第4話 優しいガイスト
レジーナたちには耳慣れた咆哮が聞こえてきた。ハレルが動かしているあの優しい機械巨人が動き出した合図だった。
「なんだこれ!?」
「・・・動いているぞ!!」
レッドラムのレーダーには、自分たちにゆっくりと近付きつつあるガイストの反応が表示されていた。
「誰が動かしている!?」
「姫様ではないな・・・」
「あいつらかよ!」
ガイストが森を抜けて、集落がある開けた場所に歩いてきた。
「あなたたちは、なんなんですか!?」
周囲にハレルの声が響き渡った。怒りと仲間を失ってしまった悲しみを、その語気ははらんでいた。
「地球人の癖に・・・よくも」
「あなたたちが来たから、仲間が死にました。畑もめちゃくちゃです。僕たちに何の恨みがあってあんなことをしたんですか!!」
「我々はただ、姫様とそのマシンを回収しに来ただけだなのだ」
「だからと言ってあんなことをする必要は!!」
「うるさいんだよ!貴様らは!!」
レッドラムの一機が前に出てガイストに歩み寄って行く。通り道となった場所にいた人々は、踏みつぶされそうになった。レッドラムのパイロットはそのことを歯牙にもかけていない様子だった。ハレルはその外の様子をモニターから見ていて、血が頭の血管に凄まじい速さで流れ込んでくるのを感じた。モニターに向けられた瞳が一際鋭くなっていた。
「僕たちはあなた方と何もすることなんてなかったんです!この機械巨人を返せと言われれば、返しました!」
「先に言ったろうが!!」
「ガイストなんて名前、知らなかったんです!!」
声を震わせ、全身を駆け巡る熱い何かを感じながらも、ハレルはこれ以上皆が犠牲にならないように話し合いで解決しようとしていた。その時、怯える男の声がどこからともなく聞こえてきた。『どうして地球人に、操縦できる!?』と。その声の主にハレル気が付くまで、時間はかからなかった。ハレルが相対しているレッドラムのパイロットのものだった。
「こ、怖がっている?」
ハレルは声の主がガイストに恐怖していることが分かった。そのため、こちらは害を加えるのようなことは一切しないと伝え、そのままガイストを引き渡して帰ってもらおうと思っていた。ガイストの機能が、ハレルのその考えを相手に伝えようとした。だが相手の動きはそれよりも早く、ハレルの思惑はあまりにも呆気なく霧消した。
「まだたてつくかよ!!いい加減に!!!」
「おい、待て!早まるんじゃない!!」
「うるさい!!俺は地球人ごときがガイストを操縦していることが気に食わんのだ!!!」
パイロットは怒りと恐怖とが絡み合い、精神が溶けてぐちゃぐちゃになりそうで、正常な判断や思考を出来なくなっていた。彼を支配していたのは、自分がルナリスであるという地球人に対する優位性、選民的な思想だった。それが彼を操り、ミサイルランチャーの銃口を集落の中心に向けさせた。そこにはレジーナが居た。
「ま、待って!!」
少し、遅かった。ハレルはガイストを動かして銃口を明後日の方向へ逸らせようとした。これには半分成功したが、半分失敗した。集落の中心に向けられた銃口は、ガイストの手に当たり、わずかに上を向いた。だがその瞬間にミサイルが発射された。ミサイルは本来の目的地には着弾しなかったが、集落の少し奥地で爆発した。彼らの家が吹き飛んでいた。馬小屋も。暖かな日光の下で風に靡いていた、干された洗濯ものも。灰燼へと帰る光景をハレルは目の当たりにした。それだけではなかった。爆風で体を飛ばされた者、破片に体の至る所を貫かれた者、倒れていく木々の下敷きになってしまった者、炎に焼かれ、形容しがたい絶叫を上げながら死に行く者。皆がハレルの仲間だった。家族だった。友人だった。かけがえのない生活を営んできた共同体だった。長い年月をかけ紡いできた彼らの歴史、現在そして未来が瞬く間に奪われてしまった。
