僕が、夏です。

ハマハマ

 ぼくは、夏です。

 春から季節を引き継いで、しばらく元気に夏やって、そうして秋に季節を渡すんです。

 だから冬には会った事ないです。


 夏の時期以外ですか?

 いま高二なんで普通に学校行ってますよ。と言っても夏の間も行ってますけどね。

 中二の夏から夏やり始めたんで、まだまだ四年目の若輩者です。


 いやまぁ、しょうがないんですよ。学校と夏の二足の草鞋は大変だけど、先代の夏――お父さんが交通事故で死んじゃったもんだから。


 偉いね?

 そんなこと全然ないですよ。

 ちょうど夏真っ盛りだったのもあって、お父さんの後を継ぐしかなかったですし。

 それにみんな――春も秋も冬もみんな二足の草鞋なんですから。


 そうですよ。僕ら夏とか春とかやってますけど、国とかから手当があるわけでもないですし。


 春さんは割りと年配のおじさんで、中学校の先生なんです。年いちで会いますけど僕の百倍大変そうですもん。


 同じく年一で会う秋さんは若いけど、それでも社会人四年目って言ってました。秋が社会人一年目からの付き合いなんで最初に比べたら慣れたみたいですけど、それでも大変そうですよ。


 会ったことない冬さんは主婦の方らしいんですけど、そんでもやっぱ大変そうっす。


 でもアレなんですよ。

 春さんと僕と秋さんは引き継ぎもそうややこしくないんですけど、秋さんと冬さんと春さんはちょっとややこしいらしいですよ。


 なんで、ってほら。

 冬さんは女性ですし、僕は会った事ないんですけど、綺麗なひとらしいんで。


 知ってるか分かんないですけど、僕らの引き継ぎって一時間くらい掛かるんですよ。何かするって訳じゃないんですけど、しばらく一緒にいなきゃなんです。

 春さんと僕と秋さんはファミレスで晩ご飯食べたりコーヒーショップで雑談しながら過ごすんです。


 けど冬さんと引き継ぐ時はちょっと気を遣うらしいです。

 それぞれ年齢差があるんで、複雑なカップルに見えちゃうらしいんですよね。


 僕もそうですけど、みんな見た目は普通の人ですから。



 普通の人なのか? ですか。

 難しいとこですよね、それ。


 僕のお母さんは百パー普通の人ですし、僕は父が亡くなる時に夏を受け継ぎましたが、それまでは完全に普通の人だったんですよ。


 父のように交通事故で死んだりもするし、やっぱり見た目だけじゃなくて普通の人なんだと思います、僕ら。


 お母さんにですか?

 お母さんは普通の人だけど、夏だったお父さんと出逢って結婚して、僕を産んで、お父さんを亡くして。

 女手ひとつで僕を育ててくれてます。

 お母さんの為にも立派な夏になんなきゃな、って、はい、そう思います。

 照れますね、なんかこういうの。


 え? ここんとこ立派過ぎじゃないか、ですか?


 へへっ。言われると思ってました。

 暑いですよね、夏。それに長いんですってね。


 僕が夏やり出した頃にはもう暑かったし長かったですから、僕はあんまり気にしてなかったんですけど――


『春のやつ、もう俺に季節渡しよんねん』

『秋のやつ、ちっとも季節受け取らへん』


 ――お父さんが夏やってた頃いつもそう言ってましたから。


 長野に住んでるお爺ちゃんに聞いたんですけど、お爺ちゃんが夏やってた頃とは全然違うらしいです。


 春も夏も秋も冬も、みんな大体同じくらいの長さだったって。ほんとですかソレ?

 僕はもう、一年の半分くらい夏やってる気がします。って笑えませんね、それ。


 学校でなにか? ですか?

