2-9.人類最古の武器

「うーん…やっぱさぁ、これちょっとコスパ悪すぎじゃない?」



 エルはポーチから小粒のマナ結晶を取り出すと、指の先で器用にくるくると回す。



 これは新しい魔法のことをエルから聞いたアリスが、手持ちの結晶をいくつか譲ったものである。

 これらは研究室から持ち出した結晶なため貴重なものではあるが、マナも半分ほどしか残っていない使いかけなために、そこまで大切なものでもない。

 であれば丁度よい使い道だろうということで、数回分の甘味の奢りと引き換えに渡したものである。



「短距離であればマナ結晶は不要ですし、慣れれば連射もできると思いますよ。何なら、矢も弓もなくても撃てるはずなんですけどね。」


「うーん…弓矢がないとちょっとイメージがなぁ…アリスちゃん、後で実演やって見せてくれる?」


「ええ、構いませんよ。アッシュさんも、だいぶ動けるようになりましたね。」


「まだ一息程度しか動けないがな…出来れば戦闘中はずっと続けられるといいんだが。」



 アッシュは数秒程度であれば、肉体強化を続けたままで動くことが出来るようになっていた。

 それだけでなく、現在は日常的に筋力を上げるイメージを保ち続ける練習を行っている最中である。

 重いトゥーハンドソードへと獲物をかえることができたのも、その恩恵のためだ。



「日常でも強化をし続けておく練習を続ければ、そのうち強化した状態が自然に出来るようになると思います。モンドさんはー……」



 モンドは魔法自体は十分器用に扱えてしまっているため、正直アドバイスがしづらい。

 しいて言うならば、もうちょっと柔軟にイメージを広げるようになってほしいのだが…言葉で言って伝わるようなことではない。



「…え、私は何か言ってもらえないんですか?」


「…リコちゃんの教育に悪いような使い方は見せないようにしてくださいね?」


「僕だけひどくありませんか!?」



 自身の扱いに抗議の声を上げるモンドに、皆が笑い声をあげる。



 強大な魔物を跳ねのけ、皆が安堵をし始めたその時である。

 どこからともなく、何者かの巨大な遠吠えが、辺り一帯へと響き渡った。



 同時にアッシュやアリスが身構えるが、特に何かが襲い掛かってくる様子はない。

 だが、まだ遠くでこちらの様子を見ていたウルフたちが、一斉に森の中へと引き換えしていく様子が見えた。



 とっさにポーチから緑色の球を取り出すと、最後尾を走るウルフへとそれを投げつける。


 ウルフに当たった球は特に傷を与えるわけでもなく、衝撃で細かく砕け、ウルフの毛皮に緑色のシミを作る。

 そのままウルフ達は、森の奥深くへと去っていった。



「おいおい…あの特異種が親玉じゃなかったのか?」


「あの大きな声は…やはり、北東の方ですね。」



 どうやら今回の騒動は、まだ終わりとはいかないらしい。



----



 ウルフたちが去って行った後、戦場の後片付けは衛兵たちへと任せ、アッシュとアリス達は門の脇に構えられた衛兵の詰め所を訪れていた。



 そして現在この部屋には、モンドと共にこちらへ来ていたギルド長が控えており、アリス達の帰りを待ちかねていた。

 だがその顔はやはり渋く、苦々しい表情をしている。



「先ほどの遠吠え…やはり、原因はまだ居そうか?」


「そうですね。…おそらく、あれよりももっと大きいウルフの特異種がいるんだと思います。」


「あれより大きいやつか…ちょっとシャレにならんぞ。」



 アッシュが肩をすくめる。


 先ほどはなんとか誰も怪我することなく倒すことが出来たが、次もうまくいくとは限らない。

 もしも初撃で脚を奪うことが出来ていなければ、恐らくはもっと苦戦をしていたことだろう。



 そして、先ほどの特異種を倒した時点で気づいてはいたのだが…街を覆う不自然な吹雪が、止む様子がない。

 外をうかがうことのできる窓から降り続く吹雪を一瞥すると、ため息とともに、ギルド長が言葉を出す。



「この吹雪も、そいつの仕業だと思うか?」


「可能性はあると思います。このままこの吹雪が続くと、やはりまずそうですか?」


「数日程度であれば、この地方ではよくあることではある。だがまだ時期が早すぎるし、これがひと冬続くようであれば、燃料がまずい。」



 どうやら、このまま街に籠城…というのは難しいらしい。

 もしもこの吹雪が魔法によるものであるならば、それを起こしている何者かの気分次第では、この吹雪はいくらでも続く可能性があるのだ。



「先ほど、逃げるウルフにマーキングをしておきました。今であれば、追うことが出来ます。」


「だが…本当に行けるのか?」


「はい。この程度なら、私たちにとっては雨が降っているのと大して変わりません。それよりも、完全に雪が積もってしまった時の方が問題です。」


「そうか…無茶な依頼を頼むことになってしまい、本当に済まない。この吹雪を起こす原因を、止めてほしい。これはヴィルドーのギルド長としての、正式な緊急依頼だ。」



 ギルド長が、悲痛な顔でアリス達へと依頼を行う。

 アッシュはその肩を叩き、彼を元気づける。



「まぁ、アリス達なら大丈夫だよ。なにせ、あれよりもっととんでもない奴も、素手で倒しちまったくらいだからな。それに、俺たちもまだ休む時間じゃなさそうだ。」



 アッシュが門の外へと注意を促すと、先ほどからエルが、街の外を警戒しながら手で合図を送っている。

 どうやら、まだ魔物の襲撃もまだ終わってはいないらしい。



「そういうわけで、こっちは任せな。まぁ最悪、しばらくは街に籠ってやり過ごすから安心しろ。」


「分かりました。くれぐれも、無理はしないでくださいね。」


