夕焼けと焼き芋と、近所の彼と
真衣 優夢
秋のひととき
最近は、私有地であっても焚火をしてはいけない。
小さな焚火でも許されない。すぐに誰かに通報され、消防車とパトカーが煙を頼りに飛んできて、ものすごーく怒られる。
だから、今この状況は、想像以上に危険で心臓が高鳴る時間だった。
「七瀬、そっち転がせ」
「了解。そっちはどんな感じ?」
「うーん…もうちょい火を通すかな」
おじいちゃんの畑の隅で、私は幼馴染の陽平と焚火をしている。
おじいちゃんの許可はもらっているが、おまわりさんの許可は出ない。出るはずがない。
ぱちん、と水分が混じった枝が爆ぜた。
火の粉が散って、私は「あつっ」と顔をかばった。
「気をつけろ、火傷するぞ」
陽平は着ていたパーカーを私の頭にかけると、もとの位置に戻っていった。
「陽平。これポリエステルだから、火の粉で穴あくよ」
「ボロだからいーよ別に」
いつも着てるのに?
気に入ってるんだと思ってた。
借りたものを燃やしたくはないから、私はさっきより火の粉に気を付けた。
オレンジと黄色がゆらめきながら混ざる。空も、焚火も、同じ色。
顔が火照る熱。肌寒い季節なのに、汗が伝う。
心臓がどきどきするのは、おまわりさんがいつ来るかわからないから。
大きな枝を焚火に差し込んで、アルミホイルで包んだ芋をやさしく転がす。
直火のほうがおいしいとおじいちゃんは言うけど、焦げるし、なる早で焼いて焚火を消さないといけないから、熱伝導がいい方法を選んだ。
「そろそろいいんじゃないか。
一個あけてみろ。
軍手ちゃんとしろよ」
「わかってるよ」
「軍手に火の粉が飛ばないようにな」
「わかってるってば」
あつあつのホイル焼き芋。
木の枝で手繰り寄せて、軍手の指先でつつく。
ものすごく熱い。
私はいったん紙皿に焼き芋を移して、割りばしでホイルをほどいていった。
「わあ…!」
ふわんと浮かぶおいしい湯気のかたまり。
湯気がもう甘い。
焼き芋は紫の皮がパリパリになっていて、簡単にはがせそうだった。
皮が割れた合間から、輝く蜜の黄金色。
割りばしをしっかり差し入れたら、ほどよく貫通した。いい感じに中まで焼けている。
「陽平、そっちももういけるよ」
「おう、取り出したらすぐ消火!」
焼き芋を救出し、私と陽介は協力して、バケツ5杯の水で焚火を消した。
煙がくすぶってもいけないから、水浸しになるくらいにして、焼け残った枝と灰を踏みつけて地ならししてから、もう一杯、追い水。
これで消火は完了!
陽介は私の隣に座って、私と同じように紙皿に焼き芋を乗せた。
さつまいもを焼いた甘さは、ふかし芋とは全然違う。
濃厚な水分、あふれる蜜、繊維がやわらかでふわふわなのは育てたおじいちゃんのおかげ。
割りばしで掴んで、黄金色を小さく取り出して、ふー、ふー、する。
炎の中で転がしたお芋は、なかなか冷めない。
待ちきれずに口に入れると、舌が焼けて肩が飛び上がった。
「七瀬!水、水!」
「んう」
陽介からペットボトルの水をもらって、半分ほど一気に流し込む。
熱かった。舌もそうだけど、あのままなら喉も焼けていたかもしれない。
水グッジョブ。陽介ありがとう。
今度は入念に冷まして、ひとくち。
みずみずしい甘さがじんわり口にしみこむ。自然の、土から生まれた甘さは心をほっとさせる。
じっくり噛むと、頬にまで甘さがきゅんとして、幸せに包まれた。
「おいしい…!」
「うん。めちゃくちゃ美味い」
陽介は3つ、私は1つ。
食べられる分だけ焼いた焼き芋は、あっという間に口でとろけていった。
もう一個焼いてもよかったかも?
「七瀬」
「ん?」
「三個はちょっと多かったわ」
陽介がそっぽをむきながら、自分の分の最後の一個を半分に割って、私に差し出していた。
嘘ばっかり。四個でも完食したでしょ、サッカー男子。
「いらないなら持って帰れよ」
陽介は、私に強引に焼き芋を手渡して、ズボンの草を払い、「ごちそうさん」と言い残して帰っていった。
すぐ近所だから、陽介の家の玄関があく音も、閉まる音も聞こえる。
私は、パーカーを借りっぱなしだったことも思い出した。
帰りに寄っていけば返せるけど…洗ったほうがいいかな。
それにしてもこのパーカー、ほんとにぼろぼろだ。
袖丈もあってないんじゃないかな。
ああ。そっか。
思い出したよ。
中学1年生のバレンタインだ。
私は、手作りチョコに悲惨なほど失敗した。
その時好きだった先輩にあげたくて、できなくて、泣いていた私を、陽介はぶっきらぼうに慰めて、「じゅうぶん食える」と、失敗チョコを全部食べてくれた。
がり、ぼりゅ、と、チョコでは絶対に出ない音が出てたのに、全部食べてくれて。
申し訳なくて、私はホワイトデーに、陽介に深緑のパーカーをあげたんだ。
サッカー頑張って、って意味と、チョコの供養ありがとうって意味と。
その時の私は鈍感で、陽介の気持ちにぜんぜん気づいていなかった。
今はね。
焼き芋に誘うくらいには意識していて。
二人でドキドキしながら焚火して、同じものを食べたいなって思うくらい、思ってて。
向かい合った火の向こうで、ずっと顔を見てたから、私の顔はあんなに火照ったんだよ。
陽介はうつむいていたから、気づかなかったでしょ?
もらった焼き芋、どうしようかな。
このまま食べちゃうのももったいない…と思ったら。
私のに比べて、陽介の焼き芋はかなり焦げていた。
焦げ目があったほうがおいしいかもしれないけど、ここまで焦げたら食べる部分が減っちゃう。
考え事をして、焼きすぎちゃった?
食いしん坊の陽介が?
『気をつけろ、火傷するぞ』
今思うと。
私に火の粉が飛んだ時、すごく素早くなかった?
視線は芋を見てたくせに。
こっちなんて、全然見なかったくせに。
私は帰りにコンビニに寄って、生クリームやらいろいろ、ちょっとずつ買った。
おいも半分を裏ごししたら、カップケーキ一個に満たない量になった、混ぜるだけのかんたんスイートポテト。
いつも私のそばにいてくれる、ご近所の男の子へ。
今度のスイーツはじゃりじゃりいわないから、安心して食べてね。
パーカーに袖を通してきた私に、すぐ返せっていうかな?
ちゃんと、中身ごともらってくれるかな?
秋の夕暮れは、好きって言うにはまだ恥ずかしい。
それでも、玄関のチャイムは路地に明るく鳴り響いた。
おわり
夕焼けと焼き芋と、近所の彼と 真衣 優夢 @yurayurahituji
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