 そりゃもうめちゃくちゃ言われますよ。

 『あちーんだから何とかしろよ!』

 『夏はオマエだろ!』

 なんて割りとしょっちゅう言われます。


 そうなんですよね。

 夏やりながら学校行ってるとソレが結構辛いんですよ。

 みんなが割りと、暑い夏嫌いなのがね、ちょっと思うところありますよ、そりゃ。

 それでも日本は季節に敏感な人が多いみたいで、『僕のせいで暑い』なんて言う人がほとんどいないのは助かりますね。


 え? 違いますよ、何言ってるんですか。

 夏暑いのは僕のせいじゃないですし、冬寒いのも冬のせいじゃありませんよ。


 夏は暑いし冬は寒いもんなんですよ。

 外国でどうかは知りませんけど、少なくとも日本ではそうなんです。


 なら? なんの為に僕らがいるのか?


 え……それは、え、なんの為? 

 僕が夏なのは間違いないけれど、なんの、為?

 えーっと。


 ごめんなさい、今度秋に会った時に聞いてみます。若輩者ですみません。


 外国の夏、ですか?


 いえ、ちょっと僕には分かりません。

 僕は日本辺りの夏なんで…………そうですね、セーシェル諸島の季節のことは……、ごめんなさい、全然分かりません。


 そう、なんですか。

 インド洋に浮かぶ諸島群の国、年間通して三〇℃前後の過ごしやすい常夏の国……

 四季はないんですか。


 なら僕らみたいなのは居ないのか、それとも夏が一年中夏してるのかな。


 え? 雨季と乾季がいるかも?

 ははっ、そうかも知れませんね。

 それにしたって日本語お上手ですよね。


 それでこれ、テレビ放送いつですか?

 来月最初の日曜夜十一時から、ですか。


 ええ、帰ったら今のうちに録画予約しときます。

 こちらこそありがとうございました。









 ダメなんだ。

 あれからどうしてもそればかり考えてしまう。


 ――なんの為に僕らはいるのか。


 どうして僕は夏なんだろう。考えたこともなかった。

 父さんからもそんなこと聞いたことないし、春にも秋にも聞いたことない。

 みんなはどう思ってるんだろう。


 こんな事なら春か秋の連絡先を聞いておけば良かったよ。


 うん、知らないんだ。

 だって特に必要ないんだもん。


 全然不便じゃないよ?

 『あ、明日から夏だな』って春も僕も気付くからなんとなく落ち合えるし――え、みんなは気付かないもんなの?


 へぇ、そうなんだ。

 でもうそうか。そう言えば五年前の、夏になる前の僕は分かんなかったかも。

 あ、それに秋から冬と冬から春は僕にも分かんないや。


 そっか。夏の僕は夏の始まりと終わりを感じてるのか。なるほど。


 そうそう。

 今年も夏になったの早かったよね。確か五月の終わりだったっけ。

 そりゃ立夏って五月の頭だから別に早くはないんだけど、ぶっちゃけ早い気はするよね。五月って字面がまだ春だもんね。


 でもその点で言えばやっぱり問題は立秋だよ。


 八月の頭だよ? まだ余裕で全っ然暑いじゃん。

 ちっとも秋じゃないもんね。


 じゃ、なくて。違うんだよ母さん。そんな話じゃなくてさ。

 お父さんはなんか言ってなかった? 僕らみたいな夏とか春がいる理由。


 ……そっか。

 そうだよね。あんまり小難しく考える人じゃなかったもんねお父さん。

 お爺ちゃんも同じ理由でダメかな。


 となるとやっぱり、秋さんかなぁ。


 今年の秋?

 まだまだだよ。立秋なんてもう全然関係ない。あれが過ぎてから二ヶ月半は夏やってると思うよ。僕が。

 早くても十月末だもん、秋なんて。


 暦通りに動き出すのは虫と花粉だけだ、って前に秋さんが言ってた。

 ほんとそうだなって思うよ。







「今日から秋かと思うと気が重いぜ」


 え!?

 秋さんて秋キライなの!?


 なんで!? 秋って涼しいしご飯も美味しいし、夏より全然素敵じゃん!


「秋みたいなもんはよ、キラキラして楽しい夏とピィンと張り詰めた感じのカッコいい冬に挟まれた、ただただ物悲しいだけの季節に過ぎんのだよ。分かってねえなぁ夏は」


 ……キラキラした、夏――?


 でもさ! 夏ってめっちゃ暑いじゃん!


「大馬鹿野郎! 夏は暑いから良いんじゃねぇか! そんで冬は寒いから良いんだよぉ!」


 …………秋さんさ、えと、なんか良いことあったの?


