それでも駄目なら■のせい

目々

chaff

 そんなにびっくりするかね。今だったらそんなに珍しかないだろ、こんくらい。


 左耳が七つで、右耳が五つな。左のインダストリアル──このざぷっと棒刺さってるやつね、これは最近開けたばっかり。元々高校んときに校則ユルかったんで幾つか開けてたんだけど、そっからまあ、ずるずる増えてったっていうか。数にこだわりみたいのはないけど……何だろうね、足すと十二でいい感じじゃない? きっかり一ダースみたいな。そんくらいには何にも考えてない。気が向くか面白そうなピアスを見つけるかで増えてくってくらいだし。


 つうか今更気づくことでもないでしょ。バイトでもほぼつけっぱなしだし、毎日とは言わずとも、そこそこシフトかぶりで顔合わせてるんだからさ。髪に隠れてるって言われたらしょうがないけど……どうにもならないんだよ元々毛量あるんだから。母方からしてみんなして癖強いんだよな。梅雨の日なんかアホみたいに跳ねるし膨らむし。あとは人の耳なんかあんまり見やしないってことだろうけど。耳の割に格好地味だってのはまあ、言われるけどね。その辺はあんまり興味ないんだよ。浮かない程度にってくらいなら分かるけど、そこは本題じゃないっていうか。


 まあ、分かってっけどね。何見えたのお前、指? それとも──あー、三本も見えたの。そりゃびっくりする。


 隣に座った途端に黙って煙草落とすんだもん、俺もびっくりしたけど。喫煙所にいただけでビビられるような真似はしてねえぞって考えちゃったもんなあ。

 まあね、大概そういう反応するやつの理由は分かってるんだけど。それでも一瞬ね、迷うっていうか、ね。ごく稀にいるじゃん、挨拶しただけで飛び上がってびっくりするようなやつ。そういう感じの方をね、一応。でもお前結構図太いからね、俺相手にそんな敏感な反応するタイプじゃないじゃん。だからさ、そうだろうなあって決め打ち。悪かったね、脅かして。俺が悪いかどうかはともかくとしてさ。


 そうやって見たやつがぎょっとすんのは知ってんだけど、俺にはあんまり見えないんだよね。

 すげえ落ち込んだときとか、もうべろんべろんに酔っ払ってるときとかに油断しきって鏡見たりすると、耳元とか頬のあたりに伸びてる指と目が合ったりする。……うん、変な表現だってのは分かってるけどね、そういう感じの動きをすんのよ。あっ見つかった、みたいにすっと引っ込む。ひっかき傷一つ残さずに、つつかれたカタツムリが角をしまうみたいに、な。

 そういう限られたタイミングじゃないと見えないし、触られてどうこうみたいのもないから、実感もあんまりない。これ言うと大抵正気かよみたいな顔されるけど、事実そうなんだもの。見えないし触れもしないもんを怖がれって、結構高度な要求だと思うよ俺は。


 何なんだって言われたら説明はする、できるけどさ、あー……昔の女と、弟、かなあ。多分、がつくけど。心当たりがそれしかないから、それなんだよ、きっと。


 何やらかしたかったらまあ、そんなに面白いもんじゃない。つうか俺は何もしてない、かな。

 ざっくり言うと、彼女を弟に寝取られて彼女がなんか責任とか感じて飛び降りて葬式には呼んでもらえませんでした、みたいな。

 彼女ねえ、高校んときの後輩で……俺が大学進学して都会こっちに出てくことになって、でも待てるし遠距離でも大丈夫でしょうみたいな感じでお付き合いしてたら、いつの間にか弟に手出されたか出したかでなあなあで一丁上がってたんだよねえ。俺は全然気づかなくって、まめにメッセージ送ったり週三で通話したり、呑気に月一で地元帰ってデートしてたり、将来彼女が上京してきたら同棲どのタイミングで持ち掛けようとかその前にご両親に挨拶だよなとかそういうことを考えてた。あれよ、内緒でインテリア見に回ったりしたからね。結論としては俺本当に家具とかどうでもいいんだなあってことに気づいただけだったし、だから彼女の希望があるならそれに全部合わせようみたいなことを思っただけだった。全部駄目になったけど。


