第3話 スコール

 熱があった。がたがたと機体が振動していた。操縦席のモニターには摩擦熱で煌々と赤く光る視界が映し出されていた。

「地球回帰作戦ってなにか知ってるか?」

 ノイズ混じりの音声がパイロットの耳に届いた。それはもう一機の、彼と同じく大気圏に突入したパイロットからの通信だった。

「あまり知らないな。ガイストを何かに使うってことしか」

「なんだ知らないのか。知ってるかと思ったのに」

「それにしても地球の重力は中々堪える」

「おっと、そろそろ地上だぜ。・・・街があるみたいだ。どうする?」

「そっちは予測値に出ていない。後回しでも良いだろう」

 鷹が悠々と翼を広げている更に上空から、2つの巨大な影が加速度的に地表に接近していた。

 

 その頃、青空の下でいつものようにハレルたちは畑仕事をしていた。

「おいハレル、見ろよ」

 作業をしていたハレルの肩を叩きながらキースが話しかけてきた。

「流れ星みたいじゃないか?」

「こんな昼間に流れ星だって?」

 ハレルは手を止めて、背筋を伸ばしながら上空に視線を移した。

「流れ星が2つ?」

 空にはそれと分かる2本の白い線がはっきりとあった。

「・・・!?何か振ってくるぞ!!」

「あの時と同じだ・・・!」

「あの時って!?」

「レジーナさんと機械巨人がここに来た時だよ!」

「じゃああれ、機械巨人?」

 キースはその場から走り出した。

「キース!?」

「知らせてくる!!・・・急げよ!」

 そう言うと共に馬を荷台から切り離してキースは鐙に飛び乗った。そのまま鞭を打って駆け出していった。

 残されたハレルたちの前に、彼らが知らない機械巨人が2体現れた。両脚からなにかエンジンを吹かしているようで、その勢いで周囲の草木や畑の果物などは吹き飛ばされてしまった。

「な、なんだよあれ」

 焦げた赤色をした機械巨人は、手に銃のような物を持っていた。それを上に構えながら、全体が一つ目になった顔を左右に動かしていた。

「そこの少年たち!」

 男の声が響いた。

「メガホンでも使ってるのか?」

「君たちに聞きたいことがあるんだが、この辺りでガイストを見なかったか?」

 ガイストという聞きなれない言葉にハレルたちは困惑していた。

「そのガイストってなんなんですかー!?」

 ハレルは両手を口にあてて、思いっきり叫んだ。

「聞こえているかな?」

「さあ・・・」

 ハレルの声は聞こえていて、機械巨人であるレッドラムのパイロットはもう1人と通信していた。

「軌道予測されたデータから、この辺にガイストが降り立ったのは明白なんだ」

「あいつら白を切るつもりなのか?」

「分からん。が、仮にそうだとすると地球人の癖に我々ルナリスに向かって大きく出たな」

「もしもーし!!」

「ち、うるさい」

「少年!本当にガイストのことが分からないのか?」

「分かりませんってー!」

「ガイストにはレジーナ姫が乗っていたはず。姫がご無事なら話は聞いているはずだ!」

「もしかしてレジーナさんのお知り合いの方ですか!?」

「貴様、地球人の分際で姫様をそう呼ばわるか!」

 先ほどまで空を見上げていた銃口が、ゆっくりとハレルたちに向けられた。黒い暗闇に吸い込まれてしまいそうだとハレルは感じた。他の仲間も怯えていた。

「この人たちって一体・・・それを降ろしてくれませんか!?」

「武器を降ろせと言ったのか!?あいつは」

「それって、銃?ですよね。そんなものは使わないで、話し合いで解決しましょうよ!」

 銃口を未だ向けたままの機械巨人に呼びかけた。しかし返事はなかった。

「この土人ども、我々に向かって武器を降ろせだと・・・!気に食わん!!!」

「待て落ち着け!」

「うるさい!見せしめだ!!」

 一瞬のことだった。機械巨人の手が動いた時、ハレルはパイロットが武器を降ろしてくれたと思った。だがそれは違った。降ろすかのように見えた武器はそのまま方向を変えて、ハレルたちが立っている場所より後方にある農場にその照準を合わせ、一発弾を放った。それから耳をつんざくような轟音と、少し遅れて炎と共に燃え盛る突風が彼らを襲った。

「な、なんで?」

 ハレルは思わず地面に突っ伏していた。それがハレルの命を救った。強い衝撃で撃たれた地面はえぐりあがり、様々なものが風に乗ってあらゆる方向へ飛散していた。中には巨大な岩もあって、それがハレルの仲間の頭部をえぐり取った。首から上を失った体はぴくぴくと痙攣しながら吹き飛ばされていた。

