あの頃仲良い友達がいてさ

 月曜日の朝はツラい。

 昨日の罪悪感が抜けないせいか、気だるげを纏ったまま電車を降りる。


 みね子に合わせる顔がない。

 みんなとプリクラを撮るのが嫌で、それを断るのも嫌で、嘘ついて逃げ出したことはほぼ間違いなくばれてしまっているだろう。

 みね子とは毎朝駅から学校まで一緒に行っているし、それを今日わざわざ断る理由もないから、会うのは避けられない。

 重い足取りで人混みに紛れエスカレーターを上る。


 私と電車の方向が反対であるみね子とは、いつも学校最寄りの駅で待ち合わせしている。

 改札を出てみてもみね子の姿はまだない。みね子の乗る電車の方が少し到着が遅いから、私が先に着いて少し待つのはいつものことだ。



 すぐ近くにある柱に寄りかかって親友を待つ。


 電車に乗っていたり、みね子を待っていたり、一人の時はたいていイヤホンで音楽を聴いている。



 朝の駅は人でごった返している。

 イヤホンから流れる音楽のアップテンポと同じくらいの速度で目の前を通り過ぎていく人、人、人──ほとんどは私と同じ制服を着ている。今日もまたこういう人たちに囲まれた息苦しい一日が始まる。



 昨日はどうして逃げ出してしまったのだろう。どうして一日中黙って不機嫌な顔をしてしまったのだろう。

 そんなことよくわかっているけれど、普通じゃない私には他にどうすることもできなかった。



 普通の高校生になりたかった。


 もっとおしゃれに興味があって、みんなと同じ価値観を持って、みんなと似たような話題で盛り上がれる、普通のかわいい女の子になりたかった。何の抵抗もなく、好んで化粧とかできちゃうキラキラした普通のかわいい女の子になりたかった。



