演劇言語学

 私たちが普段使っている言葉や魔法の中には、語源が演劇にあるものが多く存在している。これは我が国の演劇と魔法文化が互いに影響を与え合いながら発展したためと考えられている。演劇と魔法はマシルテ王の時代から共に語られる関係であり、近代以降、特にギオテ教皇によって市民演劇が広まるとより一層強固な結びつきを持つようになった。現代で使われている魔法は古代の人々の発音・発声をそのまま残していることは諸君も知っていると思うが、演劇特有の用語の中にも古代の言語が残っている。むしろこちらの割合の方が相対的に多いが、あまり知られていない。記録や文献で残されていない時代の背景を言語から学ぶことが、この講義の目的である。


 演劇には戯曲があり、舞台があり、役者があり、道具がある。戯曲は台本や脚本、シナリオとも言い、役者は俳優や演者とも言う。なぜこのように言い分けをしているのか。もちろん、厳密にはそれぞれ異なった用いられ方をするのだが、そもそもなぜそこまで細かく分ける必要があったのか。現在有力な説は、劇団固有の呼び名が定着した、という説である。

 市民劇団が爆発的に増加した時代があった。この時、あまりにも突発的な増加だったため法整備や秩序の規定が間に合わず、国は一時、市民劇団の無法地帯と化していた。市民劇団が各々好き勝手に企画し、上演し、喝采をほしいままにした時期が少なからず存在するということである。当時はまだ演劇が宮廷発祥の真新しい娯楽だったため、市民の間で演劇に精通している者というのは少数派だった。そんな市民が演劇を志すとどうなるか。無知という不自由の中、自分の団体を円滑に運営するために必要なのは、共通認識である。彼らは演劇で使用するものの名称を、組織内で統一し始めた。聞き慣れない単語を使う者は他団体の者である、という分別にも役立ったことだろう。しかし一つの物に対して名称が複数存在すると、団体間の交流は円滑にならない。特に無秩序を纏めるための法律を制定する時などは、どの名称を採用するかが諍いの発端になりかねない。その点、当時の国王は聡明だった。どこの劇団も使っていない、新たな言葉を正式なものとして法律に記した。


当時の文献より抜粋

「演劇に関する法律

 1基本定義

 演劇とは、ある作者によって作られた戯曲を元に、戯曲に記された人物、風景、出来事等を、それらを表現する俳優が、ある一定範囲に定められた舞台上において、戯曲の内容を再現し、可視化する行為によって完成された物語である。」


 「戯曲」「俳優」「舞台」という語は、記録上の初出がこの法律である。また「演劇」というものが明文化され定義されたのもこれが初のことである。


以下、法律用語審議(ギオテ教皇手記)より抜粋

「……単に本と呼べば小説に差異なく、曲と呼べば歌に差異なく、これ単一を差す言葉は未だなし。遊戯の先にあり歌が如く耳に馴染む、魔法と錯覚せしむるかの本を「戯曲」とし……」


「……今尚、遊戯なる呼び名を続けるには些か進歩の過程を飛ばし過ぎむることは、昨今の興味、関心の的に対しての侮辱と捉え得ること……演ぜられる劇動(*当時は「激動」をこう表記していた)即ち「演劇」の呼称を新たにし……」


 言語学において、自然発生的な語を意味ある一つに収束させる行為は、他言語を自国語に翻訳する際に起きやすい。自国になかった概念を創造するためである。今回の例は、国家権力によって一つの語が定義され、定着したという言語学上稀に見る一例である。これが意味するところは、当時の王政が市民に根付いていたこと、市民の教養がある一定の水準に達していることを示唆している。遥か昔に定義づけられた言語が、今なお形を変えずにそのままの意味で用いられている例は多くない。これは我が国が魔法文化に根差した国家基盤の上に成り立っていることが一助となっている。詳しくは魔法言語学の授業で取り扱うので、興味がある者は履修すること。

 なお、この授業の評価は演劇で用いられる用語の起源を調べ、1000字程度のレポートにまとめることとする。魔法言語と組み合わせてもよい。授業で取り扱ったものに関しては、これ以外の視点を持って述べるならよい。以上。








 

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異世界演劇概論 チヌ @sassa0726

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