第29話「心に響く歌声 ~リリィ、初めてのオペラ体験~」

 リゾートホテル滞在の最終日、朝食を済ませたリリィたち家族は、フロントに掲示されたポスターを見つけました。


「『夏の夜のオペラ』……今夜、大会場で特別公演があるそうよ」


 フローラが興味深そうに読み上げます。


「オペラって何?」


 リリィが首を傾げて尋ねました。


「歌と音楽で物語を表現する舞台芸術なんだよ。とても美しくて感動的なんだ」


 テラが優しく説明します。


「へぇ、面白そう! 見に行こう!」


 リリィの目が輝きました。


 その日の午後、家族は最後の思い出作りとしてホテル周辺を散策しました。夕方になり、オペラ鑑賞の時間が近づいてきました。フローラがリリィに優しく声をかけます。


「リリィ、今日は少しおめかししましょうか」


 フローラの言葉に、リリィの目が輝きました。


「うん!」


 フローラはリリィを鏡台の前に座らせ、丁寧に髪をとかし始めました。

 長い茶色の髪が、ブラシを通るたびにさらさらと輝きます。


「ママ、どんな髪型にするの?」

「そうねぇ、今日は特別だから、少し凝った髪型にしてみましょう」


 フローラは慣れた手つきで、リリィの髪を編み込んでいきます。

 両サイドから髪を集め、後ろで小さな花のような形に結びました。


「わぁ、きれい!」


 リリィは鏡に映る自分の姿を見て、歓声を上げました。


「ドレスも着られるの?」


 リリィが期待に満ちた声で尋ねると、フローラは優しく微笑みました。


「ええ、特別な日だもの。とびきり綺麗なドレスを着ましょう」


 クローゼットから、水色のドレスが取り出されました。

 薄いチュールのスカートと、キラキラと光るビーズが施された上半身が、リリィの目を引きます。


「これ、着てもいいの?」


「もちろんよ。リリィのために用意したんだもの」


 フローラの助けを借りながら、リリィはゆっくりとドレスに袖を通していきます。ジッパーを上げると、ドレスがリリィの体にぴったりとフィットしました。


「仕上げにこれ」


 フローラが小さなペンダントを取り出しました。

 星型のクリスタルが、細いチェーンに下がっています。


「わぁ、きれい……」


 リリィは息を呑みました。フローラがそっとペンダントを首にかけてくれます。


「はい、これでばっちりよ」


 フローラが後ろに下がり、リリィは姿見の前に立ちました。鏡に映る自分の姿を見て、リリィは少し緊張した表情を浮かべます。いつもと違う特別な姿に、少し戸惑いを感じているようでした。


「どう? 素敵でしょう」


 フローラが優しく微笑みかけます。


「うん……でも、ちょっと緊張するな」


 リリィが小さな声でつぶやきました。


 そんなリリィの様子を見て、テラが近づいてきました。


「リリィ、とっても可愛いよ。自信を持っていいんだよ」


 テラの言葉に、リリィの頬が少し赤くなります。


「本当?」


「ええ、本当よ。今日のリリィは、お姫様みたいに素敵だわ」


 フローラも頷きます。両親の言葉に、リリィの表情が少しずつ和らいでいきました。


「じゃあ、行ってみよう!」


 リリィは小さく深呼吸をして、背筋を伸ばしました。

 鏡に映る自分の姿を最後にもう一度確認すると、少し勇気が湧いてきたようでした。


「行くよ、パパ、ママ!」


 リリィは両親の手を取り、部屋を出る準備を始めました。特別な夜への期待と少しの緊張が入り混じった表情で、リリィは新しい冒険への一歩を踏み出そうとしています。


 ドアを開け、廊下に一歩踏み出したリリィの姿は、まるで本物のお姫様のようでした。水色のドレスが廊下の照明に輝き、髪飾りの小さな花がきらめいています。リリィの目には、不安と期待が混ざった複雑な感情が浮かんでいましたが、それ以上に、これから始まる特別な夜への興奮が芽生えているようでした。


