全知全能神の書架

加賀倉 創作【ほぼ毎日投稿】

全知全能神の書架

 神は、天地を創造した。

 闇に光をつくった。

 天をつくった。

 大地と海を作った。

 太陽と月と星々をつくった。

 をつくった。

 書架は空っぽだった。

 そして神は……


 ある『生物』を生み出した。


 そもそも生物を生み出したのは、神が孤独を紛らわせるためだ。

 

 空から地を見下ろし、生命の営みを観察することで、自分は一人でないのだと、胸を撫で下ろすのだ。


 神は、最初の生物の誕生をひどく喜んで、『バクテリア』という文字が背表紙に描かれた、一冊の本を、自らの書架に加えた。


 バクテリアは、まるっとした、グニョグニョうごめく単一種に過ぎない。


 バクテリアだけの生物世界は、あまりにも変わり映えがせず、単調なのに飽きた神は、バクテリアを『進化』させ、見た目に変化をつけたいと考えた。


 しかし、進化には、途方もない長さの時間が必要だ。


 バクテリアには寿命があったので、きたるべき進化の日まで、彼らには『繁殖』し続けてもらう必要があった。


 神は、バクテリアの遺伝子コードを一部書き換えることに成功した。


 結果、バクテリアはその存在意義なぜ生きるかを、繁殖、つまり種の存続に見出すようになり、そこに源泉リソースの全てを注ぐようになった。


 時は経ち……


 神の思惑通り、原初の生物バクテリアは進化を繰り返し、多種多様な別な生物へと分岐した。


 その数、今や数千万種。


 しかし、生き物はあまりに増え過ぎた。


 書架から、生物のことを記した本は溢れ出て、そこいら中に山積みになっている。


 そう、ついに生物たちを管理しきれなくなったのだ。


 そこで神は、今度は種を『削減』しようと考えた。


 神は、進化した生物の中でもひときわ知能が高かった『ヒト』という生物に対して、かつてバクテリアに施したように遺伝子コードの一部書き換えを行った。


 すると、生物の中でヒトだけが、繁殖ではなく『多種の撲滅』という、狂気パラノイア的行動を第一優先事項とするようになった。


 ヒトは、『科学』という魔法のようなすべを駆使してその数を爆発的に増やし、山や草木を妙ちくりんな置物オブジェに置き換えていった。


 この、ヒトによる『自然の破壊』によって住みを奪われた生物たちは、一種、また一種と、絶滅していった。


 神はこれを有りがたがり、書架から溢れた生物たちの本を、焚書焼き捨てした。


 が。


 神にとっても誤算だったのだが、ヒトの言う『多種の撲滅』は、同種の中の僅かな差異を持つ者に対しても適用された。


 つまりは、同士打ちだ。


 それは日に日に激化していき……


 ヒトは、科学を駆使して『核』なるものをつくった。


 これを、神は看過しなかった。


「ヒトよ、わしは、何もそこまでやれとは言っていない。自然を壊して、生物たちをいくらか絶滅に追い込むだけでいいのだ。さすれば種は減り我が書架に空きが生まれる。そんなものを使って全て消し飛ばしてしまっては、書架は空っぽになり、またわしは……ひとりぼっちになってしまうではないか」


 神は、再びヒトの遺伝子コードを一部書き換え、大量破壊兵器『核』を封じた。


 しかしヒトは、やはり問題行動を起こした。

 

 増え過ぎたヒトの、削減。


 もはやヒトの数の増加は、天地をひっくり返すような手段を用いない限りは抑えられないほどに、加速度的に進んでいた。 


 他の生物を絶滅させるなどと言う前に、増え過ぎたヒトをどうするか、という問題を解決することが、人にとっての最優先事項となったのだ。


 そう言うわけで、ヒトの中でもとりわけ知能指数の高い集団は、生物兵器によるヒト削減を画策した。


 神が生物の種を削減せんとしたように、ヒトもまた、ヒトの数を減らそうとした。


 つまりヒトは、神の真似事をし始めたのだ。


 神は、このヒトによる真似事に対し、ひどく腹立てた。


 何度も何度も、ヒトの遺伝子コードを書き換えて制御を試みたのだが、ちっともうまくいかない。


 神の忍耐は限界を迎えた。


「ヒトよ、神はこのわし、ひとりだけでよいのだ!!」


 神は、その手に太くまぶしい光の束を生み出す。


 そしてそれを、天から大地に向けて、放った。


 神鳴かみなりだ。


 ヒト含め、生物は全て息絶えた。


 神がこつこつと記し残していった書架の本も全て、瞬時に灰となった。


 大地には、黒く焦げた何かだけが残り、神はまた、ひとりぼっちになった。


 神とて、采配を振るうのは容易ではない。


 他者は、思い通りにいかない。

 

 神は全知全能ではない、いわんや人間をや。


 我々ヒトは、

 全てを知った気になって、

 全てを征服した気になって、

 驕り高ぶってはいけない。


 ヒトよ、謙虚に生きよ。


〈明るい未来へと続く〉

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