 そうだよ。

 本気でそう思っているんなら、早くそうしていりゃあよかったんだよ。

 周りと同じ行動をして、周りと同じものを身につけりゃいいんだよ。



 けれどそうしてこなかったのは、本当は普通になりたいだなんて微塵も思っていないからだ。


 洒落っ気がない高校生なんておかしいとか、化粧をしないとみっともないとか、そういう決めつけが大嫌いだ。

 そんなくだらない常識に従ってしまったら、私は私を捨てることになってしまう。仮面をかぶって生きていくことになってしまう。



 けれど服に興味がなければ友達と話が合わなくなるし、化粧をしなければ身なりに気を遣えない恥ずかしいヤツ認定される。それはやっぱり怖いことだ。


 そうやってグダグダ考えてばかりいる私はふらふら漂っている不安定な四季みたいだ。


「それでも私は私らしく生きるんだ!」とか貫き通す勇気がないから、こうやって中途半端なことしてうじうじしてんだろ。




 イヤホンから聴こえてくる音楽がうるさい。

 私の好きな有名アーティストである志柿しがきがヒップホップをアップテンポで弾むように歌っている。志柿の独特な声と共に、軽快なリズムと軽薄なリリックが耳をくすぐる。


『That’s none of your business♪ どんな理由も杞憂も自由に染めて♪』


『人からどう思われるかなんて〜気にしなくていい♪』


 そんなことできたら苦労しねえよ。

 そう苦々しく毒づいて曲を止めイヤホンを外すと、駅の濁った雑踏の音がクリアに聞こえてきた。




 大量の人々が行き交う中、制服姿の小学生が足元に何かを落として私の前を通り過ぎていった。その子は落としたことに気づいていないようで、トコトコ行ってしまう。


 咄嗟に拾うと定期券だった。少し先を歩くその小学生をほぼ無意識のうちに追いかける。「これ落としたよ」と声をかけ、しゃがんで差し出した。


 小学生は立ち止まり、私の手から定期券を受け取った。

 目の比率が大きくまだあどけない顔が私を見つめる。その子は何も言わなかったけれど、代わりににっこりと笑みを咲かせた。


 子どもはいいな。常識とか迷惑とか周りの目とかに縛られず、ただただ目の前のことだけに一生懸命に生きていて。

 なんてぼんやり考えていたから、精一杯ほほ笑み返した顔が少し歪んでしまったかもしれない。


 小学生の子は定期券をシッカリ握って人混みに紛れてゆく。その背中を見つめていたら、

「きららってそんな顔するんだ?」

すぐ横にみね子がいた。





 ☆.。.:*・゜





 みね子と歩く学校までの道のりは同じ制服を着た人間でスシヅメ状態だ。

 迫り来る夏の日差しが目を突き刺す。

 気まずくていつものようにみね子にペラペラ話しかけることができない私は明らかに不自然だ。それをごまかしたくて目を逸らそうとしたけれど、どこもまぶしくて少し困る。


 そんな私の様子を察しているんだかいないんだか、みね子は平然と話しかけてきた。


「なんかきららってさあ、色んな表情するからかわいいよね。笑ったり怒ったり、不機嫌な顔したり、嬉しそうにしたりさ。喜怒哀楽がはっきりしてるっていうか。いいなあ」

そう言いながら遠くの信号機の方を見ている。


「何だ急に。なんかバカにしてる?」

「してないよー。私はさぁ、いつも愛想笑いで何考えてるかわかんないとかよく言われるしさ……。まーとにかく、きららがかわいいって話!」


 周りと同じ感覚が持てない私をそんなふうに思ってくれている人がいるとは思わなかった。私のいいところ、私にしかない強み。みたいなもの。


 みね子のそれは決して愛想笑いなんかじゃない。

 いつも何も考えてませんみたいな顔してるけどホントは周りをよく見ていて、普通の子に見えるけれどちゃんと芯があって。


 そんな人に褒められたら何もかも吹っ飛んでしまう。さすがは私の親友だ。




 みんなみんな同じような人間に見えてそれが嫌で嫌でたまらなかったけれど、本当はそうではなかった。やっぱり皆それぞれ違う人間だ。

 みね子にだってまりなにだって、クラスの奴らにだって、さっきの小学生にだって、電車にいたスーツ姿の人にだって、今私の横を抜かしていった自転車の人にだって、それぞれ自分にしかないものがきっとある。




 今は周りのみんなと同じように振る舞うことが正しいような気がするけれど、いつかきっとそうではなくなる。

 今までの十数年間ほぼずっと同じ道のりを歩いてきたのだから、同世代の皆が同じ感覚を持つのは必然的なのかもしれない。でも、高校を出て、大学に行ったり働いたり色んな人に出会ったりしてそれぞれ違う世界を知ったら、みんなもっとそれぞれ違うふうに、それぞれ好きに生きていけるんじゃないのか。


 もしそうだとしたら、この狭い世界の外に出られる日がいつか必ず来るということだ。


 それまではまあ、今の中途半端な自分のままでいるのもありかもしれない。




 朝の空気を纏った周囲の人間と一緒に、そびえ立つ赤信号が青色に変わるのを待つ。


 セミがジージー騒いでいるせいで、気温が実際よりも高く感じられる。今にも溶けそうな太陽は容赦なく私たちにスポットライトを当てる。暑さで鼻が焦げそうだ。



 肩に何かがぶつかる感覚が伝わり、顔を横に向ける。みね子が両手を私の肩に乗せていることに気がついた。

 これは……みね子と私にしか通じないコントの始まりを予告している。


「おいみね子、暑いんだからくっつくなって」

「えーんきららに嫌われたあ」

「嘘だよん、みね子たんだーいすきだよお〜」

「えキモ」

「手のひら返し早っ!」


 太陽のジリジリに負けないくらい大きな声でみね子と笑う。

 同じ価値観に押し込められている苦しさとかそんなものよりも、やっぱり友達といられる時間が一番嬉しい。

 どんな痛みも、その場の空気を全部かっさらう勢いで友達と一緒にたくさん笑うあの快感には勝てっこない。



 地獄のような暑さを超えて、今日もあの冷房が効いた狭苦しい教室に向かう。今日もまた担任のしょうもない話を聞いて、そろえたように髪を染めてスカートを折った同級生たちに嫌気が差すだろう。


 それでも今はなんとかなる気がしている。

 この狭い場所から飛び出して、人の目を気にしなくていい世界に出会えるまで。





 ⋆⭒˚。⋆₊ ⊹⋆⭒˚。⋆₊ ⊹⋆⭒˚。⋆₊ ⊹⋆⭒˚。⋆₊ ⊹⋆⭒˚。⋆₊ ⊹⋆⭒˚。⋆₊ ⊹⋆⭒˚。⋆₊ ⊹⋆⭒˚。⋆₊ ⊹⋆⭒˚。⋆₊ ⊹⋆⭒˚。⋆₊ ⊹

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普通になりたい 結城 絵奈 @0214Lollipop

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