 なんでバレたかったらあれよ、俺が実家に予告なしで帰ったら、現場に行き遭っちゃった。


 どうにもなんないだろ、取り繕いようも誤魔化しようもない。疑惑とかそういうのなしに、いきなり現行犯やらかしてるところにぶち当たっちゃったんだから。

 七月のクソ暑い頃でさ、お盆にも帰る予定だったんだけど、少しでいいから彼女の顔が見たいなって考えちゃったんだよね。実家に連絡とか別にいいだろすぐ帰るし、って感じで電車乗ってさ。土曜だったからちょっと混んでたけど、何のイベントもない時期だったから全然許容範囲だったしな。

 午後の日射しにじりじり焼かれて汗だくになって玄関開けて、どうも皆出かけてんのかなって具合の雰囲気でね。それは別に良かったんだよ、連絡しなかったのはこっちだし。休みの日にどこ出かけようと人の勝手だ。


 ただ、ね。玄関の端に、見慣れない女物のサンダルがあった。けど、母さんのかなって思ったんだよね。こう、普段履きとは違うよそいき用みたいな洒落たやつ。

 そこで気づけばよかったんだろうけど、人の靴なんか見分けようと思ったこともなかったからさ。見過ごしたんだよ。


 二階に上がって適当に自室に荷物置いてから、そういや弟も見てねえなって部屋行って、面倒だからノックなしでドア開けて──うん、まあ、そうね。マナーとして散々言われるだけはあるね、入室時のノック。プライベートに踏み込むんだからさあ、そんなもん不意を打ったらお互い見たくもないもんを見ることになるに決まってるんだから……。


 床にね、ワンピースが落ちてた。薄い青色でさ……どうしてか、抜け殻みたいだって思った。本体、隣のベッドにいたし。

 目が合って、そのタイミングでそういやこの服俺とのデートで着てたなってのを思い出した。


 そんでまあ、ここまでも大概よくある話だけど、その後も普通にあれこれあって、俺はひたすら狼狽えてたし、彼女はずっと泣いてたし、弟は何も言わなかった。

 そこまで平均外れたことはなかったな。修羅場っつって想像できるやつで刃物抜きにすればおよそ合ってる。面白みがないったらそうだけどな、だって俺も弟も彼女も普通の人だかんね、そんなとこに独自性なんてもんは出せなくって当たり前だろ。

 そこからしばらくして、地元の友達伝いに彼女が死んだってのを知らされて、葬式には来ないでくださいみたいなこと言われてまあそうだなって納得したわけだ。刺されないだけ良心的だったと思うよ。俺らなんかのためにご両親が前科者になったら、それはそれで駄目だろうけど。


 そういう何やかんやがあってから、たまに俺の耳元見て腰抜かしたりすげえ顔して逃げたりする人が出るようになって、俺もちょっと見たりして、あーまーそうだろうねって諸々を納得してるってわけだよ。話の流れ的にはさ、分かるじゃん。……そんだけって言われたら、それもまあ、分かる。もっとやられてもおかしかないもんな、顛末としては。


 で、そっちは彼女の方。お前が見たのもそうだろ、白くて細くて爪が小さい、女の指。

 たまに男の指が見えたってやつもいる。で、それは弟の方だろうなって思ってる。


 あ、先に言っとくけど弟は生きてるからね。

 仲良し兄弟ってわけにはいかないけど、盆と正月に実家で顔合わせるくらいの付き合いはある。まあ、会話は弾まないし目逸らされるけど。しょうがないったらしょうがないやな、俺としても未だに何を話すべきかが分かんないもん。どうしたって今更だし、意味もないしね。

 じゃあ何で見えるんだったら……なんだろうね、生霊? 死んでたら死霊だもんな、当たり前だけど。霊のあれこれって単語多いから困るよな、亡霊、怨霊、悪霊……これ言ってて思ったけど、亡霊はともかく怨霊と悪霊は生霊でも成立するな。だって怨んで悪いやつが生きたまま化けて出ればいいわけだろ。そうなったら何だ、生怨霊とかになんのかね。生フィルムみたいでなんか面白いな。

