【短編】:魔王を倒した褒美を勇者がもらいに来たが、国王のワシは何としても払いたくない ~チート能力とレベル差で無双しただと! それならむしろ……~

笹丸慶司

魔王を倒した褒美を勇者がもらいに来たが、国王のワシは何としても払いたくない

 遂に、人類は魔王の討伐に成功した。

 

 魔王亡き後の魔王軍は急速に弱体化し、人類にとっての平和が訪れようとしていた。

 『魔王を倒す』という大偉業を果たした者の名は、『勇者ユウキ』。

 

 農夫の息子であった彼は、村長にその才を見出された。そして、隣国の王様から使命を受け、わずか十八歳という若さで世界を救った英雄となった。


 そして今日、ユウキは魔王討伐の正式な報告をするため、王様の元へと出向いていた。

 

 城内に通されたユウキは、国王の間へと案内された。


 真っ赤な絨毯が王座のある段差の上まで伸び、そこには、王冠を被った渋くて勇ましい男性が、険しくもどこか優しさを含んだような表情で座っている。


 ユウキは絨毯を進み、段差の前に着くとその場で跪いた。


「ご無沙汰しております、我が王よ。このユウキ、使命を果たし戻って参りました」


「よくぞ戻ってきた、勇者ユウキよ。出発前と比べ物にならぬほどの強さ……。かなりの死闘であったのだろう。魔王討伐もそうであるが、お主が無事に帰還したこと、それがワシにとっては一番の良い知らせじゃ」


「ありがたきお言葉。王こそ、お元気そうで何よりです」

 深々と頭を下げるユウキに対し、王様は頷きで返答する。


「うむ。此度の働き、誠に見事であった……。無謀だと嘲る者も多かったであろう。だがワシは、ずっとお主を信じておったぞ」


 王様は真っすぐとユウキを見つめている。

 その瞳に嘘はなく、いかにユウキが信頼されていたのかが見て取れる。

 

「勿体なきお言葉。これも全て、王を含め、私を支えてくださった皆のおかげです」


 ユウキは貧しい農夫の息子。王様や周りの支援がなければ、そもそも旅に出ることすらなかったであろう。


 そんなユウキの謙虚な態度に、王様は安心したように笑みを漏らした。


「そうか……。英雄となってもなお、驕ることのないその姿勢。まさに勇者の名に恥じぬ振舞いよ。しかしユウキよ、まだ役目は終わってはおらぬ。多くの人々は、今も魔王軍の残党に苦しめられ、復興問題も山積みだ。さあ、勇者ユウキよ。再び剣を握り、この世界に真の平和をもたらすのだー」


 王様はユウキに再び使命を告げ、入り口の扉の方へと手を差し出した。

 魔王討伐へ向かうユウキを見送った時と同じ行動だ。


「はい! …………えっ……ん? ん? あれ?」


 しかし、勇者はあの時のようには出発せず、何か思うことがあったのか、辺りをキョロキョロと見渡して動揺している。


「……どうしたユウキよ?」

 そんな姿を不思議に思ったのか、王様は少し前のめりになって問いかける。


「いえ、我が王よ。自分からこのようなことを言い出すのは、卑しいことだと重々承知しているのですが、その……褒美がもらえるという約束の方は?」

 ユウキは、少し気まずそうに目線を落としながら発言した。

 

 その瞬間、辺りを静寂が包み込んだ。

 明らかに空気感が変わった。


「『ほ・う・び』とな?」

「はい。魔王を討伐すれば、一億マネほどの現金と、宝石などの財宝をいただけるとのことでした」


 言い終わったユウキの顔を、王様は真剣な表情で見つめている。

 時が止まったかのような静寂の後、王様は小さく頷いてから元の表情へと戻った。


「……そうか、褒美か……。まあ、それは……あれだ。……そうだ! お主、家族には会いに行ったのか?」


「いえ、まだです」


「それはいかんな。一番にワシのところに来てくれるのは嬉しいが、まずは家族に会いに行ってやるがよい。さぞ、心配していることであろう」


「そうですね。家族や村の皆には、多大な心配をかけました。ですので、褒美をもらって皆に恩返しをしようと思っております。それに、この旅でお世話になった方々にも……」


 ユウキが話している間、王様は険しい表情でじっと彼の目を見つめている。

 それに気づいたユウキは、徐々に声量を落としていき口籠った。


 そして、シーンという擬音が聞こえてきそうな静寂が三度訪れた。

 

