ムカツキ食い
その神楽には、楽器もかがり火も必要ない。
ただ、神木である天空桜の根元からは、余人というものが取り除かれ……。
巫女と天空桜による舞を通じた交流のみが、そこにある。
その舞は、時に激しく、また、時には清流のような静かさで……。
おおよそ、神道に基づくそれとは、大きく様相の異なる動きであった。
これは、舞の原型として伝わっているのが、かつて異世界でエルフらが捧げていた踊りだからである。
また、舞を捧げる巫女の動きは――つたない。
小さな体を精一杯に動かし、羽織りを花弁のごとく広げた姿は、まさしく地上に咲いた花のような可憐さであるのだが……。
何しろ、昨年までこの舞を奉納してきた巫女は、三百年以上もこれを務めてきた熟練者であるので、それと比べてしまうと、未熟さが感じられてしまうのは、致し方がないであろう。
だが、花というものは、満開に咲き誇る姿も、いまだ未熟なつぼみの姿も、等しく愛らしいもの……。
精一杯のそれを捧げる愛し子の姿を受けて、天空桜は無言のまま咲き誇っていた。
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「それじゃあ、飲み物は行き渡りましたね?
明日も連投される方は、あまり飲みすぎないよう注意してください」
大人組の悪ふざけで音頭役に抜擢された俺がそう言うと、何人かの間で笑い声が漏れる。
えるふ神社内のお座敷宴会場に集まった面々は、全員が汗だくの疲労困憊。
まだ春だというのに、真夏の炎天下で働き詰めたかのような様相であった。
それだけ、花見客たちの相手をするのが大変だったということ……。
俺もそうだけど、多分、休憩とかする暇は誰もなかっただろうからな。
せいぜい、一時的にトイレへ行ったりしたくらいだろう。
ハハ、とんだブラック労働だ。
でも、この苦難を乗り越えた皆の顔に、疲労感はない。
ただ、心地良い達成感があるだけだ。
開花期間中の土曜日という、最大の試練は乗り越えた。
しかも、それが超大盛況に終わったのだから、俺たち『天空桜を守る会』の人間が喜ばないはずもない。
そもそも、売り上げは全てえるふ神社の維持費や、地域振興イベントの予算に割り当てられるからな。
我らこそまさに、郷土を盛り上げるため集まった誠の有志なのだ。
「では、土曜日を乗り越えたことを祝して……。
皆さん、お疲れ様でした!
――乾杯!」
ジュースの入ったプラコップを掲げると、『天空桜を守る会』の皆さんが、同じように缶ビールを掲げる。
そして……乾杯。
後はただ、各々で歓談しながら酒を飲むだけだ。
酒の肴に困ることはない。
長机の上には、ズラリと料理が並んでいるからな。
多くは俺たちが屋台で作った料理であるが、中には、このえるふ神社内に存在する料亭で作ってくれた仕出しの品や、お寿司も混ざっていた。
心ゆくまでこれらを味わえるのは、唯一の物的な報酬というべきだろう。
「さーて……食うぜ!」
挨拶も終わったことだし、まずは空腹の解消が第一だ。
何しろ、昼飯を食う暇もなかったからな。
いや、自分で作った焼きそばとか、調理の合間に食ってもよかったんだけど、我が屋台は常に行列ができている状態だった。
少しでも焼きそばを供給しなきゃいけない状態で、俺が商品を食っちまうのは、どうにもはばかられたのである。
(まず、自分が作った焼きそばに、唐揚げ、串焼きと……寿司も取ろう)
欲望のまま、紙皿へ料理を盛り付けていく。
当然ながら一枚では足りないので、合計三枚ばかりを使うことになった。
……さっきから、妙な違和感があるな。
まあ、いいや。ご馳走を前に悩むバカもなし。
「いっただきまーす!」
「おお、食うねえ」
両手を合わせたところで、そんな言葉が聞こえてくる。
「ふふん。
まあ、腹が減ってますから」
できれば野菜系の何かも欲しいところだが、こういう席でそれは言いっこなしだ。
何故か誇らしげな感じで俺が答えると、タムラのおっちゃんが頭をかく。
「いや、ダイちゃんじゃなくてさ。
――アイコちゃんが」
「え?」
それで、違和感の正体に気づく。
そういえば、いつもならイの一番に絡んでくる幼馴染みが、全く近寄ってきていないのだ。
それで、見てみたが……。
「――うおっ!?」
アイコの姿を捉えて、俺はやや引いていた。
何と言えばいいのかな。
漫画みたいな盛り付け、といえばいいのだろうか。
あるいは、デカ盛りハンターで見たような、か。
アイコは、尖塔のごとく積み上がった唐揚げや、小判皿へ山のように盛り付けた焼きそばを、一心不乱に食べていたのだ。
「いやいや、お前……。
はらぺこツインズのかこあこじゃないんだから」
元々、アイコはそれなりに食う方である。
ちっこい体をしている割に、俺と同じくらいの量をペロリと平らげられた。
つまりは、常識的な範囲での健啖家ということだ。
ちょっと、これは食い切れる量に思えない。
「何だ?
