参道のトラブル

「それにしても、今年の巫女さんは随分と小っちゃいのね。

 ネットで見かけた写真とは、大違いだわ」


「確か、スミレって名前のエルフなのよね?

 何でも、戦国時代の生まれだとか何とか……」


「それが、若々しい女の子のままなんだから、エルフってずるいわー!

 あの子も、やっぱり私たちより年上なのかしらね?」


「どうなのかしら?

 でも、フフ……。

 どっちだとしても、ほほ笑ましいわ」


 あるマダムたちは、そんな会話を交わし……。


「あの子って、スミレさんの娘さんだろ?

 今年からは、あの子が奉納をやるのかね?」


「神主様も、思い切ったね。

 確か、まだ高校に入ったばかりだろう?」


「だが、もう高校生だろ。

 競技によっては、スポーツでもプロ選手がいる年齢じゃねえか」


「つっても、あの幼さだぞ。

 どうしたって、割り引いて考えちまうさ」


「そうだなあ……。

 でもまあ、あの神主様が認めたんだから、大丈夫だろうよ」


 また、地元住民であるお爺さんたちが、そんな会話を交わす。

 とにもかくにも間違いないのは、これが、サプライズであるということ……。

 何しろ、兄妹同然に育ったこの俺ですら、このことを知らされていなかったのだ。

 お客さんたちは大いに驚いており、スマホのシャッター音が万雷の拍手じみた勢いで鳴り響いていた。


(あいつ……さては、俺のことさえも驚かせようと黙ってやっがったな。

 気が付いたからいいものの、焼きそば売るのに夢中で見逃したらどうするつもりだったんだ)


 心中で文句を言いながら、天空桜へ向かうアイコの姿を目に焼き付ける。

 ああ、そうだな。

 これは――綺麗だ。

 俺は生まれて初めて、幼馴染みに対してこの二文字を思い浮かべた。


 普段、アイコが浮かべているのは、大体が天真爛漫な笑顔であるが……。

 今日の彼女は、きりりと引き締まった表情をしている。

 いや、一種のトランス状態というべきか。

 高く掲げたかぐら鈴を鳴らしながら歩む表情は、確かに眼前の景色を見てはいるが……その目に映っているのは、別の世界か何かではないかと思えた。

 そんな陶酔した姿が、身にまとった神楽舞用の装束と相まって、アイコの神聖さを際立たせているのだ。


 こういう時、スマホをすぐさま取り出してしまうのは、現代人の性というべきだろう。

 起動するのは、当然――カメラアプリ。

 我が幼馴染みの晴れ姿を、他ならぬ俺の手で切り取ってやりたくなったのである。

 当然、参道にはプロのカメラマンも多数存在するし、まず間違いなく俺のより良い写真を撮ってくれるだろうが、そういう問題じゃないのであった。


 いざ――撮影。


 トラブルが起こったのは、そんな矢先のことである。


「――――――――――ッ!」


 おそらく、HANAMIをするためにやって来た訪日客なのだろう……。

 でっぷりと太った腹をした白人の中年男性が、プラコップ入りのビールを片手にアイコの前へ飛び出してきたのだ。


「――――――――――ッ!」


 興奮気味に何かをまくし立てる男性は、サングラスをかけていることもあって、悪役レスラーじみた迫力がある。

 さらに厄介なことに、どうやら英語圏の出身ではないらしく、何を言っているのかサッパリ分からなかった。

 ただ一つ確かなのは、男性がアイコの邪魔になっているということ……。


 ――シャン。


「え、えっと……」


 トランス状態から我に返ったアイコが、かぐら鈴を胸元へ抱きしめるようにしながら、困惑の視線で男性を見上げる。


「――――――――――ッ!」


 いや、本当に何を訴えてるんだこの人?

 ともかく、両腕をオーバーに振り回し、プラコップからビールをこぼしまくる彼の姿は、異様な迫力だ。


「おいおい、酔っ払いか……」


「警備員は何やってるんだ?」


「エルフの子、困ってんぞ」


 この状況に困惑した客たちが、そんな会話を交わす。

 そうだ。警備員は……。

 駄目だ! 警察も警備員も相当数を導入されているが、人垣に阻まれちまってる!