「みたかよ!さっさと教えれば良かったんだ。土人の癖に!!」

 ハレルはそのまま地面にうずくまっていた。理由が分からなかった。話し合いを持ちかけただけだった。たったそれだけのために、今まで一緒に生活をしてきた友人の命は失われた。これまでに経験したことのない理不尽だった。あの突如現れた機械巨人から「ガイストはどこだ!?」とそれでもなお男の声が反響していた。

「が、ガイストって・・・」

 それは何か。ハレルは自分たちが使っている、あの機械巨人のことなのではないかと思った。確証はなかったが、直感がそれは正しいと告げていた。

「だんまりを決め込むか!」

 もう一発、先ほどと同じ銃弾が放たれたようだった。同じ轟音、同じ突風。

「あ、あああ・・・」

 赤く輝く炎の中で、麦たちは静かに揺れていた。ハレルは自分の体が焼かれるような精神的な痛みを感じていた。

「ガイストは・・・もう・・・」

 消え入りそうな声しか出なかった。レッドラムのパイロットたちには伝わらない。

「その辺にしておけ。この土地もいずれ我々が治めることになるのだからな」

「わぁってるよそんなことは。それより、西の方へ走っていた奴がいるな」

「こちらでも確認している。追うか」

「ここはいいのかよ?」

「見てみろ。ここにはもう何もない」

 そう言い終えるとパイロットはレッドラムのスラスターを吹かして、キースが乗った馬の後を追った。その場にはハレル一人が残されたかに見えたが、今にも気絶しそうなハレルの頬をつつくものが居た。それはハレルが飼っている馬だった。破片に当たったのか、体の所々から出血をしていて煤で汚れていた。

「無事だったんだ・・・」

 ハレルは痛めた手を上げて、彼の鼻先を撫でてやった。そしてゆっくりと体を震わせながら立ち上がった。

「戻らなくちゃ・・・皆の所に」

 ハレルの言葉が分かったのか、馬は息を荒げて上体を少し低くした。

「ありがとう」

 ハレルは悲鳴をあげる体に鞭打ち颯爽と飛び乗った。

 それより少し前、ハレルたちの集落にはシーラ・アンドレアが訪れていた。

「ハレルはここに居ないのですか?残念」

「機械巨人を動かしているところならまたいつでも見られますよ」

 シーラはハレルに会いたかったのだが、ハレルは畑仕事で出払っていた。シーラの相手はハリーが務めていた。

「そう言えば、新参者のレジーナさんでしたか。彼女はその後いかが?」

「記憶は戻っていないようですが、ここでの暮らしに慣れてくれたようです」

 ハリーの視線先には干草を馬小屋に運び込むレジーナの姿があった。

「それはなによりですわねえ」

「ええ」

「あの機械巨人、彼女が乗ってきたものなのでしょう?動かせるのではなくて?」

「動かせるとは思いますが、彼女自身が近付きたがらないのです」

 シーラとハリーが、微妙な空気を漂わせながら会話をしている所にキースが馬を走らせて戻ってきた。

「キース、どうしたそんなに慌てて」

「っ・・・!はぁ、はぁ・・・機械巨人だ!新しい!!2体!!」

「新しい・・・」

「機械巨人?」

 片で息をしているキースを横目に、シーラとハリーは顔を見合わせてきょとんとしていた。その直後、遠くで何かが爆発する音が聞こえた。

「きゃっ!」

「な、なんだ!?」

「ハレル!!」

 3人と同様に集落の他の者も不安げだった。

「煙が!」

 1人が声を上げて上空を指さしていた。皆がその方向に視線を移す。そこにはどす黒い灰色をした、まるで狼煙のような煙が空へと伸びていた。

「あれ畑の方じゃない・・・?」

「ハレルたちがいるところだよ・・・」

 皆が皆わけが分からないままその場に固まっていた。

「爆発音・・・煙・・・」

 その中でレジーナは一人頭を押さえて地面にうずくまっていた。レジーナはこれまでに感じたことのない、酷い頭痛に見舞われていた。脳裏にはあの目を見開いた男の顔が浮かんでいた。

「い、痛い・・・何これ」

 聞きなれた知らない男の声が響く。声はしきりにレジーナの名前を口にしていた。「みなさいレジーナ。これが裏切り者の末路だ。統治を盤石なものにするためには、時には血を流させる必要があるのだ。分かったかねレジーナ。・・・・・・そうか良い子だ」