「あ・・・・あぁ!!」
ハレルの頭の中に、聞き覚えのある声が一斉になだれ込んできた。死にたくない、助けて、生きたい、生きたい。しかしそれらはすぐに消えてしまう。本能的に理解した。声がしなくなった者は、死んでしまったのだと。レジーナさんは?キースは?マリカは?ハリーは?どうなっているのか分からない。ただ願った。生きていて欲しいと。
「ハレル」
レジーナの声が耳元で聞くようにはっきりと聞こえてきた。
「レジーナ!!!」
「ハレル。ガイストを彼らのような人間に渡しては駄目。・・・彼らと戦い、そして殺しなさい」
「戦えと言ったって、殺せと言ったって・・・ど、どこに居るんだ!?」
ハレルが叫ぶと、モニターの中央が水面のように波立って変化する。すると、地面に倒れているレジーナの姿が映し出された。とてもなにかを喋っているようには見えなかったが、それでもレジーナの声は聞こえていた。
「彼らはルナリスです。あなたたち地球人の言葉には、耳も傾けない。そうなってしまっては最後」
「で、でも!」
「彼らはあなたの全てを奪い去ろうとしています。あなたの命も、私の命も・・・だから」
「駄目だ!!!!!!」
レジーナが死ぬ。ハレルはその残酷な時の到来をただ止めたかった。その一心だった。その圧倒する強い想いがなにもかもを支配した。ガイストは緋色の目を赤く煌めかせ、その場に静かに佇んでいた。
「な、なんだ・・・翅?なんらかの粒子か!?」
赤黒く見た者の神経を衰弱させるような禍々しい光が、ガイストの背中から何かの生き物の翅を思わせるように空中に浮かび上がっていた。はじめは薄っすらとしていた輪郭は、まるで何かに解かされているように黒く形取られた。その内側では赤を基調として、混沌とした色が混じりあい、ゆっくりと渦巻いていた。
「きいてないぞ!な・・・なに・・・?」
レッドラムのパイロットたちは狼狽していた。それは彼らがガイストの機能を知らなかっただけではなく、脳内でハレルの声が反響していたためだった。
「あなたたちのような人は、来ちゃ行けなかったんです!僕たちは平和に暮らしていた!!誰もあんな目に合う必要はなかった!!ここから帰ってください!!あなたたちみたいな人は・・・!!」
死ね。
パイロットたちに響いてきた最後の言葉は、聞いたことがないような、無機質的で怖気が立つほど冷ややかだった。
「死ぬ・・・死なないと・・・俺は死なないと」
ガイストの目の前に居る、レッドラムのパイロットは何かに憑りつかれたのか、操られているかのようにおもむろに操縦桿を機械的に動かし始めた。
「お、おい・・・なにやってるんだ」
「し、死ぬ・・・!俺は死ぬ・・・!」
レッドラムが銃口をパイロットが居る操縦席に自ら向けた。
「なにをした!やめろ!」
突如暴走したレッドラムの後方、怯え切った面持ちで、その光景を目の当たりにしていたもう1人のパイロットが、ガイストに向けてミサイルを放った。ガイストはそれを避けようとはせず動かなかった。ミサイルがガイストに着弾する直前、何かに眠らされたようにミサイルは火を失い地面へとその体を滑らせた。そしてそのまま本来の役割を果すことなく、永遠に動かなくなった。そうしている間に、レッドラムは指をガチガチと鳴らしながら、ミサイルランチャーの引き金を引こうとしていた。
「よせ!」
パイロットの1人はガイストを無力化できなかったことに愕然としながらも、仲間に対して呼びかけを止めなかった。しかし、彼の声は遂にその狂気じみた行動を抑えることができなかった。
