入学式
「校長先生、先生方、そしてご来賓の皆様、本日はわたしたち新入生のためにこのような盛大な式を開いていただき、心より感謝申し上げます。
また、保護者の皆様、これまでのご支援とご理解に深く感謝いたします」
天桜高校の在校生と新入生がズラリと整列する体育館へ響き渡るのは、実に堂々とした……だけれど、声変わりが起きておらず、どうにも幼さを感じる声で行われる新入生代表の挨拶である。
「なあ、あの子、本当におれらと同じ高校生なのか?」
「どう見たって、小学生にしか思えないぜ」
周りの男子たち――いずれも顔を知らない他地区からの新入生たちだ――が、そのようなことをささやき合う。
しかし、それはすぐに納得の声へと変わっていった。
「ほら、あの耳をよく見ろよ」
「ああ、あれが噂の……」
「おれ、本物のエルフって初めて見たわ」
このような感じに、だ。
地元の小学校や中学校で共に過ごしたかつての同級生にとって、アイコは有名人である。
何しろ、世界に百人もいないエルフの一人だからな。
だが、よその地区から入学してきた生徒にとっては、テレビなんかでしか知らない存在なわけで……。
さぞかし、物珍しいことであろう。
「でもさ、女優のディードリーとかは、もっとカッコイイ系の美女だよな?
同じエルフで、ああも違ってくるもんなのか?」
「バカ、ディードリーって大正時代の生まれだろ?
あっちは、おれらと同い年なんだぜ?」
「ああ、そうか。
寿命が長いから、成長も遅いのか」
「多分な。
にしても、えらい違いだとは思うけど」
「だよなあ。
小学生の時だったら、告白してたかもだけど」
「ああ、さすがに恋愛対象としては見られねえわ」
高校生にとって、恋愛というのは男女を問わぬ超重大事項だ。
だから、このように好き勝手な会話も交わされることとなる。
ちなみに、ディードリーというのは、第一次世界大戦前に渡米して以降、ずっと銀幕の最前線で活躍している女優エルフの名であった。
アイコの家と血の繋がりはないが、それでも同じエルフ同士……たまにアイコの祖父と連絡を取っているらしいし、来日した際には、必ずこの天桜市へも立ち寄っていたりする。
もちろん、お忍びでだ。
で、その関係で、俺も面識はあったりするのだが……。
人格に関しては、ノーコメント。
もし、本人と会話することがあったら、銀幕越しに抱いていた憧れは完全粉砕されることであろう。
「最後に、新入生一同を代表して、これから始まる高校生活に全力で取り組み、全ての経験を大切にしながら成長していくことをお約束いたします。
ご静聴、ありがとうございました。」
そのような感じで、アイコのことを見知らぬ生徒たちがヒソヒソと会話を交わす中……。
いつの間にか新入生代表の挨拶を終えていたロリエルフが、壇上でぺこりと頭を下げた。
同時に湧き起こるのは、清聴していた生徒と教師陣による万雷の拍手。
それが鳴り終わるのを待ち、アイコが頭を上げて代表挨拶は終了だ。
うん……しっかり出来てる!
毎日毎日、これの練習に付き合わされた身としては、保護者めいた謎の感動が込み上げてくるな!
で、後は退場するだけである。
乗っていた踏み台からぴょこんと飛び降り、アイコが舞台から退場していく。
だが、その最中……。
あいつはこちらの方を向くと、笑顔で手をヒラヒラと振ってきたのだ。
いや、奴が行ったのは、それだけではない……。
――パチリッ!
……と。
ハートマークが具現化されそうな勢いで、ウィンクをかましてきたのであった。
「――ッ!?
おいおい、何かこっちに向かってウィンクしてきたぞ?」
「どういうことだ?」
ついさっきまでは、入学式の最中ということもあり、密やかな会話は交わしつつも、ざわめくようなことは謹んでいた新入生たちだが……。
このことに驚き、生徒指導の先生がわずかに腰を浮かすくらいには、驚きの声が上がる。
だが、入学早々に先生から怒られずに済んだのは、中学時代以前からアイコのことを知っている生徒が、答えを教えてやったからだった。
「ああ、あれはあそこにいる男子へウィンクしたんだよ」
「あそこにいるあいつ。
オノダイスケっていうんだけどさ」
それで、動揺からくるざわめきは収まったが……。
代わりに、先生から目を付けられない程度のヒソヒソ話は加速する。
「ウィンクしたってことは、オノってやつとあの子は付き合ってるのか?」
「ここいらじゃ有名な話だよ。
何しろ、小学生時代からずっとイチャイチャしてるんだから」
「うへえ、そうなのかよ」
……入学式ということもあり、舞台に向かう最前線は俺たち一年生が整列している。
で、俺はそれなりに背が高い方なため、チラリ、チラリと振り向いてこちらをうかがう視線はあるものの、前方からガン見されるようなことはない。
だが、後方からは話が別だ。
在校生の中にも、他地区から入ってきた人たちや、中学生以前の俺たちを知る者は数多くおり……。
彼ら彼女らが同様のやり取りをした結果、俺は背後から無数の視線に突き刺されることとなっていた。
(恨むぜえ……アイコ)
こうなったら、俺も視線の槍を放ってみようではないか。
恨みの念を込めた視線が、舞台袖の階段から降りてくる――向かう先は当然、新入生の最前列だ――アイコを射抜く。
果たして、その効力は……あった。
あった、が……。
「アイちゃん、照れてるねー」
「彼氏からの熱視線に、タジタジって感じ?」
「高校生になっても、熱々だねえ」
……視線の意味を勘違いさせた上に、あいつがオーバーリアクションなせいで、今度は女子からの視線を浴びることとなってしまった。
--
何しろ、俺たちの世代は生まれた時から少子高齢化と言われ続けている。
だから、一学年につき三クラスしかないというのは、ごく当たり前のこととして受け取っていたが、俺の父に言わせれば昔はもっとクラスが多かったらしい。
そして、アイコの祖父が言うには、それよりもっと昔には、さらにクラスが多いものだったらしい。
まあ、だからどうということもない。
ただ、俺とアイコが同じクラスになる確率が、三分の一というだけだ。
で、その三分の一へめでたいのかそうでもないのか当選した俺たちは、同じ一年一組の同級生として、新クラス編成時のお約束事――自己紹介へと臨んでいた。
「好きなことは、ショッピングと友達と遊ぶことかな~。あ、あとスイーツも大好き! 特にタピオカ! これから一年間よろしくね~!
あ、そうだ! 実は、今彼氏募集中だから、いい人いたら教えてね!」
他地区からこの天桜高校へと入学してきた女生徒……生来なのか、あるいは高校デビューなのか、ともかくギャルっぽい彼女が自己紹介を終え、次は出席番号に則り、アイコの番となる。
ガタリ、と椅子を引いて起立。
背の低さも相まって、あいつの席は最前列中央だ。
従って、クラスメイト全員に向き合うこととなった。
そこで、あいつは……ああ、間違いなく直前の挨拶へ影響されたのだろう。
とんでもない自己紹介をかましたのである。
「中学から知ってる人も、そうでない人も始めまして!
サクラモリアイコです!
オノダイスケ――ダイちゃんと結婚するので、彼氏は募集してません!
よろしくね!」
何でだろうな。
いや、当然か。
アイコの自己紹介なのに、クラスメイトたちの視線が一斉に俺へと向けられた。
ふうむ……。
なるほど、なるほど……。
……今すぐ早退したいくらいに恥ずかしい!
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