第3話 ミリオンホルダーと皆木青斗
とあるビルの屋上、コンクリートに日光が反射して、ジリジリとした暑さが心身を焦がすこの日に、一人の男女が話をしていた。
一人は少年、皆木青斗。
もう一人は、綺麗な白髪の女。
「さっきは悪かったよ、一般人くん。
自己紹介させてほしい、私は世界唯一のミリオンホルダー。
『ミリオンホルダー』でも、『海の魔女』でも、好きに呼んでくれていいよ」
自己紹介する気が、あるのかないのか、どちらにせよこれが本名ではないことは確かだった。
明らかな偽名で自己紹介を終えたこの女は、バツの悪そうな顔で目を伏せていた。
それが、あまりにも愛らしく、青斗は先ほどの出来事を記憶から削除しようとしたが、しかし体はそんな単純にはできていない。
先ほどの体験は、そう簡単に忘れられるものではなく、青斗は確かに、恨みを感じさせるトゲを持っていた。
「どうも、僕は皆木青斗です。それじゃ、被害者として色々と聞きたいことがありますが、いいですね」
「も、もちろん」
眼前の麗しい魔女は、その罪悪感を払拭しようと必死だった。
何せ、永き時を生きてきた彼女にとって、こんなことは初めてだったのだ。
彼女の持つスキル<危機感知>は、彼女にとって脅威となるものを、警報として知らせてくれる。
このスキルの精度は100%、を誇っていたのだが、目の前のこの青斗という少年のせいで、その揺るがなき牙城は糸も容易く崩されてしまった。
とにかく、彼女にとってはこれまでの行為は正当防衛だったのだ。少なくとも、彼女にとっては。
結果を見れば、スキルの誤作動。目の前の少年はなんの危険性も持っていなかったし、そのせいでなんの罪もない少年にとんでも無い無礼を働いてしまった。
この事実に、彼女はただならぬ焦りを感じていたのだ。
「まず、僕を襲った理由と、
「うう、まあ、当然だよなあ。まず、あなたを襲った理由を説明する前に、後者の抑止犯について説明しなければならない」
そう前置きを置いて、彼女は冷静に、そしてなるべくわかりやすくを意識して話し出した。
「私は、この世界で唯一のミリオンホルダー、つまり、世界で最もスキルを多く持っているわけだ。まずはそこを飲み込んでほしい。
そんな私は、ミリオンホルダーの他に、『海の魔女』という異名を持っている。
これは、私の持つ<海獣の降臨>という、俗に、一部界隈でだが、神霊スキルと呼ばれるものを持っている。
抑止犯というのは─────」
「ちょ、ちょっと待ってください」
魔女は、可愛らしく目を丸め、直後について行けなかったかと反省した。
そして、何かわからないことがあれば聞いて欲しいという旨を伝えた。
それを聞いた青斗が、安心して疑問を口にする。
最初の質問は、『ミリオンホルダー』という名詞について。
「ミリオンホルダーというのは、文字通り、私が百万以上のスキルを持っていることから名付けられた異名なんだ。
実はこの異名をつけられた時は、百万個も持っていなかったのだけど」
青斗は、その発言にも突っ込みたいところを堪え、次にこういった質問をした。
それは、神霊スキル、と呼ばれるものについてだ。
「ああ、神霊スキルというのは、まあ、この世に二つとないユニークスキルのようなものと考えてほしい。それ以上は、理解できるタイミングで、徐々に話そうと思う」
青斗はそれに、とりあえず納得することにした。
先ほどから、被害者側で質問者側である青斗の方が譲歩することの方が多い気がするが、そうさせるのは、皆木青斗がこれまで彼女がいたことがないからだろうか。
「とりあえず、納得しておきます。続きをどうぞ」
「うん、ええと、続きは確か、そう抑止犯からか。
抑止犯というのは私のように、神霊スキルを持つ存在を消したり、もしくは神霊スキルを奪い取ることを目的とした奴ら。
つい最近、組織化したらしくて、ここ数年は結構困ってるんだよね」
そこまで言い、彼女は少しだけ恥ずかしそうに顔を赤らめた。
この魔女の様子を見て、先ほど殺されかけた女だと言うのに、青斗の心臓は高鳴った。
