後編『三叉槍無双』
レオニード・ブレジネフ書記長との再会の数日後、ヴィクトル・モチュルスキー大佐は、北ベトナム南端の都市ドンホイ郊外に到着した。
ベトナム到着から、三日が経過した。相変わらずモチュルスキー大佐は、一人と、一羽と…………
\ブゥンブゥンバチバチ/\ブゥンブゥンバチバチ/\ブゥンブゥンバチバチ/\ブゥンブゥンバチバチ/\ブゥンブゥンバチバチ/\ブゥンブゥンバチバチ/\ブゥンブゥンバチバチ/\ブゥンブゥンバチバチ/\ブゥンブゥンバチバチ/\ブゥンブゥンバチバチ/\ブゥンブゥンバチバチ/\ブゥンブゥンバチバチ/\ブゥンブゥンバチバチ/\ブゥンブゥンバチバチ/\ブゥンブゥンバチバチ/\ブゥンブゥンバチバチ/\ブゥンブゥンバチバチ/\ブゥンブゥンバチバチ/\ブゥンブゥンバチバチ/\ブゥンブゥンバチバチ/\ブゥンブゥンバチバチ/\ブゥンブゥンバチバチ/\ブゥンブゥンバチバチ/\ブゥンブゥンバチバチ/
数万匹で、のっしのっしと歩き続ける。
モチュルスキー大佐が目指すのは南だ。現在、ベトナム・ラオス・カンボジア三国の国境付近を南北に走る、ホーチミンルートを南下中だが、つい数時間前、南ベトナム側の
気づけば、モチュルスキー大佐を取り巻く熱帯雨林は、コーカサスオオカブトの羽音を除いては、不気味なほどの静寂に包まれている。何か……起こりそうな予感だ。
何かを察知したモチュルスキー大佐。
岩陰に隠れると、ホバリングするカロリサンズゥクとコーカサスオオカブトたちに向かって、妙なハンドサインを送る。
一羽と数万匹の同胞は、モチュルスキー大佐の意図の全てを理解したようで、各配置に散っていった。
ガザゴソ、と、草木の揺れる音がする。
迷彩柄の中隊。
米軍だ!
米軍の存在を確認したモチュルスキー大佐は、突如、ブツブツと呟き始めた。
「コーカサスオオカブトの三本角は、ポセイドンの
すると直後、モチュルスキー大佐の声に呼応するようにして、青い空は黒い雲に包まれていった。
ポツリ、ポツリと雫が森中の葉を叩く音がする。
音の間隔は加速度的に
〈……ザザザザザザザザザザザザ〉
スコールだ。
米兵の中隊の方からは、こんな声が聞こえてくる。
「おいおい、これじゃ索敵できやしない」
「本当、厄介な雨だよな」
「それに一日に五回も六回も起きるんだ、早くアメリカへ帰って、お袋のチェリーパイが食べたいなぁ」
「だなぁ。この、バカみたいな戦争……いつまで続くんだよ」
そしてモチュルスキー大佐が、虎視眈々として、米兵たちを遠くから睨んでこう言う。
「今だ、俺の戦友たちよ」
合図が送られた。
\ドドドドドドドド!!/
【ウワァ! コッチニテキガイルゾ!】
機関銃の連射音と、
米兵の叫び声……
ではない。
コーカサスオオカブトの羽音と、
カロリサンズゥクの声真似だ!
銃声と叫び声を聞いた米兵たちはハッとして、アサルトライフルを構える。
「敵はどこだー!?
