神木と巫女の喧嘩

 まるで、植物のような……。

 レゴルムという老エルフに俺が抱くのは、いつだってそんな印象である。

 老エルフといっても、別に年老いているわけではない。

 その見た目は、せいぜいが――二十代前半。

 しかも、恐ろしく整った顔立ちをした美男子だ。


 もしこの世に、完璧な美形というものが存在するならば、それは彼であるに違いない。

 いかなる芸術家であっても、形にはできないような……一種異様な迫力すら感じられてしまうほどに美しい顔の造作をしているのであった。


 髪は、アイコのそれよりいくらか色素の薄い金髪で、これを腰のあたりまでさらりと垂らしている。

 これだけ顔が整っていて長髪なのだから、女性に間違われてもおかしくはなさそうなものなのだが、この人に限ってそれはない。

 内面からにじみ出る父性が、紛れもなく男性であると生物的に直感させるのだ。


 まあ、ぶっちぎりの超シニアであらせられるからな。

 この地球上で、彼が子供扱いできない人間は、天空桜と共に転移してきた始まりのエルフたちだけであろう。


「済まないね。

 宴会の最中に呼び出してしまって……」


 人気がない本殿の廊下で、俺と二人きりになるなり、レゴルムさんはそう言って軽く頭を下げた。


「いやいや、とんでもないです。

 というか、そんな軽々と頭を下げないでくださいよ」


 俺はといえば、恐縮しきりである。

 だって、この人が履いている袴は黒染めに金細工という、我が国の神職で他に類がない代物なんだもの。


 伊勢神宮の大宮司や、神社本庁の頭である統理とすら、別種にして別格……。

 このえるふ神社が建立こんりゅうされた当時、えるふ神社神主にのみ許される装束として、定められたのがこの袴だ。

 ちなみに、定めた人は織田さんちの信長くんという名前らしい。


「あっはっは。

 あのわんぱくだったダイスケ君が、こうも分別を身に着けるとは。

 昔は、アイコと一緒にじーじ、じーじと呼んでくれたものなのに」


 アメリカ大統領に上座を譲られる数少ない人物の一人が、そう言って朗らかに笑う。

 いやあ、恐れを知らなかったなあ。当時の俺。

 まあ、そこら辺の事情に聡い幼児なんていたら、それはタイムリーパーか何かだと思うが。


「はは……。

 それで、どうしたんですか?

 今は、料亭でお客さんたちの対応をしているはずでは?」


 スミレさんもそうだが、神主であるレゴルムさんも負けず劣らず国際的な人気者である。

 そのため、超特等席でHANAMIを楽しむVIPたちに請われ、宴席へ同席するというのはよくある話であった。

 明らかに神主の仕事を逸脱しているが、本人いわく、昔からのことなので気にしていないらしい。


「うん。

 それが、天空桜様とアイコに関わる話でね」


 廊下の窓から外を見たレゴルムさんが、そう言って物憂げな顔をする。

 まあ、予想通りといえば予想通りな話だ。

 アイコの様子、明らかにおかしかったし。


「君も知っての通り、私たちエルフと天空桜様とは、強い結び付きがある。

 ぼんやりとした感じではあるけど、その意思を感じ取ることができるんだ。

 まして、それを守護する一族ともなれば、尚の事さ」


「分かってます。

 昨日も、それでアイコに隠れてることがバレちまったみたいだし」


「あっはっは。

 その件は天空桜様から聞いているよ。

 どうにも、放っておけなかったらしい」


 朗らかに笑うレゴルムさんだ。

 やっぱあれ、天空桜様がアイコに俺の居場所を教えてたんだな。

 まあ、おかげで仲直りできたし……感謝すべきなのだろう。


「それで、その天空桜様から私にお告げがあってね」


「一体、天空桜様は何と?」


 ゴクリと息を呑む俺だ。

 神聖にして神秘の象徴たる異界の大樹――天空桜。

 それから告げられた意思とは、一体……。


「心して聞きたまえ。

 天空桜様はこうおっしゃっている。

 『アイコちゃんに未読スルーされている。ツラタン』

 ……と」


「そんなメッセージアプリみたいな仕様なんですか!?」


 クソ真面目な顔で語るレゴルムさんに対し、思わずツッコミのテンションで聞いてしまう。

 いや神秘性……!

 一瞬でかき消えちまったぞ。そんなもん……。


「というか、ツラタンて……。

 何か、おじさんが無理してる感ハンパないですね……」


「うむ。

 割愛しているが、実は絵文字もふんだんに使われているんだ」


「パーフェクトにおじさんメッセージじゃないですか……」


 ガックリと肩を落としてしまう。

 聞きとうなかった。そんなこと……。


「あー……。

 で、とにかく天空桜様が、アイコからガン無視されてるわけなんですね?

 それで、アイコの奴は午後の奉納舞もブッチして、今はふてくされてヤケ食いしていると。

 一体、何があったんです?」


「ああ、その辺の事情も、天空桜様から聞かされていてね。

 実は……」


 レゴルムさんが、絵文字たっぷり、おじさん構文特盛りで告げられたという内容を端的に要約しながら語り出す。

 それを聞いて……。

 俺は、自分が呼び出された理由をよく理解したのであった。




--




 その状態を、一言で表すならば――戦い。

 これは、一対一……余人の介入を許さぬ真剣勝負である。

 ただし、戦うべき相手は黙して語らない。

 どころか、身じろぎ一つすることはない。

 ただ、不動明王のごとくそこに鎮座するのみ……。


 あるいは、山のごとく、と表現すべきだろうか。

 これは、その山を削り取っていく戦い。

 試されるのは――精神力!

 ほんの少しでも手と口を動かし、相手の圧倒的な質量を削ぎ落としていく戦いなのだ。


「ふー……。

 ふー……」


 これなる戦いに挑むのは――エルフの巫女アイコ!

 彼女は、対戦相手――いまだ相応の量が残る唐揚げと焼きそばを睨み付けていたが……。


「――ふっ!」


 やがて意を決し、どこからともなく取り出したタオルを頭に巻き付けようとする。


「MAX鈴木かお前は。

 腹壊すから、そこまでにしとけ」


 宴会場へ戻るなり、自ら内臓を破壊しようとしていたおバカな幼馴染みの姿を発見した俺は、そう言ってストップをかけた。


「だ、大丈夫だよ……。

 ま、まだ……腹ゼロ部だから」


「デカ盛りハンターみたいな強がりを言うんじゃねえ。

 残した分は、俺が後で食うから。

 ああもう、まったく。

 お腹ポンポンにしやがって……」


 苦しげに息を吐くアイコは、すでに帯を緩めており……。

 そのお腹は、ぽっこりと突き出してしまっている。

 アホウが。こんなになるまで食いやがって。


「うー……」


「うー、じゃない。

 ほら、腹ごなしに散歩でも行こうぜ」


「ん……。

 動きたくない」


「多少歩くなりしとかないと、かえって胃がこなれなくてきついぞ。

 そんな遠くまで行くわけじゃないから」


「じゃあ……。

 ダイちゃん、手を繋いで」


 差し出されたアイコの手……。

 年齢にそぐわない小さなそれを、そっと……優しく握ってやった。

 それで、ようやくアイコが立ち上がる。


「それで、どこまでお散歩に行くの?」


「あー……」


 まあ、黙って連れてこうとしたところで、途中でバレるに決まっているか。

 だから、努めて気安く行き先を口にする。

 そう……。

 この状況で行くべき場所など、一つしかないのだ。


「天空桜様のところだ」

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