集落で生き残った者たちにとって、それは天災そのものだった。耳にしたこともない轟音が声を上げると共に、桃色と赤色が混ざった色をした炎と、黒い煙が胴体の胸の部分を起点として巨体の上半身を包み込んだ。右手は虚空に向かって掌を伸ばしていて、ランチャーは主の元から歪な放物線を描きながら地に落ちようとしていた。そして人が強い衝撃を受けて、倒れていく姿と同じようにレッドラムは仰向けの上体で伏せった。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
光景を目の当たりにした生き残ったパイロットも、これまでの冷静さを失い半狂乱に陥った。続けざまに、ガイストに向けてミサイルを放つ。しかしそれらも先の物と同様に、ガイストの胴体を木っ端みじんにすることは叶わず虚しく落ちていくだけだった。
その無意味な抵抗を見届けてから、赤黒い翅を生やしたままガイストはゆっくりとレッドラムの方へ動き出した。緋色に煌めく目を一層強く光らせる。獲物を捉えた狩猟動物がそうするように、じっとレッドラムを見据えていた。レッドラムは無意味な操作に従い引き金を引き続けていたが、残弾は既になく、乾いた鉄が軋む音は虚しく空に響いていた。
そうしている内にパイロットの正気が戻ってきたのか、レッドラムは手にしたランチャーを傍へ投げ捨てた。そこでひっそりと暮らしていた木々のいくつかがミシミシと音をたてて下敷きになった。ガイストはその様子を動かずにじっと見ていた。レッドラムのパイロットにはその姿が不気味だった。彼の頭には最早仲間の仇を討つ、ガイストを奪還するといった考えは既になく、その場から逃げたい一心だった。ガイストに乗ったハレルにも、レッドラムのパイロットの思考が分かっていた。
「そうだ!逃げろ!!消えてくれ!!」
ハレルの発した声はパイロットにもはっきりと聞こえた。その声に促されるまま、パイロットは操縦桿とペダルを操り、レッドラムの脚部にあるスラスターを作動させた。
「殺すな!居なくなるから!殺さないでくれ!」
ガイストに振返り、絶叫する。間もなくレッドラムは、僅かな土煙を起こしてその体を空へと昇らせて行った。ガイストはその様子を首を上げて眺めていた。そのままレッドラムの姿は点となり、青空の中に溶けていった。その様を見届けると、ガイストの背中に生えた禍々しい翅はゆっくりと音もなく消え失せた。
「・・・・・はぁ・・・・」
大量の汗をかき、ハレルはぐったりとして操縦席に座っていた。モニターに映し出されているのは、澄み切った青い空と煙に覆われた自分たちの住まいだった。
「・・・・・皆っ!!」
ガイストをかがませて、ハレルは勢いよく中から転がり落ちた。今もなお焼けただれている家屋のいくつかが視界に入った。その他には怪我人を含めた生き残った者たちを一か所にまとめようとしているハリーの姿と、意識がないまま2人がかりで担がれているレジーナの姿が見えた。キースとマリカはその場には居なかった。
「ハリー!」
「ハレルか」
ハレルは息を切らしながらハリーの傍へ駆け寄る。
「キースとマリカさんは!?」
「キースはさっきマリカを探しに行くとかでここには居ない」
「居ないって!?マリカさんに何かあったのか!?」
「分からんよ!俺だって騒ぎがあってから見ちゃいないんだ!!」
「くそっ!!」
「マリカのことも気がかりだが、他の皆やシーラ様も大変なんだ」
「お嬢様が居るのか!?」
「機械巨人を見に来たんだと。運のないお方だが、生きてはいるさ。ほら」
ハリーが指をさした先には、眩い金色の髪の一部を血で赤く染めながら地べたに座っているシーラの姿があった。
「お前にも会いたがってたぞ。ちょっと行ってやったら」
「俺も手伝うよ」
「いいから。行って来いよ。戻って来たら、な」
「分かった」
ハリーにそのままその場を任せて、シーラの方へと足を進める。シーラはハレルが近づいてくることに気が付き、手を振りながら弱弱しくほほ笑んで見せた。
「ハレル。お元気そうで何よりです」
「お嬢様」
「あの機械巨人、ガイスト・・・でしたわね、お名前は。あれが動いている様子を見に来たのですが」
「お嬢様あまり喋らないでください。お怪我に障ります」
「お料理やお裁縫で指を切ったことはありますけれど、頭から血を流すようなことは教わりませんでしたわ」
彼女は普段ハレルに接する時と同様、少しからかうような口調になっていた。ハレルはそれに気が付いた時、シーラがまだ元気で死にそうにはないことを悟り嬉しく思ったが、それと同じくらい強い無念な感情も押し寄せてきた。あのガイストと呼ばれた機械巨人を早々に彼らの手に返していれば、このような惨劇は起こることがなかったかもしれなかったからだった。そして人を殺めてしまうことも。
「申し訳ございません・・・」
「ハレル、私はあなたのことが好きで、あなたに会いたかったの」
「な、なにを急に。お戯れを・・・」
「私ははじめて死というものを実感しました。目の前で私と同い年くらいの方々が、何も言えずに消えてしまいました。私は怖いのです。自分の想いや感情を、口にすることができないまま、居なくなってしまうことが。ですから口に出そうと決めました。それに、ハレル。あなた、私が誘うそぶりを見せても全く気が付かないんですもの」
「誘うそぶりって?」
「・・・あなたに綺麗と言ってほしくて、ドレスを見せつけたり、あなたを強引にパーティに招待しようとしたり」
「そんな。ちゃんと言っていただけないと、分かりませんよ・・・。僕はまだそんなにできちゃいないんです」
「ええ。だからこうして・・・ッ」
「お嬢様!?」
「気になさらないで。少し頭が痛むだけですから。私なら大丈夫。お父様が迎えに来てくださるから。ご友人の所へ戻っておあげなさい」
「で、でも」
シーラは右手を礼儀良くすっと顔の前に持ってきた。同じことを言わせるな、というサインだった。
「・・・何かあったら直ぐ呼んでください!!」
ハレルはシーラの気持ちを汲み取ると、傍を離れまた家族の元へと駆け出して行った。彼の両脚は、意識しているのか、していないのか、支えられながらゆっくりと上体を起こすレジーナへと向いていた。
「やけちゃうな」
シーラは、ハレルの脚はあんなに速く、懸命に自分へ向けられることは無いのだろう、と思い人の疲れ切った姿を見守っていた。シーラからそのような視線を受けているとは知らずに、ハレルはレジーナの体を支えるのに加わった。
彼女の状態も酷いものだった。シーラと同じ頭から血を長し、桃色の真っすぐな長髪に小さな川を作っていた。後ろ髪は誰かの手でまとめられていた。服の背中の部分はその多くが焼け落ちたようなになっており、薄く白い陶器を彷彿とさせるような肌には破片が刺さっている箇所もあれば、火傷で赤くなっている箇所もあった。ハレルの瞳は彼女の身に起こった痛々しい現実を直視していたが、次第にその目線をうなじに移った。細く白い首筋から汗が背中へ、または鎖骨の方へとひたひた流れ落ちていて、陽の光に照らし出され、爛々と輝いていた。そして傷を負った彼女の姿を美しいと認識していた。
「ハレル。あまり見ないで下さい。恥ずかしいです」
どれ程自分が食い入るように、その神秘的とも思える光景を覗き込んでいたのかハレルには分からなかった。レジーナのその言葉で慌てて視線を反らした。
「あ、えっと。大丈夫ですか?」
「取って付けたように。見かけほど酷くはありません。背中がジンジンと傷みますけど・・・」
レジーナの傍に、清潔な包帯と水が入った桶を持った女の子が寄ってきた。ハレルは彼女からそれらを受け取ると、慣れた手付きで破片を慎重に取り除き、手当していった。
「ッ・・・!地球は随分乱暴なんですね・・・うッ!」
「これくらいなら多分死にません。後でちゃんと消毒をすれば」
レジーナの肌はスベスベしていて、まるで磨かれた石のようだった。
「前にも・・・経験が?」