「レジーナ!?」

 マリカの声でレジーナは幻のような世界から現実へと戻ってきた。

「い、今のは・・・?」

「分からないわ。でも何かが爆発した音みたい」

「そうじゃなくて・・・!」

 また先ほどと同じ爆発音が聞こえてきた。困惑していた集落の空気が、今度は恐怖の色で支配された。泣き出す者、悲鳴をあげる者、体が動かない者、我先にと逃げ出そうとする者。

「皆落ち着け!!下手に動いては!!」

 ハリーが率先して場の回復に乗り出したが、焼け石に水だった。ハリーの声は誰にも届かなかった。狂乱したままただ時が過ぎてしまうだけかに思われたが、彼らの目の前に2体の焦げた赤い色をした機械巨人、レッドラムが姿を現したことでそうはならなかった。しかしそれで事態が良くなった訳ではなかった。

「レーダーに反応あり!近くだ」

「姫様は?」

「・・・いた!」

 レッドラムが巨大な指を向けた先に、レジーナとマリカの姿があった。人々は二人から一斉に距離を取った。

「あなた方はいったいなんなんですか!?」

 有らん限りの声をマリカは張り上げた。

「姫様、なぜそのような者共と!!」

 マリカの声はパイロットたちに無視され、空の下虚しく消え失せた。姫様と呼ばれたレジーナは状況が未だに飲み込めず混乱していた。

「あ、あなたたちは何者なんです?」

「我々はジュピターシュタシスのパイロットです。姫様とガイストを回収しに参りました」

「ガイスト?」

「姫様が地球に持ってこられた人型の兵器です」

 ここではじめて集落の人間は、ハレルが動かしていた機械巨人に名前があることを知った。そしてあれはお手伝い用の機械などではなく、何かしらの兵器であるということも。その中にはシーラも含まれていた。

「私は姫様などと呼ばれるような身分ではありません。あなたたちのジュピターシュタシスというのも存じません!」

「ご冗談を!お父上でルナリスの統治者であらせられるキュンメル・アインクルシュ様のご息女なのですよ!ガイストも我々の組織に造らせたではありませんか」

「分かりません!そのようなことを言われても!記憶がないのです。私はレジーナですが、ルナリスという者も、父と仰っている人のことも何一つとして分かりません!!兵器だというなら、そんな物はここには不要です!そのガイストというものはあなた方にお渡しします!!」

「記憶がないだと!?にわかには信じられんことだ」

「しかし、嘘をついている様子でもないが・・・」

「いや嘘に決まってる。嘘じゃなきゃ奴らに抱きこまれてるのさ。見てみろよあの恰好」

「おいたわしいことだな・・・」

「躾が必要だ」

 2人のパイロットの内、気性の荒い方が集落の中でも比較的小屋が密集している場所に、武器の照準を合わせた。

「何をするのですか!?」

 レジーナは叫ぶ。

「姫様をこのような場所で、そのようなお姿にした輩を躾ようと言うのです!」

「お待ちなさい!私は自ら望んでこのような恰好をしているのです。あなた方の仕える主の一人だと言うのなら、今すぐそのミサイルランチャーを置きなさい!!」

「ミサイルランチャー。ミサイルランチャーと言ったのか私は」

 またずきずきと頭が痛んだ。

「何をおっしゃいますか!!貴女様はこの賤民共の支配者なのです!!そのような連中と一緒に居てはなりません!!」

「私は望んでいると何度言えば解る!?」

「戯れ言をォォ!!」

 レジーナとレッドラムのパイロットが言い争いをしている最中に、ハレルは集落に戻ってきた。しかしハレルはそのままガイストが座っている森の中へと足を進めた。その場所はパイロットの声が響いてはきたが、静寂が支配していた。しかし、それはいつものような美しく尊い自然によってもたらされているのではなく、人間が作り出した恐怖や怒りといった感情によってなされていた。

「ここでお休み・・・」

 ハレルは相棒である馬を、一本の木の根本に寝かせるようになだめた。癒えない傷の原因で今も出血が止まらない。胴体は血塗られていて、元々赤毛として産まれてきたかのようだった。心なしかひゅーひゅーと死に向かって呼吸しているように感じられた。

「すぐに綺麗な布を持ってきてやるから・・・頼む」

 背中を向け、ガイストと呼ばれた機械巨人へハレルの脚は駆け出した。ガイストの手元まで来ると、指先に触れてガイストを起こした。するとグォォンと雄たけびのような音を発する。これまでに何度も繰り返してきたことだった。

「あの機械巨人たち、お前を探してるんだって・・・」

 操縦席に乗り込んだハレルはガイストを立たせた。モニターには赤い機械巨人の一体が、あの死と破壊を呼んだ武器を集落へ向けている姿が映し出されていた。

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