 しばらくして、王様は表情を戻して咳払いをする。


「オホンッ。そ、そうか? ……そういえば、民衆が勇者帰還の知らせを受け、宴会を行うとか言っておったぞ。主役がこの場に長居するのは良くないな。それに皆、お主の旅話を聞きたいとも言っておる。今から広場に行って、話してやってはどうだ?」


「それもそうですね。では、褒美をいただいてから村へ行き、その後すぐに戻ってまいります」


 またも時が止まったかのような静寂が訪れ、王様の咳払いで再び時間が動き出す。


「オホンッ……あー、武器屋のウェポナには会ったか? あやつ、『自分が売った武器が魔王を倒した』とか触れ回っておってなー」


「ウェポナさんがっ! あの人、相場の倍ぐらいの値段で剣を売ってきたのに、そんなこと言って……。でも、おかげで交渉の重要性と術を知りました。褒美をもらったら、お礼に何か買っていこうかな」


 そして、また止まる時間。


「ユウキよ、あまり顔色が良くないな。宿屋で休んだ方が――」


「――あのー、王よ。そういったお話は、後日ゆっくりといたしましょう。本日、私は褒美をいただき、家族の待つ村へと帰りたいのですが……」


「……さい……」

 王様は下を向き、肩を震わせながら聞き取れないほどの小さな声で呟いた。


「どうされましたか? 申し訳ありません。お声が小さく、聞き逃してしまいました」


「あー、だから……うーん……。もうっ、『褒美褒美』うるさいっ!」


 王様が唸りながら頭を抱え、その後勢いよく顔をあげて声を張り上げた。


「う、うるさいって……、我が王よ。そのような言葉遣いは……」


「いや、うるさいよ。褒美がどうとかじゃなく、今はこの再開した感動を分かち合おうぞ」


「申し訳ありません。なんだか、このまま有耶無耶にされる感じかと思いまして……」


「ワシがそのような真似をするわけがなかろう……。オホンッ! さあ、勇者ユウキよ。その有り余る元気を武器に、再び平和への旅に向かわん!」


「ちょ、ちょっとお待ちを。一旦その、無理やり旅に出そうとする締めの言葉みたいなのをやめてください。ですから、私は褒美をもらうため、今ここに……」


「……ユウキよ。ワシは出発前に、こう言ったはずだぞ。『魔王は強大すぎる。手練れの仲間を集め、打倒してくれ。さすれば、褒美をやろう』と」


「はい、ですから私は魔王を――」


「――お主、ソロじゃん。ソロで魔王攻略しておるじゃん」


「えっ、まあ、はい」


「あー、それじゃあ駄目じゃなー。『仲間を集め』って条件を満たしておらんからな。言う通りにできんかった時点で、お主に褒美を受け取る権利はない」


「そんな暴論――」

 無理やり過ぎる王様の発言を聞き、ユウキは抗議のために立ち上がった。


「――ちょ、ちょ、立つな! お主が立つと、レベルが高すぎて威圧感がある」


「も、申し訳ありません。しかし、褒美をいただかないと……」


 なおも食い下がるユウキに対し、王様は目を伏せ、首を横に振ってため息をついた。


「のう、ユウキよ。英雄って……勇者って、そういうもんかのぅー?」


「どういうことですか?」


「考えてもみろ、ユウキ。魔王を倒して褒美で豪遊。本当にそれが、勇者のあるべき姿か? 答えは否! 断じて否! 勇者とは、己の正義。そして人類のために戦い、皆の笑顔を守り、笑顔を増やすために戦う。そう、富よりも名声なのだ」


「そ、それは……」


「ワシはな。お主を……、そんな金の亡者みたいにしたくはないのだ」


「お、王よ……私のために……。とはなりません」


「クッ! ワシの外交で培った会話術が通用せぬとわ」


「王よ、本当に困るのです。以前にもお伝えしましたが、私には病気の妹がおります。褒美がなければ、妹を医者に診せることができな――」


「――そのことですが……。なんと、妹はもう元気です」


「ど、どういうことですか?」


「いやー、出発前に『妹の治療費を稼ぐためにも』とか言われたら、流石に治すじゃろ。ワシ、国王ぞ。隣村とはいえ、民衆を見捨てるわけがないであろう。そもそも、魔王倒して治療費稼ぐって、時間がかかりすぎて妹の命が持たぬかもしれんだろう」


「本当ですか、ありがとうございます。しかし、ではなぜ、そのことを言ってくださらなかったのですか」


「だって……のぅ……、妹が治ったと知れば、お主が旅を辞めるかも――」


「――私がそのようなことをっ!」


「ちがっ、『かもしれない』って、側近がのう、側近が言っておった。ワシは信じておったよ。じゃが、妹も無事なのだ。これでもう、褒美の必要はなくなったな」


 王様は全てが丸く収まったと言わんばかりの声色で、ユウキに笑顔を向けた。


「いえ……、それは……」


 そこまで発してから言葉を止め、ユウキは顎に手を当て少し考えた。


「もしや、私に褒美を与えることを渋っておられるのですか?」


「そうだ! 渋るどころか、寧ろ与えたくないとさえ思っておる」


 半信半疑で問うたユウキの言葉に、王様は力強く答えた。


「なぜですかっ! 私は使命を果たし――」


「――金がないのだ!」


「え……? そんな……冗談ですよね?」


「あるわけがなかろう! お主が魔王を倒しに行っとる間、この国が魔王軍にどれだけ狙われたと思っておるのだ。『勇者を輩出した国だ。他にも脅威となる奴がいるかもしれん』とかでな。それに他国からも、『魔王軍を刺激するから国が荒らされた。その賠償を請求する』とも言われておる」

 王様は遠い目をしながら語る。


「あまり言いたくはないが、いずれこの国の財産は底をつくであろう。もう、火の車なのだ」


「しかし、魔王の脅威は去ったのです。王の手腕であれば、今一度この国を立て直せるのでは」


「それは無理だ。ぶっちゃけワシなんて、世襲のボンボンであるぞ。父上から潤った状態で国を引き継いだのだ。お飾りの王にそんなことはできない」


「そんなはずありませんっ!」


 自分を卑下した王様の口ぶりに、ユウキは腹が立ち、勢いよく立ち上がった。

 自分を認め、支え続けてくれた王様が、そのような無能であるはずがないのだ。


「王は、私を――」


「――わかった。お主の気持ちは嬉しい。だから、立つな! ワシとは一定以上距離をとってくれ」

「なぜですか?」


「お主のレベルが高すぎるのだ。寧ろ、高すぎて若干引いておる。お主、今は数値だと何レベルぐらいなのか申してみよ」


「レベルですか? 784です」


「で……あるか……。して、魔王は?」


「確か、580ほどでした」


「――そこも引っかかっておるのだ!」


「ん? どういうことですか?」


「褒美とは、『ワシがお主の活躍を評価し、褒めて与えるもの』だ。そのレベル差。そして、お主が神から与えられたという最強能力の数々……。凄く努力をして魔王を倒したのなら、ワシもその苦労を労い褒美をはずむ。しかし、どうしても『楽勝だったんじゃないか』と思ってしまうのだ。その感じが癪に触って、褒美をためらってしまう」


「ら……、楽勝というわけでは……」


「それにあれだ。道中のサブクエ的なやつはこなしていたのか?」


「サ、サブクエですか?」


「そうだ。魔王を倒すという目的の他に、困っている人々のために行動することも大切であり、勇者のあるべき姿なのだ。善良な行いが、褒美の大きさにも直結する。つまり、サブクエの達成が少なければ、褒美も比例して大きく減少するのだ」


「私は魔王を倒すことを最優先にしており、そういった活動はあまりしておりませんでした」


「そうであろう。それに、ワシに『褒美褒美』と要求しておるが、お主の方こそ、魔王軍が保有していた貴重な財宝を手に入れたのではないか?」


「……」

 途端に口を紡いで黙り込むユウキ。


「図星のようだな。ところでユウキよ。ワシはお主の才を見出し、裏で多くのサポートをした。その投資に対するリターンがあっても良いとは思わぬか?」


「な、何をおっしゃりたいのですか?」


「端的に言う。お主の持っている財を、国へと寄付してほしい」

 王様は恥も外聞もなく、まっすぐな瞳で勇者に告げた。


「ワシはお主が報告に来ると聞いてから、ずっと考えておった。いかに褒美を払わず、お主から財を寄付してもらうかを……」


「え……、そんなこと考えていたんですかっ?」

「そして、ある方法を思いついたのだ。褒美を与えるに足るかどうか、お主の活躍をここでワシに聞かせてくれ、その内容によって褒美の大きさを決める。そして、ワシが掛けた費用や請求されている額を褒美と相殺。もしくは、お主の財から差し引く。これでどうだ!」