「……分かりました。正直、現実離れしすぎた話ではありますが、とりあえず、わかりました。
ではまとめると、あなたは世界で唯一のスキルを持っていて、抑止犯というテロリストたちに追われている。そして、僕をそのテロリストの仲間だと思って、襲ったということですね」
「ま、まあね。そういうことではあるかな」
「それで、只今僕がそのテロリストの仲間じゃなく、ただの一般人ということが判明したわけですか」
「ンン………」
女は苦しそうに唸るのみだった。
罰の悪そうに目を伏せ、焦ったように冷や汗を流し、罪悪感に耐えているその顔は、男の嗜虐心を煽るもの、それだけ魅力的なものだったといえよう。
青斗はそれを見て、何を思ったか、優しい声で切り出した。
「じゃあ、もうその件はいいです。それで、なんで僕を抑止犯の人だと思ったんですか?」
「あ、ああ、それは、まず私のスキルについて言わなくちゃいけないんだけど。私のスキルの一つに、<危機感知>というものがあって、私の周囲に、近いうち私に危害を加える存在がいた場合、警報を鳴らしてくれるスキルがある。君がいると、そのスキルがなぜか、警報を鳴らすんだ」
「僕が………?どうして、あなたに危害を加えなくちゃいけないんですか」
「わからないよ、これまで、このスキルの的中率は100%だったのに………君というイレギュラーが現れたせいで、的中率はざっと99.9995%まで下がってしまった。この先ずっと、これが100%になる日はもう来ないのだよね」
「なんで僕が悪者みたいに………」
青斗は呆れたようにため息を吐いた。
そして、また新たな疑問に気がついた。青斗にとっては、正直、簡単に想像がつくのだが、一応聞いておこうと思ったのだ。
あの、青斗の体を襲った異変について。スキルを与えると言っておいて、なぜあんなスキルを使い、攻撃したのかは謎だが、一応そこまで聞いておこうと思い、質問した。
「あーあれはね、別に攻撃したつもりじゃないんだけど……君、もしかして厄災認定されたりとかする?」
「なんでですか……厄災系スキルなんて持ってませんよ。つい3日前まで、健康で健全なスキルホルダーでした」
厄災認定。本人に害をなし、危険かつ制御の不能なスキルのことだ。
たまにいるのだ。そういう、哀れな人間が。
「私はあの時、確かに君にスキルを渡した。私のほぼ無限にあるスキルのうち一つ、<譲渡>のスキルを使ってね。そしたら、ああなった。嘘じゃない、全部本当のことだよ。実際、あの時は、君のステータスボードに<発光>のスキルが映っていた。私のスキルの中には、他人のスキルを覗くものもある、これは確かな情報だ」
「…………」
色々と、驚愕すべき情報が多々あるが、そこで最も青斗の関心を惹いたのはやはり、スキルを譲渡した、という事実だ。
青砥の当面の目標は、摂取したものに対応したスキルを与える、<
もちろん、普通にスキルを獲得する。ということも考えたが、医者曰く、一つもスキルを持たない人間が、自力でスキルを得たという事例はないとのこと。
なんでも、スキルを獲得するためには、最低一つ、スキルを持っている必要があるらしい。
そこで先ほどの発言。『確かに私はスキルを渡した』もしこれが本当で、その後の、ステータスボードにスキルが映ったという話が本当なら、青斗はこれから、スキルを持つたびあのような苦痛に襲われ続けることになるのではないか。
「もの、さっきのやつ。もう一度できますか」
「できる。おすすめはしないけど」
再び、地獄のような苦痛に襲われた。
移してもらったのは、<ステータス>のみ。青斗は苦しみにもがきながら、必死に人差し指で、口の形を書いた。すると、やはり、いつものステータスボードが目の前に浮かんだ。
─────────────────
Name:皆木 青斗
<ステータス>
─────────────────
ステータスボードには、確かに、<ステータス>のスキルが映っている。
そこから、しばらく我慢した。
最も、助けを求められるほど余裕があるわけでもないが。それでも、しばらくすると慣れたり、症状が治ったりするのではないか、と思ったのだ。
しかし、時間が経つほど、症状は悪化していく。もう、体も自由に動かせなくなった。
感覚がなくなり、芋虫のように蹲っていた。
口からは次々と、真っ白くドロドロとした液体が排出されている。
右腕が、青く変色し、パンパンに膨らみ始めたところで、女、海の魔女がスキルを没収し、その症状は治った。
だが、今回は少しだけ、腕の痺れが取れるのが遅かった。
「悪いけど、早めに回収させてもらったよ。日本人は、相変わらず我慢するのが好きだね」
「っはあ、はぁ、はあ、助かりました。ありが、とう、ございます」
まだ痺れる腕を左腕で強く押さえつけて、目も合わせられないまま、青斗は海の魔女に礼を言った。
対する海の魔女は、そんな青斗を見て、不思議に思った。スキルに拒否反応を持つ人間だなんて、これまでの長い人生で見たことなかったからだ。
そして、未だ鳴り止まない、<危機感知>からくる危険信号。
彼女にとって、しばらくぶりの
「にしても、参りましたね……まさか、スキルを持てない体になってしまったとは」
「……確かに、スキルの過所時による体調不良は何度か見たことあるけど……、たった一個でそれが起きるなんて、それも3日前までは普通にスキルを持っていたんでしょう?」
「はい、まあ、<ステータス>含めて八つほど」
「やっつ?ああ、8個のことか、そっか、その年で8個、結構優秀なんだね」
「
彼女は、目を伏せ、軽く束ねた手を顎に添え、思案した。
本当に、このような事態に陥ったことはなかったのだ。
単なるイレギュラーならばまだいいが、そのせいで一人の無害な少年に危害を与えてしまっている。由々しき、そして、彼女のこれまでの生き方を、誇りを傷つけてしまう事態だ。
一通り、この件の落とし所を考えた。
よし、と小さく呟いて、彼女はその視線を青斗の瞳と繋げた。
「……ひとまず、ここで解散しよう。もちろん、十分な詫びができたとは思っていない、後日、正式にお詫びの品を送る。郵便番号を教えてくれるかな?」
「……いいですよ、別に。あれだけ謝られたら、毒気もなくなるというものです」
「そういうわけにはいかない。というか、このまま別れると、しばらく引きずってしまう気がする。ここはひとつ、私のためだと思って!」
「……具体的に、どんな詫びをするつもりなんですか?お金なら、今間に合ってますけど」
「え、そうなの。君くらいの歳の子が、日本では珍しいんじゃないの」
「ええ、親の遺産と保険金のおかげです」
そういうと、彼女は気まずそうに顔を固まらせ、結構難しい子だな、と密かに思っていた。
彼がどんな感情でその言葉を発したのか分からず、茶化せばいいのか、無視していいのか、悼めばいいのか、それが分からなかった。
ので、とりあえず話を戻そうと思った。
「詫びについてだけど、お金がダメなら、そうだな、じゃあ、私が一回なんでもいうことを聞く、というのはどう?」
「はあ!?」
好感触、正しく、そう認識した。
当たり前だ、この世界で最もスキルを持つ彼女、つまり、この世界で限りなく全能に近い彼女にいうことを聞いてもらう。それは、ランプの魔神との取引に近い。
彼女が本気を出せば、この世のほとんどのものを手に入れられる。
いや、彼だけは、スキル以外のものに限ってしまうが。
それでもなお、今回の詫びとしては、十分なものなのではないかと思ったのだ。
事実、それは確かに釣り合うものだった。もちろん、彼にとっても。
だが彼女には、一つ大きな誤解があった。
それは、皆木青斗が、正しく彼女の価値を理解しきれていなかたということ。
「ちょっと、それは流石に…………だって、ええと」
「遠慮してくれなくていいよ別に、こういったことは十年に一度くらいの頻度でやってあげてるし」
「十年に、一度」
それは果たして清楚と言えるのか、それともそれを当たり前のようにやっているのは、とても穢らわしいんじゃないか。
でもそんな汚らしさも、彼女の容姿と相まって、不思議にも魅力的に感じる。
これはあれだろうか、俗にいう、清楚ビッチ、というやつなのだろうか。
そんな青斗の内心が伝わるわけでもなく、彼女は、自分のスキルホルダーとしての価値を利用される可能性しか考えていなかったが、対する思春期真っ盛りの青斗の脳は、十八歳未満には極めて推奨できないアレコレで満ちていた。
「いや、本当に。いいですから、本当に」
「大丈夫だって、言ったでしょ?こう言うのは慣れっこだし、今回は完全に私が悪いわけだし」
「いやいや、本当に、健全じゃないですって、本当に!」
完全に目の前の女体を意識してしまった青斗は、少しずつにじり寄ってくる彼女に、ドギマギして顔を赤らめていた。
パニックゆえだろう、先ほどから、「
この様子だと、自分が何言っているのかもわかっていないだろう。
「健全?」
彼女が復唱した。彼の言い放った一単語を。
青斗が口にした、健全という単語。ミリオンホルダーはようやく、彼が考えていることを察した。
「ああ、いや、何か勘違いしてるんじゃない?あ、いや別に勘違いではないのだけど」
「……へ?」
ミリオンホルダーは、その勘違い。否、厳密には勘違いではないのだが、いささか局所的な用途しか思いつかず、そのせいでパニックに陥ってしまっている青斗の認識を正すことにした。
「私があなたに与えた苦痛は、計り知れない。いや、測れない。だから、あなたが望むなら、肉体的かつ性的な奉仕もやぶさかではないけど、別に、それをメインとしてこれを提案したわけでは─────」
「そうだとしても!ふ、不健全だって話ですよ!」
それが、皆木青斗の精いっぱいの誤魔化しであることを察した彼女は、「不健全かどうかは彼次第な気がするけど」という言葉を隠して、とりあえず、冷静を失っている彼を諭すことにした。
「落ち着いて、どうどう。つまり、何か困ったことがあれば、代わりに私がなんとかするよー、って言ってるの」
「ああ、ええと、はい。わか、ってます」
ピンク色な脳みそを正常に戻すには、ほんの少しだけ時間がいる。
一呼吸したのち、冷静になった青斗は取り敢えずこの話を済ませようとした。
そもそも、今日の目的は不動産屋に行くことであって、この人と語らうことではないのだ。
「ていうか、ええと、あなたは─────」
「海の魔女、もしくはミリオンホルダー、そう呼んでくれる?」
この人若干痛いな、青斗はそう思った。
「………魔女、さんは、どうして、不動産屋に?」
これは、何気に結構な謎だ。
ミリオンホルダーと呼ばれ、抑止犯と呼ばれる犯罪組織に追われているほどの人間が、なぜあんな、あまりにも普通な不動産屋にいたのか。
もしかしたら秘密の暗号のようなものがあるのかもしれないが、あの店員との会話を聞く限り、それはなさそう。
「そりゃ、土地を買うためだよ。魔女っぽい家」
「えぇ?、そんなことのため………えぇ?」
だったらもっと、ふさわしいところがあるのではないか、と思った。
この人の話本当か、とも思った。
だから襲われるんじゃないですか、と言いそうになった。
それはなぜか、おそらく、彼女に対しての苦手意識だろう。
苦手なのだ、このような、常識で測れない人間というのが。
「ん、まあ、無警戒だと思うよね、普通は」
困惑している青斗に、まるで共感するようにいう魔女。
それに対し、青斗は少し不快そうに顔を歪ませる。顔から言葉を読み取るとしたら、お前が言うなよ、だろうか。
そんな青斗の感情に気付きながらも、魔女と名乗る少女は笑みを崩さない。
そして、自信満々に告げた。
「私は強いから、大丈夫」
その言葉の意味を、近々、皆木青斗は思い知ることとなる。
無数のスキルを持つ魔女がスキルを失った少年と会う話〜ミリオンホルダーとイレギュラー〜 にじおん @betunosekai
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