HANAMI

 ゴム管を通じ、プロパンガスと接続した後、ゴム止めで十分に固定。

 接続に問題がないか確認したら、いよいよ点火となる。


 ――シュボッ!


 この日に備えて整備した甲斐はあり、箱型バーナーはチャッカマンの火を受けて、四列の青白い炎を力強く灯した。

 火が付いた後は、鉄板を乗せ……バケツからプラコップで汲んだ水をぶっかける。


 ――ジュワアッ!


 この火力!

 まだ乗せて間もないというのに、鉄板はバーナーの火を受けて十分に加熱され、かけられた水を沸騰させ始めた。


 ――ガリッ!


 ――ガリガリガリッ!


 軍手をはめた手でヘラを扱い、鉄板の表面をこそいでいく。

 事前に洗浄はしていたものの、道中で付着していた汚れが沸騰した水によって浮き上がり、ヘラで削り取られる。


 これで、準備完了。

 汚れ入りの水をヘラで鉄バケツに落としてやり、代わって、業務用のボトルからたっぷりとサラダ油を垂らす。

 ヘラで薄く伸ばし、広げてやれば……決戦のバトルフィールドが完成だ。


 まず投入すべきは、豚こま肉。

 ただでさえ細かくカットされているこれを、交差したヘラでさらに小さくカットしてやりながら、加熱していく。

 食中毒なんて起こしたら、シャレにならない。

 肉へ十分に火が通ったところで、野菜の出番だ。


 昨夜の内に仕込んでおいたのは、王道をいくキャベツ、玉ねぎ、人参のトリオであった。

 これらを適量放り込み、豚肉と合わせて炒めながら、軽く味塩コショーで味付け。

 さらに、味の素を振りかけておく。


(――頃合いか)


 イイ感じに焼けてきたのを見て、野菜炒めを鉄板の端に移動。

 空いた部分に、再度……たっぷりのサラダ油を投入だ。

 次いで、野菜を炒めている間に揉み込んでおいた業務用の蒸し麺を取り出す。

 いちいち、手で破るような手間はかけない。

 袋の端っこを、熱されたヘラでピッと切ってやれば、揉み込んでおいた蒸し麺は華麗にほどけながら鉄板の上へとダイブしていった。

 一キロの蒸し麺を、三つ。

 ここからが、味の決め手である。


 麺をさらにほぐすためかけるのは――ノンアルコールビール。

 この風味と旨味が、味に奥行きを与えるのであった。


 水分を得てほぐれていく麺に野菜炒めを絡めながら、鉄板の上へと広げていく。

 味付けは、味塩コショーと、ここも抜かりなく味の素。

 さらに、ブルドックの焼きそばソースとオタフクの焼きそばソースを、格子状に交差させてかけてやる。

 片方だけでは、ソリッドすぎ……。

 また片方だけでは、甘みが主張しすぎる。

 ブレンドしてやることによって、複雑な旨さが生まれるのだ。


 後はただ、バーナーの火力に物を言わせ、炒めていくのみ。

 麺と肉と野菜が鉄板の上で舞い上がり、各種調味料の味が染み込んでいく。

 ……完成。


 トングでフードパックに焼きそばを詰めていき、かつお節と青のりも振りかけた。

 最後に、紅ショウガをちょこんと入れて出来上がりだ。

 フ……イイ仕事しちまったぜ!


「わあ……!

 今年も、ダイちゃんの焼きそばは美味しそうだね!」


 屋台の前に立ったアイコが、背伸びをしながら話しかけてくる。

 話しながらも、その目は完成した焼きそばのパックに釘付けで……食べたがっているのは、明らかだ。


「一個、持っていってもいいぞ。

 ここからお前は、大忙しだからな」


「わーい!

 ダイちゃん、大好き!」


 俺の許可を得たアイコが、焼きそばと割り箸を一つずつ手に取りこちら側へと回ってきた。

 そして、鉄板に水をかけて汚れ取りをしている俺の後ろで、これを猛然と食べ始める。


「んー! さいこうっ!」


「青のりが口に付かないよう気をつけろよ。

 巫女さんが青のりまみれだと、格好が付かないからな」


 俺がそう言ったように……。

 今日のアイコは、キッズブランドを多用した私服姿でも、昨日入学を果たした天桜高校のセーラー服姿でもない。

 その身を包んでいるのは、伝灯ある巫女装束であった。


「わかってるもーん!

 天空桜の巫女として、お母さんと一緒にきちんとやり遂げるんだから!」


 焼きそばを食べながら、ロリ巫女エルフが元気に返事する。

 俺たちの頭上で咲き誇るのは、天に届こうかという巨大な桜の樹……。

 その花びらは、遥か上空で落ちては、消失して異界へと帰っていく。


 下に目を向ければ、石畳の両脇を固めるように、タコ焼き、チョコバナナ、じゃがバターなどおなじみの屋台が連なっており……。

 この参道を抜けていくと、幾度もの改修を経て今尚健在なえるふ神社の本殿が見えてくる。

 だが、入り口で警察による入場規制解除を待っている客たちの目的は、参拝ではない。


 では、何が目的なのかというと、それはお花見であった。

 そう……。

 毎年四月のこの時期、ここ天桜市は花見客で大いに賑わう。


 何しろ、この天桜市には、地球上で最も巨大な桜の樹が咲いているのだ。

 県の内外に留まらず、国外からも多くの観光客が訪れるのは、例年のこととなっている。

 今や、HANAMIというのは世界共通語であり、それは日本国内における伝統的な花見ではなく、天桜市の天空桜をめでにくる旅行を指すのだ。


 そして、究極のHANAMI……。

 それは、アイコの実家であるこのえるふ神社で天空桜を眺める行為であった。

 天空桜と共に異界から現れ、今尚この地でかの神木を守護するエルフの神社……。

 様々なメディア作品で登場するこの神社は、宗教的な意味でもエンタメ的な意味でも聖地中の聖地であり、訪れて花見をすることは、一種のステータスとなるのである。

 その証拠に、本殿の中へ設けられた料亭には、桜が咲く期間中、国内外のVIPたちが入れ代わり立ち代わり訪れていた。


 と、なると、当然ながら警備は厳しい。

 まず、場所が神社であるので、通常の花見とは異なり、夜を徹しての大騒ぎは規制が施されている。

 敷地内に存在する広場も、ロープで区画分けがされており、事前のネット予約が必要となっていた。

 そのため、悲しくも抽選に敗れた多くの人間たちは、本殿へと続く参拝路を練り歩きながら、参拝ついでに頭上の天空桜を眺めるのである。


 そんな彼らの胃袋を満たしてやるのが、俺たち『天空桜を守る会』による出店の数々だ。

 我ら天桜市の有志たちは、この機会に荒稼ぎ――もとい、地域振興のため予算を稼ぐのであった。


「いやあ、本当にダイちゃんの焼きそばは大したもんだ。

 どうだ? 将来は焼きそば屋でも開いてみないか?」


「ハハ!

 タムラさん、うちの実家が焼き肉屋だってことは知ってるでしょ?

 わざわざ、俺が焼きそば屋なんて開いてどうすんの?」


 隣で唐揚げ屋の出店をするタムラのおっちゃんに、笑顔でそう返す。

 ちなみに、この人は市役所の職員さんだ。


「となると、将来は家を継ぐのかい?」


「今のところは、かな。

 家業は気に入ってるし、別段、他にやりたいこともないし」


「おうおう、オノの奴はいい息子を持ったもんだ」


 親戚のおじさんじみた気安さで、おっちゃんが笑う。

 彼と俺の親父は同級生であり、二人共が天桜高校のOBでもあった。

 俺が『天空桜を守る会』に入ったのは、そういった縁だな。


「そうそう!

 それで、わたしが焼き肉屋の女将さんになるんだよね!」


 やけに静かだったのは、食うことへ集中していたからだろう。

 焼きそばを食べ終えた巫女服姿のアイコが、元気に割って入ってくる。


「はっはっは!

 こいつはますます孝行息子だ!

 もう嫁さんを捕まえてる!」


 大笑いするタムラのおっちゃんをよそに……。


「……どうだかな」


 俺の方はといえば、肩をすくめたのであった。




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