駐車場であった話

高山小石

………

 当時の駐車場は坂道の途中にあった。

 下道から見上げると、二階建て戸建の高さに、トタン板の柵の隙間から車が見えた。コンクリートで覆われた崖は、子どもが手をつかずに駆け上れるか挑戦したくなる急勾配だった。


 そこそこ広い平面の青空駐車場だ。

 個人管理だからか、敷かれたコンクリートの一部がくぼんで割れたままになっていて、雨が降ったあとのくぼみは、長い間、水たまりであり続けた。

 子どもは喜んで遊んでいたが、うっかりはまって泣くこともあった。

 私は車の出し入れの際、水を跳ね上げないよう、晴れの日も気をつけねばならなかった。


 当時から良く眠れなかった私は運転を避けていたが、相方が入院したため、毎日のように車で少し離れた病院へと通う次第となった。


 病院から帰宅中のある日、意識が朦朧もうろうとして、目も良く見えなくなり、このまま運転を続けるのは危険だと判断した私は、広い路肩で駐車し、目を閉じて少し休むことにした。


 路駐だし、同乗の子どもが退屈するから長くは休めない。なんとか運転できる状態まで回復して、とにかく家に帰ろうと集中した。


 目が見えるようになると、刺激のある飴を口にふくみ、腕に噛み跡をつけながら、ようやく見慣れた駐車場へと帰り着いた。


 ……無事に帰れて良かった。


 あとは駐車するだけだと、バックで車止めへと入庫していたとき、ふっと意識が眠気にのまれた。


 その瞬間、脳裏に、自分の車が、うしろから落ちる映像が見えて、反射的にブレーキを踏んだ。


 遅れて、車につけているセンサーアラームが、ビィーッとけたたましく鳴り響いた。


 大きな音に意識も浮上し、見えている景色に違和感を覚えて、エンジンを止めて車から降りた。


 私が見たのは、車止めをこえて、崖の上の柵にめり込んだ車だった。

 いつもと駐車位置がずれていたから、見慣れない景色にうつったのだ。


 トタン板の柵は大きく歪んでいた。

 あとほんの少し気づくのが遅ければ、柵ごと車は下道へと落ちていただろう。私と子どもを乗せたまま。


 状況が理解できた瞬間、音が聞こえるかと思うほど心臓が動くのがわかった。

 

 教えてくれてありがとうございます……!


 あてもなく、ただただ心から感謝して、車を本来の位置へと戻した。

 越えてしまった車止めを再び越えるにはアクセルを強く踏み込まねばならなかった。


 このときのことを思い出すたび、恐怖で身が引き締まり、同じくらい世界に感謝している。

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駐車場であった話 高山小石 @takayama_koishi

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