 そっちもどうしてかってのは分かんないけど、そもそも何であいつが彼女に手出したのかも聞いてないからなあ。俺んとこに出てもどうにもなんないだろ、そもそも生霊寄越すよりも直に聞くなり殴るなりした方がいいだろうにね。昔っから分かんないやつだけど、未だに何にも分かんない。身内なのにな。


 あー……そのな、元気出せよ。

 話したのは俺だけど、そこまで気まずそうな顔されると、困る。

 別にもう気にしてないっていうか、持ちネタの一個ぐらいにしてるからね。そもそも俺から話し出してるんだから、その時点である程度は飲み込めて整理できてるわけよ。……死人をネタにすんなって言われたらその通りだけど、だからって黙っておくのも無理だろ、こんなん。雑談の種ぐらいにはなってもらわないと、俺の気が済まない。綺麗さっぱりいなくなってくれてんならまだしも、こうやって未練がましい真似してくれてるわけだから、尚更。


 その辺片付いて、もう三年は経つんだけどね。──意外そうな顔されると困るな。いくつに見えてんのか知らないけど、一応三十路近いんだよね、俺。その歳でバイトかよって言われたらそれなりに困っちゃうけど。いいんだよどうせそこまで長生きしたくないもの。そのためにほら、毎日適切な量の喫煙を欠かさないわけで。ささやかな努力だよ。ちゃんと銘柄もほら、ラキストなのよ。聞いたことない? 天国に一番近い煙草、みたいな冗談。


 でね、ここまで話せば分かってるだろうけど、って口実なんだよ。


 何がですかってほら、耳。この年でじゃらじゃらのぷすぷすにしてる理由。

 みんなしてその、変なもんを見てびっくりして、なんか気まずそうな顔をするもんだから……びっくりした理由に当てはめられるもんを作ってあげた方がいいよなって、このありさまなわけ。

 や、趣味も八割くらいあるけどね。楽しいでしょ、耳元じゃらじゃらさせとくのって。合法的に身体に穴開けられるってのも、悪いことしてる感じで。それにさ、お化け見てびっくりしましたってのとすげえピアスでぎょっとしましたってんなら、正気を疑われずに済むだけピアスの方がマシじゃん? 人の格好にそれは失礼だみたいなこと言い出したらきりがないけど……あ、俺は別に気にしない人。びっくりするもんはするよなあ、俺だって前に始発乗ろうと駅行ったらボウリングのピンみたいな人見つけてぎょっとしたことあるもん。白塗りのハゲで服も白でチョーカーだけ赤いの。怖かったなあ、都会のデカい路線ならともかく、一時間に一本しかこないようなローカル線でそんなん会うなんて思わないもん。


 ……まあ、あれだな。お前がどう思ったかは知らないけど、基本は見えるだけらしいし。大丈夫だろそんなに怖がんなくても、多分。もし駄目だとしてもどうにもならないだろうし、な? ──冗談だよ。そもそも駄目になるなら俺が先だろうしさ。だからそんな顔すんなよ、悪いことした気になっちゃうから。


 今後どうなるかってのも全然分かんないんだよね。

 俺はお化けに詳しいわけでもないし、坊主とか霊能者その手のやつもなんか信用なんないし。生きてる人間相手にしたって拗れるときはめちゃくちゃになんのに、死んでたら尚更どうにもならなくねえかとは思うんだよな。

 まあね、とりあえず三通りじゃない? 俺が忘れるか、彼女が諦めるか、弟が──許すか? じゃないかなって気がする。この状況の打開策がさ……どれもこれも無理っぽい気がするけどね、現状。じゃあ現状維持しかないんじゃないか。解決しないんなら、なかったことにならないんなら、保留して先延ばしにするしかない。ピアスの穴なら放っときゃ埋まるんだけどな、お化けに関してはそういうわけにもいかなそうでな。


 そういうわけでね、あー……とりあえず煙草、一本やるよ。

 俺のせいで落としたの、かわいそうではあるし。後はほら、口止め料みたいなね。そこまで切羽詰まっても何でもないけど、一応ね。悪いもん見たね、本当に。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

それでも駄目なら■のせい 目々 @meme2mason

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説