 他に、助けへ入ってくれるような人間の姿もなく……。

 俺の足は、自身の意図を離れて勝手に動き出していた。


「ちょーっと、待ったあ!」


 両腕を大きく広げ、男性とアイコの間へと通せんぼするように立ちはだかる。


「――ッ!?」


 前方では、男性がよく分からない言葉で何かを言い……。


「え、ダイちゃん!?」


 背後からは、アイコの驚く言葉が響いた。

 それにしても、だ……。

 この男性――間近で見ると、メチャクチャ怖い!

 何しろ、縦にも横にもボリュームが半端ない人物なのだ。

 その上で、サングラスをかけた強面であるのだから、一介の男子高校生では荷が重い相手である。


 しかし、それは俺が臆する理由とはならない。


「あー……。

 ウェイト! ウェイト!

 キープアウト! オーケー!?」


 英語圏の人間からすれば、原始人みたいに感じられる話し方であろうが……。

 何しろ、向こうもよく分からない言語で喋っているので、ともかく通じそうな単語を連発でまくしたてた。


 果たして、それが功を奏したのか……。

 いや、周囲を見渡してる姿から察するに、今が巫女の邪魔をしてはいけない時であると、アルコールが回った頭でようやく察したのかもしれない。


「――ッ!」


 ともかく、男性が大げさな身振りを加えながら何か――多分謝罪の言葉――を言い、人垣の方へと下がって行く。


「ふぅー……」


 それで、ようやく俺は大きな息を吐く。

 いや、マジで……怖かった。


 ――パチ。


 ――パチ、パチ、パチ。


 そんな俺に降り注ぐのは、お客さんたちの拍手である。

 中には、スマホで動画を撮っている人の姿まで見受けられた。


「いいぞー! 兄ちゃん!」


「よく止めてくれたなあ!」


 同時に、そんな言葉も投げかけられる。


「い、いや、はは……」


 さっきまでは、怖さに身が縮こまっていたが……。

 今度は、恐縮さと恥ずかしさでそうなってしまう。

 成績優秀なアイコは、入学式で見せたように生徒の前へ立つこともあるが……。

 俺の方は凡庸な人間なので、大勢の前に出る経験などないのだ。

 まして、こんな風に野次じみた賞賛の言葉を贈られたことなど、絶無であった。


 どうしよう、この状況?

 さっさと屋台に戻るべきだろうか? 焼きそば焦げちゃうし。


 ――カシャン!


 逡巡しゅんじゅんしているところに、かぐら鈴の落ちる音が響き……。


「ダイちゃーん!」


 同時に、神楽舞装束のアイコが飛び込んでくる。


「おわっと!?」


 いつもより布地の多い格好だから、少しばかり苦労したが、どうにかこれをキャッチ。

 小柄に過ぎる幼馴染みを、地面に下ろしてやった。


「怖かったよ……!」


「ああ、いや……そうだな。

 まあ、悪い人じゃなかったみたいだけど」


 横目にさっきの男性を見ると、大げさな身振りをしながら「ヒューッ!」と口笛を吹いている。

 さっきのは、アイコの晴れ姿に感銘を覚えて、興奮しすぎたのかな?


「でも、信じてた!

 きっと、ダイちゃんが助けに来てくれるって!」


「その割に、俺の登場へ驚いたみたいだけど?」


「もう……言いっこなしだよ!」


「はは、神楽を舞うこと黙ってただろ?

 その仕返しだ」


 言いながら、アイコが落としたかぐら鈴を拾う。

 そして、これをしっかりとアイコに手渡してやった。


「ほら……。

 しっかりと、お役目果たしてこい」


「うん。

 見せられないのが、残念だけど……」


「奉納の神楽は、天空桜と巫女の語らいだからな。

 さあ、行ってこい!」


「うん!」


 かぐら鈴を手に振り返ったアイコが、再び天空桜へと向かって歩き出す。

 俺は、しばらくそこに立ってアイコを見届けたのち……。


「あ、すいません。

 お騒がせしました」


 はやし立てる客たちの間を、へこへこしながら縫い歩いて屋台に帰ったのである。


 余談だが、気を利かせたタムラのおっちゃんが火を落としてくれていたので、焼きそばは焦げずに済んだ。


 さらにもう一つ余談だが、さっきの事件がきっかけで客たちがさらに押し寄せ、俺の屋台は、この日一番の売り上げを叩き出すことになったのであった。



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