米兵の一人がそう叫んで聞くが、
見えるはずなどない。
【コッチダ! テキガオオスギテ、カゾエキレナイ!】
カロリサンズゥクは、大ボラを吹く。
米兵たちも簡単には信じないようで、
「本当か? さっきまであんなに静かだったんだ」
と言う者もいる。だがしかし。
「ああ、そうだそんなわけ——」
\ドドドドドドドド!!/\ババババババババ!!/\ドドドドドドドド!!/\ババババババババ!!/\ドドドドドドドド!!/\ババババババババ!!/\ドドドドドドドド!!/\ババババババババ!!/\ドドドドドドドド!!/\ババババババババ!!/\ドドドドドドドド!!/\ババババババババ!!/\ドドドドドドドド!!/\ババババババババ!!/\ドドドドドドドド!!/\ババババババババ!!/
再三になるが、
銃声ではない、
羽音だ、
とんでもなく、激しい。
「ななななんだ!?!? すごい音……きっとすごい数だ!!」
「敵はどこだ!? 誰か見たやつは!?」
「うおっ! 今、俺の横の木を弾が
「ああっ! こっちもだ!」
動揺する、米兵たち。
しかし、それは
〈……ザザザザザザザザザザザザ〉
空からの容赦ない、滝のような
さっきのは、水の
そして米兵たちの頭上、彼らからは生い茂る葉で見えない樹木のてっぺん付近には、
\ブゥンブゥンバチバチ♪/\ブゥンブゥンバチバチ♪/\ブゥンブゥンバチバチ♪/\ブゥンブゥンバチバチ♪/\ブゥンブゥンバチバチ♪/\ブゥンブゥンバチバチ♪/\ブゥンブゥンバチバチ♪/\ブゥンブゥンバチバチ♪/\ブゥンブゥンバチバチ♪/\ブゥンブゥンバチバチ♪/\ブゥンブゥンバチバチ♪/\ブゥンブゥンバチバチ♪/\ブゥンブゥンバチバチ♪/\ブゥンブゥンバチバチ♪/\ブゥンブゥンバチバチ♪/\ブゥンブゥンバチバチ♪/\ブゥンブゥンバチバチ♪/\ブゥンブゥンバチバチ♪/\ブゥンブゥンバチバチ♪/\ブゥンブゥンバチバチ♪/\ブゥンブゥンバチバチ♪/\ブゥンブゥンバチバチ♪/\ブゥンブゥンバチバチ♪/\ブゥンブゥンバチバチ♪/\ブゥンブゥンバチバチ♪/
コーカサスオオカブトたちが、次の
モチュルスキー大佐はと言うと、ずっと岩陰に隠れたまま、ほくそ笑んでいる。
「フフフ……もっと派手にだ!」
カロリサンズゥクが次なる一声を放つ。
【マズイ! オオゼイ! トツゲキシテクル!】
よく聞くと間抜けな声色だが、
それを聞いた米兵たちはもはや声を出す余裕も無く、
身構え、
森中の、
あっちを、
こっちを、
そっちを、
背後を、
コーカサスオオカブトたちは、大きな羽を、力一杯はためかせる。
\ダダダダダダダダ!/\ドドドドドドドド!!/\ババババババババ!!/\ダダダダダダダダ!/「くっ! 肩を打たれた!」(恐らくモチュルスキー大佐のトリプルバレルの散弾が当たったと思われる)\ドドドドドドドド!!/【カコマレタ!】\ババババババババ!!/\ダダダダダダダダ!/\ドドドドドドドド!!/【ギョエ!】\ババババババババ!!/【ドヒャア!】\ダダダダダダダダ!/\ドドドドドドドド!!/\ババババババババ!!/\ダダダダダダダダ!/【マズイ!】\ドドドドドドドド!!/\ババババババババ!!/【ウワァ!】\ダダダダダダダダ!/\ドドドドドドドド!!/【コンナノカテッコナイ!】\ババババババババ!!/\ダダダダダダダダ!/\ドドドドドドドド!!/【コノママダトゼンメツスルゾ!】【タイキャクメイレイハ?】\ババババババババ!!/〈……ザザザザザザザザザザザザ〉\ブゥンブゥンバチバチ♪/
モチュルスキー大佐は堪えきれずに思わず、
「クククッ……そろそろ、かな」
と笑い声をこぼす。すると……
米兵たちは一人の兵の元に集まる。
「西も東も! 北も南も! ひょっとすると上からも! 我が軍は
「中隊長! これっぽっちの兵では歯が立ちません!」
「そうです! 俺は肩をやられました! 中隊長、判断を!」
中隊長は、判断を迫られる。
「…………
米兵の中隊は、
勝利だ。
一人と、
一羽と、
じきに億万匹となる数万匹の、
勝利だ。
モチュルスキー大佐はコントゥム高原にて米軍の中隊を退散させた後も、ブレイク高原を抜ける中で、北にも南にも一切の死者を出すことなく、米兵たちを退散させた。彼の率いるコーカサスオオカブトの総数は、ついに億万匹を突破した。南ベトナムの防衛ラインはどんどん南に押し下げられていった。そしてついに、一九六九年の九月末、北ベトナムは南ベトナムを追い詰め、首都サイゴンを陥落させることに成功した。
一人と、一羽と、億万匹。モチュルスキー大佐らの活躍は、ベトナム戦争終結を五年以上早め、犠牲者を三〇〇万人以上減らしたと言われている。
〈完〉
【補足】実際のベトナム戦争の終戦日は一九七五年四月三十日であり、モチュルスキー大佐も、その活躍も(あなたの脳内以外においては)一切存在しませんので、ご注意ください。
コーカサスの機関銃 〜カフカースキィ・プリミョート〜 加賀倉 創作【書く精】 @sousakukagakura
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます