓組を率いていた、そして同時に彼らを統治もしていたのです。アインクルシュ家を筆頭に、私たちの先祖の殆どが当時、上流階級と呼ばれていた裕福層だったそうです。彼らは厖大な資金を使って、優秀なエンジニアや知識層、学者たちの殆どを率いて宇宙へと去りました。地球に残った人々は、技術や知識を正確に記録し、継承していくことが困難になり、ある世代でそれらが断絶してしまった。あなたたち地球人は、文明・文化の歴史を繰り返しているのです」

「歴史を繰り返している」

 ハレルたちにそのような感覚は当然なかった。しかしレジーナの言っていることを否定することもできなかった。

「私たちは自らを月に住む者、ルナリスと称しています。ルナリスの殆どはこの歴史を知っています。そして現在地球がどうなっているか、文明や技術レベルの程度はどうなのかということも。全員がそうではありませんが、今日あなたたちの村を襲ったパイロットのように、地球人に対する差別意識を持っている者も居ます。だから」

 レジーナは一旦言葉を切り、物憂げに夜空を見上げた。悲し気な瞳で、仲間たちを思ってあの星々を見つめているんだな、とハレルは思った。レジーナはその明るい桃色の長髪を風に靡かせながら続けた。

「だから私はガイストを盗んできたんです。あそこから。地球を彼らに侵略させないために」

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