「……王が本当にそれで良いのであれば、……私は……構いませんが……」


「国の財産が尽きるかもしれないのだ。四の五の言ってられん。今のワシにプライドなどない」


 了承を得たことで、必死の形相だった王様の表情が緩んだ。


「よし、では魔王討伐での褒美【一億マネ】を持ち点とし、ワシにお主の活躍を聞かせてくれ」


「わかりました。私はあの魔王軍の四天王、堕天使ルシフェルを倒しました」

 先制攻撃とばかりに、自分の功績を披露するユウキ。


 それに対し、王様は苦い顔をする。


「うーむ、いくら堕天使とはいえど、人の身でありながら天使に刃を向けるのは許されることではない」


「そ、それは……」


「今の話は、マイナス二千万マネじゃのう」

 王様の反論で褒美が減額されてしまう。


「マイナスとかあるのですか?」


「当然であろう。良き行いには褒美を、悪しき行いには罰金じゃ」


 王様の言葉に勇者は呆けた顔で固まり、少し考えてから再び口を開いた。


「でしたら……死霊使いのメシアルスを討伐し、囚われていた死人の魂を解放しました」


「あー、死者を蘇らせるメシアルスか。だが、あれ……あれじゃ。奴の能力で、『死んだ人に会えて良かったー』という声も、ワシのところに届いておるからな。そういった点では、逆にマイナスみたいな部分もあるのう。マイナス五百万マネじゃな」


「なっ! では、セイムの村で盗賊を退治しました。村民にとても喜んでもらえて――」


「――それはワシには関係ない。セイムの村から褒美をもらえ」

 王様はきっぱりと切り捨てた。


「クッ、そうだ! 水の都スイレンへと続く橋が壊れており、橋を直すのに協力しました」


「ほーう、じゃが、お主もその橋を使ったのであろう? では、協力するのは当然のことであろう」


「それならば……私はレントの町で、足の不自由なおばあさんの代わりに買い物に行きました。これは王のおっしゃるサブクエ、勇者としてあるべき姿ではないでしょうか!」


「ほう、それは良き行いをしたな」


「はい。ですから、これは褒美の増加に――」


「――善行に見返りを求めるなっ! お主、それでも勇者かっ!」


「えー……」


 絶句する勇者をよそに、王様は仕切り直すかのように一度手を叩いた。


「さあ、次はワシの番だ。多くの国が荒らされた損害費、我が国の強化した防衛費、お主の村への貸付金、それに妹の治療費も加えておこうかのう。他にもまだまだあるぞ。ああー多すぎて計算できぬなー」


 王様は自慢げに顎をあげ、挑発するような視線をユウキへと向ける。


「そ、そんな……私には到底払えません」


「そうであろう……。のう、ユウキよ。ワシはな、お主の成した偉大な実績に、金銭を与えるような褒美で値段をつけてはならんと思っておる。それに、そこまで催促せずとも、お主はすでに褒美をもらっておるではないか」


「えっ、それはどういう……」


「お主はこの旅で多くの出会いを体験し、感謝の言葉をかけられただろう。この経験は、どんな金品よりも価値のある褒美だ」


「……なるほど。確かにそうですね」


「お主は数多の褒美を受け取ったのだ。しかし、それはお主一人の力で得たものではない。これまで関わってきた皆のおかげだ。『家族や村の者たち、お世話になった方々に褒美をもらって恩返しする』のであろう。先も言ったが、多くの人々は、今も魔王軍の残党に苦しめられ、復興も満足に進んでおらぬ。この問題解決に尽力する。それが今お主にできることではないのか? 勇者よ」


「はい! おっしゃる通りです」


 先ほどの腑に落ちない態度とは違い、一切の曇りのない晴れやかで元気の良い返事をするユウキ。

 その姿を見て、王様は入口の扉を指差した。


「さあ、勇者ユウキよ。再び剣を握り、この世界に真の平和をもたらすのだー」


「はい、行って参ります!」


 意気揚々と旅立っていったユウキの背中を見て、王様はボソッと呟く。


「……ワシとしたことが、少しクサいセリフだったかな。……上手くいった」


 こうして、ユウキと王様の褒美論争は幕を閉じた。


 その後、ユウキは財の一部を寄付し、その力を国のため存分に振るって、再興に貢献した。


 すべては、王様の作戦通りだったのかもしれない……。

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