「メディナの工場で事故があったんです。ドートさんって居るでしょ?あの人の所で」
「ああ。だから懇意に」
「・・・・あの機械巨人に乗ってた人たち、レジーナさんのこと姫様って」
「・・・・・・そうです」
「仲間だったんですね」
「そうです。ハレル、私・・・」
「マリカを見なかったか!?」
レジーナが何かを言おうとした時、大粒の汗を流しながら、肩で息をするキースが姿を現した。
「マリカさん?」
「彼女なら私と一緒に・・・・・あれ?」
生きてきて感じたことのない怖気がレジーナの全身を駆け巡った。彼女の頭は混乱していた。彼女はさっき私と居たはず。だが翡翠色をした瞳からもたらされる情報に、マリカの姿は見えなかった。
「ハレル見てないの?」
「見てないですよ。・・・あ!」
声を上げたかと思うとハレルは立ち上がりガイストへと戻って行った。そしてそのままガイストに乗り込んだ。
「頼む・・・さっきみたいに聞かせてくれガイスト」
ハレルの声に反応したのか、彼の耳には周囲の人々の声がまた響いてきた。レジーナ、キース、ハリー、シーラ・・・。しかし目当ての人物の声は全く響いてこなかった。
それからしばらくの間、ハレルはガイストの胸の内で座り込んでいた。ガイストの紺色に鈍く光るモニターには時折、心を洗うような美しい自然の風景が浮かび上がってきていたが、そのどれにもハレルは関心を払えなかった。彼は有り得るかもしれない現実に打ちのめされていた。誰とも会いたくなかった。レジーナとキースには特にそうだった。ハレルは自分のことを、レジーナの仲間を殺した人殺しだと思っていた。そしてレジーナは自分の家族でもある友人たちを殺した人間の仲間だった。膝を丸め、両腕で頭を包むようにして無言で座っていた。これが夢だったら良い、朝目が覚めたらいつものように皆で畑仕事に出かける。あの晴天の下、陽の光を浴びて黄金に輝く麦畑で、汗を流す。帰ってきたら食事をする。それは一人でかもしれないし、キースとマリカと一緒なのかもしれない。今ではレジーナも居る。レジーナも仲間だ。何処から来たか知らない、不思議な女性。
「どうしてこうなるんだろう」
ガイストが映し出す幻想的な景色を眺めながら、ハレルは消え入る声でそう漏らした。
ハレルはガイストから降り、ハリーの手伝いに加わった。シーラの姿はなかった。ガイストに籠っている間、使いが迎えに来たことをハリーが教えてくれた。またシーラのおかげで上等な消毒薬と清潔な布、包帯、鋏などが手に入った。病院で診てもらう必要がある者は連れて行かれた。
「お優しい方だ」
瓦礫をどかせながらハリーが呟く。
「・・・・・」
「取り合えず病院に行った連中が帰ってくる前に、壊れた家を元通りとまでは行かなくても住める状態に戻さないと」
「だね」
「疲れただろう。もう休めよ」
「手伝うよ」
「俺はあの時何も出来なかった。だから今度は俺の番なんだよ」
「?」
ハリーの言っていることがハレルには理解しきれなかった。
「ほら、行った行った」
シッシと手を振られ、半ば強引にハレルはハリーから離された。そこまで言うのならと、掃除をしているハリーに背を向けとぼとぼと歩き出す。夜空にはいつものように星空が広がっていた。星空はいつも同じだ。季節によって多少の変化はあるが、いつも空の中で輝いている。ハレルにはその不変的な姿が羨ましく思えた。顔に当たるそよ風はいつものものと寒く感じた。
「ハレル」
物陰から声がした。
「レジーナ、さん」
「話したいことがあります」
「俺は話すことなんてないです」
「良いから、来いよ」
レジーナの陰にキースの姿もあった。
「・・・分かったよ」
レジーナとキースを先頭にして、ハレルは二人について行った。彼らが向かった先は、以前なら木々が周りを取り囲み円形状に口をぽかんと開けた、ちょっとした広間だった。そこはガイストの置き場所となっていた。しかし、今では形が酷く崩れ歪んでいた。ガイストは残った大木の傍に座らせてあった。物言わぬ、いつもの静かな姿だった。
「座って話しましょう」
レジーナは手をそっと地面に向けて差し出した。それに促される形で二人とも地べたに腰を降ろした。レジーナもそれに続く。
「・・・ごめんなさい」
レジーナが頭を下げて謝罪した。
「私とそしてこのガイストが原因で、皆さんを巻き込んでしまいました。取り返しのつかないことです。謝罪して済む問題ではありませんが、ごめんなさい」
ハレルとキースの二人は何も言わなかった。ただ二人とも視線を地面に落として、風の吹く音を聞いているだけだった。
「マリカさんは」
レジーナがその名前を口にした時、わずかにキースの体が反応したことをハレルは感じ取った。
「私の本当の家族のようでした。かけがえのない友人でした。今まで、あのような方に巡り会えたことはありませんでした。私は・・・」
「死んでねえよ」
レジーナの言葉を遮ってキースが言う。
「死んでねえ。死んでたまるもんか。あんなことで死ぬような女じゃないんだよ」
静かな落ち着いた声だった。しかしいつも調子に乗った声音を聞いていた二人にとって、それはどこか恐ろしく、酷く悲しいものだった。
「で、でもキースさ」
「俺が認めない。誰も見ちゃいない・・・今もどこかで生きてるさ」
キースの発言の後、しばらくの間口を開く者は居なかった。その静寂に耐え切れなくなったのか、キースが無理にいつもの調子で言った。
「そういえばさ、ハレル。なんだよお前」
「な、なにって・・・」
「なにそんなしょげてんだよ。皆感謝してんのに。ハリーから言われなかったか?」
「で、でも聞いてない」
ハレルはまさか感謝を言われるなどと思ってもみなかった、といった素っ頓狂な表情をしていた。
「俺のせいで・・・こんなめちゃくちゃになったのに。俺のせいで・・・皆」
「それは違います」
ハレルの発言をレジーナがはっきりとした、強い語気で否定した。
「ハレル。あなたがガイストで戦ってくれたから、今生きている者は助かったのです」
「で、でも俺レジーナさんの仲間の人を・・・。話せば誰も死なずに済んだかもしれないのに」
「手を振り下ろしている相手に、言葉は無意味なのです。少なくとも私たちの世界では」
「私たちの世界?」
自分の鼓動が何故か高鳴っていることにハレルは気が付いてた。やはりそうなのだろうか。レジーナはやっぱりあそこから。
「さっき、今までって言ってましたけど、まさか」
「・・・はい。言わんとしている通りです」
「・・・!記憶が!?」
「そうです。さっきの衝撃で何か血流が変わったのでしょう。医学のことはあまり分かりませんけれど。ですが、私は自分が何者か、何故地球に居るのか解ります」
「地球って?」
ハレルとキースには耳慣れない言葉だった。
「あなた方が住んでいる、世界です。空の向こう側、宇宙と呼ばれる空間にある1つの星です」
2人は訳も分からずただ呆気に取られているだけだった。1つだけはっきりとしていることは、レジーナは自分たちと違う人間だということだった。
「私が地球に来た目的を、特にハレルあなたに知ってほしいのです」
「目的?」
「はい」
「理解・・・できますか?」
「してくれるように努力します」
レジーナはそう言うと立ち上がり、両手でパタパタと腰の辺りを掃った。そして白く輝く満月を背にして、人形のような整った動作で綺麗なお辞儀をして言った。
「私は父キュンメル・アインクルシュの娘。名をレジーナ・アインクルシュ。月に住む者ルナリスを統治する王家の姫にして次期統治者。ごきげんよう地球人のお二方」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます