天空桜の下で

 入学式当日の授業というものは、せいぜいが自己紹介やレクリエーション、カリキュラム説明で終わるものであり……。

 それらをつつがなく消化した俺たちは、お昼を前にして早くも解散する運びとなっていた。


「すげえな……」


「ああ、伝説の自己紹介だった……」


 帰りの支度をする生徒たちが交わすのは、そんな言葉の数々だ。

 そりゃそうだろう。

 クラスメイトへの自己紹介で、同級生と結婚しますと語るやつなんて、後にも先にもアイコくらいのものである。

 ……さっさと出よう。


「ダイちゃーん!

 一緒に帰ろ!」


 何しろ入学初日であり、鞄に仕舞う荷物などたかが知れていた。

 さっさと帰り支度を終えて立ち上がった俺に、フライングタックルをかましてくるのは、語るまでもない……。

 我が婚約者ことロリエルフことアイコである。


「ふん……」


 今朝みたいに、背後から不意打ちされたならばまだしも……。

 正面からならば慣れたもので、俺は華麗にアイコを受け止めてやると、そのまま横向きに一回転。

 完全に衝撃を殺したところで、おチビを下ろしてやる。


 ――ヒュー!


 教室中から響くのは、口笛の嵐。


「今日はさ! 帰りにファミレス寄ってこうよ!

 わたし、期間限定のパフェが食べたいんだ!」


 一方、そんなことお構いなしのアイコは、小さな体で身振り手振りを加えながら、興奮気味にまくし立てていた。

 ちなみにだが、天桜高校では下校中の寄り道を禁止していない。

 昔はしてたらしいが、時代の流れというやつなのだろう。

 だから、昼飯がてらファミレスへ立ち寄ることくらい、何の問題もないのである。

 と、いうわけで、俺の口から漏れ出た言葉は、当然……。


「行かない」


 ……と、いうものだった。


「ゑ?」


 聞いたことがない発音で驚きの声を漏らしたアイコが、ピタリと体を硬直させる。

 そんな幼馴染みへ、俺は淡々と告げたのだ。


「今日は一人で帰りたい気分だ。

 お前は、他の女子たちとカラオケでも行ってこいよ。

 入学初日の朝なんだし、そういうのも大事だろ?」


 我ながら、硬質な声音で告げた言葉……。

 新しい仲間との交流という、鉄壁の理論武装までなされている。

 だから、アイコもそれ以上無理に誘ってくるようなことはせず……。


「うん……そうだね」


 ややうつむきながら、そう答えたのであった。




--




 俺の知る限り、この世で最も日の当たらない場所の一つが、天空桜のお膝元である。

 何しろ、スカイツリーに匹敵する高さの神木が枝を巡らしているのだ。

 その上で、春には桜の花、それ以降は青々とした葉を付けているのだから、太陽の光など届こうはずもない。

 唯一、枝に何も付けないのは冬の季節であるが……それでも、足元まで来てしまえば、やはり陽の光が当たることはなかった。


「ふぅー……」


 大木の幹ほどもある根が、モトクロスのコースもかくやというほどに隆起させた地面を、ボルダリングの要領でよじ登り、あるいは降りていく。

 口にマクドナルドの紙袋をくわえているので、これはなかなかの難行だ。

 そうして辿り着いたのは、イイ感じに根が交差することで生まれた休憩スポット――俺にとってお気に入りの場所である。


「何やってるんだかな、俺は……」


 適当なこぶの一つに腰かけ、誰も聞く者のいない気楽さでつぶやく。

 天空桜が根付くこの辺りは、ある神社によって丸ごと管理されており、通常、本殿がある辺り以外に人が立ち寄ることはない。

 しかも、上級者向けの登山道じみた根元は、立ち入り禁止区域であった。

 だが、神社を治める神主様によると、俺とアイコならば、天空桜様が守ってくれるから大丈夫ということらしく……。

 俺たちは、幼い頃からここを遊び場としてきている。


 ちなみにだが、この神木を祀っている神社の名は――えるふ神社。

 織田信長と徳川家康が協力して建立こんりゅうしたあまりにもまんまなネーミングの大神社だ。

 で、神主を務めているのは、他ならぬアイコの祖父ね。


「こんな栄養も何もないもん食うくらいなら、アイコと一緒にファミレス行けば良かったのに……」


 独り言をつぶやきながら、ここまで運んできた紙袋をあさる。

 ビッグマックのセットはカロリーこそ名前に相応しいビッグさであるが、その他諸々の成長期に必要な栄養素は、スカスカもいいところだった。


 その時である。

 ヒラリ……と、桜の花びらが、俺の眼前まで舞い降りてきたのは。

 ただし、それが地面に落ちることはない。

 その前に、フッ……と、幽霊か何かのように消失していった。


「珍しいな……。

 天空桜の花びらが、こんな下まで異界に送られず落ちてくるなんて……」


 花びらが消えていった空間を指でなぞりながら、そんなことをつぶやく。

 そう……俺が根元に腰かけているこの神木は、枝から落ちた花びらや木の葉を地上に残すことはない。

 その前に――おそらくは――元居た世界へと、それを送り届けているのである。

 もし、そうでなかったなら、この天桜市は天空桜から落ちた花びらや木の葉で、街中が埋もれてしまうことだろう。


 だから、このようなことは本当に珍しい。

 しかも、花びらは一枚だけでなく……。

 続いて、何枚も俺の眼前へと落ちてきたのだ。


「おいおい……」


 次々と落ちてきては、眼前で消失していく花びらを前に、ハンバーガーを食べることも忘れてしまった。


「天空桜様……。

 もしかして、俺に何かを伝えたいんですか?」


 幹の方へ振り向き、異世界からやって来た大樹に尋ねる。

 偉大なる神木は、言葉など発したりはしなかったが……。


「あー! ハンバーガーなんか食べてる!

 わたしには、いっつも栄養を気にしろって言ってるくせに!」


 代わって、上の方……この場所を囲うように脈打ってる根の上から、聞き慣れた声が響いた。


「アイコ――おっと」


 飛び降りてきた少女――アイコを、ハンバーガー片手にキャッチ。

 ここらへんで遊んだ子供時代よりは幾分か重く、同年代としては軽すぎる体重は、お姫様抱っこのような形で俺の両腕へと収まる。


「そりゃ、お前はただでさえ発育が悪いからな」


 そう言ってやりながら、根の上へと下ろしてやった。


「それより、カラオケへ行かなくてよかったのか?」


 続いて口から漏れたのは、そんなどこかズレた質問だ。


「んー?

 わたしは、百人のお友達がいるより、ダイちゃんと一緒にいる方がいいの。

 ね、わたしにも半分ちょうだい!」


 アイコは首をかしげて答えてから、俺が手にしたビッグマックへとかじりつく。

 それを邪魔するようなことはせず、ただ、食べやすいように手を下ろしてやった。


「んー!

 たまに食べるマックってさいこう!」


 アイコはしばらく、リスのようにバーガーを咀嚼していたが……。


「ねえ、ダイちゃん?

 わたしがダイちゃんと結婚するって言ったの……嫌だった?」


 ふと、そんなことを聞いてくる。

 俺は、自分もビッグマックへとかじりつき……しばらく考えた。

 考えて、それで出たのが、こんな言葉だ。


「ああ、嫌だな。

 ――照れるから」


「んふー……」


 そんな俺の言葉に、ドヤ顔のような、嬉しいような……。

 何とも言えぬ奇妙な表情となったアイコが、鼻から息を鳴らしてみせる。


「ねえ、ダイちゃん?」


「なんだ?」


「好きだよ」


「いつも言われてる」


 紙袋の中からポテトを一本取り出すと、アイコが、やはりリスのようにかじりつく。

 それから……。

 俺たちは、一つのビッグマックと、Lサイズのポテトと、爽健美茶を二人で分け合ったのだった。




--




 本日の更新は、ここまでになります。


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