神楽舞の巫女
「それじゃあ、わたし、おしごと行ってくるから!
ダイちゃんもがんばってね!」
「ああ、しっかりやってこいよ!」
手を振りながら駆け去っていくアイコに、ヘラを握りながら返す。
ところで、頑張る、という言葉は、スマホで調べたところによると我を張る……すなわち、我を押し通すというのが語源であるらしい。
ならば、この場合、頑張るという言葉は不適切であるかもしれない。
何故なら……感じられるからだ。
この参道の向こう……警察により規制を張られた先で、おびただしい長さの列を形成している人々の圧力が。
彼ら彼女らは、恐ろしい勢いでこの参道を蹂躙していき、我ら『天空桜を守る会』が用意した食材の数々を、
その濁流に飲まれては、我を通す余地など存在しないだろう。
「………………」
もはや、タムラのおっちゃんですら、言葉を発することがない。
ただ、黙々と唐揚げを揚げて、ストック作りにいそしむだけであり……。
俺の方もまた、ひたすらに鉄板と語り合い、焼きそばのストックを積み重ねていく。
似たような光景は、参道に立ち並ぶ全ての出店で見られており……。
これはさながら、戦場への出撃を前に、愛銃へ弾丸を込める兵士たちのようであった。
そう、戦場だ。
これから先に待ち構えているのは、金とチープな屋台グルメが飛び交う狂気の宴なのである。
――ヴーッ!
――ヴーッ!
神社内に設置されたスピーカーから、ついにサイレンの音が響き渡った。
普段、このえるふ神社では、このように趣のない音を流すようなことはしない。
この音は――開戦の鐘だ。
その証拠に……おお……聞くがいい。
――ザンッ!
……と。
遥か神社の入り口から、大勢の一歩踏み出した足音が、確かにここまで響いてきたではないか。
焼きそばは、可能な限りストックした。
フードパックに入れて積み重ねられたこいつらは、自分たちの熱で保温され、いまだ熱々の状態である。
手元には、大量の小銭を入れたコインケース。
準備は全て完璧に整っている。
後はただ、迎え撃つのみ。
--
「はい、焼きそば三つで千五百円でーす!
ありがとうございます!」
「一個は普通の。
もう一個は、子供用に紅ショウガ抜きのをもらえるかしら?」
「はーい!
普通のと紅ショウガ抜きですね。
はい、千円確かに!
ありがとうございます!」
次から次へとやって来て、焼きそばを買い求める花見客たちに対し、俺は焼きそばの調理を行いながらも、並行作業で完成品を売っていく。
例えるなら、土嚢で固めた陣地を、戦車砲で吹き飛ばすかのよう……。
あれだけ用意して積み重ねたストックの焼きそばは、あっという間に消滅してしまった。
ならば、後は順次調理して供給するしかなく……。
俺はマシーンのごとく、鉄板上で焼きそばを作っていく。
「すげー! 勢いあるな!」
「ああ、鉄板の上で麺が踊ってるぜ」
スーパーのレジ待ちなどと異なり、そもそもは、わざわざ時間を作ってこのえるふ神社までやって来た客たちだ。
屋台の脇に列を作った客たちは、のんびりと頭上の天空桜を眺め……あるいは、俺の調理風景に感嘆の言葉を漏らす。
特にウケがいいのは、インバウンドだか何だかで訪れている訪日客たちだ。
「オー!」
「クール!」
そんなこと言いながら、スマホで俺の姿をパシャパシャと撮っていく。
肖像権もへったくれもないが、手際に感心されて悪い気が起きるはずもない。
俺は上機嫌で、やや大げさな身振りを加えながら焼きそば作りに専念する。
そうして忙しくしていると、時間というものが過ぎ去るのはあっという間だ。
八時に規制が解かれ、花見客たちが訪れてはや二時間……。
時刻が十時になると同時、またも境内内のスピーカーから音声が流れた。
ただし、今度のそれは、情緒のないサイレンではない。
穏やかな男性の声――神主を務めるアイコの祖父によるアナウンスである。
『ただ今より、当神社の巫女が、天空桜様へ奉納の舞を捧げに参ります。
参拝客の皆様は、どうか道を開け、巫女を通してあげて下さい』
同時に、参道の向こう……。
本殿の方から、どよめきが上がった。
おそらくは、ここえるふ神社の巫女――アイコの母であるスミレさんの晴れ姿に、感心しているに違いない。
桜が咲く期間は、十時と十五時に本殿から巫女が姿を現し、花見客の間を練り歩きながら天空桜の根元へ向かい、奉納の舞を行う……。
えるふ神社における年中行事である。
見物なのは、やはり何といっても、着飾ったスミレさんの姿だ。
ただでさえ、驚くほどの美少女――経産婦だけど――であるスミレさんが、普段の巫女服と打って変わって豪華絢爛な神楽舞用の装束に身を包むと、これはもう迫力が違う。
まさに、神の使いが地上へと降り立ったような……。
見る者に畏敬の念を抱かせる姿なのであった。
これだけの群衆が混乱することなく、モーセによって割られた海のごとく参道を開けていく……。
そのようなことが可能なのも、神楽へ向かうスミレさんの神々しさがあってのことに違いない。
……と、俺は思っていたのだが。
(……あれ)
すぐに、異変へと気づく。
確かに、例年通り花見客たちは巫女が通るための道を開けているし、そこを神楽舞に向かう巫女が歩いていることは、シャッター音の数々やどよめきで察せられる。
が、肝心の巫女がどこにいるのか、サッパリ分からないのだ。
もちろん、視界のほとんどは人垣によって埋まっているし、その先をうかがうことはできない。
だが、神楽へ向かう時の巫女は高々と神具のかぐら鈴を掲げる決まりなので、どこにいるのかはハッキリと分かるものなのであった。
これでは、まるで……。
神楽へ向かう巫女の身長が、極端に小さいかのような……。
「カワイイー!」
「あんな小っちゃい子が、天空桜に向かって舞うんだ」
「でも、さすがエルフよね。
まだ子供なのに、すっごく神秘的……!」
女性客たちの話し声で、俺はあることを悟る。
(まさか……!?)
そこからの動きは、早かった。
鉄板で焼く焼きそばというのは、多少放置していても焦げるものではないので、屋台から離れて人垣の中へと割って入ったのだ。
「すいません! 運営側の者です!
ちょっと通して下さい!」
我ながら、この言い分は無理があると思うが……。
運営側の人間であるということを錦の御旗として、お客さんたちの文句を受け流し、体は押し込んでいく。
そうした先で、しゃなり……しゃなりと歩く巫女の姿を捉えることができた。
――シャン!
――シャン!
厳かに一歩踏み出す度、掲げたかぐら鈴が神聖な音を鳴らす。
その下にいるのは、えるふ神社が誇る巫女の姿だ。
この神社が建立した当時からのデザインを受け継いだ装束は、金糸をふんだんに使った豪華絢爛な代物であり……。
そして、金というものは、一種魔術的な輝きをもって、まとった者の魅力を増すもの……。
人々の間を、かぐら鈴の音と共に歩む巫女の姿は、ひどく神秘的で――美しい。
整いすぎるほどに整った顔の造作をしていることもあり、まるで、神そのものが巫女の肉体へ憑依しているかのような印象を与えるのだ。
いや、神ではなく、遥か頭上で花を咲かせる天空桜の意思か……。
まさに――巫女。
奉る存在の代理として輝きを放つ少女には、その二文字こそが相応しい。
ただし、注釈を加えるならば……。
ひどく幼いエルフの、といううたい文句は付くが……。
(アイコ……!)
そうなのである。
神楽舞を奉納する巫女として参道を歩むのは、彼女の母ではなく、アイコ本人であったのだ。
……いや、聞いてねえぞ!
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