第Ⅷ話 小さな杖職人



「アタシは、「チュイル=ロスラリス=ロンノワース」。この街じゃあ、ちょっと有名な作杖師をしているの」


「…………子供……?」


 身長約163cmのユリィが、眼の前に立つチュイルのサイズ感に、思わず呟いた。




「――ぁ゛!?」




 肉食獣が威嚇いかく時に現す獰猛どうもうな目付きは、ユリィを捉える。

 即座にユリィの手が弾かれ、チュイルとの間に、何かが起こりそうな距離が保たれる。


けろユリィ!!」


「!?」


 結構広いお店なんだ、と呑気に考えていたユリィをコーネリアスが叱咤する。


「てめぇ……クソガキがぁ!!!」


 チュイルが体格に見合わない長身な杖を振りながらハッキリと、唱える。


「――――ポインセチアッッ……!!」


 チュイルを元に、工房一帯にユリィの見慣れない花が咲き乱れる。ポインセチアと言えば、一般にはクリスマスの時期になると自然と街に飾り咲く赤い花。


「……!」


「うぉぉおりゃぁぁあ!! クソガキ〜〜っ!!」


 ユリィは、そんな赤い花々に溶け込んでいたチュイルに気が付かなかった。


 が、自身の頭上で物騒な形に変形した杖を振りかざしていたところでようやく、命の危機を感じ取った。


「んなっ」


 ユリィはチュイルの足下から姿を消した。


 チュイルは慌てふためき、ユリィの姿を見つけようとしたが、どこにも見当たらない。

 そして、チュイルが次にユリィを目撃したのは、自身の顔が床に押し付けられてからであった。


――ダァン!!


「ぶべっ……!!!」


 チュイルの背を踏み付け、肩を押さえつけ腕を反らせる。

 ユリィの目には形容し難いものが映っているようにコーネリアスには感じられた。



「――めいに応える小鳥たち 木々から落ちる小鳥たち」



 逃れようとするなら、肩を砕く。

 そんな雰囲気が工房内に紛れ込んだ。



「――落とせや落とせ、天命のふるい」



「い゛、ぁあ゛……!! っ、ちょ、なんなのアンタ!! 所詮はただの人間なんじゃっなかっ」



「――つかえぬ小鳥は」




「ユリィ」


 ユリィの視界を黒が覆う。

 頭が、体が勝手に、知らない〝何者か〟に体を預けられるよう促されていた。


「ほら、コーネリアス」


 ユリィの視界が暗いまま、知らない声がまた一つ。また一人、この工房に増えている。

 その声の主は段々とユリィに近づいてくる。


 ゆっくりと、何者かの片手が退かれ、ユリィの視界が開けた。


「今の黒は気に入ったかい? ユリィ、コーネリアスのお弟子ちゃん?」


 頬の宝石を碧に輝かせた女が微笑む。ユリィの手を引き、同時に立ち上がる。

 タンクトップで支えられた豊満な胸が揺れる。


「君が子供だと勘違いしたのは、あたしの娘。


 この街の小さな杖職人さ」


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魔法のローブの着衣弟子〜Rose〜 彼岸りんね @higanrinne

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