「――分かっちゃうか?」


 うん。だっていつもとキャラが違うもん。

 もともと暗い方じゃないけど、そこまで陽気じゃなかったよね。


「いやぁやっぱ分かっちまうか! ハッピーってのは隠しても伝わっちまうんだなぁ!」


 ホントに隠してた? 聞いて欲しいって顔に書いてあるよ?


「聞いてくれ夏よ! 彼女が出来たんだ俺! この夏に! 海で!」


 しかもそれが可愛いコってことだ。


「とびきり可愛い! ちょっとギャルっぽくてアウトドア派で料理が上手くて胸が大きめ! これはもうお前のお陰だ!」


 ちょ――ちょっと秋さん、声が大きいって――え? なんで? 僕関係ないよね?


「なに言ってんだ。俺らが夏の海で出会えたってことはよ、今年の夏もちゃんと夏らしかったお陰で俺と彼女が出会えたってことだ。そりゃもうやっぱお前のお陰だろうが!」


 僕がいるから夏が夏らしいってこと……?

 そういうもんなの?


「おぅ、なんかそうらしいぞ。前に冬が言ってた」


 冬さんが……。

 僕はまだ会ったことない、というか会う予定もないんだよね。

 どんな感じのひとなの?


「俺とお前は代替わりだけどよ、冬は違うらしくてな。それがよ――」



 ――へぇ、そうなんだ。

 冬さんが冬になる前に少しの間、冬不在の期間があったってことか。

 そのあいだ天候不順に異常気象、いつまでも初雪も降らない、そんな冬があったんだ。


「秋から冬に季節が変わる寸前で先代の冬がいなくなったらしい。辞めたのか死んだのか知らねえけどな」


 無責任な人だったのかな? 先代の冬。


「そりゃ分かんねえな。色々あるだろ。俺もお前もいきなり夏とか秋になる羽目になったんだしな。色々だよ、色々」


 そうだね。交通事故で死んだお父さんも好きで事故に遭ったわけじゃないもんね。


「まぁ俺から言えるはっきりした事はだ」


 なに急に真面目な声で。どうしたの秋さん。


「なんか悩んでるらしいがよ、あんま気にすんな。どうせ俺らの事なんかよく分かんねえし悩むだけ無駄だ」


 ――!

 僕が悩んでたの、気づいてたんだ?


「お前は元気に夏やってりゃ良いんだ。それだけで意味がある――というような事を何年か前に冬に言われた訳よ、俺も」


 なんだ、秋さん本人の言葉じゃなかったんだ。

 確かにぽくないと思ったよ。


「ま、そうは言っても俺の言葉よ。今となってはな」


 うん、ありがとう。

 ちょっと気が楽になったよ。


 で? 彼女さんと冬はどこ行くの?


「それだぜ夏! よく聞いてくれた! スノボだよスノボ! 泊りなんだぜ! 秋なんてすっ飛ばして早よ冬になんねぇかな〜!」


 気持ちは分かるよ。あはは。

 でもなかなかそういう訳にもいかないんだよねー。


「俺だって分かってら。俺らの気分で渡せるわけでもないし――あ、そういや観たぜ、あれ」


 あれ?


「あれだよ。日曜の晩のやつよ。なかなか凛々しく映ってたぜ」


 あ、観てくれたんだ。

 今度は秋さん出るんだよね。


 実は楽しみにしてるんだ。


「期待してろ。パリッとカッコよく映ってるはずだからよ」


 彼女さんも観るだろうしね――


 あ――。

 秋になったね。



「おぅ。じゃあまた来年な。おふくろさんが心配するから早く帰ってやれ。払っとくから」


 ありがと秋さん。ごちそうさま。

 あ、そうだ、連絡先――


 ――ううん、やっぱ良いや。

 来年また会うもんね。


 じゃ、また来年の夏終わりに。


「おう。来年の今日には結婚してるかもよ、俺」


 あははは。別れてたら笑えないね。


 ………………



 いや、ちょっと秋さん。冗談だから…………


 


 ……ごめんって。

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僕が、夏です。 ハマハマ @hamahamanji

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