第Ⅵ話 湖畔の歌姫姉妹


 私は捕えられてからずっと二人に挟まれている。


「……」


 ……苦しい。


 でも不思議な感覚。人の肌みたいに温かくはなくて、ひんやりと心地よく冷たい。鼓動も、人間とは違う場所から聞こえる。

 ドクドク、でもなく、トクトク、でもない。よくわからないけれど。

 スーー……、と清流が流れているような気がする。


「返してくれ」


 先生が無い口を開いて沈黙に包まれる。

 何かマズイのでは、と私は身構えれずとも、心だけ身構える。が、それは無駄だった。


――『………………もぅ! 少しくらい付き合ってくれても良いと思うわ!』


「え、?」


――『わたしたち。やっぱり、お前は人と関わることのさを知るべきだと常々思うわ!』


「…………私達は先を急いでおります。貴女方を蔑ろにすることをどうかお赦し下さい。泡沫の精霊姫セイレーン


「セイ、レー……ン……?」


――『そう! わたしたちの呼名よ、でも名前ではない。わたしは「レイファール」』


――『わたくしは「シイファール」覚えておいて? ……〝さっき〟のように呼びたいところだけれど、


 貴方、さっきからずっと混乱してるでしょう?』


 図星だった。


 それよりも。

 シイファールに、レイファール………水面のような綺麗な名前だと、心から思った。


――『そうでしょう?』


「……はい………『レイラ』とか……あと、『レガリア・イノス』とか、あと」


 さっきの、妖精との会話で耳にした言葉。




 僕は口を閉じて、先生の方を見遣ってしまった。




 口を開きそうになったその刹那、細く冷たい指が宛てがわれて、言葉は僕に留まった。


――『それ以上は、don't touch……よ?』


 今まで経験したことのない悪寒に、背筋が凍った。


「……すみません」


――『うん♡ そうね、貴方、お名前は?』


「………ユリィ、です」


さっきとは反対に、自然と、口が開く。


――『そう、ユリィ。ね………お前にしてはい名前をつけたじゃない? ミラ』


「……」


「…………ミラ……?」


 妖精や動物たちがセイレーン姉妹の威光によって散らばったて、先生と僕しかいなくなった。

 セイレーン姉妹には名前がある。僕は『レイラ』らしい。だから消去法で先生しかいないと思った。


――『ミラは、あのローブの名。わたくしたちのみがそう呼ぶだけなのだけれどね?』


 どういう意味なんだろう。


――『………………ふーん? 随分と急過ぎるお買い物のようね』


――『名の由来すらも知り得ないほどの無知。ミラ……』


「……」


 またミラ、と先生の名前を呼ぶと沈黙が三人の間に再び流れた。

 その沈黙は、セイレーンの姉妹によってまた破られた。




――『貴方こんなひよこちゃんに一体どんな無理をさせようとしているの!!!!?』




――『本当に馬鹿なのかしら!!?』




「うぐッ……!?」


「!!?」


 何かが二人から飛んだと思えば、透明なソレは先生に刺さった。

 な、にが起こっているんだろう……。と僕はただ混乱するしかなかった。


――『可哀想だとは思わないの!?』


「ぐっ……!」


――『お前のこの子への態度、余りに酷いわ!!』


「ぅあ゛っ!?」


 先生は…………とにかく、すんごく刺されている。言葉の暴力……いや、刃で。貫かれてはいないようだけど。

 けれど、なんだかよく分からなくて、僕は足を踏み出していた。


「あ、あの」


――『な、ぁ、に♡ ユリィ?』


――『わたくしたち、今お仕置きしているの、これからもっと』


「教えてほしいと言わなかったのは、僕ですから!!」


「……」


 精霊たちの動きが止まった。


――『『……』』


「三日も眠っていたのも僕で、会話をしようとしなかったのも僕の所為です、だから」


――『Shit……ごめんなさいね、貴方を傷付けようとした訳では無いの』


 シイファールさんは唇に翳した指を離すと、僕の頬に手を置いた。途端に緊張が解けて、前がよく見えた。


――『…………ミラ、お前。随分な幸せ者ね』


「………、」


――『……レイファール? お遊びが過ぎたようだわ』


――『そうねシイファール。森の終わりまで送ってあげようかしら』


「…………感謝する」


――『『じゃあ、ユリィ。私たちの愛しいお姫様、貴方にはちょぉっと、刺激が強いから♡ その宝石のような瞳を、しっかり閉じていてね?』』


 神秘的な眩い光に包まれる。弱々しく感じていた光が、段々と強くなって僕と先生を包み込もうとする。


「……っあ、は、はい」


 僕は、二人の優しみの籠もった笑みを称える顔を見て、これから起こることに備えて目を瞑った。


――『『――連れるは想い、すべてをすべからく。聲は揺蕩たゆた湖畔こはんの波。泡沫は彷徨さまよ湖畔こはんの聲。我らが波に、我らが聲に、我らの願いを乗せ届かせよ___』』


 歌……じゃない。これも、魔法か。


「………………ぅ」


 重心が揺れそうになる。


 眠くなってくる……波の音? …………いや、とにかく凄く心地いい、気持ちのいい「唄」だ___。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る