「それはまぁ、こっちのセリフだろ。まぁ、そんなに心配もしてないがな、師匠!」


「ですから、師匠はやめてください!…それでは私たちはちょっと、吹雪を止めてきます。ついでに少し、片づけてから行きますので、後は頼みますね。」



 アリスはそういうと、再び通用門を抜けて、街の外へと出る。

 まだ姿は見えないが、森の奥から大量の魔物の気配がこちらへと向かってくる気配を感じる。



「モンドさん、はやり地面から離れてしまうと、魔法の維持は難しいですか?」


「…はい。やはり、地面に直接触れていないと、操作できるイメージが安定しそうにありません。」


「そうですか。それでは、森の空に向けて、出来るだけ大きな岩の塊を投げていただいてもよいですか?」



 そういうとモンドは短い詠唱を呟き、杖の先を勢いよく地面へと叩きつける。

 すると、モンドの目の前の地面はまるで爆発したかのように勢いよく噴出し、小屋ほどもある巨大な岩が空中へと放り上げられた。



「だいぶ大きくなりましたね。あれは、モンドさんが生み出した岩の塊です。ですので、モンドさんはアレを操作できるはずです。」



 モンドは岩を操作しようとイメージを練ろうとするが、宙を舞う岩を維持するのに精いっぱいで、それ以上のイメージをすることが出来ない。

 ここでイメージを解いてしまえば、岩の塊は即座に崩れてただ砂と小石が地面に降り注ぐだけになるだろう。

 


 代わりにアリスが岩に向かって手をかざすと、モンドのために、そのイメージを詠唱として聞かせる。



「岩は、崩れれば礫となります。そして礫は、勢いを増せば骨をも砕く。ならば、砕けた岩は礫の嵐となり、すべてを打ち砕くことが可能です。」



 アリスがかざした手をグッと握ると、宙に浮かんだ岩はまるで砂糖菓子のように粉々に崩れ、小さな礫が森へと降り注ぐ。


 だがそれは重力によるそれよりもはるかに速く、まるで小さな火の矢のように、不自然に加速をして赤い尾を引きながら森へと降り注いでいく。


 礫の嵐を受けたことで地鳴りのような轟音の響く森からは、そこらかしこで枝や幹を打ち砕く音や、幾多もの魔物の断末魔の声が響いている。



「空を流れる流星は、その本質は、遥か彼方から落ちてくる巨大な岩です。ですので、アレだって岩なんですよ。それでは、私たちは行ってきますね!」



 そういうと、いまだバキバキとそこらで崩落する音の聞こえる森の中へと、走っていく。

 マリオンも軽く会釈をすると、そのあとについて暗い森へと潜っていった。



 それと入れ替わるように、森からはザワザワと、小さな魔物がうごめく気配が濃くなっていく。



「流星の本質は岩ですか…無茶を言います。」



 そういうと、先ほどアリスの見せた流星雨を、モンドなりの解釈で反芻し、そのイメージを固めていく。

 まだあれほどのことは出来そうにないが…アリスがいつも見せていた、握りこぶしほどの礫を降らせるくらいであれば、何とかできそうな気がしてくる。



「さて、随分と団体様みたいだな。」


「うへー…矢じゃいくらあっても足りないかも。久しぶりにスリングを使うかぁ。」



 そういうと。エルは腰の後ろへと回していたバッグへと手を突っ込み、その中から皮でできた紐を取り出した。


 これは石礫を弾として飛ばすための、簡易の投石器である。

 幸い、先ほどの余波により、そこらにはいくらでも弾となる礫が転がっていた。



 そして森を揺るがす振動はついに森の切れ目へとたどり着き…大量のホーンラビットの群れが、ヴィルドーの街へと襲い掛かった。



「ラビット肉はもう飽きたんだってばー!」



 そう叫び、エルはくるくるとスリングを高速回転させると、辺り一面を埋め尽くすラビットを目掛け石の礫を投擲し始める。

 今日のヴィルドーの夜は、とても長くなりそうである。





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なんだかんだで投石ってかなり強いらしいですね。

ただ、実際に戦場で使うとなると直ぐに手頃な石がなくなってしまうとかなんとか。



【魔法の持続性について】


魔法では、基本的に無から有を生み出すことは出来ません。

強引に出力を上げれれば多少は出来なくもないのですが、魔法が切れるとまたほどけるように消えて行ってしまいます。


土の魔法のように、元からそこにあるものを利用する場合は物質自体は残りますが、魔法により起こしていた不可思議な現象は元に戻ってしまいます。

そのためモンドが作り出している岩壁や岩石は、魔法が解けると元の土くれに戻ってしまい、自然と砕けてしまいます。

ただし、岩から土へと変化をさせた場合は岩には戻らず、元の岩を砕いたようなつぶてへと変化をします。


これは魔法のイメージが切れたことで、世界が元ある形に戻ろうとするためにおこる現象です。

その際完全に元に戻るのが難しい場合には、ある程度近しい状態まで戻ろうとするようです。


ただし、魔法で形を変えられた状態が不自然とならない場合には、生み出されたものもそのまま残り続けます。

例えば土を掘りだして堀を作ったり、大気に干渉して降雪量を多くする、といった場合であれば、構造物や積もった雪はそのまま残ります。




とてもどうでもいいことですが、本日誕生日です。

☆ください(強欲)

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【二章開始】TS美少女メイドゴーレムはデウス・エクス・マキナの夢を見るか 寝る狐はそだつ @GrowingSleptFox

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