奉納の舞で、そんなに腹が減ったのか?
でもお前、やったのは午前だけで、午後の舞は結局スミレさんがやってただろ?」
俺が言ったように、そういう段取りだったのかどうかは知らないが、十五時の神楽舞は、例年通りアイコの母であるスミレさんが行っていた。
ちなみに、今の彼女は、料亭でVIPさんたちの相手をしてやっている。
美少女(経産婦)というのも、色々と大変だ。
「もぐもぐむぐ……」
「……うん、とりあえず、口の中のもん飲み込め」
「んっぐ……」
「ほい飲み物」
「ん……」
俺から受け取った飲み物――こいつまたコーラなんて飲みやがって――を受け取り、アイコが喉を潤す。
「――かあっ!」
そして、プラコップを机に叩きつけた。
うん……酔っ払いのおっさんかお前は!
「で、どうしてそんなに取り分けたんだ?
何か、ヤケ食いしてるみたいになってるぞ?」
うちの焼き肉屋でよく見る光景を無駄に再現するアイコへ、腕組みしながら尋ねる。
「ヤケ食いじゃないもーん!
ムカツキ食いだもーん!」
そんな俺に対し、アイコは目をつぶりながら唐揚げを頬張った。
で、食い終わってから一言。
「わたし、もうあんな樹に奉納舞なんて踊ってあげないんだから!」
「ええ!?」
それを聞いて、驚いたのが俺たち周囲の人間だ。
天空桜の巫女として生まれ育ったアイコが、いきなりそのお役目を放棄する……。
例えるなら、それは大谷翔平がいきなり球界を去り、プロのeスポーツ選手を目指すと宣言するようなものなのである。
「いやいやいや、急にどうした?
お前、天空桜様のことは、もう一人の祖父ちゃんみたいに慕ってたじゃねえか?」
「そうだ、そうだ。
アイコちゃんにそんなこと言われたら、天空桜様がしょげちまうぞ」
「知らないもーん!
あっちが悪いんだから!」
俺やタムラのおっちゃんの言葉に耳を貸さず、アイコがプイと横を向く。
ううむ……こいつのツラと体つきでこんなことされると、ただただ子供がダダをこねてるみたいになるな。
「そんなことより、ダイちゃんやタムラさんもご飯食べなよ。
お腹空いてるでしょ?」
「あ、ああ……」
「おお……そうだな……」
逆に俺たちの方がそう言われてしまい、とりあえず席に戻る。
実際、腹が減っているのは確かなので……。
自分用に取り分けた料理を食べ、烏龍茶の味も大いに楽しんだ。
ただ、どこか物足りなく感じるのは、いつもみたいに、アイコとワイワイ話しながら食べているからではないからだろう。
というか、マジでどうしたんだ?
俺はてっきり、神楽舞の自慢話でも聞かされると思ってたんだが……。
アイコの奴は、黙々と料理を食べており、何も語ることがない。
どうしたものかと思っていた、その時である。
(あれは……レゴルムさん?)
ここえるふ神社の神主であるレゴルムさんが、宴会場の入り口からちょい、ちょいと手招きしていた。
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