これから毎日……

 おそらく、神楽舞に備えて徹底的な掃除をしたからだろう。

 ……いや、それを踏まえても、枯れ葉の一つも落ちていないのは、それこそ天空桜様のお力か?

 ともかく、開花期間中に施された立ち入ち禁止制限の向こう――天空桜様のお膝元は、実に清潔で、静謐な空気に満ち溢れた空間であった。


 ざり……と。

 石畳の道から、整地された地面の上へアイコと共に降り立つ。

 ここまで、この幼馴染みとは手を繋ぎっぱなしだったが……。

 天空桜を目的地としていながら、こいつがこうまで緊張しているのは、初めてのことである。

 何しろ――これを言ったら怒られるが――手にじっとりと汗をかいていることが、ハッキリと分かってしまうのだ。


 だが、こいつがそんな反応をしてしまうのは、当然のこと……。

 そして、抱いた緊張の半分は、俺が担ってやるべきなのである。

 だって、アイコが祭り崇めるべき神木と喧嘩している理由は……。


「レゴルムさんから、聞いたよ。

 俺のことで、天空桜様と喧嘩したんだって?」


「うん……」


 しゅん……とうなだれながら、アイコが答えた。


「一応、おおよその事情は聞いてるけどさ。

 ここで、どんなこと言われたのか、あらためて教えてくれないか?

 天空桜様も、それで構いませんね?」


 俺自身は、天空桜様と意思疎通を図ることなどできない。

 だが、無言で佇む巨大樹の姿からは、何となく承諾の意思を感じ取れる。


「ん……とね……。

 天空桜様の意思は、言葉にするのが難しいの」


「――絵文字とか変な言葉遣いが多くて?」


「――そう。

 絵文字とか変な言葉遣いが多くて」


 ――ざわ。


 ――ざわ、ざわ、ざわ。


 ……何だろう。

 まるで、何かを猛抗議するように、遥か上空から巨大な枝葉のこすれるダイナミックな音が響いてきた。

 だが、絶賛未読スルー中の巫女は、おじさん神木の抗議などやはりガン無視して、言葉を続ける。


「それでね。

 奉納の舞が終わった後、天空桜様が言ってきたことを要約すると……。

 ダイちゃんと結婚するのは、やめておきなさいって」


 さっきまでの――主に天空桜様が原因で――弛緩していた空気がピリリと引き締まり、緊迫感を取り戻す。


「ふうん……」


 鼻から息を吐き出しながら、考えた。

 クラスメイトがそうするように、からかうのではない。

 心底から考えた末に、このようなことを言ってくる相手がいることは予想している。

 小学生くらいなら、そこまで体格差が激しかったわけではなかった。

 だが、中学生となって二次性徴を迎え、こうして高校生になってみると……。

 俺とアイコは、並び立つには随分と見た目の差がある二人となっている。


 だからこれは、お節介などでは決してない。

 ごく当たり前の感覚で行われる忠告であった。


 さて……究極中の究極保護者であるご神木相手に、どう返すか。

 そもそも、俺は自分でどうしたいのか。

 悩んだ末に、口をついて出たのはこんな言葉だったのである。


「まず、俺はまだ、結婚がどうのと考えられる年齢じゃありません。

 十五歳で、高校に入ったばかりで、親に養われている立場です。

 将来のことなんて、薄ぼんやりとしか考えてない。

 とてもじゃないけど、そんなこと口に出せないですよ」


「ダイちゃん……」


 不安げな顔で、隣からこちらを見上げるアイコ。

 そんな幼馴染みの頭に、そっと手を置いてやった。


「でも、俺は生まれてから今まで、ずっとこいつと一緒に過ごしてきて……。

 それで、これからも毎日、顔を突き合わせて、一緒に登校して、そんな日々が続いてくれればいいと、心からそう思ってます」


「ダイちゃん……!」


 アイコの顔が、パアッと明るくなる。

 うん……すげえ恥ずかしいなこれ!

 だが、言うべきことは言い切らねばならぬ。

 俺は、言葉を重ねた。


「もちろん、そうしていった先には、色々な問題があるって分かってます。

 例えば――寿命。

 俺が年を取って、爺さんになって……。

 そうなったとしても、アイコは若々しいままだ。

 そして、最後には俺が死んで――アイコが一人残されることになる」


「……」


 今度は、言葉がない。

 ただ、ギュッとTシャツの裾が掴まれた。

 アイコだって、そのことを意識していないわけじゃないはずだ。

 現に、祖父であるレゴルムさんは、何百年も前に亡くなった奥さんを想って独身状態であるし、母であるスミレさんも、旦那さんとの一日一日を、かけがえのないものとして過ごしている。


 俺は死ぬ。早いか遅いかはともかくとしてな。

 そして、よほどのことがない限り、アイコの人生はその先も……何百年も続く。

 はは、アイコが人間だとしたら、俺の寿命はカブトムシみたいなもんだな。


「でも、生まれ持ったものは変わらない。

 その上で、俺は当面……アイコと一緒に居続けますよ。

 せめて、そのことは許して下さい」


 気がつけば……。

 アイコが、横合いから俺の腰に抱きついてきていた。

 そんなアイコの背中に、優しく手を添えてやる。

 天空桜様は、そんな俺たちの前で、ただ静かに佇んでいたが……。


「――ふえっ!?」


 不意にアイコが、顔を上げた。


「どうした?」


「いや、あのね……。

 天空桜様が、ね……」


 お、未読スルー状態を解消したか。

 俺が見下ろすと、アイコはあたふたとしてから、ボソボソと口を開き始める。


「その……。

 心配してるのは、そのことじゃないって……」


「ほう?

 一体、天空桜様は何と?」


「あう……その……」


 何だ? 異世界から渡り来た神樹は、それほどの大事を告げたというのか?

 まさか、エルフには俺も知らぬ秘密が何か隠されているのか……!?

 緊張する俺をよそに、アイコが身をもじもじとさせた。

 で、小さな声で、天空桜様が告げたことを伝えてきたのである。


「………………が、心配だって」


「何だって?」


「だから、……くっ……が、心配だって」


「すまん、聞き取れない」


「だから、あのね……。

 せっ……くっ……する時のことが、心配でならないって」


「ははあ、なるほど」


 全部が聞き取れたわけではない。

 だが、断片的に聞き取れたワードから、俺の脳味噌は当てはめるべき文字を見い出していた。

 はあはあ、なるほど。

 ソレをするに至った時のことが、心配だと。


 ………………。


 ハーッハッハッハ!

 面白いことを言う神木だ! ハーッハッハッハ!


「なあ、アイコ……」


「うん、ダイちゃん……」


 潤んだ瞳をしたアイコと、見つめ合う。

 今、この時――俺たちの心は一つ。

 何を言いたいか、何をすべきか、完全に意見は一致していた。

 そう……。


「「燃やそう、このクソ神木」」




--




 その後……。

 駆けつけたレゴルムさんによって、即席のたいまつを掲げた俺とアイコは制止され、クソ神樹抹殺は未遂に終わった。

 天空桜いわく。


 ――キレる若者コワイ。


 ……だ、そうである。

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【連載版】幼馴染みエルフの見た目が幼女(ロリ)すぎる! ~同い年のロリエルフから結婚前提でベタつかれてます~ 英 慈尊 @normalfreeter01

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