「大丈夫よ、リリィ。きっと素敵な体験になるわ」


 フローラが優しく背中をぽんぽんと叩きます。


 夜7時、家族そろってホテルの大会場に向かいました。会場に入ると、リリィは息を呑みました。豪華なシャンデリア、赤いベルベットの座席、そして大きな舞台。全てが初めて見る光景でした。


「わぁ、まるでお城みたい……」


 リリィがつぶやくと、テラが優しく微笑みました。


「そうだね。今夜は、僕たちもお姫様とお姫様の家族になったみたいだ」


 席に着くと、会場の明かりが徐々に暗くなり、舞台に光が当たり始めました。


「始まるよ」


 フローラがリリィの手を優しく握ります。


 幕が上がると、美しい衣装を着た歌手たちが登場しました。オーケストラの演奏が始まり、歌手の歌声が会場に響き渡ります。


 リリィは目を見開いて舞台を見つめていました。言葉は分からなくても、歌声と音楽が紡ぎ出す物語が、心に直接訴えかけてくるようでした。


 第一幕が終わり、休憩時間になりました。


「どう、リリィ? 楽しい?」


 テラが尋ねます。


「うん! すごく綺麗な歌声だった。でも、お話がよく分からなかった……」


「そうね。これはイタリア語で歌っているの。物語は、離れ離れになった恋人たちが、様々な困難を乗り越えて再会するお話なの」


 フローラが優しく説明しました。


「そうなんだ。すごく悲しそうな歌もあったけど、きっと幸せになれるんだね」


 リリィの言葉に、両親は感心したように顔を見合わせました。


 第二幕が始まると、リリィはさらに物語に引き込まれていきました。歌手たちの表情や仕草、そして感情のこもった歌声。全てがリリィの心を揺さぶります。


 クライマックスシーンでは、主人公たちが再会を果たし、愛の二重唱を歌い上げます。その美しい調べに、リリィは思わず目頭が熱くなりました。


「パパ、ママ……なんだか胸がいっぱいになっちゃった」


 リリィがそっとつぶやきます。


「うん、音楽って不思議だよね。言葉が分からなくても、心に響くんだ」


 テラが優しく答えました。


 フィナーレでは、会場全体が大きな拍手に包まれました。カーテンコールで歌手たちが再び登場すると、リリィも精一杯の拍手を送りました。


 公演が終わり、家族で会場を後にする時、リリィはまだ興奮冷めやらぬ様子でした。


「ねえ、私もいつかあんな風に歌えるかな?」


「そうね、もし本当に興味があるなら、帰ったら歌のレッスンでも始めてみる?」


 フローラの提案に、リリィは目を輝かせて頷きました。


 部屋に戻り、就寝準備をしながら、リリィは今日の体験を振り返っていました。美しい歌声、感動的な物語、そして音楽が持つ不思議な力。全てが新鮮で、心に残る体験でした。


 ベッドに横たわり、目を閉じると、まだオペラの旋律が耳に残っているようでした。リリィは、この感動を大切な思い出として心に刻みました。


 翌朝、帰路につく車の中で、リリィは窓の外を見つめながらつぶやきました。


「パパ、ママ。今度は本物の大きな劇場でオペラを見てみたいな」


「そうだね。きっといつか、その日が来るよ」


 テラとフローラは、娘の新しい興味が芽生えたことを嬉しく思いました。


 家族旅行は、リリィに新しい世界への扉を開いてくれました。これからどんな冒険が待っているのか、リリィの心は期待で胸がいっぱいになっていました。


 車は、夏の思い出と新しい夢を乗せて、静かに走り続けていました。

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【TS転生スローライフ】孤独な傭兵から転生したら、両親から溺愛されるとっても幸せなスローライフ少女になれました! 藍埜佑(あいのたすく) @shirosagi_kurousagi

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