第3話 ポリコレに配慮する語り部
幼い頃妹に読み聞かせた怪人襲来についての記述を思い返し、おにぎりを頬張りながら苦笑いをした。
怪人が公共放送されている議会に押しかけてふざけたプレゼンを行ったのはまぁ事実ではある。しかしかなりコミカルにぼかされている。
ー怪人はこのふざけたプレゼンが終わるや否や、手土産とばかりにその都市を丸ごと消し炭にした後、同盟に基づき馳せ参じた米軍相手に一方的な殺戮を行っている。
この辺りの記述を詳細にすると泣き出す子達も出てきてしまい、出版社が親御さんから訴えられかねないので、子供向けの学習書からはまるっと無かったことにされている。
まぁたとい民間の学習書といえど出版社にはポリコレに配慮した書物を出版する必要があるし、語り部であり一応は公職に就く僕たちにもまたある程度のポリコレへの配慮が必要なのだ。そこままぁ仕方ない事と割り切っていただきたい。我々には唐揚げにマヨネーズをかけてご飯に包むような配慮が求められているのだ。
怪人達のえげつなさについてはおいおい語っていくとして、ここで重要になるポイントは
①僕達が退治している怪人たちは、労働力と資源、居住地区の確保を目的に攻め入って来ている。
②怪人達の軍事力はアメリカよりも格上であり、私たち人類などその気になれば滅ぼす事も出来る上、転移装置によって本土地上戦力の投下すら可能であること。
③こうやってわざわざ降伏勧告を送るのは資源の無駄遣いや環境汚染を避け、観光資源を保全する為であること。
④それに併せて怪人達には先進国の早期勧告を受け入れる用意があり、地球侵攻が完了した暁にはこの降伏を受け入れた国民の命と財産のすべて、権利のほとんどを確約する予定であること。
⑤なおこの特約は総人口10億人まで受け入れる用意があるが、ここから溢れた人間は全員殺すつもりであること。
この5つ。
この5つを公表した時、それはもう世界各国が揉めに揉めたらしい。
ー転移装置の建造には一定水準以上の各種インフラが整っていなければいけない関係上、怪人の被害は先進国に集中している。だから各先進国は怪人対策本部を立ち上げ、僕達のような戦闘員を多数確保し、日々怪人の拠点制圧の為に動いている。
だけどここが現実という名のおにぎりが内包する梅干しのようにしょっぱいところである。おありがたい事に彼らは先進国の早期降伏と市民権の保全を確約している。そうなって来るとまた話は変わってくる。
日本などで特に顕著な世論ではあるのだが、先進国の血も涙もない一般市民たちは内心こう思っていたりするものだ。
ー別に怪人に降伏してもよくないか?無闇に刺激して自国民の死者を増やすより、彼らのやりたいようにやらせればいい。
ー最終的に死ぬのは途上国や貧困国の人間だろ?他所の国の人間の命の為にオレたちが割を食えって?笑わせんな。
もちろんこれらの意見はポリコレに配慮したらとても表立って口には出せないが、多くの先進国の無辜の民は、しゃけを箸で切り分けるかの如く途上国や貧困国の人間を切り捨てたいと思っている。
何せ明確に一致団結して怪人根絶を表明している急進派の先進国など、世界で初めて怪人の襲撃を受けた上、国境沿いに軍事独裁政権の途上国を抱えるお隣の半島くらいのもの。彼らが降伏した途端に北の半島が二つの軍事大国の支援を受け、これ以上ないくらいの大義名分を引っさげて攻め入って来るのだ。彼らはそれはもう血眼になりながら怪人を駆除しようと躍起になっている。
その上最大の軍事国家であるアメリカですら、ここぞとばかりに古き良き(?)モンロー主義に回帰しようと蠢いている上、明確にそこに舵を切れないのは降伏主義を執った際に引き起こされる世界的混乱を恐れたが故のこと。自国に湧いた怪人は対処療法的に退治はするものの、根絶に向けた取り組みを先頭だって行うことは出来ない。世の中はごはんとこんぶみたいにきれいに白黒に分かれてはいないのだ。
「畜生が。何で誰も誰かの為に何かをしようと思えないんだ。なんで世界の危機なのにきちんと手を取り合えないんだ。こんなのは間違っている。世界は間違っている」
修羅の如き形相で唐揚げを飲み込んでいる先輩は以前、死にそうな顔でそう漏らしていたがまぁ、あの人は人間の邪悪さを軽く見積もり過ぎているのだ。
ーそもそもこうして偉そうに先進国の冷徹さを説いている僕でさえ、給料が良くて妹に楽をさせられるという、きわめて俗物的な理由から戦闘服を身に纏って戦っているのだ。ありがとう妹よ。お前がいるから僕は戦えている。
毎日朝早く起きて弁当を拵えてくれた妹に心の中で感謝をし、たらこのように儚く弾け飛ぶささやかな平和に思いを馳せながら魔法瓶からお茶を注ぐ。
どことなく殺気ばった職場に不相応な、ふわりとしたジャスミンの爽やかな薫りが漂い始めた。
あかるい”かいじん”おうさつけいかく しがないきょうそ @firefly14girl
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。あかるい”かいじん”おうさつけいかくの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます