第Ⅶ話 みならい魔法使いになるために


「起きろ」


「…………ん」


 脳まで届く、一つの線のように静かな声に目を覚ました。


 凄く眠っていたような気がするけれど、空は変わらず眩しいくらいの快晴で。気持ちのいい天気。


「ぅ……」


 にも関わらず、少し、気持ち悪い。


「初めての転移魔法で三半規管が酔ったんだろう。目をしっかり瞑っていなかったのか」


「つむっ……て、ました……」


「ならその内慣れるだろう」


 呻きながら、急に起こされて、微睡んだ視界を醒ましていると、先生は僕に聞いた。


「彼女たちの唄はどうだった」


 意識が途切れる寸前に聞いた「唄」を思い出した。


「彼女たちの魔法は、水面が揺れるように緩やかだ。私達が水面の揺れを確認できるように、全てのものを魅了し操る。……それ故に、一度怒らせると厄介だ」


「……怒らせたことが?」


 都合が悪かったのか、全体的に俯いているようで、別にそこまで教えて欲しいとは思わなかったけれど、隠していることは確かだった。


「立てるな、……安心しろ。もう着く」


 流されるのか、気にされているのか分からないまま、立ち上がって辺りを見た。


「ま……ち?」


「腕の立つ魔法使いが多い街だ。無理を言って送ってもらった」


 その街には、一度、仕事で訪れたことがあった。


「ロン、ドン?」


「嗚呼。そうだ」


 でも、なんだか違うような。違和感があった。


「……だが、一応言っておく。


 あれはお前の知るロンドンではない。この世界は我々魔法使い、そして人ならざるものが住まう世界だ」


「!?」


 別世界。

 つまり異世界だと?


 そう言われた途端に脳が混乱の絶頂に達するようだった。

 僕が助けを求めて駆け出した時はまだ人間の住む世界。じゃあ、どこで………?


「っ……!」


 あれだ。


「私が連れてきたに決まっているだろう、ここへの門を開けたのも私だ」


「そうですよね……!?」


 視界が黒一色に包まれたあの時。誘拐だと察したあの時だ。

 駆け出した瞬間から、門は開いていたんだと気付く。


「………」


「一つ理解できたようだな」


「まぁ、はい……百分の一にも満たないですけど……」


「今はそれでいい」


 脳裏で複雑に絡んで解けそうになかった糸たちは、全て「別世界だから」と、とりあえず片付けられた。


「行くぞ。こんな所で野宿はしないぞ。フェンリルのおやつになるつもりはないからな」


「え……?」


 僕は焦りを覚えた。しかし、その反面、先生なりのジョークなのでは、とも思った。

 とにかく、僕はローブの裾をひらひら、とはためかせて進む先生に追い付いて進んだ。







 暫く歩いて、街と田園風景を繋ぐ橋を渡る。見渡す限りの落ち着いた街並み。

 僕には、ここが違う世界とはまるで思えなかった。


 キョロキョロ、と見渡しながら街を歩く。


 強いて違う部分といえば、すれ違う人たちは皆、特徴的なローブや帽子を被っていることだった。


 帽子や装飾品に使われている宝石の存在感によって魔法使いの世界だと引き戻される。


「ここだ」


「ロン、ノワースの…………鉱石&作杖さくじょう工房………?」


 お店の名前は「ロンノワースの鉱石&作杖工房」というらしい。聞き慣れない、「作杖さくじょう」という言葉に首を傾げる。


「魔法使いにとって、杖は生きていく上での所謂いわゆる支柱だ」


「…………」


「…………………………………………………………

 私は特殊なだけだ」


 ……まだ何も言っていないのに、またもや先手を打たれてしまったので、大人しくお店のドアを開けた。


 カランコロン。


「!!……」


 店内からの衝撃に、思わず、目を見開いてしまった。


「いらっしゃい」


 りんとした声が、品定めをするように私へまっすぐ飛んでくる。

 それとはまた別に、驚くほど、鉱石まみれな工房は、僕の目には鋭いくらいにまぶし過ぎて、まぶたを強く閉じてしまう。


「話は聞いてる、アンタがローブの弟子ね」


 頬の半分が透き通ったあかに輝くその人は僕に手を伸ばした。


「アタシは、「チュイル=ロスラリス=ロンノワース」。この街じゃあ、ちょっと有名な作杖師をしているの」

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